誰も死なせないと決めたんだ!
「アーサー。私にとって、最強のヒーラーは、『一緒に戦い、守るヒーラー』だから。『守られるだけのヒーラー』には絶対になりたくない」
その時ふと、困ったような顔をしたフィンの顔が、鮮明に頭の中に浮かび上がった。
(フィンごめん。フィンがなんでヒーラーになれって言ったのか、今ならわかるよ。私を守りたかったんだよね。常に前衛で危険を伴う剣士ではなく、後ろで守られているヒーラーの方が安全だもんね。でもね、私はやっぱり自分の力で守りたいの。あの時、フィンに剣術を教えて欲しいって言った時と変わらない。私は大切な人達を守る為に強くなって戦いたいの!)
「バリバリバリンッ! グァアアア!」
「ドラゴンがっ!」
「ユナちゃん、どれくらい時間あればあいつら治せる?」
「……数十秒欲しい」
「了解」
アーサーがドラゴンに向かって飛び出す。
一瞬つられそうになった自分の足を踏み留め、負傷者達のいる方に向き直る。
(今はこちらが最優先。誰も死なせてなるものか!)
ユナは駆け寄りながら魔法陣を発動させる。
「癒しの空間!」
間違ってドラゴンまで魔法陣に入れてしまわないように場所を制限し、先ほど習得した最高難易度の治癒魔法を施行する。
なんとか安定した魔法陣の中で、負傷した者達の体が急激に治っていく。
ユナはドラゴンがいる背後を一切振り返らず、治癒魔法に集中する。
「はぁーーーーッ!」
「キーン!」
アーサーの剣が何か硬いものとぶつかる音が響き渡る。
「ブーンッ! グァアアア!」
何かが空気を切り裂く音と同時に大きなドラゴンの叫び声が響く。
(後少し、後少し!)
治癒魔法の速度が徐々に落ちてきている。
ユナはここまで大量の魔力を使ってきた。
いつもだったらとっくに魔力切れを起こしているはず。
謎の声に授けてもらった莫大な魔力のおかげで持ち堪えてきたが、それも限界を迎え始めている。
ユナはより一層神経を集中させ、魔力を絞り出すようにイメージする。
「なっ治っていく!」
「俺たちの体が!」
「やった! やったぞ!」
「命拾いだ!」
軽い怪我をしていたものからどんどん回復していき、皆が歓喜の声を上げ始める。
全ての負傷者を治し終えたユナは、思わず片膝を地面についた。
「はぁはぁはぁ……」
「おっおい君、大丈夫か?」
「えっええ……大丈夫」
(くっ……まだ終わってないのに)
ユナの精神は疲労困憊し、頭がグワングワンと揺さぶられている。
だが背後では今もなお、ドラゴンとアーサーの壮絶な戦闘が繰り広げられていた。
足に力を込めユナは立ち上がる。もはやとうに限界を超えているユナは、「誰も死なせない」という強い意志のみで気を保っていた。
よろけながら振り返り、暴れ回る黒い大きなドラゴンを見据える。
天井が高いこの場所で、大きな翼を使いその巨体を中に浮かせている。
短距離戦を得意とする剣士のアーサーは、空飛ぶドラゴンに苦戦を強いられていた。
ドラゴンの動きは素早く、アーサーの飛ぶ斬撃も翼で起こした突風で全て防いでしまう。
一人で立ち向かっているアーサーは、苦しい戦況にかろうじて耐え続けている。
治った者達も援護しようとするが、ドラゴンとアーサーの激戦の攻防に、一歩も近づく事ができない。
目の前で繰り広げられる戦いを、口を半開きにしながらただただ眺めている。
助けなくてはと気が急くが、緊迫した状況に足が動かない。
ふとアーサーの姿が、フィンと重なる。
(あの時はまだ子供で、力もなかった。でも、今は違う!)
せめて飛ぶ事ができなくなれば、アーサーにも充分勝機はある。
ユナは残っている最後の魔力を全部使い果たす勢いで、ドラゴンの真上に大きな魔法陣を発動させた。
「アーサー! 私がドラゴンを落とす!」
「ああ、頼む!」
アーサーも攻撃を交わしながら、ユナに答える。
「私のありったけの魔力全部! お見舞いしてやるわドラゴンっ!」
「氷剣の雨!」
ユナが発動した魔法陣から、数えきれない程の氷の刃が出現する。
大量の刃は、まるで雨のように一気にドラゴンへと降り注ぐ。
「グァッーーッ!」
氷の刃が次々とドラゴンを突き刺していく。翼で起こした風や強靭な尻尾で払おうとするが、圧倒的な数の刃は容赦無く硬い鱗を傷つける。
翼にもたくさん突き刺さり、穴を開けていく。
段々とその巨体を空中で保つことが厳しくなり、ドラゴンは落下していく。
翼をバタバタと動かし飛ぼうと試みるが、ついにその巨体は墜落した。
「ドゴーーーーン!」
凄まじい音と同時に、土埃が巻き上がる。
「ドサッ」
ユナはその場に片膝をつく。もはや立ち上がる事はできない。
「アーサーッ!」
「あとは私に任せろ! 三回。いや、二回で終わらせる!」
ユナに背を向け、そう言い放ったアーサー。
左足を後ろに引き、片手で持った剣先を上から下に振りかざす。
スンッという音が聞こえ、空気が切れる勢いで、周りに土埃が舞う。
今度は右足を後ろに引くと同時に、柄を両手で持ち、自分の頭上に刃が横に向く形で構えた。
「グワァァァァ!」
アーサーの殺気に気付き、ドラゴンが地響きのような鳴き声を上げ空間を揺さぶる。
が、それに臆する事なく、アーサーが地を蹴る。地面を陥没させるほどの力で、一瞬にしてドラゴンとの間合いを詰めた。
ドラゴンも反応はするが、地上での戦いは空中戦の時よりも動きが鈍っている。
「はぁぁぁぁぁぁっっ!」
「スパンッ! スパンッ!」
アーサーが叫びながら、ドラゴンの大きな首に剣の刃を二回振りかざした。
一瞬ドラゴンの動きが止まる。
「コトッ」
アーサーが地面に降り立つ音だけが響いた。
そして、
「ズッ……ズズッ! ドッゴーン!」
少し遅れて、ドラゴンのその大きな頭が首からずれ始め、そのままの勢いで地面に落下する。
(……やった……ドラゴンを……倒した)
ユナもその一瞬の出来事に頭が回らず、思考が遅れて伝達される。
「「「「どっドラゴンを倒したぁぁぁぁ!」」」」
少し遅れ、ここにいた他の者達が、一斉に歓喜の声を叫ぶ。
「やったぁーーっ!」
「アーサーさんすげぇーっ!」
「あの女もやべー」
口々に喜び合う冒険者達。
そんな中、アーサーがこちらを振り返る。
血が滲み出たボロボロの服を身に纏ったアーサーの姿は痛々しくも、輝いていた。
「ボス討伐っ! これにて任務完了。皆、ダンジョン入り口に向かうんだ! 帰りも魔獣は出てくる。戦えるものは他の者を守り抜け! グッ……」
アーサーは大声で命令を下したその瞬間、体をグラッと揺らし崩れ落ちる。
膝をつくアーサーにユナが急いで駆け寄ろうとした時、何やら黒い影がアーサーを覆う。
ハッとして、その場にいた全員が上を向く。
そこには首を断たれ死んだはずのドラゴンの巨大な尾が、アーサーを叩きのめそうと迫っていた。
おそらく、ドラゴンが最後の力を振り絞り、動かしているのだろう。なんという生命力だろうか。
アーサーはもう動けない。
ユナは魔力切れ。
他のもの達は思いもよらぬ攻撃に足がすくんで動かないでいる。
(絶対に死なせてなるものかっ!)
ユナは近くにいた者のロングソードをひったくり、足がちぎれんばかりに動かす。
「うぉりゃぁぁぁぁ! 誰も死なせないと決めたんだ!」
剣の柄を握る両手に力を込める。そして地面を強く蹴り、一気に宙を舞う。
「死に損ないは、さっさとくたばれぇぇぇぇ!」
空中で体を捻り、華麗に回転したユナは、その勢いをそのまま剣に込め、ドラゴンの巨大な尾に渾身の一撃を繰り出した。
「スッパン!」
「「「「しっぽ真っ二つーーーーっ?!」」」」
小さなユナが放った渾身の一撃は、ドラゴンの尾を断ち切る。
「はぁぁぁぁっ!」
そして、落ちてくる尾の先端に向かって、剣を思いっきりスイングさせた。ドラゴンの肉塊が剣の側面にヒットし、軌道を変える。
「ドッゴーン!」
ユナの攻撃を受け、吹っ飛んで行った尾の切れ端は、空間の壁に激突した。
「「「「なにぃぃぃぃ!」」」」
その場にいた全員が壁に突き刺さったドラゴンの肉塊を見た後、驚きの声をあげた。
ユナはそんな状況も気にせず、アーサーの元に歩いていく。
「ぐっ今日の私は……最後の……最後まで……はぁはぁ……助けられてばっかだね……」
近づいてくるユナに、アーサーが膝をついたまま声をかける。
「あなたには死んでもらっては困りますから。それに、この前助けていただいた恩があります」
「せっかくパーティー組んでもらう為に……ユナちゃんに恩を作ったのに……返されちゃったね」
「あなたは、そんな恩だけで私にパーティーを組ませるような人じゃない」
「ははっ……よく知っているね……私のことを、理解してくれて嬉しいよ」
無理矢理作った笑顔のまま、アーサーが答える。
「…………」
ユナはそんなアーサーの目の前に立ち、真剣な眼差しで見下ろす。
両手を体の横で握りしめ、口を開ける。
「なぜボス討伐に行くことを言わなかったんですか!」
「それは……ユナちゃんは関係が」
「関係大有りです! あなたが出した条件を、私が知らないとでも思っているんですかっ!」
ユナの心の中はグジャグジャになっていた。
ボスを無事に討伐できたという安堵。
なにも言わず勝手にボス討伐に行った、アーサーに対する怒り。
「私が来なければ、あなたは死んでいたかもしれない! そこまでする意味があなたにありますか? あなたは一体、何者なんですか!」
ユナはこみ上げる感情を抑え、アーサーに問いかける。
先ほどまでヘラヘラと笑い顔を作っていたアーサーが、スッと表情を変えた。
整った顔が、ユナを真っ直ぐに見上げる。その瞳は緋色に輝く。
「わたし、は、ボス討伐なんかで死なないよ」
含みある言い方だった。
ただの強がった言葉ではなく、硬い意志も感じ取れる。
(わたし、は、って……まさか!?)
「まー現に、こうして生きているし」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、いつもの掴み所のない感じに戻っている。
「ちょっと待って、今『わたし、は、』って……それってつまり」
「あぁーーーーっ! 誰かと思ったらユナじゃないか!」
アーサーに問いかけようとしたところで、タイミング悪くユナの言葉が遮られる。
声がした方向に顔を九十度捻ると、まだ驚きの中にいる冒険者や兵隊の中で、こちらを指差すおっさんの姿が見えた。




