決着。そして、式典です
「そうですね。煌神も仮の肉体を捨てて帰ったようですが、わざわざ留まって次々に襲撃されてやる必要はないでしょう」
「うん、そう……。そういうこと、だから」
ヘルゼクスさんの言葉にうなずきつつ、わたしは振り返って、改めてルーグゼオンがいた辺りを見る。
部屋の瓦礫に埋まって、姿は見えない。煌気も感じないから、生きてるか死んでるかも分からない。
全然動く気配がないことだけが確定。だからきっと……殺してる。
「ヒルデガルド様?」
「ん……なんでもない。行きましょうか。エスティアの様子も気になるし」
「あいつも、そこらの煌使に後れを取りはしないでしょう。ですが拾って帰らねば煩いのは同意します」
素直じゃないなあ。
呆れた顔をしたアルディスと目が合って、つい、苦笑をする。そしてヘルゼクスさんに見咎められないうちに塔から飛び降りた。
この塔で戦いが起こったことが分からない訳はないので、すでに遠巻きながら人間の兵士に取り囲まれていた。
でも襲ってはこない。降りてきたのがわたしたちってことは、ルーグゼオンが敗北したってことだから。
人間たちはわたしたちを恐れて動けずにいる。
賢明だと思う。ざっと見たところ、突出した力の持ち主はいないようだから。
「お邪魔様」
にこりと笑って、大地を蹴る。空中の水分を凍らせて足場を作りつつ、空を歩いて脱出させてもらうことにした。
人間に翼はないからね。空中は比較的安全だ。
わたしが作った氷を足場に、アルディスとヘルゼクスさんも付いてきている。よしよし。
「そうだ、ヘルゼクスさん。お父様の肉片、持ってきてくれてありがとうございました」
「もったいなきお言葉。ですが、無謀に過ぎます。どうせ聞き入れてはくださらないのでしょうが」
「ですね」
だって、諦められなかったから。
そしてきっと、この先も変わらないと思うんだ。
「私が来なかったらどうするつもりだったのです」
「ああ、それは心配していませんでした」
言い切ったわたしに、ヘルゼクスさんは絶句する。
「本当ですよ? だってほら、貴方はわたしの目的を知っているわけだし」
いつお父様に代わるか分からないから、拘束も軟禁もできない。監視も無礼。だから部屋から出たときに伝わるようにするのが精々だったのよね。それなら、用を聞きに伺うためとか言えなくない。
先手は取れて逃げ出せたけど、追って来るとは思ってた。だって、大事な唯一の器だし。わたし自身にだって勝手に使われたくはないんでしょう。
で、わたしの行く先には待ち構えた煌使がいるのも分かってた。だから万が一のために、力を増大させてくれるのを確約してる肉片を一緒に持ってきてくれるんじゃないかなー、と。
わたしが持ち出さなかったのは、忘れてただけだけど。まあ言い訳だけど、心の奥で怖かったのもあるかも。
お父様成分を増やしたら、わたしのまま一生を終えよう計画が上手くいかなくなっちゃうかもしれないもの。煌使の探査から逃れられたかもちょっと微妙。
だからまあ、これはこれでありかなと。
「行くだけ行っちゃえば、貴方はわたしを護るしかないですしね?」
「酷い方だ」
苦笑をしてヘルゼクスさんは認めた。
と、ここでエスティアと別れた地点に到着。高度を下げていく。
「あ! おーい、ヒルダー、ヘルー」
両腕を挙げて、わたしたちへと満面の笑顔で手を振るエスティアを発見。周囲には五人の煌使が倒れている。
「エスティア。無事で良かった」
「うん、ヒルダも」
地面に下りたわたしに駆け寄ってきて、ぎゅう。尻尾も大きく振られて喜びを表現してくれている。
ああ、かわいい。可愛い。カワイイよー。
周囲の状況のせいで浸りきれないのが何とも惜しいぐらい。
「おい、エスティア。まだ息のあるのがいるぞ」
「分かってるけど、今はもう立てないからさ。ボクは殺してもいいけど、ヒルダはためらうかなーって」
「エスティア……!」
根本的な部分は理解してくれてないけど、わたしのために手加減をしてくれたっぽい。
「どう? ヒルダ。ボク、偉い? 嬉しい?」
「うん。偉い。嬉しい」
わたしの気持ちを考えてくれたってことだもん。嬉しくないはずがない。
息がない人もいるけど……。そこには、触れない。
向こうはわたしたちを殺しに来ているのだ。わたしも死にたくないから、自分を殺すよりは相手に死んでもらう選択をする。
そんなこと、どちらも諦めたくはないけれど。今はまだ力がないから、これが精一杯。
「いい加減ヒルデガルド様から離れろ。無礼な」
「えー? だってヒルダは駄目って言ってない」
「言われていないからと甘えるな! まったく……」
舌打ちをして、ヘルゼクスさんはエスティアの説得を諦めた。代わりにアルディスの方を向く。
「アルディス。家族に向けて一筆書け。俺とエスティアで迎えに行く」
「は……?」
懐から紙とペンを取り出して自分に突き出してきたヘルゼクスさんに、アルディスは戸惑った顔をした。
「お前は阿呆か。本当に我らの元に身を寄せるつもりなら、家族は見せしめに殺されるぞ。俺はどうでもいいが、ヒルデガルド様はどうせ心を痛めてまた暴れるだろうが」
……び、びっくりしたー。
アルディスの家族を迎えに行く話、まだヘルゼクスさんにはしてなかったから。どうして知られているのかと驚いたけど、自然に考え付いただけっぽい。
アルディスのことさえ殺しにかかるヘルゼクスさんに、その身内を護りたいからとか言っても聞き入れてくれるわけないからね。強引に招いて、しばらくわたしの部屋で過ごしてもらうつもりだった。
そして、うん。合ってる。心配だからね。何としても迎えに行きます。
「……お前が?」
アルディスの反応は、凄く懐疑的。無理ないと思う。
「お前よりは上手くやる。地元なら顔も割れているだろう。理解していないなら教えてやるが、煌神にとって、お前は最早魔族の一味だ。しかもヒルデガルド様自ら救出に行くほどに寵愛されている」
「いや、それは……。……何でもない」
偽装だと否定しかけて、続きは飲み込む。
「仮の肉体を捨てただけで、煌神は無傷だ。さっさとしろ。次の手を打たれる前に回収しに行く」
言い方は問題あるけど、急ぎなのは同意する。
「分かった。よろしく頼む」
再度促すヘルゼクスさんにうなずき、アルディスは紙にペンを走らせた。
こうしてアルディスの不利になる危険の可能性を摘もうとしてくれてるってことは……。アルディスのこと、容認してくれるって思っていいんだよね?
わたしの物問いた気な視線に気付いたか、ヘルゼクスさんはアルディスに向けていた顔をこちらに切り替えてきた。
「ご心配なく。間違いなく、連れて戻りますから。お疑いでしょうが、信用してくださいとしか申せません」
「疑ってはいないです。貴方は私情よりも、わたしの意思を優先してくれるって分かってますから」
そしてわたしの意思よりも魔族の利益が優先。優先順位が常にはっきりしている人なのだ。
アルディスの存在を受け入れる気になったのなら、裏切りを防ぐためにも手を回してくれるのは本当だと思う。
「貴女は、本当に……」
はあと苦い息を付いてから、自らの感情を振り払うように首を緩く左右に振る。次の瞬間には、個として宿している感情の色をすべて内側に押し隠していた。
「ではアルディスを連れて、先にヴァルフオールへお戻りください」
「分かったわ。気を付けて」
「ヒルデガルド様も、どうぞお気を付けて。――行くぞ、エスティア」
「りょーかーい。じゃ、また後でね、ヒルダ」
軽く手を挙げて挨拶をすると、エスティアは走り出す。その後に続いてヘルゼクスさんも。
めっちゃ速いよ、二人とも。魔力を使って何かをしていると見た。
「俺たちも行こうか、ヒルダ」
「そうね。でも、アルディス」
「何だ?」
「そんな気持ちになれないのは分かるけど。――帰りましょう」
言い直したわたしに、アルディスは微苦笑を浮かべてうなずいた。
「ああ、帰ろう」
そしてこちらの意図を汲んで言い直す。
わたしにとってはもちろんだけど、アルディスにとってもヴァルフオールは『帰る』所になったのだ。
アルディス的には一時的な拠り所ってだけではあると思うけど。それでも今は『帰る』所だって思ってもらえたらいいなって。
彼にとってもそういう場所になりたいから。
「うぅーん……」
ヴァルフオールに帰ってきて、数日後。わたしは鏡の前で腕組みをしつつ唸っていた。
「どうしたの、ヒルダ」
「あの、どこか至らぬところがございましたか」
純粋に不思議そうなエスティアと、まだ少し怯え気味の女性。アルディスのお母さんのエメスさんだ。
いや、文句はないんだ。鏡に映るドレスアップ姿は完璧である。
黒を基調として、赤の差し色が映える正装のドレス。わたし自身だったら絶対に選ばない、カットがやや大胆なデザインだ。
ただお父様の肉片パワーのおかげか美形に生まれているので、これが似合ってる。輝きを加えるアクセサリも結構派手めなのに、全然負けてない。
「問題はない。ないんだけど、大丈夫かなあって」
「何が? ヘルが台本書いてたし、その通りでいいんじゃない」
「うん、そうするつもりではいる」
自分の言葉で、魔族の皆が期待する通りの魔神の娘を演出できる気がしなかったので。
あ、もちろん納得できない部分は削ってもらった。もう少し不満に思われるかなー、って思ったけど、意外にあっさり受け入れてもくれた。
相容れない部分もあるけれど。お互い本音で向かい合ってからヘルゼクスさんとも距離が縮まった気がする。変な遠慮が抜けたって言うか。
「じゃあ、何が駄目なの?」
「駄目なんじゃなくて、近付くにつれて不安になってきたというか」
そう。今日はヴァルフオールの住民たちに向けて、お父様の復活を宣言する日。
皆薄っすら感じていたとは思うけど、式典の形を取った正式なお披露目をするのだ。
魔族の皆が期待を寄せているのが、空気感でひしひしと伝わってくる。
その期待に、応える姿を見せなきゃいけない。でも実際のわたしは、名前から受ける印象ほどには強くないから。
「まー、ヒルダは甘いし。頼りなく見えるもんね」
「やっぱり!?」
これだけ格好つけてもやっぱり駄目!?
「でも、大丈夫だよ。それでもボクはヒルダを信じた。だから、堂々と出ていけばいいんだよ。で、精一杯格好付けてきて。それで十分だから」
「エスティア……」
素のわたしと散々話したエスティアが言ってくれるなら、そうかも。
まあ出て行かないわけにはいかないし、お父様に任せるのも後々がちょっと困るから。わたしのままで勝負しなくてはならないのは揺らがない。
――よしっ。
「何があっても、ヘルがどうにかしてくれるよ。大丈夫だって」
「どうにかしてくれるとは思うけど、頼り過ぎたくはないのよね……」
ヘルゼクスさんにも、いずれはしっかり認めてもらいたい身としてはね。
「でも弱音吐いたら落ち着いた。よし、行こう」
「おー」
「行ってらっしゃいませ」
エスティアを連れて部屋を後にするわたしを、エメスさんが腰を折って見送ってくれた。
こうした式典のときに民衆を入れる庭が、ヴァルフオールには用意されているのだ。姿を見せるためのバルコニーに続く部屋の前で、ヘルゼクスさんとも合流。
わたしもそうだけど、今日はヘルゼクスさんもエスティアも正装。
さすがに着慣れているというか……。うん、素直に言おう。恰好いい。
「――ヒルデガルド様」
「お待たせしました」
微かに目を見開いて、名前を呼んだきり絶句。
あ、あれ?
「どこかおかしいですか?」
馬鹿な。そんなはずはない……と思いつつ、男性目線からだと違うのかと不安の方が勝って聞いてしまう。
「いえ。とても、美しい。そして可愛らしい」
か、可愛いかなあ?
わたしの容姿って、きつめで派手な迫力美人系なんだけど。当然のように、今日の衣装も容姿に似合った強気のデザイン。
皆が期待する魔神の娘像を壊さないためにも、『らしい』最重視だから。
「肉の器がどうであろうと、我が主ならばその威厳はいささかも揺らぎません。けれど貴女は、可愛らしくていらっしゃるから」
少しだけ切なそうに、苦しそうに微笑する。
「貴女の魂は紛れもなく女性で、我が主では、ない」
「はい」
きっぱりとうなずいたわたしへと、手が差し出される。
「行きましょう」
その手の平の上に指を乗せて、歩き出した。先に立ったエスティアが、バルコニーに続く扉を開いてくれる。
途端、歓声が大きく響き渡った。
ヘルゼクスさんから手を離して、バルコニーの中央へ。二人はわたしの後ろに控える形で付いてくる。
集まった人々の視線が熱い。痛いぐらいに注がれているのが分かる。
緊張は、やっぱりしてる。でも恐れはない。彼らに対して恥じるようなことはしないと、わたしの心が決めているから。
「皆。これまでよくぞ耐え忍び、生き延びてくれました」
風の魔法を使って声を拡散させつつ、口を開く。歓声は止み、集中して耳を傾けてくれている。
「雌伏の時は終わりです。我らは自らの誇りを取り戻す。世界を在るべき形に戻すことを、私は今、ここで皆に誓います」
大きく腕を広げ、それから天を――地上を掴む手を伸ばす。
「我ら魔族に、栄光あれ!」
お腹の底から声を張り上げて、力強く言い切った。同時に起こる大歓声と拍手。
「おお、我らが主よ!」
「ヴレイスベルク様に、栄光あれ!」
「ヒルデガルド様、万歳!」
そこかしこから復権を願う声が上がるのに応え、うなずいてから踵を返す。
今は、それでいい。まずは希望を。
どういう形で魔族の尊厳を取り戻し、維持していくべきか。正直、わたしはまだ見えていない。
でも皆が幸せをちゃんと感じられる世界にしたい。その期待をして、明日を生きてほしい。
そして期待させた以上、わたしは裏切ってはいけない。
魔神の器として。魔王として。一人の魔族として。一個の命として。
わたしは、自分の生を生き抜く。心のままに、皆と共に。
その先にある未来という希望を、皆と共有しながら。
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