表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国放浪記~別にシリアスではない~  作者: 夏月
第二章「旅立ちと出会い」
9/27

出立の為の用心棒雇い

「さて、まずは用心棒的な人を雇わなきゃな」

 いつまでも出立の余韻に浸っている訳にもいかない。

 心を引き締め直す為に、行商は命懸けなんだぞ、分かっているのか! と近くに通りかかった子供に言ったら、何だコイツみたいな顔をされた。解せぬ。


 まあそんな事はどうでもいいとして、用心棒の件だ。

 行商という、山賊の格好の餌食である職業をするにあたり、いくら俺が鉄砲術を駆使したとしても、それだけで撃退出来るとは限らない。腕に覚えのある人間を雇うのは必須だろう。

 とは言え維持費の関係もあるし、大勢を雇うつもりは無い。目的が目的だから、商隊を組むつもりも無い。となれば多少給金が高くても腕の立つ人を雇いたい。

 まずはその手の人の情報集めの為に、剣術道場に行こう。

 その後の展開として、伝説の剣豪が隠居して近くに住んでいるんだけどお金に困っていて訪ねに行ったら誰か俺を雇って下さい即日オッケーでーすみたいな呼び込みをしているという流れを期待しよう。


「良い人が雇えるといいなー」

 雇ったら道中、その伝説(笑い)とやらを根掘り葉掘り聞いてやろうと思って歩いていると、不意に何処からか喧噪が聞こえてきた。一体何じゃい。


 騒がしい方を見る。

 すると何やらガタイの良い兄ちゃんと、編み笠を被った華奢な男が酒場の前で言い合っていた。どちらも二本差しだ。

「んだらああ! 俺が何したらんだらばああ!」

 ガタイの良い兄ちゃんは恐らく酒が入っているのだろう、大よそ日本語では無い何かの言語を発していた。

 酔っ払いは得てして言語が通じないというのは、この時代でもそうらしい。

「何を言っているのかは分からないが、飲んだら代金を払え。私はそう言っているだけだが」

「だらら今はうんだ! あんだららう!」


 察するに多分、あくまで多分だが。

 ガチムチ兄ちゃんが良い感じで飲み、いざ勘定をしようとしたら財布を忘れたか何かで代金を払えない事が判明。

 ツケか何かにしようと店員に脅迫めいた事をしようとし、それを見た編み笠男が咎めているという事だろう。

 ううむ、ソリッド・コウタロウ、再び降臨だな。

 これが正解であれば、簡単な飲酒語(呂律が回らないほど泥酔した際の言語)の通訳と探偵が出来るな、俺。


 自身のプロファイリングに満足しつつ、考える。

 さて、どうしよう。わざわざ面倒事に首を突っ込みたくはないが、この酒場の女将さんは安藤屋の常連さんだ。何とかしたい。

 そう思って一先ず経過を見ていると、ガチムチ兄ちゃんんが一言二言編み笠男と何か言葉を交わした後、更に興奮し、ついには刀を抜きだした。

 それを見た野次馬が半数程度、声を上げて逃げ出す。


「だんだだらら、さー!」


 飲酒語初級(自称)の俺では最早、ガチムチ兄ちゃんの話す内容の解読は出来ない。

 しかしこのままでは酒場の女将さんにまで凶刃が及ぶ恐れがある。それだけは分かった。


 で、あれば。

 そう思い、俺が荷台にある得物に手を伸ばしたその時、編み笠男も抜刀した。

「愚か者め」

 クールにそう言い、抜いた刀を逆刃にしてガチムチ兄ちゃんを迎え撃つ姿勢をとった。

 それを見たガチムチ兄ちゃんは、ぱー!、という奇声を上げ、編み笠男に向けて足を踏み込んだ。


「テラフレア!」


 何故そこだけ格好が良い飲酒語になったのかは不明だが、ガチムチ兄ちゃんは酒が入っているとは思えないほどの俊敏な動作で編み笠男に刀を振り下ろした。


 垂直に刀が振り下ろされる。

 それを編み笠男は流れる様な足運びで刃を躱し、ガチムチ兄ちゃんとすれ違う。

 その所作は早すぎて俺の目には追えなかったのだが、すれ違った際に編み笠男はガチムチ兄ちゃんのどこかに一撃を与えたのだろう、ガチムチ兄ちゃんから、うっ! という呻き声が聞こえた後、糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。


 編み笠男はガチムチ兄ちゃんを一瞥し、刀を鞘に納める。

 まるで良く出来た映画のワンシーンの様なその一連の凄まじさに、俺を含めた野次馬は何もいう事が出来ない。

 周囲は静寂そのものだった。

 それをまるで意に介さず、編み笠男は酒場に入って行った。


 暫くして周囲がざわめき出す。

「凄えな、あの男」「ああ。それに、早くて何も見えなかったぞ」「あの地面の男、死んだのか?」「やだ、格好良い。素敵、抱いて」等々、一部のちょろい女性は別として、大よそは編み笠男への賞賛だった。

 かく言う俺も例外に漏れず、あの編み笠男には驚嘆した。

 次いで、あんな男が用心棒になってくれたらとも思い、興味本位で編み笠男を見に酒場に入った。


 キョロキョロとあの男を探す。

 目印は勿論、編み笠であり、その実そんなに似合っていないあの男は一体何処にいるのだろう。


「どうだろうか。雇ってはくれないか」

「いや、アンタの腕前は分かったし、実際こっちは助かったんだけどね。感謝はしているけど、こっちには雇う余裕が無いんだよ。申し訳ないね」

と、声がした方を見ると、女将さんと編み笠男が何やら話をしていた。

 離れていたので聞き取り難かったが、何かの交渉は上手くいかなかったらしい。女将さんが頭を下げていた。


「そうか、分かった。では失礼する」

 編み笠男はぺこりと頭を下げ、酒場から出て行った。

 何とはなしに酒場から出て行くその後ろ姿を目で追う。

 出て行ったあの男と女将さんの聞こえた話では、雇うとか何とか言っていた筈だ。もしやと思い女将さんに確認した。


「女将さん、こんにちは。安藤屋の看板居候、佐藤です。ちょっと聞きたいんですけど、今の編み笠男って、仕事でも探していたんですか?」

「ああ、佐藤さん。いやね、用心棒として雇ってくれないかってお願いされたんだよ。生憎うちはそれほど繁盛していないから、そんな余裕が無くてね」

 僅かに申し訳無さそうな顔をする女将さん。

 酒場経営に関しては何も言えないが、そうと分かればこれは千載一遇のチャンスだ!

「ありがとう女将さん! そして突然だけど俺、今日から行商に行きます! 暫くこの町から離れるけど、どうかお元気で! バイビー!」

「え、ちょ、ちょっと!」

 ばいびーって何ー!?

 という女将さんの叫び声を背に、編み笠男を追う。

 ファッションセンスの無いあの編み笠を特徴に周囲の人から行方を聞き、探す。そして暫く探し回ると、それらしい背中を発見した。

 駆け足で近寄るに、やはりあの編み笠男に相違ない。


「ちょちょちょちょ、君ぃ!」


 焦りも相まり、軽犯罪の犯行現場を見た警官の様な対応をしてしまったが、編み笠男の足を止める事に成功した。

「? 私か?」

「そう! 編み笠が似合っているようでその実そうでもない君だよ!」

「アレか。喧嘩を売られているのか?」

 しまった、つい本音が出てしまった。

「いやいや、違くて。えっと、さ。俺、酒場前で君の腕前を偶然見たんだ。その、凄かったね」

「ん? いや、大した事では無いが」

 編み笠男はクールにそう一言。或いはストイックとも言えるその態度に、俺は益々この男に用心棒をして貰いたくなった。

「いや、大したものだよ。で、それを見込んでお願いがあるんだけどさ。俺、これから行商に行くんだけど、腕の良い用心棒を雇いたくて。給金は弾むから、是非君にそれをお願いしたい」

 もう本当、給金とかスーパーボールぐらい弾んじゃう。

 と続けようと思ったが、残念ながらオーパーツのそれを例えに出しても理解は得られないので、口を噤んだ。


「…………」


 編み笠男にめっちゃ見られる。

 深く被る編み笠からは彼の表情が見えないが、突然の話に警戒しているのかもしれない。

 なので少しでも印象を良くする為に、ニッコリスマイルに加えて、ぐっと親指を立てた。どうだ、この爽やかアピール。人を騙す様には見えまい!

「?」

 が、それを見た編み笠男に首を傾げられた。通じなかったか、ちくせう。


 打つ手が無くなった為に、スマイル・グッジョブポーズをひたすらとり続ける事しばし、

「……こちらも仕事を探す身。用心棒の件、喜んで引き受けよう」

 と言う、編み笠男からの了承の返事を貰った。


「おお! 助かるよ!」

 要望が通った事と、公衆の面前でスマイル・グッジョブポーズをとり続けるというある意味拷問の様な時間が終わった事により、喜びのあまりカズダンス的な小躍りをしたかったが、流石にそれは四百年ほど早いパフォーマンスだったので自重した。いや、それにしても良かった。


「よし、じゃあすぐにでも……いや、まずは出立準備か。どれぐらいで整う?」

「すぐにでも出発して問題無い。荷物など、これで全てだからな」

 懐と刀を触りながらそう言う編み笠男は、恐ろしいぐらい軽装だった。旅でもしていたのか?

「そっか。こっちも準備は出来ているし、じゃあ早速出発しよう」

「分かった。ところで一つ聞くが、何処に向かうんだ?」

「まずは京。その後に堺。で、とりあえずはここに戻ってくる予定かな」

 最初の行商としてはこんなものだろう。編み笠男もそれを聞いて頷いていた。

 問題無さそうなので、朝日と夕日のいる場所に戻ろうとしたが、ふとまだ自己紹介もしていなかった事を思い出し、改めて編み笠男と向かい合った。


「俺は佐藤 浩太郎。これからよろしく」

「十兵衛だ。こちらこそよろしく」

 握手を交わす。その手が思っていたよりも繊細であった事に吃驚したが、力強さだけが剣の全てではないんだなと勝手に思い、手を離した。剣の道は深そうだ。


 日本刀って切れ味良いんだよねー、俺も指斬ったから分かるよーあははは、とかどうでもいい会話をしながら暫く歩くと、朝日と夕日が見えた。二頭とも、どことなく暇そうにしていた。

「ごめんごめん、朝日、夕日。もう出発するからな」

 二頭の頭を撫でる。同じ旅仲間として十兵衛にも二頭を紹介しようと振り向くと、十兵衛は朝日、夕日と荷台を何度も繰り返し見ていた。

「…………、…………これは何だ?」

「ちょっと変わった荷馬車かな。で、こっちが朝日、こっちが夕日。仲良くしてくれ」

「いや、まあ、うん。……で、何故荷物を馬の背に乗せている?」

「ほら、道が整備されてないから、荷車を引っ張って行くのは無理だし。でもこれならでこぼこ道も大丈夫! あら素敵!」

「…………、…………これで行くのか?」

「素敵な旅の始まりだネ!」

「そ、そうか。うん。そうか?」

「そうだ。さあ、準備は万端って事で出発しよう! すぐしよう!」

 十兵衛から、やべー今から契約解除とか出来ないかなという気配が発せられていたが、気付かない振りをして出発を促す。

「目指すは京! 出陣じゃい!」

「……ぁぁ」

 俺と十兵衛とのテンションには凄まじい差があったが、何はともあれ、こうして俺の旅が始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ