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戦国放浪記~別にシリアスではない~  作者: 夏月
第二章「旅立ちと出会い」
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決意へ

 そんな何気ない日常を過ごして三日後。いつもの様に帳簿場で帳簿をつけていると、告さんから来客の知らせを受けた。はて、俺を訪ねる人なんていたっけ?

「俺にですか?」

「はい。山下さんです」

「あっ!」

 その名前を聞いて思わず声を上げてしまった。山下さんって、もしかしてあの山下さんか!?


 告さんに礼を言い、急いで玄関に向かう。すると玄関先には職人然とした衣服を着ており、正対しながら待っている、厳めしい顔つきの男性がいた。

「山下さん!(御年四十歳、妻子持ち)」

 俺が声を掛けると、山下さんは表情を崩した。その顔からは先程の厳めしさが消え、何処となく柔和な感じにさえ見える。不思議な表情を持つ人だった。

「おう、佐藤さん。遂に完成したぜ」

 挨拶もそこそこに、山下さんは本題を切り出した。その雰囲気から溢れ出る自信の程を察するに、余程会心の出来だったに違いない。

「ありがとうございます、山下さん。えっと、肝心のモノは何処でしょうか」

「まあ、そう慌てなさんな。……ほら、来たぞ」

 そう言って山下さんが顎をしゃくった方角を見ると、道の後方から木の箱らしきものを運ぶ二人組が見えた。まだ遠目なのではっきりとは見えないが、俺の依頼物がそれであり、それを運ぶ二人組が山下さんの弟子の一成さん(二十五歳、妻有り)と仁平さん(二十四歳、妻有り)だろう。

 ……どうでもいいが、この山下カンパニーで働く人間は須らく愛する妻がいるという点では、リア充の巣窟と化している。もう本当、どうでもいい話なんだけどね。ハハッ!

「……チッ」

「? どうした、佐藤さん」

「いえ、お気になさらず。ただの嫉妬です。そんな事より、アレが完成品ですか?」

「ああ、そうだ。背置き式収容具、とでも名付けようか」

 ふっ、と口を歪めながら山下さんがそんな事を言った。

 ニヒルですね、山下さん。

「成程、言い得て妙ですね。ちょっと待っていて下さい。朝日と夕日を連れて来ます」

「おう、そうだな。折角だし、実際に装着してみよう」

「はい」

 弾む心を胸に、俺は朝日と夕日を連れてくる為、馬房へと向かった。


 朝日の隣には、朝日とほぼ同等の体格を持つ馬の夕日がいる。

 そして横並びになった二頭の背には大部分が隠れるぐらいの大きな鞍があり、その鞍の上には、くり抜かれた四角い木製の箱、形状で言えば大きな升の様な物が鎮座していた。

「おお、これが……」

「よし、しっかりと固定されているな。問題無さそうだ」

 朝日、夕日に装着されたそれを見て、思わず感嘆の声を上げた。隣にいる山下さんも満足気な顔をしている。


「じゃあ佐藤さん、少し説明するぞ。この背置き式収容具は佐藤さんが要望した様に、ある程度の悪路であっても物を運搬する事が出来る。まあ、地面を引いて運搬する訳じゃ無いから当たり前と言えば当たり前だな。荷台は鞍と緩衝材を使用して密着させてあるし、素材の木自体も軽くて丈夫なものを用いている。馬への負担も軽い筈だ。だがやはり荷台を引くよりも負担はかかるから、あまり無理はさせるなよ」

 朗々と話すその言葉に一々頷き、或いは実物を触って確かめる。俺が想像していたよりもずっとしっかりしたものだった。ううむ、完璧に近い。

「了解しました。いやしかし、流石の出来です、山下さん」

「やるからには全力で仕上げるさ」

 工房を訪ね、中々に無茶を言った注文当初と同じ事を言われる。実に恰好が良い。

 職人である山下さんの本職は、城や神社の普請だ。大名や神主さんから依頼されてそれらの補修をしたり、或いは町民から新規で小屋の建設を依頼されたりして生計を立てている。

 随分と前に、これともう一つのものを作ってくれる人を探していた俺は、腕が良いと評判のこの人が安藤さんと懇意である事を知り、安藤さんに頼み込んで紹介して貰ったという経緯がある。この仕上がりを見て、この人に注文して良かったと心から思う。


「それと……ほら、佐藤さん」

 荷台の隅の小さく仕切られたスペースから山下さんが何かを取り出し、俺に渡してきた。

 丸まっているそれを受け取り、広げてみると、俺が注文したもう一つのものである事が分かった。

「おぉ、これも完成していたんですね」

「まあな。よし、じゃあそれの説明もしよう。それは毛皮と木綿を使用して作った。温かくて弾力があり、長時間使用しても体が痛く無いだろう。佐藤さんの要望通り、何かあった時にはすぐ動ける様に、腕と脚の部分を股割れにしてある。機能性と実用性は十分だと思うぞ」

 確か『寝袋』と言ったか、と言う山下さんに対し、外観、触り心地を確かめつつ頷く。注文通り、正しく寝袋だった。

「どうだ?」

「素晴らしいです。ありがとうございました、山下さん」

「いやなに、どれも作った事が無いもので、遣り甲斐があった。こちらこそ礼を言う」

 お互いに頭を下げ、笑い合った。いや、本当にありがたい。

「ほら、朝日、夕日。お前達も山下さんにお礼を言いなさい」

 そう言い、並列する二頭のたてがみを撫でる。

 すると朝日は、ヒヒーン! と元気良く鳴き、夕日は、ヒンッ、と短く鳴いた。

「うんうん。朝日は、『山下どん、ありがとうでごわす』、と言っていますね。夕日は、『べ、別に嬉しくなんてないんだからね!』、と嬉しさを隠せない声で言っています。二頭とも喜んでいますよ」

「お、おう。……凄えな、佐藤さん」

 多少引きながら言うその凄えなというのは、馬語を介した事だろうか。それとも朝日を勝手にテンプレ鹿児島弁を使う馬に、夕日をテンプレツンデレ弁を使う馬にした事だろうか。

 はたまた大穴で俺の頭という線もあるが、まあいい。些細な事だ。とにかく、これで全部が揃った。

「……今夜にでも言おうかな」

「ん? 何をだ?」

「ああ、いえ。何でもありません。本当にありがとうございました、山下さん」

 改めて礼を言うと、山下さんは照れ臭そうに手を振った。


 その夜。

 この時代の夜は早く、周囲は驚く程に暗い。

 街灯は無く、あるのは月の光か油、蝋燭の明かりぐらいであり、尚且つ人工的な明かりを得る為のそれらは高価なものだから、家々にそれらが煌々と灯っているかと言えばそうでも無い。当たり前と言えば当たり前だ。


 なので基本的に夜は早く寝る。

 だが、例外もある。夜であって周囲が見渡せる、満月の日だ。

「安藤さん、お話ししたい事が」

 満月の明かりを頼りに廊下を歩き、帳簿場にいる安藤さんを訪ねる。今日の様な日は、少々の明かりを灯せば夜であっても不自由なく活動出来る。こんな日の安藤さんは、帳簿場で色々と調べ物をしている事が多い。この日もそうだった。

「浩太郎か? まあ、入れ」

 その言葉を合図に部屋の中に入る。

 昼間にこの場所で仕事をしていたにも関わらず、ただ薄暗いというだけで、この部屋がどこか別の場所の様に思えた。

「すいません、夜分遅くに」

「いや、構わんさ」

と、ぼやけたシルエットから声がする。無論、それは安藤さんに違いなく、その方に向かって一歩、二歩と近づく。

 やがて全貌が見えた安藤さんは、見覚えのある帳簿を手にしていた。

「あ、と。それは……」

「ああ、お前がつけた帳簿だ。……随分と上手くなったな」

 話を切り出す前に、安藤さんが帳簿を見ながらそんな事を言った。何となくそれにつられ、一先ずは本題を避けた。

「安藤さんのご指導の賜物です」

「いや、お前の努力と才能の賜物だ」

 パタン、と帳簿を閉じた音が響く。

 耳鳴りがするほど静かな夜だった。

「努力と才能、ですか。確か、鉄砲術を教えてくれた師匠も同じ事を言ってくれました」

「そうか。いや、分かる。飲み込みが異常に早い。まるで何かから逃げるかの様な必死さだけでは、こうも早く吸収出来ないだろう」

 思わぬ言葉を浴び、僅かに身震いした。

 この人は一体、どこまで知っているのだろうか。


 思わず二の句が継げなくなっている俺を見て、安藤さんは肩を竦めた。

「いや、いい。浩太郎。商いについての基礎はもう十分学んだな」

「そう、ですね。はい」

「この時代についても、ある程度はもう大丈夫だろう。後は実際に目で見て、体験する事だな」

「はい」

「…………」

「…………」

 安藤さんは言葉を止め、頭を掻き、一度大きく呼吸をした。

「行くのか?」

「はい」

「……そうか」

 以降、暫く沈黙が包んだ。

 感付かない訳が無い。運搬具と寝袋を求め、護身としての鉄砲術を習う。種子島も数丁ある。誰がどう考えても、旅に出る支度だと辿り着く。既に安藤さんは察しが付いていたのだろう。

 沈黙する安藤さんの胸中は分からない。

 だが、与えられるばかりで何も返していない俺を恩知らずと思っている事だろう。事実俺は恩を何も返せておらず、不義理まで働いている。或いは、斬られても文句は言えない。


 それでも、俺は出て行かなければならない。気持ちを整理しなければならない。

 本音で言えば、この居心地の良い場所で、この家族とずっと一緒に居たいと思う。一年に満たない歳月だが、そう思えるぐらい良くして貰った。好きになった。

 だからこそ心苦しい。全ては俺が未熟な為であり、自業自得がこの上ない。


 一歩、安藤さんに近づく。

 そして心から頭を下げた。

「この家を出ます。理由は、今は言えません。いつか必ず言います。そして必ず恩返しをしに戻って来ます。……今まで、ありがとうございました」

 頭を下げたまま、その後も沈黙は続く。周囲は相変わらず、耳鳴りがする程の静けさだった。

 どれぐらい経ったか。やがて、

「顔を上げろ、浩太郎」

 という、穏やかな声が響き渡った。

顔を上げる。その声と同様、安藤さんは穏やかな顔をしていた。

「お前の決断だ、好きな様にしろ」

 安藤さんは俺の肩に軽く手を乗せ、僅かに頷きながらそう言った。

 瞬間、申し訳無さが胸中を巡り回り、己の情けなさに目頭を熱くしたが、歯を食いしばってそれらを引っ込めた。

「……はい」

 俺は再び安藤さんに頭を下げた。

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