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【9・自由商人は勝手な推測がお好き】

 この世界で8大神と呼ばれる8つの大いなる神の1つサークラー。人間の幸福の基本は他者との交流という教えから交流神とも呼ばれている。その教えから自由商人たちを様々な形で支援しており、自由商人たちもほとんどがサークラーの信者である……信者の方が何かと便利だからとりあえず入信しているというだけの「とりあえず信者」が大半であるが。

 サークラー教会の業務には、私たちの世界で言う「銀行」「郵便」も含まれている。違うのは、私たちの世界では銀行にお金を預けると利子が付くが、この世界ではお金を預けると保管料が取られる。それでも全財産を持ち歩くのは危険だと教会に預けている人は多い。

 郵便は手紙だけで無く、現金もOKである。そのため、遠く離れた家族への仕送りなどにも利用されている。

「はい。確かに」

 仕送り手続を終えたファルトは「ども。んじゃお願いしますね」とサークラー教会配送部を後にした。稼いだ金を実家に送るいわゆる「出稼ぎ魔導師」である彼にとって馴染の制度だ。

「さてと。手頃な仕事がありますか。ダンナが雇ってくれれば一番良いんだが、今は間に合っていそうだしな」

 教会の一室。仕送りによって懐が寒くなったファルトは壁一面に貼られた数十枚の求人募集を1枚1枚見ていく。仕事内容と人数、拘束期間、報酬などが記されているが、魔導師を求める募集はほとんど無く、魔導師「でも」いいというものだ。

「ねぇなぁ……連盟の方に行ってみるか」

 魔導師連盟でも仕事の募集はしているが、サークラー教会に比べて報酬が安い。とはいえファルトも魔導師、論文も数本発表しているし、連盟とのつながりを定期的に持っておくのは悪いことではない。

 教会を出て魔導師連盟の支部に向かって歩く。近道でもするのか路地に入り、いくつか曲がる。その彼の後を男が1人同じ道を歩いて行く。

 いくつか曲がったところで男はファルトを見失った。思わず足を止めたところ、

「仕事は1回きりって話じゃなかったのかい」

 男の背後からファルトが声をかけた。

「いつの間に」

 振り返った男はファルトにとって見覚えのある顔。ジーロの囮役を持ってきた男だ。

「まさか口封じじゃないだろうな」

 手にした杖の魔玉が淡く光り始める。それに男は慌てて

「違う。また仕事を頼みに来たんだ。ここじゃなんだ。場所を変えよう」

「いいぜ。ただし場所はこっちで決める」

 ファルトは日当たりの良い大きな公園に行くと、手近なベンチに腰を下ろす。

「男同士で座るのは気分が悪い」

 見回すとベンチに座っているのはほとんどカップルで、たまに親子がまじっている。微笑ましい中、むさい男同士は却って異様に見える。

「俺はモテないからな。隣が女だと却って緊張する。それで仕事ってのは。また同じ内容か」

「そうだ。10分ほど衛士達を引っ張り回せば良い。今夜」

「今夜?!」

 さすがにファルトも驚いた。

「おいおい。衛士達が必死で追いかけてくるぞ。野次馬だって面白そうなもの見たさにこっちに来る」

「だったら断るか。報酬は前回の2割増しだ」

 途端ファルトは何事もなかったかのように座り直し

「いつ、どこで待機していれば良いんだ? それに、簡単でいいから背景を聞きたいな」

 男が眉間に皺を寄せた。

「前と同じだ。何も聞かずにこちらの言うとおりに逃げれば良い」

「逃げる先に衛士が先回り。なんてこともある。追っ手の中に飛行魔導の使い手がいたら厄介だ。その時どっちへどんな感じで逃げれば良いのかの判断材料だ。あんた達のいる方に逃げたりしたら困るだろう」

「だとしてもお前を責めて報酬を減らすなんて事はしないから安心しろ」

 だがファルトは調子を変えることなく

「こっちも仕事だ。事情を知った上なら使い捨て役も立派に勤めるさ。だが何も知らないままじゃ立派にはできないな」

「立派でなくて良い。引き受けるのか?」

 言葉には苛立ちが感じられた。

「引き受けるさ。こっちも金が欲しい」

 男はしばらくファルトと打合せの後、半金をわたすと立ち上がり何気なさ風に去って行く。その後をジェムが小走りで追っていった。


「で、その男がどこに戻ったと思う?」

「パリック・ハウスだろう」

「ご名答。さすがダンナ」

 笑うとファルトが切り分けられた赤瓜にかぶりつく。冷気魔導による冷やし瓜だが、冷やし方があまり上手くなく生ぬるい。だが彼はそんなことを気にせず、こぼれかけた汁をもったいないとばかりに、口に瓜を入れたまま音を立ててすすった。横ではジェムが瓜の皮をかじっている。

 サークラー教会駐車場。馬車の中でベルダネウスとルーラはファルトから冷やし瓜で喉を潤しながら、新たな依頼について聞かされていた。

「じゃあ、ジーロの仲間はパリック・ハウスに潜り込んでいるってこと? そこまで執拗にあそこを狙う理由って何なの?」

「パリック・ハウスを狙うんだったら、わざわざあんな派手な真似をしてジーロの仕業に見せかける必要は無い」

「見せかける?」

 言ってすぐにルーラも気がついた。

「じゃあ、あのマウス・ジーロは偽物?!」

「本物が協力している可能性もあるが、ハウスがジーロの名前を利用した可能性の方が高いな。とにかく、あれがパリック・ハウスの自作自演だと考えるとすべてがすんなりいくんだ」

「何のために? 盗まれた宝石とかは、ザン達から正式に買い取った物だからすでに自分たちの物になっているんでしょう。それをわざわざ盗まれたことにするなんて? ハウスで働く誰かが自分のものにするため?! ハウス自体あれだけ壊れたんじゃ、大事になりすぎて却って困ると思うけれど」

「わかりやすい被害を作って自分たちが被害者だと世間に知らしめるためさ。ジーロは犯人役としてうってつけだった。何しろ世間がこぞって『これはマウス・ジーロの仕事だ』ってアピールするんだ。衛士隊にしては、ハッキリそれを否定する証拠が出てこないうちは、それに文句を付けるような捜査はやりにくいだろう」

「だから何のために? わざわざ自分の店を壊すようなことをしてまで。ジーロに恨みでもあるの?」

 ルーラが繰り返す。今の答えは彼女の質問に対するものとしては弱い。

「ハウスの関係者全員が共犯だったら、そんなことをする必要はない。みんなで口裏を合わせて事件をでっち上げれば良い。だからこれは、ハウスの一部の連中が、他の連中を説得するためにやったんだろう」

「この手の嘘ってのは、ある程度大がかりの方が却ってバレにくいもんだ。噂の中にはドンピシャ当てるのもあるけどよ、ほとんどは馬鹿げたぶっ飛び説扱いになる」

 ファルトの説明にベルダネウスもうなずき

「ルーラの問いに対する答えだが……推測まじりになるが、パリック・ハウスはかなり衛士隊から目をつけられていたんじゃ無いか? 盗品の受け役として。各地の盗賊などが手に入れた品を格安で買い取り、真っ当な品として売る場として」

「そうか。それでこの前の衛士は、ザンに商品の入手について聞きたがっていたのね」

「ハウスが買い取った賞品に盗品があった証拠が欲しかったんだろうな。実際にはかなり難しいだろうが」

「けどダンナ、そんなことをして盗まれたことにしてなんか意味があるのか? 買い取ったのが盗品だとしても『これが盗品だとは知りませんでした』でうやむやに出来るだろう」

「私が昔、娼館で働いていた頃なんだが」

 ベルダネウスがふと遠い目をし

「自分が使い込んだ店の金をごまかすため、その金を盗まれたことにしようとした奴がいた。すぐにバレたがな」

「せこい奴だね。で、そいつはどうなった?」

「バレた次の日、死体になって下水のネズミのエサになってた」

 言いながら赤瓜を食べるジェムの頭をなでる。

 口元の汁をファルトが袖で拭い

「ダンナは知らないみたいだけど、5日前にハウスの従業員が1人死体で見つかった」

 この情報に2人がファルトを見た。

「私服の衛士がその死体を見て唇を噛んでたよ。どうも殺された奴を知っているみたいだ」

「……衛士隊のスパイ?」

「ただの顔見知りって可能性もあるけどね」

 言うもののファルト自身そんなことは信じていないようだ。

「意図したものかたまたまか知らないが、そいつを殺したのはハウス側の大ポカだな。しかも死体を見つけらた。衛士隊にとって堂々と中の様子を調べられる、仲間を殺されたのなら士気だって上がるだろう。ハウスの息がかかった上役がいても押さえきれまい」

 ベルダネウスの説明にファルトも頷き

「それで焦ってことを進めた……ってことか。大丈夫かねぇ、こういうのは焦って進むとよけいな綻び見せるもんだけど」

「実際、部外者の私たちですらこれだけ推測できるんだ。情報のそろった衛士隊なら、もっと深く、正確な答えを出しているだろう。私たちより数歩先を行っているさ」

「だろうな。で、ダンナ、明日にはここを出るんだろう。その時俺も乗っけてってくれや」

「囮役を終えたその足で飛んで行ったらどうだ? 追っ手が来てもお前だったら振り切れるだろう」

「いや、ダンナと一緒なら足代と飯代が浮く」

 ジュリオネみたいなことを言っている。

「それじゃ俺は、待機場所に行って来る。朝は無理して待っていることはねえから。俺が来ねえようならさっさと出発してくれ」

 ジェムを肩に乗せ出て行くのを見送ると、ベルダネウスは馬車の壁にもたれ天井を仰ぐ。

「どうしたの?」

「……気分が悪い。中途半端な情報で頭がもたれている」

「無理して結論出すことないと思うけど。何でもわからないと我慢できないなんて、頭の健康に悪いわよ」

「わかってはいるが……」

 浮かぬ顔で仰ぐ彼を横目に、ルーラが用足しに席を外すと、入れかわるように

「お仕事中失礼します。ザン・ベルダネウス様はいますか」

 馬車の前にスーツ姿の女性が現れた。ベリーショートの栗毛、スレンダーな立ち姿は踊り子とは違い色気は感じさせない。有能な秘書のように見えた。ここにルーラがいれば、一目でサーフィだとわかっただろうが、ベルダネウスは彼女とは初対面だ。

「ベルダネウスは私ですが」

「パリック・ハウスからまいりましたサーフィと申します。先日、当店にお売り頂いた商品について確認したいことがございますので、お手数ですが、今夜9時、ご来店頂けないでしょうか?」

「確認? 何をでしょうか? 昼間もそれについて衛士が聞きに来ましたが、それと関係があるのでしょうか?」

「私はただの使いですので、詳しいことは聞いておりません」

「それでは今夜9時に。場所はパリック・ハウスでよろしいのですか? 先日の騒ぎでかなり壊れたと聞いていますが?」

「1階部分はほとんど無傷です。裏の取引用の出入り口からお越しください。受付には話を通しておきます」

 取引用の出入り口はベルダネウスがいつも使っているところだ。

「わかりました。よろしくお伝えください」

 手を出して握手を求める。彼女はそれに応えると去って行った。

 ベルダネウスは今し方握った手の感触を確かめるように、何度かゆっくりと開いたり閉じたりしながら

「結構な空拳使いだな」

 とつぶやいた。


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