【8・経理部長は小細工が好き】
夕暮れのパリック・ハウス。
壊れた食堂部分などの被害報告書を手に、経理部長ブランはたったひとりで苦々しく天井を睨み付けた。
経理の部屋は食堂から離れていたため、昨夜の被害は免れた。おかげで物的な被害はほとんど無かったが、被害の報告のとりまとめに大忙し。とりあえずわかる範囲で報告書をまとめた被害総額の数字が彼の頭を痛める。
「予想以上だな」
一日でまとめた大雑把な数字なので、これから何度も修正することになるだろうが、かなりの金額になるのは間違いない。
「まぁ、事前の練習をするわけにもいかなかったし、仕方がないか」
彼の独り言は、ノックの音で遮られる。
「ブラン様、オーナーがお見えです」
ドア越しの声にブランは慌てて立ち上がり、軽く服を直しながら自分で駆け寄り扉を開けた。50才過ぎに見える、白髪が交じりだした腹の出た男が2人の若者に前後を挟まれる形で入ってきた。パリック・ハウスのオーナー、フィルフィニーナ・パリックである。単なる雑貨店に過ぎなかった店を、一代でダロンリグン屈指の総合店に育て上げた男だ。
「昨夜の騒ぎの報告を聞きに来た」
「オーナー自らこちらに来ずとも、明日には私の方から報告にまいります」
「今わかっているだけで良い。マウス・ジーロの仕業と聞いたが」
「金庫の中に奴の置き手紙がありました。現物は衛士隊が持って行きました」
「何と書いてあった?」
「『あまりあこぎな真似はするな』とだけ」
「前に来たときには手紙などなかったが」
パリック・ハウスは前にもジーロの被害に遭ったことがある。その時は今回のように建物に被害が出る事態にはならなかったため、それほどのダメージにはならなかった。
「奴を押さえるためしたことが却って被害を大きくしたか」
外から見たハウスの被害を思い出すようにパリックは静かに目を閉じた。
「魔導を使った魔導師は減俸処分にいたします」
「その必要はない。減俸を恐れて警備活動を萎縮されれば逆効果だ。そいぜい軽い忠告止まりにしておけ」
静かに目を開けたパリックは眉ひとつ動かさず
「仕事はいつ再開できる?」
「倉庫と販売店舗の被害はほとんどないので、在庫の整理と確認、衛士隊の許可が出れば明後日にも再開できます。しかし食堂と舞台は建物の修繕が終わるまでは休業します。明日にでも業者を呼んで修繕の見積をさせます。職員や踊り子は再開まで休みとしていますが、再開時期について聞いてくるものが数人出ています。長引いた場合、給金の問題が発生するでしょう。別の店舗に移られた場合、また人を集めるのに時間がかかります」
「当然だな。生活がかかっている」
パリックは中央のソファに腰を埋め
「とりあえず10日分は払ってやれ。それからは修復の状況次第だ。議会や衛士隊には私から話をつける。それと」
彼に見据えられ、ブランは思わず背筋を伸ばす。
「こんな時はどさくさに紛れて、金をちょろまかしたり、自分のミスをジーロの仕業にして誤魔化そうなんて奴が出てくる。わかっているな」
「はい」
それからいくつか念を押すような指示をしてパリックたちは出て行った。扉が閉まると、ブランは大きく息をついて倒れるように椅子に座り込む。
(オーナーはどこまで気がついているのか?)
ブランは静かに天井を見た。パリックの指示はどれも急いで指示するようなものではない。
(単に直接現場を見て話をしたかっただけならば良いが……私に探りを入れに来たのだとしたら……)
ここが盗品などを密かに買い取っていることはパリックも知っている。というより、元々は彼がはじめたものだ。潰れた商店の在庫を買ったり、自由商人から在庫を買うだけでは飽き足らない彼は自由商人の中には各地の盗賊とつながり、盗品を買い取っているものがいると知ると、彼らから盗品の下取りをはじめた。ちょっと特徴のある貴金属は買い取った自由商人も持て余すものが多い。それを買い取るのだから彼らも喜んで取引に応じた。そうした盗品は時に闇マーケットに流したり、被害者自身に買い取らせたりした。
そうすると盗賊達の方から盗品を持ち込んでくるようになったが、パリックはあくまでは自由商人達を間に置くことにこだわった。彼らに対する義理もあったし、間に人を置けばいざというとき言い逃れもできる。
もちろん、お偉いさんや衛士隊に鼻薬を効かせることも忘れなかった。実際、今まで衛士隊の調査が迫ってきたとき、彼らから手に入れた情報で危機を逃れたことも1度や2度では無い。
順調だった。順調すぎた。それが悪かったのかもしれない。いつしかブランはハウスの中に居続けることに物足りなくなった。独立して、自分がトップになりたかったし、その自信もあった。さすがに同じ町に店を構えるのはいくらパリックでもいい顔はしないだろう。下手をするとこちらを潰しにかかる。別の町で良い物件を探し、仕入ルートなどの根回しもした。ある程度の目処がつくまでパリックには秘密にしておくつもりだったし、今もそれがバレている気配は無い。
準備はそこそこ順調だったが、資金が足りなかった。客をある程度引き抜く以上、パリックが援助してくれるとは思えない。彼はその辺は割り切ったようにシビアだった。
盗賊達と直接取引することをまず考えたが、間に入る自由商人達からバレる可能性があり、なかなか難しい。そこで盗賊の中でも規模が大きく、かつパリックとのつながりがほぼない相手に手を出すことにした。海賊である。ピニミの南の海で暴れている海賊。彼らと直接手を組み、略奪品や南の海の特産物を安く手に入れることが出来れば。そして彼は海賊の中でもかなりの大物の1人「チリ髪のテッシュ」の異名をもつティッシュ・ペーパーとつながりを持つことが出来た。そのために使った金もかなりのもので、店の金にも手をつけた。彼が経理の責任者だからこそ出来たことだ。ティッシュとの取引を何度かすればそれを埋めるに充分な儲けが出る。心配はしていなかった。
だが、それもピニミの海軍によりティッシュ海賊団が壊滅的打撃を受け、ティッシュ自身も衛士に捕らわれ監獄行きになったことで全てがご破算になった。取引がダメになっただけならまだしも、そちらに回した金の埋め合わせが出来なくなった。それだけではない、もしも衛士隊の調査で自分とティッシュのつながりがバレたら。盗賊と直接取引をすることを嫌うパリックは黙ってはいまい、そのために店の金を使ったと知られたら尚更だ。間違いなく自分は殺される。
幸いなことに、ティッシュの腹心が企んだ救出作戦が失敗、ティッシュは死んだ。未だピニミの衛士から何も言ってこないところを見ると、自分とのつながりはバレていないらしい。だが使った金の穴は開いたままだ。決算を迎え、店の経理が大々的に、細かく調べられる前に何とかしなければならない。数字をいじって誤魔化すには額が大きすぎる。
思い浮かんだのがマウス・ジーロだった。数年前、派手に暴れては盗んだ金を貧乏人にばらまいた義賊気取りのこそ泥。パリック・ハウスも被害を受けた。そして奴は正体不明のままぷっつりと仕事をしなくなった。
奴の被害に遭ったことにすれば良い。ただ、過去に被害があったというだけではなぜ報告しなかったと責められ、詳しく調査される。前にも被害に遭ったが結局捕まえられなかったので信用できない……ダメだ。却って衛士に疑われる。過去ではなく、これから被害に遭わなければならない。それも急いで。
ジーロの仕業にする以上、ある程度は貧乏人に金をばらまかねばならない。盗まれたことにする金額が多ければ多いほど、ばらまく金も多くなる。部下も自分の味方ばかりではない。動かせるものは限られる。面倒くささにジーロではなくただの盗賊にしようかとも考えたが、ジーロの仕業にすると言うことはデメリットもあるがそれを上回るメリットがある。世間を巻き込み、こちらの思う方向に動かせるということだ。
そのためにもパリック・ハウスがジーロの被害に遭ったことを世間と衛士に知らせねばならない。そこで立てたのが先日の騒動だった。
(奴が義賊でなければ、こんな面倒くさいことはせずに済んだのに)
従来の業務と並行して、迅速に、秘密に事を進めているうちに問題が起きた。店に従業員として潜り込んだ衛士隊のスパイを殺してしまったのだ。それでも死体を隠しきれれば良かったが、その前に踊り子の1人に見つかり、騒がれてしまった。さすがに鼻薬を効かせた衛士たちも「仲間を殺されたのでは抑えきれない。へたに押さえつけるとこっちにとばっちりが来る」と及び腰だ。そこでブランはこれもジーロの仕業にすることにした。つまり下調べでこの店を調べていたジーロ達に見つかり、口を封じられたという筋書きだ。すぐにジーロの騒ぎを起こせば、焦って実行を早めたと解釈させられる。念のため、これは自分の仕業であるというジーロの置き手紙も用意した。とにかく世間にジーロに狙われたことを知らしめるためにできるだけ派手な形にしたいと、複数のジーロを用意して派手なショーにした。そのために囮役として何人か雇った。
そして先日、計画を実行した。混乱を大きくし、衛士隊が当時の状況を把握しづらいようにするため、営業時間に行った。
だが、客にパニックを起こさせるためにした爆炎魔導の建物破壊とそれによる客の混乱が予想外に大きかった。しかも囮役が足りず、息のかかった従業員を囮につかったところ、衛士でもない物好きに逃亡を妨害され、こともあろうに顔を見られてしまったことだ。こちらはその物好きの口を封じるよう、顔を見られた従業員に命じている。
それだけではない。衛士の中にこの一件に疑問を抱いているものもいる。昼間来たクロッツェルという衛士。どうも今回の事件がジーロの仕業ということに疑問を抱いているようだ。用意した置き手紙も疑っているらしい。今のところはただの違和感を覚える程度のようだが、それが確信に変わって捜査の方向に影響を与えるようでは困る。
だが、これらは対処可能なものだ。完全に払拭する必要はない。自分たちの仕業であることを示す証拠さえなければいい。
(……犯人を用意した方が良いかもしれんな。いや、へたに懲りすぎると却ってぼろが出る、これ以上は何もしない方が良い。しかし捜査を早急に打ち切らせるにはジーロ役を死体で用意した方が良い。が、誰でも良いというわけではない。それなりに説明の出来る死体でなければ。適当な犯人では自分の首を絞めかねない)
動くべきか、動かざるべきか。思案する中、ブランは人の気配を感じ扉の方を見た。いつ入ってきたのか、制服姿の女性が1人立っている。2年前から働き始めた彼の部下で、先日ジーロの囮として使ったところ顔を見られたという女だ。名はサーフィ。表向きはパリック・ハウスの従業員だが、表沙汰には出来ない仕事も受け持っている。彼女は唇をかんで頭を下げると
「申し訳ありません。仕留め損ねました」
ブランの顔が固まった。
「それで、そのまま戻ってきたのか?」
「ハルスが見張っています。今夜の内に改めて」
「まて。確かその女、先日うちに宝石を売りに来た自由商人……ベルダネウスとか言う男の連れだったな」
「はい。名はルーラ・レミィ・エルティース。衛士隊に駆け込む様子は見られませんが」
「奴も臑に傷を持つ身だからな」
手を上げサーフィを止めた姿勢のまま、
「そのベルダネウス、うちの従業員に知り合いはいないか?」
「従業員にはいないようですが、踊り子の1人が彼を訪ねています。訪ねた理由については調査中ですが、彼女は昼間、仕事を辞める旨を劇場に伝えに来ました」
「奴の知り合いでここを辞める……ちょうど良いな。余計なことを言わないよう、死体にして届ければ」
ブランは頭の中でひとつの案を急いでまとめ始めた。




