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【5・衛士は自由商人が嫌い】

「ザン・ベルダネウスだな。衛士隊のハウル・クロッツェルだが、話を聞かせてもらおう」

 サークラー教会駐車場。仕入れた商品の整理をしているベルダネウスの元に衛士が訪ねてきたのは、日が沈んだ頃だった。

「失礼ですが、身分証を拝見させてください」

 言われてクロッツェルともう一人の衛士が身分証明書を見せる。クロッツェルはルーラよりも少し背が低いが40を越えた厳つい顔の男で、古狸というより古熊と言いたくなるような目つきをしていた。

 もう一人の衛士はカーライル・エンディオという若い衛士で、身分証によるとルーラと同じ17才。クロッツェルよりひとまわり大きく、経験は無いが熱意はあるというような筋骨隆々とした男だ。

「衛士がわざわざどのようなご用件で私のような自由商人に?」

「昨夜、パリック・ハウスの盗賊騒ぎは知っているな」

「ええ。ちょうどあの時、店で食事を取っていましたから。ちょうど勘定を済ませたときだったので、面倒が嫌でさっさと退散しましたけれど、それが罪になりますか?」

 衛士達はその問いを無視して

「犯人と思われる盗賊については知っているな」

「噂では義賊と名高いマウス・ジーロとか。ああも話題になると嫌でも耳に入ってきます」

「踊り子達に食事をおごって聞いたのを嫌でも耳に入ってくるというのか」

 肩越しにエンディオが怒気まじりで言うのに

「自由商人は卑しいものです。目に、耳に入るものは何でも欲しがるんですよ」

 ベルダネウスが肩をすくめるのを馬鹿にされていると感じ取ったのか、エンディオが手を出そうとするのをクロッツェルが制する。

「単刀直入に言おう。パリック・ハウスに宝石類を売ったな」

「はい」

 あっさりベルダネウスは肯定する。

「自由商人というのは、売買を宝石のやりとりで行うのか?」

「宝石は商品です。もちろん模造品がほとんどですが。なにしろ本物を普段から身につけるのは怖いから、普段用の模造品が欲しいという人は結構多くて」

「売った宝石は本物だと聞いたが」

「宝石は売り物ばかりではありません。宝石で代金を支払う人がいるんです。何しろ小さな村や町では、お金よりも物で持っている人も多いので。特に年配の方には、支配国が変わる度にお金がただの石になるのを何度も経験していますからね。私としても、種類によっては貨幣よりも宝石で支払ってくれた方がありがたいこともあります。それに、家族に内緒で現金が欲しいが言う人がこっそり買い取りを求めてくることもあります。

 こちらとしてもいい物を安く手に入れられる機会ですから、宝石が特別でない限り、拒みませんよ」

「売った宝石はそのようにして手に入れた物だというのか」

「はい」

「裏付けを取りたい。どこから買い取った物か聞いておく」

「それはご勘弁を。売り手から家族には内緒でと強く言われています。私を信用して売ってくださったお客様を裏切るわけにはいきません」

「衛士が職務質問をしているんだぞ」

 睨みをきかせるエンディオをクロッツェルは再び制し

「全てがそうではないだろう」

「もちろん」

「どこで手に入れた?」

「ドボックで。他にマリゲール、ディブンザ、ムムイもあります」

 並べた国の名前にクロッツェルが眉をひそめる。

「聞いたことが無い国ばかりだな。町か?」

「こちらでは周辺諸国と合わせて戦東群国と言ったほうがわかりやすいでしょう」

「戦東群国……」

 衛士2人が眉をひそめた。戦東群国とは、スターカインの北北東にある12の国の総称である。100年以上前から戦争を続けていまや何を求めて戦っているのかすらわからないような状況だ。ただひとつわかっているのは、どこの国も「自分が敗者となる形の決着は嫌だ」である。彼らは自分たちが敗者とならないために戦い続けている。

「売り手をお話しするのは良いですが、ご存じのようにかなり面倒で厄介な国々ですからね。裏付けを取りに出かけて先方がベルダネウスなどという自由商人など知らないと答えても鵜呑みにしないでください」

「お前は戦東群国で商売をしているのか?」

「戦東群国もと言ってください。危険は多いですが、儲け話も多い。綺麗事は通じにくいですがね。あ、もちろん違法行為はしていません」

 嘘である。違法行為をせずに戦東群国で商売をするのは、人間に死ぬまで一度も嘘をつかないのと同じぐらい無理なことだ。口調は穏やかだが、要するに「裏付けを取れるものなら取ってみろ」と言っているのだ。特にこの宝石が国の財産の横流しならば、行ってもまともに答えるはずがない。へたに食い込もうなら口封じにこっちが殺される。

「宝石類を売った時の受け取りはあるか?」

「パリック・ハウスの物でしたら。ご覧に入れましょうか」

 木箱から先日の受け取りを取り出しては2人に見せる。彼らは手にしたリストと付き合わせながらチェックをはじめた。


 サークラー教会馬小屋。ルーラはグラッシェの毛並みを整えていた。グラッシェはベルダネウスの馬車を引く馬で、毛深く力が強いことで知られるボルグル重種。走る速度は馬としては遅い方だが、そのぶん力が強い。本来なら2頭立てでもおかしくないベルダネウスの馬車を1頭でぐいぐい引っ張っていく。今は夏毛なので馬っぽいが、冬毛になると「歩く毛玉」と呼ばれるぐらい毛深くなる。それだけに日頃の毛の手入れは大事だ。

 グラッシェも気持ちよさそうにルーラの手入れに身を任せている。もともとルーラの村で生まれ、ベルダネウスに馬車馬として譲渡されたグラッシェにとって、ルーラは生まれたときからそばにいる家族のようなものだ。

(あれ……やっぱり衛士隊に話しておくべきかな)

 昨夜、逃げる囮ジーロの1人と戦ったとき、短い時間だが顔を見た。だがそのことをまだ衛士隊に告げていない。本来ならすぐに衛士隊に報告して似顔絵の作成などに協力すべきだろう。しかし、似顔絵の作成協力だけで済めば良いが、場合によっては面通しのため数日は留まることを要求されるかもしれない。となればそれだけベルダネウスの出発は遅れる。あるいは彼女を残して彼だけ出発することも考えられる。

 元衛視である彼女には、犯人の目撃者の保護がどれだけ大切なのか知っている。犯人との面通し前に口を封じられた場合「目撃者の勘違いだ」で通される場合もあるのだ。それだけに、下手をすれば犯人と同じぐらい衛視の監視下に置かれることもある。

 考え事をしている彼女に、グラッシェがいきなり鳴いて大きく身を震わせた。

 びっくりして下がる彼女の横を鋭いナイフが突き出される。瞬間、彼女は大きく横に跳ぶと同時に、腰から小剣を抜いて身構える。

 教会の礼服姿の女性が、ナイフを手にルーラに斬りかかる。相手は礼服を着ているがサークラー教会の人間で無いのは確かだ。

 ナイフを小剣で受けながら見る相手の顔に、ルーラは眉をひそめた。

「あなた、昨夜の囮役?!」

 そう。昨夜逃げながらルーラと簡単に一戦したマウス・ジーロの囮を務めた女性だ。その女性は返事の代わりにナイフを振るう。昨夜と違い、本気で殺しにかかっている。

 ルーラを守ろうとグラッシェが大きく鳴き、暴れ出した。宿舎の止め板を跳ね飛ばし、威圧するように突撃しては女性に向かって前足を上げ踏みつけようとする。踏み潰されてはたまらないと、女性はナイフを構えたまま後ずさる。その隙にルーラは立てかけておいた精霊の槍を手にし、厩から距離を取る。

 グラッシェの前で、ナイフを構えた女と精霊の槍を構えたルーラが対峙した。

「何だ。馬が暴れているのか?」

 声と共に何人もの人がやってくる気配。さすがに女もまずいと思ったか、踵を返すと一目散に逃げ出した。

「大丈夫。もう大丈夫だから」

 鼻息の荒いグラッシェをなだめながら、ルーラはこのことを衛士に告げるべきかどうか悩んでいた。


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