【4・踊り子は義賊が嫌い】
「相変わらずだね。ジュリオネのジーロ嫌い」
仲間の踊り子に笑われてジュリオネがふてくされた。
「あの、マウス・ジーロってどんな盗賊なんですか? 何だかみんな喜んでいる感じでしたけど」
ルーラにとって初めて聞く名前だ。
「義賊と呼ばれていたな。いけ好かない金持ち連中から盗んだ金の一部を貧しい人達に施す」
踊り子達に代わってベルダネウスが答えた。
「私がマウス・ジーロを見たのは3年前。本当にただ遠目に見ただけだ。夜中に金袋を手に屋根を駆け回り、追う衛士を振り回す。なかなか良い動きをしていた。逃げる途中、貧民街に金をばらまいていったそうだ。その金で子供にごはんが食べさせられた。病気の親や子供を医者に診せられたと大評判だった。盗まれたのがかなりあくどい金貸しだったのも大きかったんだろうな。
私が直接ジーロを見たのはその時だけだ。その後は噂として聞いたものばかり。あれから度々街のあくどいことで評判の金持ちばかりを狙い、盗みを働いては金をばらまく。借金の証文を燃やしてしまう。おかげで庶民は大喝采、衛士隊は誰もジーロの捜査に協力してもらえず苦労したそうだ。とはいえ、ここまでコケにされたら衛士隊だって黙ってはいまい。被害に遭った金持ちは衛士隊は当てにならないと自分たちで人を雇い、ジーロを捕まえようとしているとも聞いた。どちらに捕まるにしろ、ジーロが首をくくられるのは時間の問題だと思った。
私は仕事が忙しくなり、いつの間にかジーロのことを忘れていた。昨夜の騒ぎでようやく思い出した。
ですから、ジーロについては皆さんの方が詳しいでしょう」
最後に柔らかな口調に戻ると踊り子達を見た。
「そうね。確かにマウス・ジーロが最初に現れたのは3年ぐらい前だったわね。いや、4年近いかな。で、昨夜をのぞけば最後に出たのが2年前。その間に10件ぐらい盗みをしたんだっけ?」
「そうそう。初めて現れてから半年もすると、みんなジーロが現れるのを待ち焦がれてね。何しろ現れる度に金をばらまいていくんだから」
「あの頃のジーロの信者は8大神より多かったんじゃない?」
「何が信者よ」
踊り子達が楽しげにジーロの話をする間、ジュリオネだけがむすっとして食事を続けている。
「どんな理屈を付けようが、所詮は泥棒じゃない。人のものを盗む奴のどこが偉いのよ。それ以上にむかつくのか、施しとか何とか言って喜ぶ連中よ」
ジュリオネが大きくテーブルを叩く。その音で周囲の客達が一斉に彼女を見た。
それに気がついて彼女は気まずそうに背筋を正し、かるく咳払いをして落ちつくと
「だってそうじゃない。マウス・ジーロの施しって、要するにどっかから盗んできた金ってことじゃない。だったらそれを手に入れたら盗まれた人なり店なりに返すのが筋じゃない。それをせず施しとか何とか虫の良いこと言って自分の懐にしまおうって言うのが私は気に入らないの」
彼女の言葉にベルダネウスも苦笑い。彼も盗品を被害者に返さず、商品として売買している立場だ。彼女の言葉は耳が痛い。
「そもそも泥棒が盗んだ金を誰かに施すなんて、そんなことするわけないじゃない。どうせ逃げる途中、うっかり落としたのをそこにいた奴が拾っただけよ」
「それはともかくとして」
ベルダネウスが彼女の言葉を遮り
「施しだと言っている人は、その金を手にできるんですか? 盗まれた金である以上、衛士達が没収すると思うのですが?」
「普通はそうよ。でもね、その貧乏人達はその金を『これは拾った金だ。盗まれたものなら返すけれど、その証拠はあるのか?』なんて言うのよ」
途端ファルトが笑い出した。
「そいつはいいや。金に名前が書いてあるわけじゃない。ここの法じゃ、金を拾った場合の扱いはどうなるんだ? まさか、拾った金は没収してそれっきりじゃないよな。そんなんだったら、誰も拾ったことを届けたりしねえ」
「届けてから100日経っても持ち主が判明しなかったら、拾った人のものになるわ。何かに入っていたとか、何かが一緒にあったとかならともかく、むき出しの現金だった場合、落とした人がそれを照明するのはまず無理。100日後には胸を張って自分の金に出来るってわけ」
「なるほど、それがマウス・ジーロの施しというわけですか。でも、状況から考えればそれがジーロが盗んだ金である可能性は限りなく高い。それを理由に没収する可能性は」
「貧乏人達ってね、金はないけど知恵はあるのよ。届ける際に、なけなしの自分の金も一緒にするの」
「なるほど……そういうことですか」
「そういうことって?」
意味がわからないルーラにベルダネウスは
「例えばジーロがばらまいた金が10万ディルだとする。そこへ自分の金1万ディルを足して、拾いましたと11万ディル届けたらどうなる。それも1人じゃなく、数人でまとめて持っていったら。誰の拾った金が盗まれた金で、誰のがそうでないかを判断するのはまず無理だ。そのうちの10万ディルは盗まれたものだから、その分差し引こうってことにしようにも、それをするには盗まれた金が全額届けた分にはいっていることが前提となる。もしかしたらその中で盗まれた金は10万ディルじゃなく6万ディルかもしれない。もしかしたら1ディルも入っていないかも知れない」
「そういうこと。衛士も盗まれた人も、歯ぎしりして全額拾った人に渡すしか無いのよ。多分今回も同じようなことになるんじゃない」
「ちょっと衛士隊に同情しますね」
思わず哀れみの目を浮かべるベルダネウスにジュリオネが
「それは同感ね。衛士は嫌いだけど、金をばらまいて貧乏人を共犯にしようとするジーロや、盗まれた金だと知った上で自分の物にしようとする連中はもっと嫌い」
言い切る彼女を周囲の踊り子達も「いつものジーロ嫌い」と苦笑いしているが、
「おい、そこの女。いい加減にしろよ」
周囲の席にいた男達が何人か立ち上がり、ジュリオネに詰め寄ってきた。
「ジーロは金持ちの金を貧しい人たちに再分配する英雄だ」
「自分の所に施しがこないからっていらついているんじゃねえよ」
「ジーロの復活に良い気分でいるのに水を差しやがって」
睨み付ける男達にジュリオネが軽蔑するような目を向け
「復活? 泥棒のおこぼれに喜ぶような奴が、なに威張っているのよ」
「何だと!?」
「女でもジーロを馬鹿にする奴は許さねえぞ! あいつは汚え金持ちからしか盗まねえんだ」
「汚い金持ちからなら盗んでも良いっての。あんたら、ただ嫌いな奴らがひどい目に会うのが楽しいってだけでしょう」
「まあまあ落ちついて」
ベルダネウスがジュリオネと男達に割って入る。その手には折りたたまれた彼のマントがある。
「みなさんもジーロに喝采を送るにも場所をお考えになった方が。ここはほら、すぐそこが衛士隊の本部です」
「衛士が怖くてジーロに拍手できるか!」
「皆さんは良くてもお店に迷惑がかかります。ここは食事を楽しむ場所ですから」
言いながらベルダネウスは、どうしようかと迷いながら立っている店の主人を確認、続けてルーラとファルトに目配せする。ファルトがテーブルを回って踊り子達に寄ると
「ここはダンナに任せて、店を出な」
言われて彼女たちが我先にと出入り口に駆けだした。
「おい、待て!」
追いかけようとした先頭の男に対し、ルーラがそばを走り抜け様、彼の膝の裏を槍の柄で叩いて転倒させる。それに合わせてベルダネウスは
「食事代だ、釣りはいらん!」
金の入った袋を主人に投げると、ジュリオネの腕を掴み出入り口に走り出す。
「こいつ。待て!」
立ち上がり駆けた男の体を、ルーラが逆に持った槍で突く! 続けてひっくり返った男越しに、後ろの男達も槍の石突きで突き倒していく。
「ルーラ、もう良い!」
袋の金を確かめる主人の横を通ってベルダネウスたちが店の外に出ると、少し遅れてルーラが続く。その背中に金を確認した主人が「毎度あり。またどうぞ」と声をかけた。
外では逃げる踊り子達を尻目にファルトが魔玉の杖を構えていた。唇を舐める彼の前で魔玉が淡く光る。
ルーラが外に出た途端
「魔壁!」
ファルトの魔導が発動、開かれた店の出入り口を物質化した魔力の壁が塞ぐ。ただし魔壁は透明なので目には見えない。追いかけて外に駆け出ようとした男達が知らずに次々と魔壁に衝突、無様にひっくり返った。
「とりあえずここまで来たら大丈夫でしょう」
踊り子達と一緒に逃げてきたベルダネウスたちは、数ブロック離れた小さな公園に駆け込み一息ついた。
「ちょっと」踊り子たちが怖い目でジュリオネに詰め寄り「あんたのジーロ嫌いは知っているし、それをどうこう言うつもりはないけど、時と場所を考えなさいよ。あんたのとばっちりでひどい目に会うのはゴメンだからね」
多数に詰め寄られ、さすがにジュリオネもばつが悪そうに
「わかったわよ。ごめん。私の口が悪い」
というものの、目つきや口調はちっとも反省しているようには見えない。
「まったく……ジーロもずっといなくなってりゃ良かったのに。なんで今頃盗みを再開するのよ」
「その再開をあれだけ歓迎する人達がいるんです。マウス・ジーロの人気はたいしたものですね」
「そうそう。あなたもジーロを話題にするときは気をつけた方が良いわよ。それじゃ、ごちそうさま」
「あたし、全部食べてなかったのに」
「諦めなよ」
もう用は済んだと、笑顔で去ろうとする踊り子達の背中に
「最後にひとつ。マウス・ジーロというのは1人で仕事をするタイプだったと記憶していますが、いつから仲間を使うようになったんですか?」
「仲間? 仲間なんていた?」
足を止めた踊り子達が顔を見合わせた。
「昨夜逃げるとき、衛士隊は複数の人間を追いかけているようでした。ですからジーロは仲間と一緒に仕事をして、追っ手を分散させるために別々に逃げたと思ったのですが」
「以前は1人だったね」
ジュリオネが唇を噛んだ。
「この2年間で仲間を作ったんじゃない」
「仲間……ですか」
その仲間というのはファルトのように金で頼まれた囮役なのだが、それを指摘するといろいろ面倒くさいことになるのでベルダネウスは知らないふりをいる。
「あんた。随分とジーロに興味があるみたいだね。衛士ではなさそうだけど?」
「ただの自由商人ですよ。あちこちの小さな町や村でお客様と話をするときのため、できるだけ多くのネタを仕入れておきたいだけです」
「自由商人? これからどの辺行くの?」
「仕入れられた商品次第です」
おしゃべりしながら去って行く踊り子達を見送るベルダネウスの笑顔が、彼女たちが見えなくなるのに合わせて消えた。
「ダンナ、昨夜の騒ぎ、気に入らないみたいだな」
「気に入らないと言うより、気分が悪い。納得できない取引を押しつけられている感じだ。ファルト、お前仕事を頼まれたときに金などを逃げる途中でばらまく金も前金と一緒に渡されたと言ったな?」
「ああ。ばらまかずに懐に入れたら後金は払わない、それだけじゃないぞと睨まれたけどね」
「じゃあ、盗みをする前にばらまくお金を用意してたってこと?」
ルーラもつい小首を傾げた。彼女も引っかかるらしい。
「盗みに失敗したらどうするつもりだったのかな? お金だけばらまいて終わり?」
「失敗なんて有り得ないと思っていたんじゃないか」
肩をすくめるファルト。ベルダネウスは軽い頭痛でもしているかのようにこめかみを人差し指で押さえ
「この一件、表面通りの取り方をするととんだ穴に落ちそうな気がする」
「良い方法があるぜダンナ。この一件には首を突っ込まず、さっさとここから出て行くことだ」
「そうだな。それが最良のようだ。それに突っ込むのは衛士の仕事だ」
額を中指で掻きながら仕方ないとベルダネウスは笑顔を浮かべた。
だが、事態は彼らをすんなりこの町から出て行かせてはくれなかった。




