【16・自由商人は隠しごとが嫌い】
カーテン越しに入る朝日が明るい。川の音が耳に心地よい。
荷台の隅で横になっていたベルダネウスが上体を起こすと挫いた足を見た。テーピングされ、巻いたタオルの冷たさが心地よい。若干違和感はあるが足の痛みはほとんど無くなっている。
「ダンナ、起きたか」
カーテンをめくってファルトとジュリオネが顔を出した。手にした食べかけのパンから焼きたての良い匂いがした。
「どれぐらい眠っていた?」
「8時間ぐらいかな。今、ルーラが朝飯を作っている。もういっぺん治癒魔導かけようか?」
「いや、もう治癒魔導は必要ないだろう。それより腹が減った」
「呆れた男ね。けどわかるわ。あの子、結構料理うまいじゃない。あんたのために川蛇捕まえて焼いてるわよ。好物だって?」
その言葉に顔をほころばせ、ベルダネウスは這うように進みカーテンを開ける。
馬車は川沿い道、少し高くなっている林の隙間に留められていた。馬車の脇ではルーラが即席の竃を2つ作ってパンを焼き、スープを作っている。鍋の横では串に刺した川蛇が焼かれて油を弾けさせている。
ジュリオネの肩を借り、少し右足を引きずり気味に歩いてくるベルダネウスに気がつくと
「ザン、足はもう良いの?」
「ああ。お前の手当とファルトの治癒魔導のおかげだ」
脇の手頃な石に腰掛けたベルダネウスに、ルーラがいい加減に焼けた川蛇を渡し、それを彼がかぶりついている間に器にスープを注ぎ、パンを用意する。
一同はしばし会話を忘れて食事に専念する。
「ところで、衛士達が私たちのことを他の町へ手配するなんてことは無いわよね。手配犯にされたんじゃオーディションどころじゃないわよ」
一息ついたところでジュリオネが言った。
「それはないだろう。ブラン達の調べもあるし、本物のジーロ探索に忙しいさ」
「本物?! 本物のマウス・ジーロが出たの?」
ルーラもジーロの姿を見ているはずだが、クロッツェルの言葉を聞いていないためそれが本物だとは気がついていなかった。ベルダネウスは昨夜の出来事を簡単に話しはじめる。皆も食事を続けながら話を聞いている。
「あれが本物のマウス・ジーロかどうかは知らん。しかしクロッツェルさんは本物と確信しているようだ。ずっと追い続けたものとしての判断だし、そいつが金袋を持っていたから、ブランの証言以上に金がなくなっていれば他も本物と判断するだろう。
大方、偽物の出現に怒った本物が探りを入れているところにあの騒ぎだ。偽物は捕まりそうだが、それだけでは癪に障るとばかりに、迷惑料として金袋に手を伸ばしたんじゃないか。勝手な想像だが」
ジュリオネが軽く手を上げ
「私もその想像に賛成。なんで被害者であるハウスに目をつけたかは知らないけど」
「盗みをしていないだけでダロンリグンにずっといたんだろう。もしかしたら先日の騒ぎの時も近くにいたのかもしれない」
「じゃあ、これからまたあの町ではあのエセ義賊に振り回されるわけか」
ジュリオネの言葉には先日のような悪意は感じられなかった。町を出たことでジーロの件はすっかり「よそのこと」になったのかもしれない。
「今回のことでしばらく話題にはなるだろうが、すぐに止むさ」ベルダネウスは紫茶で喉を潤し「もうあの町にマウス・ジーロが出ることはないだろうからな」
「わかったようなことを言うわね」
「わかりますよ。何しろ」
ベルダネウスはじっとジュリオネを見つめ
「本物のマウス・ジーロは、ここにいるんですから」
ルーラがきょとんとして、ファルトは探りを入れるようにジュリオネを見た。
「どういう意味かしら?」
イタズラっぽい笑みのジュリオネをベルダネウスは軽く指さし、
「昼は舞台の踊り子。夜は怪盗。ジュリオネさん、あなたが怪盗マウス・ジーロだと言っているんです。あなたのバッグには、ハウスから盗んできた金が詰まっているんじゃないんですか?」
見つめられ、ジュリオネは静かに3人を見比べ、やがて静かに息をついた。
「……やっぱりバレてたか」
そういう彼女の目は踊り子のものではなかった。ふてぶてしさを宿した泥棒の目だった。
「あんたを抱き起こしたとき、鼻をひくつかせるのを見てヤバイと思ったんだよね」
特に逃げるそぶりも見せないせいか、ベルダネウスの口調からも力が抜けた。
「あの時、ジーロから嗅ぎ慣れた匂いがしたんですよ。一緒に捕まったとき、あなたがつけていたのと同じ香水の匂いがね。
もちろん同じ香水をつけている女性はいくらでもいるでしょう。だから私はジーロの動きに注目したんです。見覚えのあるリズムの動き、前に見たあなたがステージで踊っていたリズムです。しかもクロッツェルさんはその動きであれが本物のマウス・ジーロだと確信した。状況を考えると、あなたが目の前の人物であり、本物のマウス・ジーロだという結論になるんです」
「同じ香水をつけた踊り子仲間って可能性は考えなかったの?」
「考えましたよ。しかし先日の騒ぎでステージは中止、店自体も休みのため踊り子達は店にはいなかった。あなたをのぞいてね。来ていたならば最初から盗みの続きをするために来たと考えるべきでしょう。わざわざ強い香水をつけるはずがない。
私を助けてくれたのは感謝します。けれど盗賊としては軽率でしたね。香水を落とさずに仕事をするなんて」
「まずいかなとは思ったけれど、どうせ明日には町を出るんだから、いいかと思ってね。壁は壊れて風も入るし。言っておくけど、私がピニミのオーディションを受けるって言うのは本当の事よ。マウス・ジーロが現れることはもう無いわ」
「別の名で盗みを続けるならば一声かけてください。盗んだ品を買い取ってくれる相手が必要でしょう」
「信用無いわね」
「信用ってのは手間暇かけないと手に入らねえよ」
鍋に残ったスープをパンで拭い取っては口に運びながらファルトが言った。
ベルダネウスも小さく頷き
「貧しさに心を変えた人を何人も知っていますからね。そうならないよう、あなたがオーディションに受かることを願いますよ」
静かに笑う彼に、ジュリオネの方がむしろ力が抜けたようで
「衛士隊に突き出さないの? 謝礼がもらえるかもしれないわよ」
「あの時、あなたは金袋を手にさっさと逃げることも出来た。しかしそうせず私たちを助けに来てくれた。恩人を売るつもりはありませんよ。それに仮に突き出そうとしても、黙って捕まるあなたじゃないでしょう。ここで一戦交える気はありません」
「俺は衛士じゃねえし」
「私はザンに従うだけ」
ファルトもルーラも彼女を捕まえるそぶりすらない。
「そういうことです。何でしたら、見逃す代金として聞かせてくれませんか?」
「何を?」
「あなたがマウス・ジーロになった経緯を。無理にとは言いません」
「何かドラマチックな展開を期待しているなら悪いけれど、そんな大層な理由はないわよ」
しばし彼女は目を閉じる。頭の中で話す順番を整理しているのかもしれない。
そして口を開く。




