春を奏でる 6(終)
次の日曜日。俺達は再び圭吾の家へと向かっていた。
家には圭吾と清子さん、おばさんの他父親とおぼしきおじさんが揃っていた。
「この度は大変感謝しております。うちの娘を助けて頂いてありがとうございました。」
と、丁寧に頭を下げられた。
その後の話を聞くと悪夢も見なくなり、外出しても不幸は起きなかったようだ。律さんとは紆余曲折あり結局別れた、と。
曰く、「最低の男。人生の汚点。」との事。
あの後、怯えた様子を見せる男を問い詰め今までの事を白状させた結果、完全に軽蔑嫌悪視界に入れたくないレベルで拒絶反応を起こし、更にはサークル仲間から話が拡がり大学に居づらくなり退学するかも知れないと…。りかさんも大学に通える精神状態ではない為一緒に退学。
現在は、りかさんのご両親からりかさんにしていた事で訴訟問題となりそうで、慰謝料を払うか責任を取って結婚するか。結婚する事になりそうだと噂されているそうだ。
愛情の一欠片も無いゴミ以下の塵芥を見るより冷たい目で「最悪な男」と言っていて俺達男性陣はひゅんとなった。
女性は怒らせると怖いと身をもって知り、ああならないようにと反面教師となった事件だった。
「安心しました。情けをかけたり縁が続いていたら清子さんにまで巻き込まれる所でしたので。」
りかさんは呪詛返しの結果精神を病んでしまい、まともな生活が出来ない状態、そして今度はりかさんの想いからりかさんに取り憑いている女が律さんへと執着という名の呪いが発動中。
そこに少しでも律さんへの愛情同情といった縁があれば否応なしに敵対視されていただろう。
関われば彼等の因果から背負った荷物を否応なしに負わされただろうから……、
縁をすっぱり切って正解だったね。
「今回助けてた頂いたこの桜はどうしたらよろしいでしょうか?」
俺は桜の枝はお預かりして神社の境内に植えるか、圭吾の家の庭に植えるかと考えていたんだが、
「この地域の護りとなってくれるって〜!」
と、ポンッと現れたゆきが告げた。
突然現れたゆきを圭吾も清子さんもおばさんもびっくりしながらも受け入れていたが、初めて見たおじさんは言葉にならないくらい驚いていた。
「…!な!……あ!………!」
本当済みません。うちのゆきが驚かせまして…。
ここは素直に謝っておいた。
でもうちのゆき、可愛いでしょう?
そもそも今回の事は色んな要因が重なった結果起きた事だった。りかさん然り律さん然り、りかさんに取り憑いていた女も。
女は生前好きになった男に振り向いてもらえず男への愛情と執着を拗らせて自殺した。それが今のりかさんの部屋で、女は未だに荒ぶった魂としてこの世に居続け、りかさんと同調してしまった。
女とりかさんは混ざりあり深い所まで同調し合い一つとなってしまった。りかさんが女を取り込んだ感じだ。だから夢の中で清子さんはりかさんのようで違う人にも見えていたわけだ。
そしてここの土地も良くなかった。
「ここ、昔は沼だったと思います。そこを埋め立てて新興住宅街にした。
沼って色んなモノを引き寄せるんです。そして停滞しやすい。
しかもその沼で女性が亡くなっています。昔人身御供とされたのか理不尽に殺されたのかは分かりませんが、彼女が居なくなっても彼女の怨みがずっと渦巻いているんですよ。」
“悔しい”
“苦しい”
“寒い”
“なんで私が“
“許さない”
初めてここに降り立った時俺とゆきは彼女の思念と共に生き物が腐っているような強烈な生臭さを感じたのだ。そしてこの環境がりかさんから送られた怨みの念を更に強力なものとしてしまった。
圭吾達が顔色を悪くする。
「だからこの桜がここの地の護りとなってくれるって〜!女の人の思いを浄化して悪いものが溜まらないようにしてくれるって〜!」
可愛らしくゆきが言う。
「だから護れる所に植えて欲しいって言ってるよ」
ゆき曰く、ここら辺で人が居て寂しくない所。
皆を見守りながら護りたいとの事。
するとおじさんが、
「公園はいかがでしょうか?」
この近くに大きな公園があり、そこは日々子供達が集まり季節毎にお祭りもやるそうだ。
「でも勝手に植える訳にはいかないですよね?」
すると、おじさんは役場勤務だそうで公園の植樹を市として進めてくれるとの事。
トントン拍子に進むが、物事がスムーズに進む時はその流れが正しい時だ。
有り難くおじさんの案に乗せてもらった。
植樹に関しては改めてうちの神社に依頼を出してくれる事になった。植樹祭ってやつだね。
よく晴れた日曜日、今日は桜の木の植樹祭が執り行われる。
圭吾のお父さんの勤める役場からうちの神社へと植樹祭に関して依頼があり、おじさんの「奏多がやろうか」の一声で俺がやる事になった。色々関わっていたので裏方をやらせてもらおうと思ってたんだけど気が付いたら俺がメインとなっていた…。
俺、見習いなんだけどなぁ………。
でも良いんだ。ここに至るまで色々あった。
圭吾が俺に謝りたいと思っていた奴らに声をかけてくれたみたいで、昔俺を嫌厭して距離を取っていた奴らから正式な謝罪があったのだ。子供の時一緒に遊んでいた奴らだった。圭吾と同じ様にあの時、集団ヒステリーの様に恐怖が子供達の間に伝染したのだ。そして時間が経ってからなんであんな事をしたのか反省したが、既に取り返しのつかない距離感が出来てしまったのだと。
正直、謝罪なんてものは謝りたい奴の自己満足だ。謝ったって過去は消えない。された事は傷として残る。謝罪なんて自分が罪悪感から解放されたいだけなのだ。
……ただ、俺は嫌われていなかったんだ。俺は嫌われる人間ではなかったのだ。俺は普通の人間だったのだと安堵した。
なんで?俺が何かやったのか?俺はダメな人間なのか?なんで?どうして?
……そうか俺が駄目な人間だからか………。
だから皆離れていったのか……。
あの時の辛さも自分への不信感も混乱も忘れる事は出来ない。
でも、おれがずっと抱えていた自分への不信感が少し和らいだ気がした。
今ならばあの時の、怖くて動けなくなっている子供の頃の俺に手を差し出して一緒に歩ける気がした。
謝罪なんて自己満足だ。
……だけどそれで救われたのもまた事実だった。
植樹祭当日、圭吾のお父さんにこの地域の上役の人達を紹介され挨拶を交わした。今回の植樹祭は異例の早さで進んだ。元来こういう行政が絡む仕事は日程はもとより地域の人達の理解がなくては行われないのだ。だから俺はてっきり来年かな…くらいに思っていたのだが、上役の一人が「ならば春祭りでやれば良い」と。その後慌ただしく日程が整い今日の良き日の植樹となったのだ。
俺はいつもの様に狩衣を纏い、祝詞を上げる。
この桜が幾千もの年月、この地を見守りこの地に住まう生きとし生けるもの全てに安寧を言祝いだ。
その後の舞はかつての友人達と今の友人達と未来の友人達、この地域の全ての人達への祝福を願い舞った。
“どうか皆の進む道が光で満ちますように”
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娘の清子を救ってくれた少年が今、天上の舞とも言えるほどの舞を目の前で披露してくれている。
皆が呆けるように魅入っている。
ここまでの苦労を思うと、目に力を入れていないと年甲斐もなく涙が溢れてきそうだ。
娘におかしな事が起こり始めた時、すぐに人智を超えたものでは無いかと頭を過った。
役場に勤め住民の訴えに耳を傾け早30年。真面目に働き、それが評価されかなり責任ある立場へと出世した。その間普通の会社員では経験出来ないような様々なものを見てきた。
その中でも頭を抱えたのが常識では起こり得ないような怪奇現象だった。
この仕事をする前までは私自身、幽霊や呪いなどあるわけ無いと思っていた。しかし寄せられる苦情の中にはどうしても人が関与しているとは考えられないような異常なものがあるのだ。そしてそれに対処する方法も役所内では公然の秘密となり引き継がれきた。
その中の一つ、どうにもならない時は三嶋神社を頼れ、と言うのがある。
三嶋神社は全国でも有名な神社である。しかしそれは公然とではなく、ひっそりと、裏で語り継がれるように語られる。
私も何度か三嶋神社へとお願いした時がある。その三嶋神社の見習いとはいえ神官が圭吾の同級生だったのだ。しかも圭吾が昔やらかした人物だと言う。
話を聞いてヒヤッとした。
しかし今回その人物にありがたい事に助けられた。
流石三嶋神社の神官だと心底感嘆した。
事件の顛末を聞き、この地の因縁も聞いた。過去に起こった事がこれから先、孫や曾孫の代まで引きずる事が無いよう全てを三嶋神社へとお願いした。
私に出来るのはそれについての根回しだ。正直この手の根回しは面倒臭い。信じていない者に正直に説明しても無駄なのだ。
さてどうしようか…と考えていたが杞憂だった。
この地域の上役となっている住民数人が話をするや否や直ぐ様可決したのだ。
私が口を挟む隙もなく可及的速やかに、素晴らしく迅速に…、言葉を選ばす言えばこちらの意見を聞かず勝手に色々な事を決められた。
それについての予算や市の裁決等は、お前らが勝手にやれと言わんばかりの暴挙にこちらが何度キレそうになった事か……。
しかし思えばこの上役達、既に高齢となっている住民達はこの地の異常さに気が付いていたのかも知れない。
女性の精神疾患が多い事、住民の自殺者が多い事、何処か陰鬱とした空気がある事。長年住んでいるからこそ思う所があったのだろう。
だからこそ私は正直に全てを上役達に話した。そして私達役所と住民が総勢でこの植樹祭を成功させようと協力し、今日この日を迎えたのだ。
最初はこの少年が今日の全てを取り仕切ることに上役達は訝しんだ。
きちんと出来るのか?
見習いではないのか?
何故普通の神官が来てくれない?
しかし少年が祝詞を上げ、舞を披露すると空気が一変した。
雲一つない青空の下一人の少年が舞う。
まるで異空間に迷い込んだかのように喧騒が遠ざかり、人々が魅入る。聞こえるのは鳥の声と風の音、木々のさざめきに笛の音。
そこに少年の衣擦れ。鈴の音に合わせた足音。
たくさんの住民が固唾をのんで見守る。
神楽が佳境に入ると異変に気が付いた。
先程植えたばかりの桜が少年の舞に合わせてみるみる幹が太くなり枝が伸びていく。
まるで早送りをしているかのように桜の木が成長していく。幹が抱えられないほどに太くなり空いっぱいに枝が広がった。その後信じられない事に蕾がほころび、一輪の桜が咲くと後を追うように残りの蕾も花開き、満開の桜が姿を現した。
皆が言葉を無くし目の前の光景に立ち尽くす。
すると一際強い風が吹き、一斉に桜の花が散っていく。視界が一面薄紅色の桜で覆われる。桜の花びらは遠く、この地域に飛んでいく。
ベビーカーに乗った赤子の笑い声が聞こえる。
その声で呆けていた皆が我に返ると、先程の桜は姿を消していた。桜はまだ小さく細く若々しい。
幻想か妄想か。
しかし皆が同じものを見ていたと思う。
少年の舞が終わると皆が呆けたまま、まばらな拍手か起き、徐々に大きく割れんばかりの喝采がわき起こった。
この地を覆っていた湿った空気が温かく軽くなった気がした。
しかし、植えた時は私の腰の位置だった桜が終わった頃には胸の位置へと成長していた…。
……流石三嶋神社………。半端ではない……。
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今日から新学期が始まる。学年が上がりクラス替えもある。智輝達と同じクラスになれるといいなぁと思いながら朝の準備をする。
でも去年のような憂鬱はない。友達が出来るか心配ではあるが以前のような緊張はない。
俺は大丈夫だ。そう思えるようになった。
お読み下さりありがとうござい。
これで一旦完結とさせて頂きます。
まだ書きたい事があるので思いついた時ちょこちょこと更新するかと思いますので、その時はよろしくお願いします。
お付き合い頂きありがとうございました。




