5‑6 この感情は
二人のやりとりは、
終わる気配がなかった。
「…っ、本当に、
自分のことように嬉しくて……」
佐伯さんの声が震えている。
感極まっているのが、声だけでわかる。
「…お話は、元奥様から直接?」
霧島さんの声は、
少しだけ熱を含んで聞こえた。
「はい。一昨日、
離婚して以来、初めてメッセージが来て」
「昨日、食事してきたんです。
会ったらすごくきれいになっていて…
あ、これは、と思いました」
佐伯さんの影は、
霧島さんのほうへ寄りすぎていて。
「ははっ。
それは嬉しいですね」
木漏れ日は濃くなったり薄くなったりして、
まるで二人の呼吸に合わせて揺れているみたいだった。
「再婚前に連絡するか迷ったそうです。
でも、俺はもう“過去の人”なんだからって。」
小川の音が、 ときどき強くなる。
「…俺、相談されないのが
うれしい日が来るなんて、
想像したこともなかったです」
空気が震える。
「俺も…別れた妻に、
同じような報告がしたいと思えました」
……これ…、
…昨日の誰とも違う。
胸の奥が、
きゅ……っとしたまま、戻らない。
「……霧島さん」
佐伯さんの声が、
触れていないのに触れているみたいで。
「…霧島さんの下の名前、
俺に教えてくれませんか。」
霧島さんのまなざしが、
その声に寄っていく。
あと少しで、
結び合ってしまいそうな空気。
私は、
自分の鼓動や呼吸を、
うるさいと感じてしまった。
その時。
「……レーヴちゃん?」
背後から声がして、
心臓が跳ねた。
「ひっ……!」
振り返ると、
小杉さんがいた。
「いや、びっくりしたっす。
レーヴちゃん、こんなとこで何してんすか」
「す、すみません……!
シズクさんが……裏から見ていいって……」
「あー……
シズクさんなら言っちゃいそうですね……」
小杉さんは、
頭をかきながらため息をついた。
「ジェムがいるブースを
単独で無断見学するの、ルール違反なんすよ」
「……っ」
「まあ、研修中だからセーフってことで。
俺が一緒に見てたってことにしときましょう」
助かった……。
「でも、
シズクさんがやっちゃったのは報告するかあ…
お灸すえられると思うっすよ。
伏見さん、ルール違反にはマジ怒るんで」
「えっ……」
小杉さんは笑った。
「大丈夫っすよ。
シズクさんも大事なジュエルなんですから」
私のせいで、
おおごとにならないといいな。
「じゃ、事務所行きましょうか。
昨日やりかけたタイムカードもですけど、
雇用契約書、書けてます?」
「はい。ハンコも持ってきてます」
私は頷いて、
霧島さんのブースから離れた。
でも、
胸の奥のきゅっとした揺れは、
ぜんぜん消えてくれなかった。
なにか、
大事なことが、
言葉にならずに膨らんでいく感じがする。
事務所では、
遼叔父さんが書類を見ていた。
「霧島のブース見てきたのか?」
顔だけ上げて、
にこりと笑ってくれた。
……その笑顔を見た瞬間、
胸の奥がまたきゅっとした。
「そっす。
…あのお二人、うちで一番“近そう”っすね~」
“あのお二人”…
霧島さんと佐伯さんのことだと思った。
私の中で膨らんでいく何か。
――昨日の宮子さんの言葉が、
耳に残っていた。
『この話は、とっても大事な話だから。
今は内緒にしてもいいかしら?』
あれは……
きっと、遼叔父さんが
“宮子さんに甘えた瞬間”があったという話。
遼叔父さんにも、
誰かに「助けて」って言った時期があったんだ。
宮子さんに言ったことがことがあるんだ。
“何か”が、すごく膨らんでいく。
……私も、言ってみたい。
胸の奥が、
ぽわんでもきゅでもなくて、
なんだか熱くなった。
その時、大江さんが私に声をかけた。
「レーヴさん」
「…!はい。」
「レーヴさんの契約関係の事務処理、
俺が進めることになったんだ。
今からいいかな」
ニコッ!と、
お日様のように笑ってくれた。
「はい!お願いします」
私が大江さんと事務手続きを
いくつか進めている間、
小杉さんはなにかを準備しているようだった。
「雇用契約書は不備無し、と」
よかった。
「レーヴさんはまだ学生だから、
社会保険も要らないか。
じゃあ、レーヴさんが居ないとまずい
手続きは完了だな」
緊張がほぐれていく。
小杉さんが私たちに近づいてきた。
「大江さん、あざっす。
助かりました」
小杉さんは、
タブレットや何かの資料を抱えている。
「レーヴちゃんのブース作り、
いつものやつ始めますね」
いつものやつ…。
なんだろう?
その時、ガタッ!と、
遼叔父さんが席を立った。
「小杉、ちょっといいか」
「なんすか?」
遼叔父さんが、
小杉さんの腕を引いて、
事務所の外に出ていってしまった。




