4‑1 コートを預かる
エントランスホールの静けさを抜けて、
店内の奥へ向かう。
「いい年したオッサンが
身内の、しかも
子供みたいな年の娘相手に
色々丸出しってのは、
中々こっぱずかしいんだけどな」
仕事の話のはずなのに、
仕草が一瞬だけ柔らかく見えて、
胸の奥がなんだかぽわわんとした。
けれど遼叔父さんはすぐに
支配人の顔に戻って、
私のぽわわんはどこかへ消えていった。
…今の、私の感情は……
………いったい何……?
「なあ、イヴ」
歩きながら、
遼叔父さんが静かに言った。
「イヴのブースを作る前に、
まずは“顧客の心情”ってやつを
少し考えてみてほしい」
胸の奥がすっと引き締まった。
「そしてゼロからブースを作るのは難しい。
だから――
俺のブースを、顧客として体験してみてくれ。
何かのヒントくらいにはなると思う」
遼叔父さんのブース。
その言葉だけで胸がドクンと揺れた。
「その前に――
テストモードのブース動作を見てもらいながら、
少し、“影”の話をさせてほしい」
遼叔父さんは立ち止まり、
私のほうへ向き直った。
ブースの扉が、開かれた。
「影ってのは、
俺は、人の“心の揺れ”の残像みたいなもの
だと思ってる。」
残像。
その言葉が胸に落ちる。
「過去の因縁、
今の因縁、
嗜好性――
その人が何を怖がって、
何を求めて、
何を避けて、
何に惹かれるか」
遼叔父さんは、
まるで遠くの景色を見るような目で言った。
「そういうものが全部、
影にはうっすら出ているように
俺には見える、というか感じる」
「全部……?」
「ああ、全部だよ。
ただし“うっすら”な」
遼叔父さんは少し笑った。
「影は、心の本質じゃない。
ただの揺れだ。揺れの痕跡だ。
…と、俺は感じる」
胸の奥が静かに揺れた。
「俺は影を“読む”タイプだと思う…
でも、イヴは影を“整える”タイプな気がする。
お前の歌のようなことは、俺はできないからだ」
因縁、嗜好性…。
読む、整える…。
私の歌………。
同じ影でも、
見ているものが違うのだろうか。
「俺は影を読むと、
その人がどんな過去を持っていて、
どんな現在を抱えていて――
そこから推測して、どんな未来を望んでいるかが
なんとなく分かる」
「……そんなに?」
時折、遼叔父さんに
全て見透かされているような
気持ちになるのは―――
「俺の壮大な思い込みの可能性は
全く否定できない。
完全ファンタジーかもしれん」
遼叔父さんは淡々と言った。
―――多分、
ファンタジーじゃ、ない。
「そして繰り返すが、
影は“本質”じゃないと俺は考えてる。
――影だけで人を決めつけるのは、
絶対に間違いだ」
その言葉は、
先ほどのジェムノットの理念を語ってくれた
時と全く同じ強さを孕んでいた。
「しかし、だ。
俺は今までの人生の半分くらいの時間を、
影の考察に当てていてな」
えっ。
「ブースの設計の時、
見えないものはどうすれば
“一番わかりやすく可視化”できるのか――
さんざんトライアンドエラーを繰り返した。
……その結果……照明や音響が、
影の揺れを一番うまく
表現してくれるように思う」
遼叔父さんは、
壁のパネルを軽く叩いた。
「まずはテストモードで出力を見せる。
テストモードの見た目は
かなり機械的だし単純だが、
出力を見てもらった後、入力――
俺の心や影の動きを、センシングさせる」
照明がほんの少し白くなった。
「これは緊張」
ふわん、と、柔らかな音が鳴る。
「これは落ち着き」
背景がテストモードらしい
チェック柄になり、ゆっくり揺れた。
「これは“揺れ”だ」
胸の奥がまた揺れた。
「霧島のブースは、
あいつが揺れたら
小鳥がさえずるんだったかな。」
「小鳥のさえずり……」
技術がすごすぎて、
私には全くわかりません、叔父さん…。
「……テストモードなら、
イヴちゃんにコートくらいは脱がされちまうかな?」
どういう意味だろう。
わからずにいると、
ジェム側に移動してもらえるか?と、
仕切りの向こう側を指さされる。
「…はい。がんばります」
遼叔父さん。
どうして、そんなに嬉しそうなの。
通路を抜け、
開錠されていたドアを開けた。
叔父さんのいるブースのジェム側、
――こちらも
全面ディスプレイのような壁面だ――
遼叔父さんの正面に座る。
「さて、
センシングスタートだ」
ふわん。あの音がした。
「遼叔父さんは、今、
“落ち着いている”ってことですね?」
「そうだ。
…何か俺が緊張するようなこと言ってもらうか。
そうだな…
“昨年の税務申告は期日に間に合いましたか?”
って言ってみてくれ」
「“昨年の税務申告は期日に間に合いましたか?”」
天井のパネルが、黒から白になった。
「えええ!?」
遼叔父さんに緊張することがあるなんて。
しかも“言われるとわかってる状態”でさえ緊張するなんて!
「…思い出すだけでヒヤッとするんだよ。
道中で、道歩いてたばあちゃんが
フラッと倒れてきてな」
遼叔父さんの影が揺れた。
その時、壁面のチェック柄が
わずかに揺れ始めた。
「いまだに、ぞっとする。
今年からは絶対に電子申請だ」
遼叔父さんは、ふう、と
少し深めに息を吐くと、
壁面の揺れは止まり、天井は黒に戻った。
「とまあ、こんな感じだ。
…ジェムは、ジュエルを丸裸にできる。」
すごい…。
こんなことが、できるなんて。。。
「どうだ、なかなかだろ?」
支配人と遼叔父さんの中間みたいな顔で、
嬉しそうに…自慢?してる。
「でも、もっとすごいんだ。」
「もっと…?」
「ああ。
それを…
俺のブースを体験してもらって――
イヴの感覚と俺の感覚を
すり合わせられるか、確認したい」
胸の奥がまた揺れた。
遼叔父さんは、
少しだけ照れたように笑った。
「……
俺の影が丸裸になるから
本当に、恥ずかしいんだけどな」
胸の奥がドクンと揺れた。
遼叔父さんの影。
遼叔父さんの揺れ。
遼叔父さんの、本質。
それが、
この先で見える。
「じゃあ、
テストモードから、俺のブースに変えるぞ」
遼叔父さんは、端末を操作した。




