3‑5 心が可視化される場所
店内の奥へ進むと、
空気がまた少し変わった。
「さて…
ブースの、まずは
ジュエル側を見てもらうか」
STAFF ONLYと書かれた扉を開け、
事務所へ戻る通路――
以前、ブースを覗いた通路に案内された。
「ブース内は
ジュエルエリアとジェムエリアが区切られてる」
遼叔父さんが扉を開く。
エントランスで感じた
本殿のような“神域の静けさ”とは違う。
もっと…もっと何かがみっしりと詰まったような、
密度のある静けさ。
得体のしれない怖さすら感じる。
「ここが、ブースだ」
遼叔父さんが立ち止まった。
扉は厚く、
外の音を完全に遮断しているように見える。
「……個室なんですね」
「そうだ。
ジュエルがジェムと向き合う場所。
そして──
ジュエル自身の心が可視化される場所でもある」
胸の奥がドクンと揺れた。
中は、 思っていたよりもずっと狭い。
でも、狭いのに息苦しくない。
むしろ呼吸が深くなる。
照明は柔らかく、
壁も床も、天井も黒い…。
ディスプレイパネルのような…。
「照明、音響、背景……
全部、ジュエルの心の動きに連動する」
「心の……動きに?」
「そうだ」
遼叔父さんは、
まるで当たり前のことのように言った。
「ブースには、
エントランスよりも多くのセンサーがある」
「エントランスよりも多く……?」
「ああ。
接触センサーもあるんだ。
椅子、床、壁、肘置き。
重心の揺れ、姿勢の変化、
皮膚電気反応まで拾う」
皮膚電気反応──
って、いったい何だろう…?
「心拍の揺れや呼吸の深さはもちろん、
脳波と自律神経のずれをセンシングして、
ストレス状態を識別したりできるんだ。
…と聞いた。」
遼叔父さんがクスっと笑って
肩をすくめた。
「ブース内の照明・音響・背景は、
センサーで計測した内容――
ジュエルの“影の揺れ”に連動する」
影──
その言葉に胸が反応した。
「カガクテキに言うと、
AIが解析して
“こういう状態らしい”と推測した
結果をブース内に反映してる」
「後なり後日なりで実際に見てもらうが…
例えば、
ジュエルが緊張すれば、
照明が少しだけ白くなる、とか」
「ジュエルが落ち着けば、
音が柔らかくなる」
「ジュエルが揺れれば、
背景がふわりと揺れる」
「とかっていうのを、
ジュエルごとのブースに
任意の設定をしている」
遼叔父さんが言っている変化が
本当に起こったとしたら…
まるで、
ブースそのものが“心の鏡”みたいだ。
「……丸裸にされるって、
そういうことなんですね」
思わず口に出てしまった。
遼叔父さんは静かに笑った。
「そうだ。
ブースは、ジュエルを丸裸にする場所だ」
胸の奥が熱くなる。
「イヴ」
遼叔父さんが私の名前を呼んだ。
「ここで働くジュエルは、
自分の心と向き合うことになる」
「心が揺れれば、ブースが揺れる。
心が整えば、ブースが静まる」
その言葉が、
胸の奥に静かに沈んでいく。
「イヴは……
静けさを扱える人だ」
「だから、
ブースの反応もきっと綺麗だと思う」
胸の奥がまた揺れた。
「……私、そんなふうに見えますか?」
「見えるよ。
イヴは、静けさの中で呼吸が深くなる」
そんなこと、
自分では気づいていなかった。
「ブースは、
ジュエルの“本質”を映す場所だ」
遼叔父さんは、
少しだけ目を伏せた。
「でも、
ブースの中だとジェムの姿は、
シルエットくらいしか見えない」
ブース内の椅子を引いてくれた。
「俺がジェム側に移る。
イヴはここで少し待っていてくれ」
「はい」
遼叔父さんがブースから出て行った。
勧められた椅子に座ってみる。
「神楽を舞うには少し手狭かな…」
できなくはないと思うけど…
少し、腕をぴんと伸ばしてみる。
「うん、できなくはないけど、
やっぱり満足に舞うにはちょっと狭いかな」
ここで私に何ができるだろう。
ガチャリ、とすこし重たそうな開錠音が聞こえた。
「お待たせ、イヴ。
どうだ、俺のシルエットくらいしか
見えないだろう?」
遼叔父さんが、わかりやすいよう
手を振ってくれているのが分かる。
その姿は、話どおりシルエットくらいしか見えない。
「はい。
手を振ってくれてますよね?」
「ああ。
こんな感じで、
ジェムの影、しぐさ、声はわかる。」
叔父さんが手を振るのを止めた。
「ブースの説明は以上だ。
エントランスホールに戻る。
戻り方、わかるか?」
「はい。わかります」
「じゃあ、こちらに来てくれ。
ブースのものはそのままでいい、
ドアにカギはついてないよ」
狭いブース内の、密度の高い静けさが、
通路の穏やかな静けさへと溶けていく。
…ブースで、
私は何ができるだろう。




