3‑4 入店審査AI
通路から先ほどのエントランスホールに出て、
さらにその先に向かう。
扉をくぐった瞬間、
空気が変わった。
静けさが、
まるで薄い膜みたいに空間を包んでいる。
「ここがエントランス――
入店審査エリアだ」
遼叔父さんは、
さっきまでのからかいの余韻を一切残さず、
完全に“支配人の顔”でそう言った。
その切り替えは、
やっぱりすごく大人で、
悔しいけど、すごく憧れる。
「あ……」
エントランスは、
外観の黒とは真逆の
白と青を基調にした静かな空間だった。
壁には何もないように見える。
天井にも、床にも、機械らしいものは見えない。
なのに──
空気が、どこか「観察されている」ように感じる。
そして不思議なことに、
斎宮家の、本殿の空気によく似ていた。
本殿は、私たちでもなかなか入れない本当の神域だ。
「ここには、
複数のセンサーが埋め込まれている」
遼叔父さんは静かに説明し始めた。
「高精度カメラ、ミリ波レーダー、赤外線、
音響センサー、圧力センサー……
全部、非接触で“心の状態”を推定するためのものだ」
「……そんなに?」
「ああ。全て見えないようにしてある。
ジェムノットは“静けさの館”だからな」
確かに、
機械がむき出しだったら静けさが壊れてしまう。
それにきっとすごく緊張してしまうだろうな。
遼叔父さんは、
壁の一点を指さした。
「例えば……
あの辺りにはミリ波レーダーがある。
心拍の揺れや呼吸の乱れを測る」
「心拍……」
「怒りや衝動性の兆候が分かる。
赤外線は体温の変化を拾うし、
音響センサーは歩き方や呼吸のリズムを解析する」
歩き方まで──
そんなことまで分かるのか。
すごいお店だ。
胸の奥がひやりとした。
「それらのセンサーの情報を、
AIがリアルタイムで統合解析する」
遼叔父さんは、
まるで当たり前のことのように言った。
「攻撃性、衝動性、依存傾向、
他者への加害可能性、
自己への加害可能性、
感情の乱れ、緊張度、疲労……」
淡々とした声なのに、
言葉の重さが胸に落ちる。
「完全に分かるわけじゃない。
残念だが外れることもないとは言えない。
だが、
“静けさを壊す兆候”はある程度判断できる」
静けさを壊す兆候──
その言葉は、
ジェムノットという場所が守りたいものの
本質を、少しだけ見せてくれた気がした。
「判定は三段階だ。
入店可、入店不可、要確認」
「要確認……?」
「スタッフ…というか、俺だな。
俺が軽くお声がけしながら、確認する。
問題なければご入店いただくんだ」
遼叔父さんは、
“人を選別するための仕組みではない”
という空気を静かにまとっていた。
「さっき言っただろ、
残念ながら、完全じゃない。
それを人で確認するんだ」
それとな、と、遼叔父さんが続けてきた。
「うちは紹介制だが…
紹介無しのお客さん、ピュアジェムと呼んでるんだが」
純な宝石…
なんて素敵な呼び名だろう。
「ピュアジェムを受け入れる時は、
AI審査と併せて俺も絶対に審査して、
1人目の担当ジュエルだけは俺が選んでる」
どうして、叔父さんが選ぶんだろう。
「どうして遼叔父さん…
伏見さんが選ぶんですか?」
叔父さんは、少し嬉しそうに笑った。
少し腰を落として、私の目線の高さに合わせてくる。
そして、私にだけ聞こえるくらいに声を落とした。
「伏見さんは、
影が見えるのを悪用して、
お客さんの心を覗き見してるんです。
…他のキャストには秘密にしてくださいね?」
そう言って、唇の前に人足し指を立てた。
「もうひとつ。
心のデータは当日以外保存しない。
守秘性の高さを維持することは、
ジェムノットの、秘密の理念だからな」
遼叔父さんらしい。
叔父さんの優しさや、距離感がつまった
決まりごとに、胸の奥が温かくなった。
「心は……
どのくらい可視化されるんですか?」
自分でも驚くほど、
声が小さくなった。
遼叔父さんはゆっくりとうなずいた。
「完全ではないが、ある程度はな。
結構びっくりするぞ。試してみるか?」
胸の奥がドクンと大きく揺れた。
影の話ではないのに、
どこか影の話に近い気もする。
「試すのは今度にします。
全部見透かされそうで…」
私は遼叔父さんがいない時に試したいデス。
「それもいいかもな。
次の場所は、本当に『丸裸にされる』って感じだしな」
!?
ま、まるはだか!?
「イヴ」
遼叔父さんが私の名前を呼んだ。
「ジェムノットは、
心を整える場所だ。
本質もさらけ出してもらうことになる。
だから、入口で“招かれざる乱れ”は弾く」
乱れ。
整い。
その言葉が、
胸の奥に静かに沈んでいく。
「イヴは……
こういう場所が合うとは思ってる。
けど、イヴが、ここが安全な場所だと
安心できたら嬉しいよ」
遼叔父さんは、
まるで私の影の奥を見ているような目で言った。
胸の奥が熱くなる。
「……ありがとうございます」
「わからないぞ~?
こんなところで働けません!も
アリなんだからな」
遼叔父さんは、やっぱり遼叔父さんだ。
仕事でも、決して押し付けないんだ。
「入店審査AIの説明は以上だ。
次は、店内を案内する――
“ブース”を見よう」
遼叔父さんが店内へ歩き出す。
エントランスの神域に似た静けさが、
店内の穏やかな静けさに溶けて混ざっていく。
胸の奥が静かに揺れた。
私は──
本当に、こんなすごい場所で宝石になれるだろうか。




