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ねこのモシータ —夜の喫茶錨亭—  作者: 渡来亜輝彦


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1/3

ねこのいる暮らし

 猫の到来は突然だ。

 あいつらとの暮らしは当然くる。

 俺は最近猫を飼っている。


 昼の喫茶店の営業を終える。この時期は夜の営業はなくて、店を閉めて帰宅する。といっても、二階が俺の部屋なんだから、階段を上がるだけ。

 昼の営業は、不思議なひとくせある客が来たりする俺の店だが、夜は夜で不思議なことがあるんだ。


 階段を上がると、部屋は三つほどある。

 リビングとキッチン、寝室……つまり俺の部屋、そして前の主が倉庫として使っていたという空き部屋。ちょっとした客間にできそうな広さだったので、そこを趣味の居室にしようと思っていたが、いざ住み着くと不思議なことに気がついた。

 その部屋は板間だ。さしあたって丸いラウンドカーペットを敷いて、ちょっとした家具を運び込んだまでは良かったが、その部屋に入ると何故か宇宙空間のようなものが目の前にチラつくようになってきた。

 瞬きをする間に、それは部屋一面上下左右に広がり、不思議な空間に閉じ込められたみたいになる。

 そして、反対側にも扉がある。

 それは非常階段への扉だと聞いていたし、間取り図ではそうなっていたのだけれど、それを開けると元の廊下に戻るのだ。

 が、完全な元の家ではない。

 なにかが少しずつ違う。一階は確かにお店だし、隣に俺の寝室があるけれど。

 俺は毎日、その反対側の家に入る。

 少しだけ色味の違う廊下に出ると、俺は本来俺の寝室がある部屋に向かった。

「おい、帰ったぜ。モシータ。起きてるのか?」

 ノックは三回。そんなことしなくても、相手の耳はとても良いから、俺の来訪はすぐにわかるのだが。

 中で何かがもそもそ起きる気配がした。

「おはよ、マスター。入っていーよー」

 そう言われるので、おれは遠慮なく部屋に入った。暗闇できらっとひかる二つのものがある。

 電気をつけると、相手は眩しそうに目を細めつつ。

「今日は遅かったね。おかげで、ぼくは寝過ぎちゃったにゃあ」

 モシータはそういってのびをして、大あくびをした。


 茶トラの白。ハチワレにピンクの鼻。普通の猫より横についている大きな耳……こいつは猫としては童顔なんだろうな。

 瞬かせるのは榛色の大きな瞳。ぴんと生えた白いひげ。まるできらきらの美少女のようだが、ちょっとだけ顔が細くてこけている。

 体はデカくて、もふもふの真っ白な胸毛。白くて長い手をうーんと伸ばしている。尻尾は長いが2本あり、とらじまのしましまが綺麗だ。

 モシータはでかい猫なのだった。人間ほどの大きさの猫。

 そいつが一通りのびをして、窓の近くのベッドからのっそりと起きてきた。

 猫又なので、モシータは二足歩行もするのだが、寝起きの動作は猫そのものだ。

 でかくても猫は猫なのだ。

 まあ、でっかいのは、単になんとなく人間サイズにしてみた、であり、本来は普通のサイズの猫であるらしい。人の大きさで暮らすのも割と楽しいらしいのだ。

「あ、ぼくの部屋は土足厳禁だから」

「スリッパ履けばいいんだろ」

 モシータは、謎に貴族気質だ。

 普通の猫生は十七年で一般家庭だったらしいのだが、箱入りのおぼっちゃまとして育てられてしまったのかもしれない。

 単にこいつの性格なのかもしれないが。

「マスターがいないと、お店始まらないにゃあ。早く帰ってきなよね?」

「お前、毎日寝てるだけなのにわがままだな」

「ねこはわがままなんだよ」

 モシータは当然のようにいって、ソファにのすっと座る。

「ぼくは人見知りだから、ひとりでお店はできないもん。お店はきみの領分だよね?」

 モシータは、榛色の瞳をすがめる。

 こいつはこうみえて猫又になるくらいの年齢だから、かわいい外見に関わらず、本当はジジイなのだ。わがまま王子様にみせかけて、実は渋みのある紳士にもなれるわけで、猫というやつは本当にずるいと思う。



 モシータが俺の店にやってきたのは、ある日突然だった。

 猫の到来が突然なのは、別に珍しい話ではない。歴代飼っていた猫たちも、唐突に庭先などに現れては、なんとなく一緒に生活をすることになった。

 そう猫の到来は突然なのだ。

 しかし、普通の猫以外の来訪は初めてだった。


 反対側の家の店では、特に不思議なことが起こりやすいらしい、というのは、俺もわかっていたから、あまり驚かないつもりでいる。

 とはいっても、でかい猫の来訪にはさすがにびっくりした。

 妙に気品のある仕草で、猫は言った。

 自分は最近猫又になった猫だ。

 十七年近く人間の世界で過ごしてきて、とうとう猫又になってしまった。しかし、妖怪になったことは、人間には秘密にしないといけない。

 だから、飼い主には死んだことにして、こっそりと自立して生活をする。見かけ上、古い体をおいて転生するような感じにするらしい。

 しかし、昨今の猫又は、室内飼いが多いものだから、情報収集に苦労している。

 今後の生活をどうするか、その猫はまだ十分な情報を得られていないのだそうだ。

「ぼくも玄関口で遠吠えしたりして、近隣のねこたちと情報交換をしていたんにゃけど、その後の行き先には苦労しててね」

 と彼は言った。

 見かけだけなら美少女風味の猫だけれど、声はそこそこ渋みがある。

「なんといっても、ぼくは箱入りのねこだから。お世話をしてくれる人も欲しいにゃあ。野宿とか無理だにゃ。そう考えていたら、良い感じにこのお店が目に留まったの。きみはぼくの飼い主となんとなく匂いが似ているから、面倒を見てくれるかなと思って」

 非常に勝手すぎる論理だった。

 とはいえ、猫の姿でそんなことを言われると、なんとなく一緒に過ごした歴代の子達を思い出してしまって断れない。俺は基本的には猫が好きなのだ。

 そんなこんなで、とりあえず、猫又として自立して行き先が決まるまで、店にいても良いということにした。

「そうだ。名前を新しく決めてくれない? 前の名前も好きだけれど、せっかく猫又に転生してるんだし」

 猫も生前と違う名前を名乗る、とかそういうのがあるのだろうか。前の名前は、毛の色がカフェオレみたいだったから、カフェにしようとして語呂が悪かったからモカだったらしい。結局、若い頃は濃いオレンジの毛色で、カフェオレより似合っていたとの本猫の弁だ。

 なので、そこからスペイン語風にもじって、モシータにした。

 ちっちゃい、とか、かわいい、みたいなニュアンスなので、この巨猫には似合わない気もするが、元はちっちゃいころもあっただろうしな。

 モシータはなんぞセンスがないとかいいながら、元の名前の気配のあるこの名前を結局気に入ってそうだった。



 表ではやらない喫茶店の夜間営業を、裏のこちらでやるのも変な話だが、モシータは自分の名前の元になったコーヒーが今ではお気に入りだ。ということで、夜の営業をしろと勧めてきた。

「この珈琲飲みたいねこも人も、あとそれ以外もいると思うにゃあ」

 猫の時はコーヒーなど嗜めないわけだが、猫又の今はなんでもありらしい。

 モシータは巨猫らしく、基本的にまったりしていて悠長だ。居候させる代わりに夜間営業の店を手伝ってもらうことにしたが、猫なのもあり、大して手伝いはしない。たとえ、手伝ったとしても急ぐことなどない。

 まあ仕方ないさ。それが猫というものだもんな。

 と、俺もそこは諦めている。猫に熱心に働けなんていっても、無駄な話なのは、猫と一緒に何年か過ごしていれば自然と悟ることだ。

 あいつら、俺たちのことを同居するでかくてどんくさい猫だとしか思っていない。

「第一、ぼくがなんで労働しないといけないんだにゃあ」

 モシータがソファで新聞を読みながら、あくびまじりに言う。時々、にゃあ、と鳴き声が混じるのが、やはり猫なのだろう。

「ぼくというねこがいるから、きみはここでお仕事ができるんだにゃあ。あやしい裏側の世界なんて、人間がうろつける場所じゃないんだからねえ」

 そういって、モシータはたっぷりミルクの入った甘いカフェラテをすすっている。

 モシータの食事の時間は夕方の六時から八時までで、俺が店を開いた直後に初めの客が来るまでに何かしらを食べさせる。

 飼い主が戻ってきた頃から食べ始める習慣があったので、今でもその時間に食べる。

 なので、今のこれは食後の珈琲だ。

「行き場所がなくてここにきたのはお前だろ? そんな力なんかあるのか?」

「ねこを舐めちゃダメだよ」

 とモシータは、榛色の目を開いて細める。

「ぼくたちは、魔物と親和性高いからね。魔を避けるのは魔なの。だから、ねこがいるほうが安全なんだ。それにぼくはねこだから、お客さんを呼べたりもする。ぼくがいるだけで、きみは最高なんだにゃあ」

「本当かなあ」

 俺はそう言いながら、準備を済ませた。

 ふと、ぴく、とモシータの耳が動く。

 猫は遠くの音を聞くことができる。モシータには誰かの足音が聞こえているのだ。

「ほうら、お客さんだにゃー。用意する!」

「お前も手伝えよな」

「ぼくは、みてるだけでもお仕事だから」

 そういってお気に入りの席のソファに埋まっている。俺は舌打ちするが、その時、扉が開いてベルが鳴った。

「いらっしゃい」

 声をかけると、こちらの世界の、どこかふわっとした感じのお客さんが入ってきた。

 普通の人間に見えるが、モシータ曰く、7:3で人外なんだとか。

「カプチーノひとつ」

 帽子をぬいで席につくのは、ただのおじさんにみえるのだが。このおじさんも、実は猫なんだろうか。

 俺はついついじっくりと彼を観察してしまうが、わからない。

 まあ、相手が何者でも別に良いんだけどね。

 俺の淹れるコーヒーを美味しいって言ってくれて、なぜか日本円でちゃんとお金を払ってくれるんだし。

 めちゃめちゃ繁盛してはいないが、それなりの収入にはなっているから、モシータにはそれなりに感謝しているのだ。

 といっても、モシータは、時々気まぐれに珈琲を入れる他は、ソファでまったりしているだけだが。



「今夜はもうお客さん来ないよぉ」

 眠そうな声でふいにモシータがそう言った。

 確かに客がいなくなった時間だ。しかし、時間はまだ八時前だ。閉めるのには少し早い。

「明日に差し障るから、もうおしまいにしようにゃ」

「そりゃあ、俺は朝も早いから助かるけどさ」

 と俺は眉根を寄せた。

「俺はもう少し店を開きたい気持ちなんだけど」

「あきらめて」

 不思議なことにモシータがそう言うと、本当に客が来なくなる。だから、この店はやつがいつおしまいと言い出すかによって、閉まる時間がまちまちだ。ひどい時には六時前にもう終わりだと言うこともある。

「なんで客がこないかわかるんだ?」

「それはぼくがねこだから」

 モシータは顔を洗うそぶりでひげを整えている。

「ねこは気配には敏感なんだにゃあ。ぼくがきいたところ、近くで歩いている人はいないし、人以外もいない。だから、今日はお店開けるの無駄」

「そうかい。まったく、便利な機能だな」

 かなり気まぐれだから、モシータが眠いから言っているだけな気もするけれど。

 ともあれ、モシータがそう言うとお店は終わり。ここは表の喫茶店ほど忙しくないし、小規模だから、片付けもすぐに終わる。

 タオルで手を拭きながら、まずは風呂にでも入るかと思っていると、モシータがのっそりとそばを通る。

「そろそろ眠くなってきたにゃあ」

「お前、ずっと寝ていたのにまだ寝るのかよ?」

「ねこはねるのが仕事。それに朝の四時ごろに活動しないといけないから、今は仮眠の時間だにゃー」

「夜型なんじゃないか」

 俺は呆れて肩をすくめた。

「お前の飼い主さんも夜型だったのか?」

「そうだにゃあ。でも、夜型じゃなかったとしても、ねこに合わせるべきだと思わない?」

 モシータは、当然とばかりだ。

 が、俺はちょっと考えていた。

 俺も猫を飼っていた。もしかしたら、俺の猫たちも、モシータみたいに猫又になっただけなのかもしれないが、別れはとても寂しいものだ。

「でも、飼い主に会いにいけないならお前も寂しいな」

「んー、猫又として自立しないといけないにゃなら、そこは仕方ないよ。それに、ぼくは猫生も長かったにゃ。それなりに大人だからすごく寂しいってことはないにゃあ」

「強がり言ってさ」

「全然。だって、ぼく、飼い主には会いに行ってるにゃあ」

「えっ? なんで?」

 会えないルールがあるとか言ってなかったか?それなら随分切ないのかと思っていたのに。

「たまに夢に化けて出てやると、すごく喜ぶにゃ。それに猫又だから、人間とか他の何かに化けて、そっとみんなの様子を見たりするよー」

「えっ。お前はじゃあそこまで寂しくないわけだ」

「飼い主たちは寂しいみたいだけどにゃ。まー、人間は、大人になりきれないやつらばかりだからにゃあ。それで、かわいそうだから、時々夢に出てやってるんだにゃあ。ぼくは親切だから」

 モシータは、急に老成した口調になって肩をすくめる。

「まったく、しもべなのにいつまでも湿っぽいんだから。もっと大人にならなきゃ、騙されそうで心配になるにゃあね」

 モシータはそういって、また自分の部屋に入っていく。

「あっそうだ。朝ごはんは、高級のカリカリにささみのせたやつ。よろしくにゃ。朝の四時がご飯タイムだから、ちゃんとお皿に入れて蓋をして廊下に置いておくようにー」

 モシータは、変に繊細で床に落ちたカリカリなど食べない猫なのだ。もちろん盗み食いもしない。なので、きっちり専用のお料理を用意してやる必要がある。

「はいはい。まったく、わがままな居候だなあ」

 俺はそう言ってため息をつきつつ、猫はわがままなものだからしかたないとも思っている。

「それじゃあな、おやすみ。モシータ」

「うん、マスターもおやすみー」

 そういって、モシータはお気に入りのくまのぬいぐるみを持ちつつベッドに滑り込んでいく。

 おれはそれを見送って扉を閉めると、またあの部屋を通って、元の、表の世界の自分の家に戻っていく。

「やれやれ」

 これも猫を飼っていると言えるのだろうか。

 まあ、モシータは、俺に飼われているつもりなんざあないんだろうが。


 元の世界の夜もとっぷりと更けている。

 おれはとりあえず、シャツについた猫の毛を払い落としつつ、風呂に入ることにした。

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