エピローグ:移ろいゆくもの
こちらで最終話となります。
“禁足地”として封じられた間も、白峰駐屯地と小谷の村との交流は絶えることはなかった。
外部へ情報が漏れぬよう慎重を極めたが、人の行き来は絶えなかった。そうした交流のなかで、村から駐屯地に嫁を迎える者が現れ、やがて新しい命が産声を上げた。そこに至るまでには、また数多の葛藤とドラマが繰り広げられたが、それはまた別のお話。
そうして生まれた子供たちもやがて成長し、世代は着実に交代していく。世代は変わっても、駐屯地に残る“未来の残滓”を、歴史に影響を与えぬよう順次確実に抹消していくという使命は、次の世代、また次の世代へと厳かに託されていった。
こうして、かつての異質な軍事拠点は、時の流れに削られ、少しずつ畑と住居が調和する、その時代に即した平凡な集落へと姿を変えていった。 北領主も代を重ねたが、それでも駐屯地との奇妙な関係は続いた。だが、治外法権的な自治は徐々に形骸化し、この地がなぜ“禁足地”とされたのか、その理由を正確に語れる者は減っていく。やがて、駐屯地から未来の遺構が消え去ると、禁足地として扱う理由も、特別な自治を維持する意味も失われた。
禁足の扱いは解除され、白峰は普通の村として、時代の流れの中に溶け込んでいった。
――数百年後。
第二次世界大戦が終結し、この地にあった帝国陸軍白峰基地は、連合国軍に接収されることになった。北の山頂には巨大な電波塔建設の計画が持ち上がり、かつての兵舎周辺では大規模な整地作業が進められた。
ところが、重機が土を返すたび、奇妙なものが顔を出した。 緑青の浮いた古い空薬莢。錆びた鉄が混じる風化の進んだコンクリート片。米軍による科学調査の結果、それらはどう考えても旧日本陸軍時代のものではなく、驚くべきことに“数百年前のもの”であると結論づけられた。そんな時代に、薬莢も鉄筋コンクリートもあったはずがない。調査員たちは頭を抱えた。
だが、この地には古くから、ある“怪しい伝承”が残されていた。
この地はかつて、一度足を踏み入れれば神隠しに遭い、二度と帰れぬ呪われた地だったため、時の領主が長らく禁足地に定めていたという。しかし、あまりにも被害が収まらないため、やがて北の山頂には人柱が埋められ、その上に石碑を立ててこれを鎮めた——そう語られていた。
気味悪さを拭えなかった米軍は、結局この地の使用を断念し、日本へ返還した。
そして数年後、基地は警察予備隊、続いて自衛隊の駐屯地として転用されていった。
白い朝霧に包まれた白峰の地に起床ラッパが鳴り響くと、駐屯地は徐々に活気を帯びていく。
朝霧が晴れた頃、訓練場には若々しい号令が響き、隊員たちが日本の平和を守るため、訓練に明け暮れる姿があった。
かつて、あの人々が感じたものと同じ山風が吹き、同じ空がどこまでも広がっている。
北の山頂には、今も無垢な岩が一つ、かつて仲間たちが誓いを立てたあの日と同じ場所に鎮座していた。だが、誰が、何のために立てたものなのか、現代にその記録は残っていない。口伝では、この地の呪いを鎮めるための物とも、かつてあった山の神を祀る祠の“ご本尊”とも、あるいは旅人を守る“道祖神”とも語り継がれているが、その真相は誰にもわからない。
時代は重なり、人は巡る。
山頂の岩は、今日もこの地を、ただ静かに見守っていた。
-完-
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これまでは読者として小説を楽しんでばかりでしたが、自分でも一度書いてみよう、と思い立ち、今回初めて筆を執りました。
いざ始めてみると、ストーリーの組み立てや言葉選び一つとっても想像以上に難しく、さらには物語が進むにつれて前後の設定に矛盾が出てしまい、慌てて書き直すことも多々ありました。作家の皆さんがどれほどの熱量と苦労で物語を紡いでいるのか、その一端に触れることができ、非常に実りある経験となりました。
また気が向いたら、今回の反省を活かして、新しい物語を書いてみたいと思います。
その時は、またお付き合いいただければ幸いです。




