第四章 第一部:静かに進む消耗
山の緑は日ごとにその色を濃くし、季節は本格的な夏を迎えていた。
白峰駐屯地内に切り拓かれた畑では、規則正しく並んだ畝から、あるところでは青々とした葉が生い茂り、あるところでは瑞々しい若芽が一斉に天を目指して伸びていた。基地の備蓄食料から再生させた野菜や、小谷の村から譲り受けた種子による最初の収穫、そして次代のための種子採取も無事に完了した。一部の区画では、すでに二巡目の栽培が始まっている。
老夫がカサついた指先で土を崩し、畑土の具合を丹念に確かめる。
「……いい土になってきた。もう少し腐葉土を鋤き込んで、来週にはここにも野菜を植えましょう」
隊員たちはその指示に従い、慣れた手つきで鍬を入れ、水を回す。
慣れない手つきだった者も、今では動きに無駄がない。基地の中に、“続いていく営み”が、静かに、だが確実に定着しつつあった。
村との関係も変化していた。
当初は取り決め通り、基地側から村へ赴くことは厳に慎んでいた。だが、基地周辺の環境把握や警戒範囲を広げるなかで、様子を伺う程度の往来は次第に回数を増していった。
立ち寄るのは、ごく短時間。過度な交流や干渉は、鉄の規律として禁じられている。それでも、自衛官たちの目には、村の窮状が否応なく焼き付いていった。
村の中に、働き盛りと言える若い男の姿は極めて少なかった。稀に見かけても、痩せこけて顔色の悪い者か、あるいは手足の動きがどこか不自然に緩慢な者ばかりだ。
村人の話を総合すれば、戦に動員され、負傷して戻ってきた者か、そもそも虚弱ゆえに兵にすらなれなかった者たちであるという。
結果、畑に立つのは老人と女、それに子供ばかりだった。細腕に休みなくかかる重労働。無理を重ねた肉体には疲労が澱のように溜まり、治りきらない傷の上からまた新しい傷が刻まれていく。
衛生課の視点で見れば、その実態はより深刻だった。慢性的な疲労。栄養不足。季節の変わり目に起きる体調不良。それでも続く肉体労働。これらをこのまま放置すれば、秋口には倒れる者も出てくるだろう。
そして、その先に待ち受けているのは――冬だ。
このままでは、冬を越せない者が出る。動ける者が減れば残された者の負担がさらに増すし、死者が出れば村はさらに衰退する。それは目に見えた崩壊ではなく、真綿で首を絞めるような“静かなる衰退”だ。
『……現代医療を、あそこに持ち込めれば、救える命はいくつもあるのですが......』
無線越しに漏れた衛生隊員の言葉を、外山は苦い沈黙で受け止めた。
高度な医薬品や知識を持ち込めば、確かに彼らを救える。だが、それはこの時代、この文明に対する明確な介入を意味する。
外山はこの一線を是とはしなかった。衛生課も、他の多くの隊員たちも、同じ見えない“境界線”を見つめていた。
ここから先は、踏み越えてはならない。歴史に介入してはならない。それが、このあとに続く現代を守ることになるんだ。
村は今、外敵からは守られている。野盗は近づけず、熊のような野獣の被害も心配ない。外的な力で滅亡する恐れはなくなった。
だが――村には“存続するための力”そのものはなかった。その残酷な事実が、夏の眩い陽射しの下で、逃れようのない重みを伴ってのしかかってくる。
宮本は、その光景を誰よりも直視していた。それを直視するあまり、皆の見ている“境界線”は、彼のなかではおぼろげになっていた。
宮本は村の一人ひとりの顔を覚え、痛めている部位を覚え、誰が誰のために無理をしているのかを知ってしまっていた。「できない理由」を並べるよりも先に、「できてしまうこと」が、意識せずとも頭に浮かんでしまう。
まだ、この時点では誰も線を越えてはいない。
だが、運命の“境界線”は、すでに彼らの足元にまで迫っていた。




