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自衛隊転移ー衛るべきものー  作者: GoGoGorilla
第三章

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第三章 第一部:近すぎる距離

隊員たちが夜盗を一方的な力で退けたその夜、助けを求めて駐屯地に駆け付けた傷だらけの少年は、正門脇に設営された仮設テントで手当てを受け、一晩を明かした。


翌朝、村から迎えが来た。迎えに来た村人たちとともに隊員たちに深々と頭を下げてから、彼らの背に守られるようにして帰っていった。


その日を境に、山の向こうから“隣人”が訪れることは、珍しい光景ではなくなっていった。

最初は三、四日に一度だった。 それが二日に一度になり、今では連日のように誰かが門の前に現れる。 村人たちは、決して一線を越えようとはしなかった。ただ門の前に立ち、鉄の兜や奇妙な迷彩服を纏った守衛たちに、遠慮がちに問う。

「――弥吉は、どうしておりますか」

それだけを確認し、安堵の溜息を一つ残して、彼らは帰っていく。


駐屯地側は、明確なガイドラインを敷いていた。 こちらから村へは出向かない。 村の生活圏には踏み込まない。 情報の提供は最低限に留める。

だが、丸腰で訪れる老人や女たちを追い払う理由もまた、どこにもなかった。


弥吉の傷は驚異的な速さで癒えていた。抗生物質と清潔な環境は、この時代の人間にとって魔法のような恩恵だった。肋骨の骨折こそまだ完治しないが、外傷は概ね治り、すでに熊に襲われる前のように動き回ることもできる。 しかし、彼を村へ“帰す”という判断だけは、上層部によって先送りにされていた。

――今は、まだ早い。

弥吉は単なる救護対象者ではなく、この時代、この土地における“生きた情報源”だった。この時代について、地勢、風習、そしてこれから起こるはずの歴史。その貴重な“生きた資料”を、拙速に手放すことはできない。

そして何より、彼を帰すことで“未来の知識”がこの時代に漏洩し、歴史に予測不能な歪みが生じることを恐れていた。

村人たちは、決して彼らを問い詰めることはなかった。 ただ訪れ、頭を下げ、短い言葉を交わして、帰る。 その穏やかで執拗な繰り返しが、駐屯地にとっての“奇妙な日常”へと変質していった。


警備隊所属の宮本は、その日も正門の警備に就いていた。

「……また来たな」

砂塵に汚れながらも、どこか誇り高さを感じさせる壮年の男。前にも見た顔だ。男は恐怖と覚悟が複雑に混ざり合った表情で、宮本をじっと見つめている。

「あれは誰だ」

隣の守衛に低声で尋ねる。

「弥吉の親戚だそうです」

「……そうか」

真偽を確かめる術はない。それでも宮本は、必要以上の追及を避けた。

宮本は、人と話すのがうまかった。そして、人の感情の機微に敏感だった。

村人の言葉の端々に滲む、切実な響き。

――心配。

――不安。

――恐れ。

――そして、深い敬愛。

それらを無視するには、宮本は少しばかり”人間”らしすぎた。

「元気ですよ。もう、普通に動けます」

宮本がそう告げると、男の肩から目に見えて力が抜けた。

「……そうですか。ありがとうございます、ありがとうございます」

それだけで、一刻をかけて来た甲斐があったという顔になる。


そのやり取りを、少し離れた場所から中隊長の伊藤が冷徹な眼差しで見つめていた。 彼は、この状況を危惧していた。

――近すぎる。

規律は守られている。情報の漏洩もない。 だが、物理的な壁を越えて、心理的な距離だけは、確実に縮まっていた。

「……このままでは、境界線が曖昧になるな」

独り言のような呟きを、傍らにいた情報科の橋谷が拾った。

「線は、最初から曖昧ですよ。中隊長」

「どういうことだ」

「人を助けた、その瞬間からです」

橋谷にとって、これは感情の領域ではなく、冷徹な歴史の因果律の問題だった。

「知る限りでは、この村は――」

「今は、いい。聞きたくない」

伊藤は右手を挙げて言葉を制した。情報は武器だ。しかし、そこに感情が乗ると、時に判断を狂わせる猛毒となる。


その日の午後、事態はさらに一歩進んだ。

木材や燃料用の木々の伐採が進み拓けた正門前、その先にまだ残る木々の間に三人の影が現れた。あの時、夜盗から救われた少年が、二人の子供を連れてきたのだ。

彼らは小柄で、武器も持たず、ただ不思議そうに巨大な重機やテントを眺めている。

逃げない。

恐れない。

――警戒心さえない。好奇心の塊。

その“純真さ”こそが、最も厄介だった。

「……子供達だけでどうしたんだ」

見張りの一人が近づき、声をかける。子供たちは僅かに戸惑いを見せたが、それでもその場を動こうとはしなかった。

「……その、肩からぶら下げてる棒はなに?さわってもいい?」

最初の少年が、幼い声で問いかけてきた。

「あそこで動いてる、緑色の大きなものはなぁに?見に行ってもいい?」

隣の少年が続いて疑問を口にする。相手は、情報の重さも歴史の改変も理解していない存在だ。

その光景を目にした伊藤は悟った。

――ここまでだ。

距離は、もう引き返せないところまで縮まってしまっている。このまま”傍観者”として、無関係を押し通すのは、もう、困難だ。ここから先の立ち位置、この時代でどう生きるか、検討を迫られている。

隊員の誰もがまだ自覚していなかった。 自分たちはすでに、この時代の運命を回す“関与者”になっているという事実に。それがどれほど重い意味をもち、どのような結末を招くのか。


それを彼らが知るのは、もう少し先の話になる。

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