第二章 第八部:暗闇のなかで
夜は深く、森には月明かりも届いていなかった。
だが、伊藤たちにとって闇は障害ではない。暗視スコープの緑色の視界の中で、野盗たちの熱源が、まるで闇に浮かぶ標的のように、冷酷なまでに鮮明な人影となって映し出されている。
「 距離、六百 。 斜面下、村へ向かう林道沿い。合図があれば、いつでも 」
声は、囁きに近い。 伊藤は、短く指示を出す。
「 致死は避け動きを止めろ。各個に撃て 」
その命令の意味を、全員が正確に理解していた。
『 ダンッ 』
最初の一発が夜の静寂に響き渡る。野盗の一人が突然膝から崩れ落ちる。
「 ……っ!? 」
叫ぶ暇もない。
『 ダンッ 』
『 ダンッ 』
間を置かず別の二人が倒れる。腕を押さえ、脚を引きずり、地面に転がる。血は出ているが、致命傷ではない。
「 な、なんだ……!? 」
「 どこからだ! 」
返事はない。闇の中では何も見えない。だが、確実に何かの攻撃を受けている。
『 ダンッ 』
隊列の後方にいた男が、手にしていた槍を取り落とす。手首を貫かれ、指が動かない。
「 ……化け物だ! 」
誰かが、震える声で言った。
五発目は頭領格の男の足元を撃ち抜いた。地面が弾け、石片が跳ねて足をかすめる。
「 ……引けっ!! 」
頭領らしき男は、歯を食いしばりながらそう命じた。
「 これは人の手じゃねえ 」
混乱の中、撤退をはじめる。倒れた者を引きずりながら。振り返る者は誰もいない。
追撃はない。だが、追われなくても、敵の姿も攻撃の手段も反撃の手段も分からない。襲撃は諦めて逃げるよりほかない――そう理解させるには十分だった。
「敵戦力撤退を確認、敵兵に死者なし 」
「当方被害なし 」
「弾数、消費五 」
しばらく周囲を確認したのち、伊藤は頷いた。
「 ……これ以上は、不要だ 」
橋谷が、低く言う。
「覚えるだろうな。『あの村の近くは、やめておけ』って 」
「それでいい 」
伊藤は、夜の向こうを見る。
「これ以上、何も残してはならない 」
翌朝。村に死体はなかった。
ただ、血の跡と引きずった痕だけが山道に残っていた。
その道を、子供の消息を追う村人が行く。
村への、歴史への介入は、ますます大きくなる。だが、ひとまず、野盗は逃げ、村の惨事は免れた。
いまは、それで十分だった。




