『ノーカン??』『パタリーシェフの迫り??』
「おはようございます。ディアお嬢様」
「天使………??」
「もうっ!!」
まずはいつものように起こしてくれたシンリーへ抱きつき、甘えるまでが朝のセットである。
ちなみに、この世界へ来てから通算63回目のやりとりだ。ただ、今朝に関しては、昨夜のシンリーとの口付けを思い出してしまった。
その結果、シンリーと顔を合わせると、途端に恥ずかしくなる。
そして、彼女の顔を直視できなくなり、普段よりも、甘える時間が短くなってしまう。
「ディアお嬢様……??」
「あっ…いや、そのなんでもないの…」
首を傾げるシンリーへ、あたしは視線を逸らしながら、咄嗟に誤魔化すことにした。
もちろん、たかだかキスで……??と思われるかもしれない。しかし、前世を孤独で過ごしてきたあたしにとっては、一代決心だったのだ。
「じーっっ……じーっっ……」
「ア、アルセラ!?お、おはよう」
「ディア様、おはようございます。次は私の番ですよねっっ!!」
普段のアルセラより、言葉に棘があるような気がしつつも、あたしは彼女の近くへ移動して、いつものように抱きついて、甘える事にした。
「ひゃっっ!!」
「昨日は不覚をとってしまいましたが、ディア様さえよければ、いつでも堕としますからね」
あたしがアルセラへ抱きついてる最中、彼女に耳へ吐息をかけられた後、囁かれた言葉に、あたしの背中がゾクゾクとする。
バタンッ
「……………………じーっっ、浮気者」
「う、浮気者!?!?」
「………………………嘘。でも、許さない」
いつものようにアルセラへ甘えていた最中、パタリーシェフがあたしの扉を開け、立ったまま、あたしとアルセラの方を凝視していた。
もちろん、あたしはパタリーシェフの方にも近づいて、甘えに行く。ちなみに、毎朝のシンリー、アルセラ、パタリーシェフのやりとりは、儀式のような物だとあたし心の中で思っている。
「ゴホンッ、アルセラ様、パタリー様、昨夜は、私がディアお嬢様に対して、少々ずるい手をしてしまったので、アレはノーカンで構いません」
「当たり前です。昨夜は動揺しましたが、あれはディア様のピュアに漬け込みすぎです!!」
「………………………チョロインだから」
え!?ノ、ノーカン!?
確かに、口付けしかなかった状況だけど…!!
あたしにしては勇気を振り絞ったのに……!!
シンリー達が話している内容を聞いた瞬間、心の声が漏れそうになった。ただ、未だにあたしだけが『口付け』を意識してる事がバレると、3人から揶揄われる未来しか見えない。
だから、あたしは口に出しそうになったものの、気合いとプライドで全力で止める事にした。
でも、やっぱり、悔しい…!!!
そう思ったあたしは、頬を思いっきり、膨らませて、シンリーを涙目で睨む。
「ゴホンッッッッ、ディアお嬢様、今日は視察の日でしたよね?」
「そういえば、そうだった」
「……………………早くいく」
シンリーを涙目で睨んでいると、彼女が大きな咳払いをする。それと同時に、あたしは彼女の言葉で、ディブロお父様とステラお母様を待たせている事実に気づくこととなった。
そのため、パタリーシェフの提案へ頷いた後、急いで2Fの食事場の方へ移動する。
ーーーーー
2Fの食事場へ移動するとディブロお父様とステラお母様が自分の席へ既に座っていた。
「ディブロお父様、ステラお母様、お待たせいたしました。それとおはようございます」
「ディア達もおはよう」
「ディアちゃん達もおはよう。パタリーシェフはお休みかしら?」
「……………僕、師匠から休み貰った」
ディブロお父様達の様子を見ると、どうやら、あたし達が来るのを待ってくれていたらしい。だから、あたし達はそんな2人へ挨拶をする。
その後、ステラお母様とパタリーシェフのやりとりを聞く。もちろん、少し前にパタリーシェフがあたし達と一緒に視察へ行くと耳にしていたが、実現したことに驚くこととなった。
恐らく、実現できた大きな要因として、『ベルンルック公爵家』には『派閥』が無い分、他貴族の接客等も不要である。だから、パタリーシェフも、休暇をもらえたのだろうと推測した。
「パタリーシェフとアルセラとステラお母様は、初めて、一緒に視察へ行くことになりますね!!」
「そうねぇ…。いくらディアちゃんでも、ウェスト村の『刺身』は譲らないわ!!!!」
ステラお母様があたしの方へ近づきながら、大きな声で、宣言する。
普段のステラお母様は穏やかで包容力がり、母性が溢れている分、こう言う意地っ張りな彼女を見て、可愛いと思ってしまったあたしは、ついつい、背伸びをして彼女の頭を撫でてしまう。
「ディアちゃんを甘やかすのは私の役目です!!」
「そんな役目はありません!!あたしだって、ステラお母様が可愛いと思った時は頭を撫でます!!」
「ディアお嬢様、奥方様、既に、皆様が席へ着かれておられます。だから、その辺で……」
シンリーから指摘されたため、あたしは思わず、テーブル席の方を見渡した。
そして、テーブル席の方を見渡すと、あたしとステラお母様が睨み合いをしている合間に、アルセラ達は既に自分の席へ到着していたらしい。
「「ゴホンッ」」
「「あっ!!」」
あたしとステラお母様は、咳払いで誤魔化そうとしたタイミングとそれに気づいた第一声のタイミングがダブルで被ることとなる。
もはや、ここまでタイミングが同時だと笑うしかできないので、ステラお母様と小さな声で笑い合いながら、自分の席へ到着する。
「ディアお嬢様と奥方様って絵になりますね…」
「ディア様とステラ様のやりとりを見ると、私の色へ染めあげたくなります」
「……………………え、怖!!」
「アルセラ様!?何を言って…」
「あ、いえっ。なんでもないんです…」
そして、あたしとステラお母様が自分の席へ戻る途中、シンリー達が話している内容までは聞こえなかったものの、彼女達も何かを話していた。
あたしは自分の席へ到着すると、用意されている朝食のメニューを見つめる。
どうやら、今日の朝食のメニューはオムレツ、ロールパン、ハムサラダ、コーンスープのようで、どれも彩りが良く、美味しそうだった。
「さっ、冷める前に頂くとしよう。そして、この朝食を食べ終えたら、私達は視察の準備へ取り掛かる予定だ。ディア達もそれでいいかい?」
「ええ。あたし達もその予定で取り組みます」
ふわふわとしたオムレツを口へ運ぼうとした時、ディブロお父様から今日の予定を聞かれたため、彼に同意の返答をする。
そして、あたしの返答を聞いたディブロお父様も縦にこくりと頷くのを確認した後、あたし達はゆっくりと朝食を満喫することとなった。
ーーーー
朝食を終えた後、あたし達は3Fにあるドレスアップルームへ足を運ぶ事となり、いつものようにシンリーに視察用のドレスを見繕ってもらう。
「ディアお嬢様は桜色のドレスにしましょう」
「シンリーのお勧めに任せるよー」
あたしは、そのままシンリーが持ってきてくれた桜色のドレスへ身を包んだ後、アルセラ達の着替えを待つ事となった。
ーーーー
「あれ、パタリーシェフはメイド服でいくの?」
「…………………うん。もしかして、惚れた?」
「パタリーシェフは美人だし、惚れちゃうよ!!」
「………………じゃあ、僕とキスしてくれる?」
アルセラのドレスをシンリーが選んでいる中、メイド服を着た普段と異なるパタリーシェフが、あたしの方へ口付けを迫ってきた。
パタリーシェフの様子を見る限り、昨日のシンリーとの出来事を意識しているのだろうかと考えながら、あたしは断る方法を模索する。
もちろん、パタリーシェフと口付けするのが嫌なわけではない。
ただ、昨日、シンリーと口付けしたからと、済し崩しで行うのは、少し違う気がしたからだ。
幸いな事に、この場にはアルセラとシンリーがいる。だから、彼女達の力を借りるため、2人の方を見ると、どうやら、2人はアルセラの視察に使うドレス選びに夢中らしい。
「ま、待って…。その、今じゃないと思うの…」
アルセラとシンリーを見て、2人の力を頼れないと分かったあたしはパタリーシェフの目の前に両手を出して、あたしの方へじわじわと近づいてくる彼女の勢いを止めようとする。
ただ、あたしよりも体格が大きいパタリーシェフを止められるはずもなく、もう無理だと言う彼女との距離が近づいた瞬間、目を瞑る。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
あたしが目を瞑ったと同時に、アルセラとシンリーがあたしとパタリーシェフの間へ入ると共に大きな声で口付けを制止する。
「…………………残念、ばれた」
「パタリー様、抜け駆けはだめです!!」
「そうですよ!!このままだと、私のディア様が取られてしまいます!!」
「アルセラ様、『私のディア様』って何ですか」
「…………………説明求む」
パタリーシェフは唇を尖らせて、シンリーの言葉を受け流しているみたいだ。
その一方でアルセラは、謎の危機感を募らせているらしいが、それと同時にシンリーとパタリーシェフの地雷を踏み抜くこととなった。
もちろん、シンリー達の告白の返事を保留にしているあたしも悪いのかもしれないが、あたしには考慮しなければならない事情がある。
だから、3人の争いが落ち着くまで、あたしは暖かい眼差しでシンリー達を見守ることにした。
ーーーー
そして、シンリー達の争いに一区切りが付いた頃、ベルンルックの屋敷を出て、いつものようにロン達が準備する馬車を見つける。
そして、いつものように、まずは『ホープ』と『サクセス』がいる馬車の前の方へ移動した。
「『ホープ』、『サクセス』、元気?いつもありがとう。今日もよろしくねー?」
「『ホープ』様、『サクセス』様、よろしくお願いしますね?」
「「ヒッヒッヒッヒヒーン!!」」
あたしが『ホープ』と『サクセス』へ挨拶をすると、間髪入れずに、アルセラも彼等へ挨拶をしている。今までは、あたしが終わった後、アルセラが挨拶する形の交代制だった。
そのため、あたしの隣にいるアルセラの方をチラリと見てしまう。
「あ、あの、ディア様、お気に障りましたか?」
「ううん。むしろ、嬉しいよ」
あたしはアルセラの質問に対して、首を横に振り否定する。
その後、あたし達はロンとアースが準備している馬車へ乗り込む。
ーーーー
「おっ、ディアお嬢様、ドレス、似合ってるぞ」
「あははは、ロン、照れてるー」
「ばっ、照れてねぇ」
『ホープ』と『サクセス』の挨拶を終え、馬車に乗り込むと、ロンとアースがいつものように、あたし達へ話しかけてくれる。
そして、いつものように、ロンが言った言葉に対して、アースが揶揄っていた。
「ロン、アース、おはよう。それと、いつも護衛をしてくれてありがとう。今日は『イースト村』と『ウェスト村』へ行く予定だからね」
「まっ、シンリー隊長から、目的地等の情報は共有されてるから任せてくれ」
「あははは!!ロンの言う通りだねー!!」
あたしが目的地を伝えると、既にシンリーがロンとアースへ伝えていたらしい。いつのまに??と疑問に思いつつも、仮にも、あたしの親衛隊の隊長だから、当然だと納得した。
ーーーーー
「………………ぎゅっ」
「パタリーシェフ、くすぐったいよ…」
そして、現在、あたしは不本意ながら、パタリーシェフの膝の上に乗っかっている。
こうなったのは、今回の視察で、アルセラとパタリーシェフが増えたからだ。
まず、大前提として、あたしの馬車は前が1名、後ろが4名の5人乗りの普通の馬車である。
そして、前の運転席にはロンがいて、アースが後ろからロンをサポートするため、必ず、1席は埋まることとなるだろう。
次に、残りの席は3席となり、あたしとシンリー達の中で1人が余ることとなる。
その結果、1番小柄なあたしがパタリーシェフの膝の上へ座ることになったのだ。
「パタリー様、流石にボディタッチが多過ぎませんか。別に私がディアお嬢様を乗せても……」
「………………やだ」
「あたしもシンリーだと不安定になりそうだから、パタリーシェフの方がいいかな」
シンリーは、悔しそうにハンカチを噛み締めて、こちらを睨んでくるが、安全面を考えると、パタリーシェフになるのは仕方がない。
ちなみに、今回はシンリーとパタリーシェフのみの争いで、アルセラは参戦しないようだ。
もちろん、アルセラとあたしでどれくらいの体格差があるかと質問されたら、ほんの少ししか変わらないと答えるレベルである。
だから、今回、アルセラが参戦しなかったのは、仕方ないと思った。
「ディア様、前の馬車と兵士様達は…?」
「前の馬車は、ディブロお父様とステラお母様が乗っている馬車だよ。そして、周囲を囲んでいる護衛に関しては当家の護衛兵の方々だね」
そんな風に考えているとアルセラから質問を受けたため、あたしは彼女の質問に対して答える。
あたしの答えを聞いたアルセラは、当家の護衛兵達の様子をを興味深そうに見つめていた。
「俺とアースもあの方々と訓練に参加している」
「あははは!!僕達はまだまだだけどねー」
「そうなんですね。それでは、ロン様、アース様、今更ですが、ディア様を死なせたら…………分かってますね?」
そんなアルセラをロンとアースも見たのか、2人が彼女に捕捉で説明をしている。
その一方でアルセラはロンとアースに物凄い『圧力』を掛けており、彼女の質問に対して、ロンとアースは高速で縦に頷いていた。
ーーーー
「ゴホンッッ、前の馬車も動き出したから、俺達も遅れないように『イースト村』へ出発するぞ」
「あははは、ロン、頑張ってー!!」
「アースも、俺を手伝えよっっ」
少し時間が経った頃、ロンとアースのやりとりの後、ついに、あたし達の馬車も『イースト村』へ出発することとなった。
「「「旦那様、奥方様、ディアお嬢様、親衛隊の皆様、アルセラ様いってらっしゃいませ」」」
ガララララ……
出発間際に、当家のメイド達による見送りの挨拶と同時に、あたし達の馬車も動き出した。




