悪夢と月光に照らされたファーストキス
『悪名高い『理不尽の権化』と呼ばれていたお嬢様が、『人』が変わったかのように『感謝の公爵令嬢』と呼ばれ、『闇魔法』を行使、貴族なのに権力に拘る様子もなく、僕との婚約を断った』
『ヒュートン先生のいう通りだね。じゃあ、本人へ聞いてみないかい?なぜ、『理不尽の権化』から『感謝の公爵令嬢』に変化したのかってね?』
ーーーーー
「っはぁ…!!はぁっ……!!」
目を瞑ると、敵になるとは思わなかった『セブンス⭐︎プリンセス』の攻略対象の1人、『ハルデア皇太子殿下』の自己紹介の時のセリフが唐突にあたしの脳内で鮮明に思い浮かんだ。
その瞬間、激しい息切れと共に上半身を起こして、暗闇の中、周囲を観察する。
「…………ディアお嬢様、眠れませんか?」
周囲を観察していると、少しの時間差で、シンリーも身体を起こしながら、あたしへ質問する。
「もしかして、起こしちゃったかな?ごめんね」
「いいえ。気にしないでください。実は私も眠れないんです。もし、良ければ紅茶を淹れるんで、眠くなるまでお話でもしませんか??」
あたしがシンリーへ謝ると辛そうな表情で彼女は首を横に振りながら、お茶の提案をしてきた。
そんな彼女の提案に、あたしはこくりと縦へ頷き、ソファーの方へ移動する。
ーーーーー
「温かいロイヤルミルクティーです」
「シンリー、ありがとう」
彼女の淹れてくれたロイヤルミルクティーを口へ運ぶと甘くて身体がぽかぽかとしてきた。
「ディアお嬢様はどんな悪夢を見ましたか??」
「そ、それは……」
リラックスしている最中、唐突にシンリーから質問を受け、あたしは言葉を詰まらせる。
「きっと、あの王子様の事でしょうね」
「な、なんっ………」
あたしがどう返答しようかと悩んでいる時に、シンリーはあたしの回答を待たずして、悪夢の内容を完璧に的中させてきた。そして、図星を突かれたあたしは、咄嗟に反応してしまう。
「その反応……やはりそうでしたか。私から見ても、ディアお嬢様はずっと、あの王子様から怯えていたように見えました」
「だって、相手は『セブンス王国』の最大の権力者で、あたしよりも上の存在………」
「平民でメイド見習いの私を親衛隊の隊長にして、『セブンス学園』の生徒を敵に回した、そんなディアお嬢様が、いつから王族の顔色を窺う模範的な『貴族』になられたのですか?」
あたしが『ハルデア皇大使殿下』と明確な対立を避けている理由は、貴族としての『権力差』もあるが、何よりも前世の『セブン⭐︎プリンセス』では、『ディア•ベルンルック』が『ハルデア•セブンス』に何度も『決闘』等のイベントの際に、必ず敗北をしているからだ。
だから、あたしは彼に対して、できるだけ刺激しないように立ち回ってるし、陰口等も上手に流せていたはずである。それなのに、シンリーの『王族の顔色を窺う模範的な貴族』と言う言葉に対して、無性に腹が立ってしまった。
「シンリーにあたしの何が分かるのっっ!!」
「分かりませんよ!!だって、今も尚、ディアお嬢様は、私達に隠し続けてるじゃないですか!!」
「じゃあ言うけど、あたしは『ハルデア皇大使殿下』に負けるのが怖いだけなの!!!あたしは死ぬのが嫌なの!!だから、強く出られないの!!!」
「じゃあ、なんで私達にその事を言ってくれないんですかっっ!!私達が、王子様を怖がるディアお嬢様を馬鹿にするとでも思っているのですか!!」
シンリーの言葉を聞いて、感情的になったあたしはソファーの上に立って、密かに抱いていた自分の想いを彼女の方へぶつける。
そうすると、シンリーもあたしに抱いていたであろう不満で返してきた。
「あ、あたしは、みんなを守るためにっ!!」
「それは私達、親衛隊の役目ですっ!!」
あたしが何を言い返しても、目の前の真剣な表情をしたシンリーは全てを言い返してくる。
「………ディアお嬢様は悔しくないんですか?」
そして、暫くの間、見つめ合っていると、シンリーの方から、今更すぎる質問をされた。
その質問を耳にした瞬間、あたしは心の奥底で封印していたはずの想いが沸々と煮えたぎる。
「そりゃ悔しいよ!!!あたしがなんで『魔王の生まれ変わり』なの!!あたしは、ただ、周りに感謝をして、頑張ってきただけだよ!!」
「………マンドール子爵嬢は??」
「心の底から彼女と友達になりたいと思ってたよ!!でも、あたしといるとみんなが不幸になってしまうかもしれない!!ずっと、怖いんだよ!!」
ふと、正気に戻った時には、心配させないよう、隠していたはずのあたしの抱いていた全ての想いを目の前のシンリーへぶつけていた。
そして、シンリーへ吐き出した言葉と同時に、あたしの脳内で思い浮かんだのは『セブン⭐︎プリンセス』内における『ディア•ベルンルック』が歩んだ悲惨な『バッドエンド』シーンだった。
そんな悲惨な『バッドエンド』が訪れる事を否定するかのように、あたしは首を左右に振って、シンリーの方を真っ直ぐに見つめ直す。
「不幸?失礼ですが、ディアお嬢様こそ、何を言ってるんでしょうか?」
「ち、ちが……。ううん。いや、それより、シンリー、ごめんなさい。つい、理性を忘れて、あたしはムキになって………」
バタンッ
しかし、今度は、シンリーの方があたしの放った言葉に怒ったのか、あたしの両腕を掴み、彼女の身体があたしの方へのしかかる。
だから、あたしはシンリーへ謝罪の言葉を伝えた。それでも、今の彼女は怒り心頭なのか、止まってくれない。そんなシンリーが怖くて、思わず、あたしはぎゅっと目を瞑る。
「もし、次、ディアお嬢様が『不幸』なんて言ったら、襲います。…………本気ですから」
シンリーはあたしの上に乗り、全身を震わせながら、伝えてきた。
「な、なんでそんなに、シンリーが怒ってるの」
「私がディアお嬢様を愛してるからです……ディアお嬢様といるだけで幸せだから………です」
ポタッ
あたしの右頬に当たった温かい雫、その正体は目の前の桜色の髪をした少女がくしゃくしゃな表情になって、流した涙だった。
「ご、ごめんなさい。そう言う意味では……」
あたしは必死に首を横に振る。もちろん、あたしの不幸というのは、あたしが辿る可能性がある『バッドエンド』を指してるだけだ。だから、あたしはシンリーがどういう風に捉えたのか、わからないけれど、必死に否定をしようとする。
「いいえ。ディアお嬢様が無意味に『不幸』なんて使わないことは分かってます。きっと、今の私に言えない事情があるのでしょう」
「ご、ごめんなさい」
そうすると、シンリーは落ち着きながら、あたしへ向き直り、冷静に話す。
もちろん、あたしが自分の感情を隠そうとしていたのは、シンリー達へ不安な想いをせないようにしたかったからだ。
ただ、そんなあたしの想いも、隠し事も、シンリーからすれば、お見通しだったらしい。だから、あたしは再度、彼女へ謝罪の言葉を伝える。
「それでも、私はディアお嬢様の親衛隊なんです。それなのに、ディアお嬢様が悪夢に魘されるまで、気づけなかったんです。この世界で1番大好きな人の苦しみに気づかなかった………」
「そ、それは…………」
「ディアお嬢様、私には分かりません。どうすれば、ディアお嬢様から信頼してもらえますか?」
あたしが悪夢に魘されたのは、あたし自身でさえ、気づかない所で、不安やストレスが蓄積していたからだと思う。だから、それに気づかなかったとしても、シンリーに落ち度はない。
ただ、今の自分を責め続けているシンリーにありふれた事を伝えて納得してくれるだろうか。
きっと、それは難しいだろう。
なぜならば、あたしはシンリーを信頼しているつもりだが、シンリーの方は違う。
恐らく、彼女は、あたしに信頼されてなかったから、悪夢に魘されるまで、あたしが苦しい想いを彼女へ打ち明けなかったと思ってるのだろう。
今回のような場合、あたしがどう言う行動を取るのが正解か分からない。
ただ、このままシンリーに誤解され続けるのも、あたしにとって不本意である。
だから、先程の、ステラお母様との会話を思い出して、『後悔』したくないと考えたあたしは、ある行動を決意した。
「あたしはシンリーの事を信頼している」
「ここまでして、やっと、ディアお嬢様の本音を知ったんですよ!?私が信頼されてるならば、ディアお嬢様はここまで溜めることは………んっっ」
窓の隙間から月の灯りが差し込む中、あたしの上に乗っかるシンリーの首を両手で挟み、自分の顔の方へ近づけ、彼女の唇へ口付けをする。
シンリーは驚きの表情をしていたものの、彼女も目を瞑り、あたしの想いを受け止めてくれる。
そして、しばらく経った後、彼女の唇から自分の唇へ離す。
「もう一度言うよ。あたしはシンリーの事を信頼している」
「ディアお嬢様、1度じゃ分かりません」
あたしはシンリーを真っ直ぐに見つめて伝えると、耳まで真っ赤にしたシンリーが俯きながら、小さな声であたしの方へ言う。
「これ以上はだめですうううううううう」
「……………………ぜっーったいにだめっ!!」
「えぇぇぇ!?アルセラ、パタリーシェフ!?!?」
シンリーの言葉を聞いて、もう一度、彼女へあたしが迫ろうとした瞬間、寝ていたはずのアルセラとパタリーシェフがあたし達のいるソファーの方へ飛び出してきた。
アルセラとパタリーシェフに気づいた瞬間、恥ずかしさがオーバーヒートを起こして、あたしは大きな声で2人の名前を叫んでしまった。
「えー……正直、ディア様とシンリー様の大切な話に聞き入ってしまいました。まさか、ディア様から口付けをするなんて予想できません……」
「……………………僕も、計算外」
「あの、一体、2人はいつから起きてたの?」
アルセラの口ぶりから察するに、最初の方から起きていた可能性があると冷や冷やしながら、あたしは2人へ質問する。
「ロイヤルミルクティーあたりです」
「………………僕はシンリー、ありがとうから」
「それ、最初から起きてたって言ってるのと変わんないよね…」
あたしがジト目を送るとアルセラとパタリーシェフが視線を逸らす。
「ディア様だって、私達の告白の返事を保留にしていたはずなのに、シンリー様へキスをしたことについて納得ができません!!」
「……………………説明を求める」
「そ、それは……」
「アルセラ様、パタリー様、簡単な事でしょう。ディアお嬢様は私を選んだ、それだけです」
今度はアルセラの言葉により、あたしの方がジト目を送られる事となった。そのため、彼女達からの追及の視線を逸らしながら、説明しようとすると、シンリーが火にガソリンを注ぐ。
「いいえ。そんなはずがありません。『口付け』程度で、勝った気にならないでください!!!」
「…………………合体してないならセーフ」
「ディアお嬢様の前で、そんな発言はやめてください。ディアお嬢様の教育に悪影響ですっ!!」
結局、3人があたしを放置して、あたしの理解できない内容で、いつものように争い始め出す。
そのため、あたしは布団の方へ戻って、3人より、ひと足先に眠ることにした。




