シェフは公爵令嬢に恋をした(パタリー視点)
すみません。
完全に寝てました
「………………今日からメイドとして働かせてもらう事になった……いえ、なりました。パタリーと申します。よろしく……じゃない。どうか、よろしくお願いします」
ディアお嬢様が幼少期の頃、僕は『ベルンルック公爵家』の屋敷で、当初は使用人として採用されたので、メイドとして働くこととなった。
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「パタリーさん?窓拭きのお願い」
「窓拭きが終わったら、こっちへきてください」
最初の方はメイドの先輩達は僕に期待を寄せてくれていたんだと思う。でも、そんな期待も日が経てば、次第に薄れていった。
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「なんで、返事がこんなに遅いの?」
「…………ごめん」
「ごめんじゃなくて『ごめんなさい』でしょ?」
「……………ご、ごめんなさい」
そんなある日、ついにメイドの先輩の不満が爆発したのだろう。僕にきつく詰め寄ってきた。
その時だ。
「それくらいにしねぇか?ちょうど俺は独り立ちしたばかりで、弟子が欲しかったんだ」
そう言いながら、僕の前に現れたのは、長いコック帽を被り、シェフの格好をした男だった。
これが、僕とジェフルシェフ、後に僕の師匠となる人との初めての出会いだった。
「ジェフルシェフ、こんな使えない子をシェフにするおつもりで?」
「メイドは『声』だが、シェフは『腕』だ。それに、喋り下手の小さな女の子がいじめられてるのはちょっと、見てて我慢ならねえでな」
「そ、そ、それならば、どうぞ、ジェフルシェフの好きにしてください!!!」
僕を叱っていたメイドの先輩は師匠に口を出された事で、先ほどまでの威勢が消え、否、むしろ彼女はジェフルさんに怯えている様子である。そして、そのまま逃げるように去っていった。
メイドの先輩が去った後、僕はジェフルさんに身体ごと持ち上げられ、この屋敷で1番偉い『ディブロ公爵様』の元まで移動する。
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「ディブロ公爵様、このメイド見習いを俺の弟子にしたいと思っているんだが、どうだろうか」
「ジェフルシェフが決めたなら、私は否定するつもりはないが、理由を聞いてもいいかい?」
師匠は物おじせずに、自分の願いを伝えて、ディブロ公爵様は優しく彼に質問している。
「料理人の勘って言いたいが、俺は『口が回らない奴は腕が回る』と思ってるんだ」
「はっはっはっ、それはそうだ。口をまわすのは、貴族である私たちの仕事だからね。じゃあ最後に君の名前を聞いてもいいかい?」
「………………パタリー」
僕は自分の名前を名乗ると、ディブロ公爵様も師匠も満面の笑みを浮かべ、頷いていた。
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「パタリー、どれくらい料理ができる?とりあえず、この玉ねぎを切ってみるといい」
「……………こう?」
ゴトンッ
僕は包丁を全部の指で握りつつ、そのまま、上から下へ振り下ろす。
「お、おいおい…まぁそうだな。包丁を正しく持ち、猫の手で支える事から始めるか!!」
「………………ん?」
僕はジェフルさんの言ってることが分からなかったが、彼と日々を過ごしていくうちに色んな料理に関する切り方を覚えていく。
そして、彼から料理を教えてもらう日々を過ごしていく中で、自然と、僕はジェフルさんの事を師匠と呼ぶようになった。
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それから、約1年が経過した。基本的に僕は師匠の指示の元、野菜を切ったり、肉を切ったりする日々が続く事となる。しかし、そんなある日、師匠が僕に縦長の小包を渡して来た。
「パタリー、皿洗いも料理のうちだ。それとこれをやるよ」
「…………………師匠、この小包は?」
「開けてみるといい」
封を開けると、新品に研ぎ澄まされた僕の包丁が入っており、師匠はそのまま、頬をポリポリと掻き、視線を逸らしながら、片手で渡してきた。
包丁の持つ部分には名前が記されている。
「……………これは僕の名前??」
「ああ、材料を切る事に関してはもう問題ねぇ」
「…………………ありがとう」
「全く、こう言う時は年相応なんだな」
僕は師匠を直視することが出来ずに、ただただ、恥ずかしさを隠すように俯いた。そんな僕を師匠は笑いながら、頭を撫でてくれる。
「でも、ここからは皿洗いや味付け等、まだまだ覚えることはたくさんだからな!!」
「…………………はいっ!!」
師匠の言葉通り、その日以降、皿洗いや味付け等、僕は幅広い調理業務をこなす事となった。
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「……パタリー、これも混ぜてくれ。あの言いなりメイドと『理不尽の権化』め……!!」
「……………師匠、分かった」
師匠から包丁を貰った日からだいぶ月日が経過して、僕も1人前と認められ、師匠のサポートに徹していた。現在は、ディアお嬢様とメイドのせいで、スイーツを何度も作り直させられている。
「ちょっと前まではチーズケーキと言いながら、今度はマフィンだぁぁぁ?あのメイドも頭を下げれば済むわけじゃねえってのに…ったく」
「ジェフル料理長、仕方ねぇっすよ」
「俺達も支えますんで…」
そう言いながら師匠は、周りのシェフの支えの元、全力でディアお嬢様の要望に答えていた。
僕は彼のような大きな背中になれるのかな?羨望と不安でいっぱいになりながら手伝い続ける。
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月日は更に経過して、僕が13歳になった矢先の頃だった。
「パタリー、知ってるか?あの『理不尽の権化』の人格が変わったらしいぞ」
「…………………興味ない」
「ったく…本当に料理しか興味ねぇな!!」
師匠からディアお嬢様について質問される。
彼の言う通り、1度だけシンリーと呼ばれたメイドへディブロ公爵様の指示で、朝食を用意したことがあったが、穏やかで優しそうだった。
でも、僕にとっては、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。
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「鬱陶しいのよ、抵抗するんじゃない!!」
「私は何もしていません!!ディアお嬢様のお世話がありますのでやめてください!!」
「黙りなさいっっっ!!」
「いいえっっ」
僕に転機が訪れたのは、早上がりで自分の部屋へ戻る時に、ディアお嬢様の専属メイドがメイドの先輩達に無理矢理、どこかの部屋へ連れて行かれいくのを見た時だ。
『なんで、返事がこんなに遅いの?』
『…………ごめん』
『ごめんじゃなくて『ごめんなさい』でしょ?』
『……………ご、ごめんなさい』
咄嗟に、僕の目の前に浮かび上がったのは、責められ続けたあの日々、きっと、あの専属メイドは僕以上に辛いことされるだろう。
それなのに、彼女は弱みを一切見せずに、毅然とした態度を取り続けた。
師匠に助けてもらうまで、何も出来なかった僕には、そんな彼女がすごくカッコ良く見える。
一刻も早く、助けなきゃいけない……頭では分かっていても、声をかける勇気がなかった僕は、最後の希望を託すかのように、2Fの分かりやすい場所へ立つ事を選んだ。
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少し時間が経過した頃、血相を変えたディアお嬢様が僕の前へ訪れた。
「………ディアお嬢様、僕じゃ止めれない。シンリー、まずい」
「パタリーシェフ!!シンリーはどこにいるの!!今すぐ教えてっ!!」
そのため、急いでディアお嬢様を引き止めて、シンリーが連れて行かれた居場所へ案内する。
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「なんでっ、あんたみたいな見習いが上にいってんのよ」
ドンッ
「うぐっ……」
「大体、あの我儘で世間知らずのお嬢様に何を吹き込んで取り込んだの?あなたの色仕掛けかしら?そう言えば、いつも『シンリー』ってまるで、恋人のようだったわね!!」
「もしかして、あのお我儘嬢様に惚れられて調教されたんじゃない??」
「なんとか言ったらどうなのよ!!」
「「「あっはっはっはっ」」」
バンッ
「私は…何をゴハッ…否定しても……構いません…。ですが…っは…訂正してください!!私のディアお嬢様はそんな事する人じゃありません!!」
「あんたなんていなくてもあの『理不尽の権化』は何も思わない。だから助けに来ない!!」
扉越しからでも聞こえる酷い罵詈雑言に、僕は自分の方がましだったのではないか?と思い、目を伏せてしまいそうになる。
しかし、辛い状況のはずなのに、シンリーは諦めずに、立ち向かい続けていく。
そんな彼女が僕にとって眩しくて、同時になんとなく彼女には負けたくないと思った。
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「おーほっほっほっ、パタリーシェフ、着いてきなさい。闇魔法『ダークフレイム』」
「………………前のディアお嬢様だ」
ディアお嬢様の様子が突如として代わり、彼女の言葉を聞いた瞬間、僕は、そのまま思った事を口に出してしまったらしい。
それに気づくと同時に、自分の両手で口を抑えるが、僕の失言に対して、ディアお嬢様は特に、気にする素振りを見せなかった。
そのため、僕はディアお嬢様に置いて行かれないようについていく。
「デ、ディアお嬢様!?どうしてここに……」
「ち、ちがうんです。私達はシンリーと戯れてていただけよね?」
「「「「そうよ」」」」
「おーほっほっほっ、誰が『ディア•ベルンルック』であるわたくしの前で『石ころ』風情が喋っていいと許可したのかしら?」
ディアお嬢様は理不尽な言葉とは裏腹に足早にいじめていたメイドを無視して、シンリーの方へ真っ直ぐに駆けつける。
「闇魔法『ダークヒール』」
シンリーの方へ駆けつけた後、ディアお嬢様は不安な表情をしながら彼女へ、真っ先に珍しい闇属性の回復魔法をかけていた。
「ディア…お嬢様、やっぱり……来て…くれた」
「おーほっほっほっ、わたくしのシンリーとはいえ、わたくしがいいと言うまでは喋っちゃダメよ。パタリーシェフ、貴殿に任せてもよくて?」
「…………は、はい!!」
シンリーはディアお嬢様が駆けつけたと気づいた瞬間、そのまま、彼女は気を失った。
その後、ディアお嬢様に彼女を任される事となり、僕は彼女を支えて部屋を退室する。
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「ディア……お嬢様………ごめん……なさい」
僕が師匠やディブロ公爵様達へ報告するため、奔走する中、シンリーはずっと謝っていた。
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「パタリー、よくやった!!後は任せて自分の部屋で休めばいいぞ」
「パタリー、ディアの大切な人を感謝する」
最終的には、たまたま同時に居合わせた師匠とディブロお父様にシンリーを預けて、僕は2人から、休むように言われて、休む事となった。
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「ゴホンッ、言い忘れてましたわ。是非、パタリーシェフに褒美を与えて欲しいですの。彼女のおかげであたしはシンリーの危機に間に合えたの」
ある朝、ディアお嬢様の口から僕の名前が聞こえたので、慌てて彼女の元へ駆けつける。
「…………いや、僕は当然のことをしたまで……故に不要」
あの時、僕は怖くて2階で誰かを待つことしかできなかった。だから、辞退をしようとした。
「いいえ。シンリーはあたしにとって誰よりも大事なの。だから、まずはありがとうっ!!」
「パタリーシェフ、私を救っていただき、本当にありがとうございました。あなたのおかげで私は私より大事なディアお嬢様へお仕えできます」
それなのに、ディアお嬢様はあの時とは異なり優しい笑顔でシンリーと僕を見つめながら、感謝をして、シンリーも僕へ感謝をする。
その時、僕はシンリーへ向ける慈愛とも呼ぶべきディアお嬢様の眼差しを見て、僕もシンリーのように大切にされたいと思ってしまった。
「そうだっ!!パタリーシェフ、あたし達の専属になって、お弁当を作ってくれないかしら?」
「………僕が?」
「ええ。ディブロお父様もいいかしら?」
これ以上いるのは僕が僕でなくなるようでまずい、そう思って移動しようとした瞬間、ディアお嬢様から俄かに信じがたい提案が出てきた。
だから、ディアお嬢様へ質問返しをすると、彼女はなんの躊躇いもなく頷いている。
「パタリーシェフ、任せても良いか?」
「……………はい」
そして、ディブロ公爵様が僕へディアお嬢様の提案について、問いかける。
シンリーのようになるのは僕には無理だ、そう心の中で諦めていたはずなのに、無意識のうちに、僕は彼の頼みに了承を出していた。
それと同時に、僕は、ディアお嬢様を意識していたのか、無意識に見つめてしまう事が以前よりも格段に増えることとなる。
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ディアお嬢様の弁当係に任命されてから少しだけ月日が経過した。
「………………師匠、時間はある?ディアお嬢様の事を教えて欲しい」
僕は休憩時間に、師匠から毎日のようにディアお嬢様のことを尋ねる事が多くなる、
「おっ…そうだな。今日はディアお嬢様のどう言うところが聞きたい?」
「………………全部?」
「ふっ……そろそろはっきりと言わせてもらうとしよう。パタリー、惚れたな?」
そして、僕は師匠の言葉を聞いた瞬間、今まで目を背けていた自分の胸のドキドキや内に秘めたる想いを更に強く意識をすることとなる。
次に、強く意識したと同時に、ディアお嬢様へ自分が恋をしていたことを自覚した。
「………………僕は惚れてなんかっっ、ごめん、嘘。本当はメイドでさえ、家族のように大事にしてて優しい姿を見てから惚れている…と思う」
「そうだな。まぁ、巷じゃ『感謝の公爵令嬢』とも呼ばれるくらい、人気だ。つまり、あのメイドとはライバル関係になる。勝てるのか?」
素直になれなかった僕は師匠の言葉に反論しようと、途中で喉を詰まらせた。
果たして、僕は自分が危機的状況に陥った時に、シンリーのようにディアお嬢様を最優先できるのか?
違う。
僕はメイドじゃない!!!!シェフだ!!!
「………………師匠、お願いします。僕にスイーツの作り方を教えてください」
「そうだな。シェフは『腕』だ。いいだろう」
だから、僕は料理関係を全面的に努力することで、シンリーに憧れてるからこそ、負けないよう、心に誓って、毎日に全力を尽くす事にした。
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以上、パタリーの外伝でした。
次からは2章の本編に戻ります。
(もっと早くに投稿する予定でした)




