アルセラの退学とディアの願い/4人同居?
「さて、ディア、そろそろ聞かせてもらおうか」
「ディブロお父様、分かりました」
なぜか、自然とパタリーシェフの同席も許可された事で、ディブロお父様の方からあたしの方へ話を切り出した。
「まず、ここにいるアルセラは『光の聖女』と呼ばれています。そして、結論から言えば、彼女はあたしを救ってくれた恩人です」
「ディアちゃんは困るような事があったの?」
「ええ…。あたしは『ハルデア皇大使殿下』から『魔王の生まれ変わり』だと言われました」
あたしが『魔王の生まれ変わり』と『ハルデア皇大使殿下』から言われた事を2人へ伝えた瞬間、ディブロお父様は眉間に皺を寄せた後、両方の拳を震わせた。次に、いつも笑顔のステラお母様は、先程までの笑顔が完全に消えていた。
「続きを頼もうか」
「時系列に並べて説明します。まず、あたし達が『セブンス学園』で『入学ガイダンス』が始まるのを待つ最中、『ハルデア皇大使殿下』はあたしが婚約を断ったことを周囲へ吹聴しました」
ディブロお父様とステラお母様はゆっくりとあたしの話へ頷く。
「その後、あたしは1-Aに所属することとなり、自己紹介の際に、『ハルデア皇大使殿下』から根も葉もない噂で『魔王の生まれ変わり』だとクラスメイトや付き従う使用人の前で言われました」
バンッ
ディブロお父様が初めて、拳を机に思いっきり、叩きつけた。机を通して伝わる高くて重い音に驚き、あたしはディブロお父様を見る。
当の彼はあたしが、見たことないような怒りに染まった表情をしていた。
「ディア、すまない。続けてくれないだろうか」
しかし、すぐにディブロお父様は正気に戻ったのだろう。深呼吸をした後、話の続きを促したので、あたしは彼の言葉にこくりと縦に頷く。
「ハルデア皇大使殿下は王族のため、周囲もあたしを『魔王の生まれ変わり』だと思い始めました。そんな時、アルセラが救ってくれました」
「シンリー、どうだろうか?」
「旦那様、悔しいですが、私ではディアお嬢様を救えませんでした…」
あたしの言葉に対して、ディブロお父様はシンリーへ事実確認をする。そして、シンリーは悔しそうな表情を浮かべながら、肯定する。
「アルセラがのおかげで、あたしの『魔王の生まれ変わり』と言う情報は、クラスメイトや使用人達の中で『確定』ではなく『疑念』にとどまりました。つまり、彼女はあたしの命の恩人です」
その後、あたしはディブロお父様とステラお母様にアルセラが命の恩人だと宣言した。
「アルセラ、愛娘のディアを助けてくれて、心から感謝する」
「アルセラちゃん、ディアちゃんを助けてくれてありがとう」
あたしの言葉を聞いたディブロお父様とステラお母様が頭を下げる。
「い、いえ。そんな、私は本当にディア様とシンリー様をを心から尊敬しています」
その一方で、アルセラはディブロお父様とステラお母様の方へ両手を前に出しつつ、かなり早口で返答していた。ちなみに、当のアルセラの頬は熟したリンゴのように真っ赤だった。
「それならば、アルセラへ相応の褒美を与えなければならないな。どうだろうか?アルセラは何を望む?富かい?名誉かい?」
ついに、ディブロお父様からアルセラへ褒美の打診が入った。その瞬間、あたしとシンリーは、視線を合わせて、頷きあう。
「わ、私は別に……何も…」
「ディブロお父様、それならば、あたしの願いを聞いてくれないかしら?」
肝心のアルセラが褒美の打診を辞退しようとしたが、あたしがそれを全力で制止する。
なぜならば、褒美を言わなければ、アルセラの『セブンス学園』の退学は確定するからだ。
「ディア、私はアルセラに尋ねてるんだ」
「アルセラは、貴族達に恨みを買い、『セブンス学園』を退学しようとしています」
ディブロお父様があたしを鋭い視線で睨んでくるが、あたしも負けじと彼の視線を見つめながら、アルセラが置かれている状況を説明する。
「それはそうだろう。『ハルデア皇大使殿下』を敵に回したのだから、仕方がない、しかし、アルセラが自分で『退学』を決めたならば、ディアの出る幕はないと思うんだが、どうだい?」
ディブロお父様に口論で勝てるほど、あたしは舌が回らない。それならば、簡単な話、あたしの率直な想いをストレートに伝えるまでだ。
「あ、あたしがアルセラのことが欲しいのっ!!あたしのアルセラだからっ!!」
あたしは大きな声で、宣言する。あたしの言葉を聞いたシンリーとパタリーシェフはため息をついている。その一方で、ディブロお父様とステラお母様は笑みを浮かべていた。
肝心のアルセラは、目元に涙を滲ませながら、あたしの顔を潤んだ瞳で見つめている。
「ディアの想いは分かったが、しかしだな…」
「ディブロお父様、アルセラとあたしの部屋で暮らします。だから、どうか、お願いします……」
「ディア、その声量じゃ分からないよ」
「ディブロお父様!!!!アルセラとあたしの部屋で暮らします。だから、どうか、お願いします!!!」
今度は意地悪そうな視線をしながら、困ったふりをするディブロお父様に、再度、あたしは彼に向かって、大きな声でお願いをする。
「……という訳だ。アルセラは、どうしたい?私の愛娘はこういう時だけ、わがままで強欲になるんだ。でも、この選択は君の人生に掛かるから」
あたしは頭を下げてお願いしたが、シンリーの時とは異なり、あたしと一緒に住むかを決めるのはアルセラの回答に委ねられることとなった。
シンリーは『ベルンルック公爵家』のメイドで、アルセラは平民だ。だから、いくら『公爵令嬢』といえども、独断で決めることはできない。
アルセラがあたしのお願いに拒否をしたらどうなるのだろうか?そう思うと不安で一杯になる。
「ディア様はシースール伯爵令嬢に靴を舐めろと言われた時、私のために舐めようとしました…。私はディア様に一生を…」
「なんだと!?シンリー、今の話は本当か!?」
「旦那様、落ち着いて聞いてください…。………その、アルセラが話した事は本当です…」
バタンッ
どうやら、あたしが敢えて言わないようにしていた事をアルセラは言ってしまったらしい。それを聞いたディブロお父様が、血相を変えた後、有無を言わさず、即座にどこかへ出掛けて行く。
…………それにしても、アルセラのおかげで、あの派閥を率いた女子生徒の名前が『シースール伯爵嬢』という事を初めて知ることとなった。
まともに自己紹介を聞かなかったのが、ここで仇になるとは……と少しだけ後悔する。
「もうっ…ディアちゃんのことになるといつもこうなんだから……。それで、アルセラちゃんはディアちゃんのことは好きかしら?」
「はい。大好きです!!」
「そう。じゃ、ディアちゃんのことを任せるね」
意外とあたしの願いはステラお母様の一言で決まることとなった。
つまり、あたしとシンリーの同居から新たな住人が加わることとなる。
そう思うと、あたしは今夜の寝る時が、期待で胸一杯になり、待ち遠しくなった。
そんな時だった。
「……………………僕もディアお嬢様と住む」
「え?」
「……………………これ、僕特製のパフェ」
「パタリーシェフ、大好き!!」
最初こそパタリーシェフの言葉にえ?と驚く事となったが、スイーツが出た途端、話は変わる。
パフェの上の左側にプリン、右側にホイップクリームの1番上に乗せてあるさくらんぼとメロンがあり、パフェの真ん中の方にはティラミスで綺麗に仕切りが作られていた。
そして、パフェの1番下の方にはヨーグルトとコーンフレークがあり、彼女があたしのためだけに拘って作成したのが、目にとれて分かる。
その瞬間、パフェの虜となったあたしは、4人で暮らすことへ快諾して、嬉しさのあまりにパタリーシェフへ思いっきり抱きつく。
「「じー…」」
なぜか、あたしがパタリーシェフへ抱きつくと、アルセラとシンリーからジト目を受ける事となったが、気にしないことにした。
ーーー
「話し合いはどうなった?」
「ステラお母様に許可をいただきました」
4人で部屋を共有するとなってから、ステラお母様と雑談をしていると、息を切らしたディブロお父様があたし達の部屋へはいってきた。
「そうかい。念のため聞いておくが、アルセラの両親は大丈夫なのかい?」
「私は『セブンス王国』の孤児院で育ちました」
「え?遠くの農村じゃなかったの?」
ディブロお父様はステラお母様の隣へ座りながら、アルセラに質問する。そこでアルセラの出身が、孤児院だと初めて知る事となった。
あたしがやっていた『セブン⭐︎プリンセス』では攻略対象に質問された際に、『遠くの農村』とアルセラは回答していた。だから、ディブロお父様とアルセラの話へ割り込んでしまった。
「ディア様は私が『セブンス学園』で使おうとしていた嘘まで知ってたんですね」
『セブンス•プリンセス運営の初期設定変更による影響』、もしくは『アルセラの隠し設定』だったのか、この際、どちらでも構わない。ただ、なんとなく、あたしだけ本当の『アルセラ』の出自を知っている、それが何よりも嬉しかった。
「ゴホンッ、ディア、憶測で語っちゃダメだよ…。とりあえず、アルセラの事はディアに任せるとして、『ハルデア皇大使殿下』についてだ」
あたしはゴクリッと息を呑む。先程まで、穏やかだった空気は一瞬にして消え去る事となった。
「僭越ながら、あたしが意見を出します。恐らくですが、『ハルデア皇大使殿下』の狙いは十中八九、あたしを『魔王の生まれ変わり』として、断罪、つまり、あたしを殺す事だと思います」
「「え?」」
あたしが自分の意見を出すと、シンリーとアルセラの方から疑問の声が同時に上がった。
「シンリー、アルセラは違う意見かい?」
「私はディアお嬢様をクラスから孤立させる事が目的だったと思いました。その後、優しさを見せてディアお嬢様を娶ろうとする算段かと……」
「私もシンリー様と一緒です。あの『邪魔をするなと言わんばかりの視線』は嫉妬由来かと…」
ディブロお父様がシンリーとアルセラの意見を尋ねると、2人の意見はあたしにとって、目から鱗のような意見だったので、驚くこととなった。
それと同時に『サイコパス王子』ならば、手段を問わず、やりかねないと納得してしまう。
「ディアの意見もシンリー達の意見も分かる。そうだな……。まずは様子見といこうか」
結局、ハルデア皇大使殿下に関してはあたし達の中で『様子見』という結論になり、あたしとアルセラとシンリーとパタリーシェフはあたしの部屋へ移動する事となった。




