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立ち上がった姿のまま、アポロンは硬直して、それから恐る恐る寝台を振り返った。
「なんだ…と?」
「いや、だから”もしも”の話だよ。…アレスは信じちゃったけどねぇ」
ヘルメスはうつ伏せになって、枕に両腕を付き、その上に顎を乗せてアポロンを見つめていた。
「…ああ、それで貞操がどうとか…」
「そうそう、冗談を信じ込んじゃうのがアレスの凄いところだよね」
口元は笑っているが、深いエメラルド色の瞳は鋭い光を放っている。
「ねぇ、君だったらどう思う?」
そう、彼女と同じ。
「天に名高いポイボスの君が」
砂色の髪と、緑柱石の瞳。
「そんな過ちを犯すなんて、信じられるかどうか」
アポロンの表情を伺っていたヘルメスは、呆然としていた友人の顔が、ふっと緩むのを見た。
「……それほど、ありえないことでもなさそうだな」
「えええっ!」
今、なんつったーーーー!!と逆に焦るヘルメス。
「…何をそんなに驚く。お前、いつも自分でいい男だって言ってるだろうが」
「そりゃまぁ、君程じゃないにしろ、容姿にはそこそこ恵まれていると思うけど」
ふぅ、とため息を吐いてアポロンは寝台に近付く。
「少年から青年に変わる寸前の、危うい均衡を保ったままのしなやかな肢体。瑞々しい象牙のごとき肌に刻まれた、あどけなさと精悍さを併せ持つ容貌。指を通り抜ける砂色の髪は、絹糸のようだ。
なによりも、その輝く宝石のような瞳に若い力に満ち溢れていて、どんな彫刻家もお前の美しさは描ききれまい」
「…い、いつも、そういう感じで口説いてるわけだ…?」
今度はヘルメスが硬直する番だった。
「勿論、私は詩歌の神だよ?こんなのは序の口だ」
しれっと答えた友人に、負けました、と珍しく敗北宣言を出す。
「嘘は得意な方だと自負しているけど、そこまでぺらぺらと美麗辞句は出てこないな…」
「いや、全部本気だが」
エメラルドの瞳をパチパチと瞬いて、ヘルメスは首を傾げる。
「少なくても、僕に関する限りは、そんな感想聞いたことないけど…?」
「それは今まで、お前を口説く機会なんてなかったからで」
「言わなかっただけで、いつも心の中ではそんなこと思ってたわけ?」
呆然と口に出してから、そのことを激しく後悔する。
「い、いや、今の質問はなし…!」
ヘルメスは頭から布団を被った。
「…確かに考えていたな」
「だから、なしだって言っただろう…!」
「もし、そう…お前に出会ったのが赤子の頃じゃなくて、出会いもあんな形じゃなかったら」
生まれてすぐに私の牛を盗むなんて、いい度胸してるよ、とアポロンは笑う。
「お前を口説いたかもしれない」
「いいから!口説かなくて全然いいから!!」
そう言おうとして、顔を出し……ついと、アポロンの手に顎を捕らえられた。
あっけにとられて薄く開いたままの口を、暖かな唇が覆い尽くす。
「……んっ…」
すぐに舌が滑り込んできた。口の中をかき回されてチュクチュクと卑猥な音が耳に付く。
唇が離れて、はぁ、と息を吐いた時には、ヘルメスの頬はすっかり火照っていた。
「さっきの冗談の仕返しだ」
くっとアポロンが笑う。
「…いや、不意打ちは卑怯じゃない?」
「さぁ、いい加減もう寝た方がいい」
ぽんぽん、と布団を軽く叩き、アポロンは寝室を後にした。
「はぁ、本音を話す薬…?」
翌日、ヘルメスはアルテミスから衝撃の告白を受けた。
「ええ、アポロンが何か悩んでいるみたいだったから、貴方にだったら話しやすいかなと思って。
アスクレピオスに調合してもらったのだから、毒ではないと思うわ」
アルテミスは小さな瓶に入った水薬を見せた。
「遅効性だっていうから、昼間逢ったときに飲み物に混ぜたのよ。
ちゃんと効いてなかった…?」
「いや…どうなんだろう…」
あの時のアポロンの話の、どれが本音かそうでないかなんてヘルメスにもよく判らない。
「なんか、変な副作用がある感じなんだよね。ちょっと調べてみるから、残り貰ってもいいかな?」
「ええ、いいわよ。手間取らせちゃってごめんなさいね」
アルテミスはヘルメスに瓶を渡し、それからにっこりと笑った。
「薬を飲ませても変化がないからどうしようかと思ったけど、ようやくアポロンの機嫌が治ったみたいね。今日は久々に楽しそうだったわ」
「ふ~ん、そう…」
嬉しげなアルテミスとは対照的に、ヘルメスは今一癪に落ちない風だったが、とりあえず親友が元気になったことで良しとするか、と肩を竦めた。
オリンポスは今日も平和である。
●あとがき
ギリシャ神話公認(笑)の親友同士である二柱を絡めて見ました。
すみません。本当にすみません。(土下座)
お互い友情以上恋愛未満な感じで…。
(キスは冗談代わりみたいなものです。双方プレイボーイなので)
ちなみに、アポロン様が不機嫌だった理由は、多分お察しの通りです…。
からかわれた上、妬かれたアレス様にしたらとんだ迷惑。
こんなんじゃ全然物足りない!という勇者な方、
一応、ムーンライトノベルの方に裏的おまけがございますので、宜しければどうぞ。
そちらは、ストーリーなどほぼありません。裏ばかりです!(私頑張った?!)
次こそは、この二人で(神なので柱が正しいですが、本文でも二人って書いてます。すみません)何かファンタジーな話を書きたいと思います。