木目の渦 ㉑火の波
「このままいけば……全ての脱出口を取り戻せる」
テストロが地上から突撃し、地下の別動隊がそれを支援する。この作戦は想定以上に機能していた。野盗の侵入を阻み、村を守る希望が見え始めていた。だが、その希望は音もなく、揺らぎ始めていた。
「……コレシスちゃん、みんな、聞こえてる? 」
二つ目の脱出口の制圧完了したコレシス達に地上から話しかけてきたのはテストロだ。テストロは祈祷術が使用できないので教師の誰かがテストロに空気の振動を利用して地上と地下で連絡を取っているがその途中でテストロが全員に指示を出す。その声は焦りを感じる声音だった。
「先生? どうしました? 」
「みんな通路の偽装をやめて教会に戻りなさい。作戦がバレたかもしれないわ」
「えっ……でも、次の出口が……! 」
「地上は騒がしくなってる……。みんな、あなたの目で確かめて指示を出してちょうだい」
その言葉に、コレシスの足が止まった。迷いはあった。だがこの戦いにおいて直接見た情報はかなり重要だった。コレシスが教会の塔から見た脱出口制圧の情報も重要な決断の材料になった。故に今の“先生の命令”だけは、決して軽んじてはならないものだった。
「……わかりました。戻ります、先生」
すぐさま来た道を引き返し始める。崩れた土壁の狭間を潜り、祈祷術で偽装した通路戻しながら一歩一歩踏みしめる。背後では、別動隊の教師たちが次の作戦に備えつつ、地の流れを整えていた。その時だった。
「……あれ? 」
同行していた教師の一人が、地下通路の天井に手を翳す。その一言で、コレシスの心に寒気が走った。
「熱い……これは、火……!? 地上で何かが燃えてる……! 」
全身から嫌な汗が噴き出すのを感じる。これは火炎の熱による汗ではない。突き上げるような衝動に駆られ、足が勝手に駆け出していた。祈祷術の気配がどんどん乱れていく。誰かが混乱し、誰かが切り上げた。“ただの戦闘”じゃない。今、地上では最悪の事態が起こっているのかと鼓動が跳ね上がる。地上に出た瞬間、視界が焼ける。
「嘘……でしょ……!? 」
赤い。天井の一部が崩れて日差しが入る脱出口の入り口。しかし肌を刺すのは日差しの暑さではない。空も、屋根も、畑も、祈りの場だった教会の鐘楼さえも。あちこちから黒煙が上がり、村が、島が燃えている。
「どうして……こんな……! 」
コレシスたちは知る由もなかった。脱出口を封じられたことに気づいた野盗が、計画を変更して“正面から”襲いかかってきたのだ。真正面から村を焼き払う方がはるかに早いと判断されてしまい、実行された。シスターたちは水を運び、まだ戦える者たちは祈祷術の隙間を縫って応戦していた。その姿は勇ましかった。だが、あまりにも無力だった。明らかに訓練された動きの野盗たちの破壊力と速度は、祈祷術師の祈りすら待たなかった。
「みんな……私が……なんとか……! 」
無慈悲だった。祈祷術は魔術と違って発動までには時間が掛かる上に選ばれた女性しか使えない。代わりに詠唱したり祈っている間は基本的に誰も魔術を使用することは出来ないため、準備が整っていた村や教会の方が攻城戦において有利であり実際そのため村の存在を秘匿出来ていた。だがそれを上回る身体能力と個人が持つ能力でこの村を本格的に墜とそうとしているのだ。
「先生方、私に支援をお願いします! 」
その場に崩れ落ちそうになる脚をこらえ、コレシスは顔を上げた。ここで絶望したら、村に住む全員に顔向けできない。熱や灰が口に入るのも構わず祈りの言葉を紡ぎながら、教会に侵入してきた野盗にありったけの力で両手の棒を握りしめ顔面に叩きつける。
「はぁ、はぁ! やぁああ!! 」
「コレシス先生! きゃぁ! 」
村の中央、かつて祈りの場として穏やかだった教会が、いまや戦場と化していた。崩れかけた外壁の間から、怒号と悲鳴が飛び交い、燃え盛る火の粉が宙を舞う。怪我をした者から野盗との距離を若干取り、祈祷術の回復を受けてはまた抵抗する。
「っ……このままじゃ……! 」
コレシスは奥歯を噛み締めながら、祈祷術で瓦礫や土で壁を作り妨害しつつ押し返す。土を操る祈りで作り出した厚い壁が、村人たちの退路をなんとか確保している。が、それでも足りない。焼けた空気が肺を刺す。教会の庭では、複数のシスターたちが村人を庇いながら杖を振るい、回復の祈りを飛ばしている。祈祷術による再生が光となって傷を塞ぎ、倒れかけた者を立たせていた。
「こっちです! この先に井戸があります、そこの水で火を! 」
「男子はバケツを持って! 女性と子どもは教会の奥へ! 」
だが、そこへ現れたのは、黒い鎧を纏った野盗たちだった。彼らはまるで軍人と遜色ない動きで教会を包囲し、狙い澄ました矢を放ってくる。矢は火矢。建物に火を放つことを目的とした殺意の塊は焼け付く空気を切り裂いた。
「うああああッ!! 」
一本の火矢が、祈祷術を展開していたシスターの胸を貫いた。彼女はその場に崩れ、すぐさま駆け寄った別のシスターまでもが同じように撃ち抜かれた。火矢の連射。次々と友人たちが倒れていく光景を目撃したコレシスが思わず叫ぶ。
「や、やめてっ……やめてえええッ!! 」
村人の誰もが絶望に膝をついたその時だった。
「チェストぉぉぉおおおお!! 」
大地を揺らすような怒声とともに、金剛の如き巨体が火矢の射線に割って入った。テストロだった。服は焼け、顔には擦過傷、だがその筋骨隆々の体から放たれる威圧は衰えていなかった。
「さっさと燃え尽きなさい、外道どもッ!! 」
この場に来るのに一人の野盗を確保していた。兜が粉砕されていて既に力が入っていない野盗を振り回して火矢を薙ぎ払う。その風圧で火矢の軌道が変わり持ち主の喉元を貫き、防ぎきれない分は己の肉体を盾にしてシスターたちを守る。
「先生! 矢が! 」
「アタクシは大丈夫! みんなの治療をお願い! 」
テストロは猛る獣の如く突撃する。その場から離れようとした野盗も逃さず捕まえ沈黙させていく。文字通り千切っては投げ、バケモノと称されようとも関係なく片っ端から片付け、彼女一人で押し返して再び教会の外へと出向く。しかし、その栄光の瞬間は長くは続かなかった。
「ぐぅ……ッ!!」
テストロを支えてきた左の拳に火矢が深く突き刺さる。続けざまに腹部、腿、背に数本の火矢が刺さる。矢の的のように四方から矢が刺さり膝から崩れそうになるも、テストロは倒れなかった。だが動きは明らかに鈍くなっていく。
「テストロ先生ッ!! 」
外で抵抗している村人の悲鳴が聞こえる。今すぐにでも助けたいコレシスだが今は教会内にいる野盗の対応で手が回らない。よそ見をしている余裕も無く、コレシス自身も手や腕に骨が折れたような激痛が収まらず、治療が間に合わなくなりつつあることを意味していた。
「『虚腕、土塊』ッ!! 」
ズン、と鈍い音とともに、地面から巨大な腕が生えた。それが壁となって、次に放たれた矢の雨を受け止める。
「ぐほっ……はぁ、はぁ、み、みんな……」
村民全員が死力を尽くしてもまだ侵入してくる野盗。明らかに最初の頃と比べて人数が多すぎるはずだ。どこかにヘラクレスオオイノシシを連れてきた野盗と同じような能力で野盗を大勢用意していたのだろうか、だとしたらその人物を無力化しないとお互いが無限に消耗し続けてしまうと考えるコレシス。しかしそれを確かめる時間も余裕も無く、コレシスは仕方なく石と土に祈祷術をかけて錘の入った鎧を作り、野盗に強制的に着せることで行動を制限することで他の教師たちに無力化してもらうようにした。
「先生方、このままじゃこちらが持ちません。この方たちはもう動けなくなりましたので催眠をお願いします! 」
「分かりました。ここは守り抜きますので外をお願いします! 」




