黒き戦士の奇襲
グルンダルを排除したベルとコッキーの二人はベルの先導で瘴気の影に向かって森の中を進んでいた。
コッキーの前を進むベルの変異が解けかけているのに気付いたが、コッキーも自分の変異が解けかけているのに気付いていない。
「もう戦いが始まっているあれはルディ達だ、周りからどんどん敵が集まってきている、けっこういるぞ!早く合流しよう!」
コッキーの前を進むベルが大木の隙間を神速の動きで縫いながら叫んだ、コッキーはそれを音なき精霊力の波動として聴いた、
それが聴覚なのか別の何かなのかもはや判断が付かない。
「私にはまだ解らないのです!」
ベルが跳ね飛ばす泥の飛沫や草葉を浴びながら叫び返した。
「もうすぐだ、気を付けて!」
ベルが更に加速すると強大な精霊力の圧が高まった、コッキーもそれに追従すると、彼女の皮膚が再び白銀の煌めきに覆われはじめた。
百メートルほど前に瘴気の影とルディ達の光点が戦っているのを知覚した、それ以外にも弱い瘴気の影がいる。
「見えてきたのです!やっつけるのです!」
二人は最後の距離を一気に詰めると、そのまま戦場に突入した。
すると大柄な戦士風の装備の男がルディと剣を鍔迫り合っていた、だがアゼルとホンザの姿は見えない。
そして得体の知れない人の姿をした何かがルディの周囲に群がっている、大して強くなさそうだがそれを振り払うのにルディは力を削がれている。
そして敵の大柄な戦士の放つ空気になぜか既視感を感じた。
ベルが真っ先に戦場に飛び込み得体のしれない者達を切り飛ばす、背中の精霊変成物質の剣ではなくグラディウスを抜いていた。
「ベル早いな!」
ルディの声からは疲労の影を感じない。
「奴は倒した」
「良し!」
コッキーはベルに切飛ばされた物が腐れかけた人だと気付いた、地面に転がったそれを見たコッキーは顔をしかめる。
「なんですかこれ!?気持ちわるいのです!」
「屍鬼ですよコッキー、大して強くはありませんが毒を持っています」
どこからともなく微かな声が応える、その声はアゼルだったが戦いの喧騒の中でなぜか良く聞こえた。
そしてアゼルの姿は見えない。
やがて東の森の奥から叫び声が聞こえてくる。
「クソ、もう来やがった、ありったけ全部だせ!味方が来るまで耐えるんだ!」
コッキーもアマリアから貰った小さなメイスを背中から外し増援を迎え撃つ位置に向かおうとする。
「こいつエッベに似ている」
それはベルから思わず漏れた言葉だった、おかげでコッキーもあの狂った盗賊の首領を思い出した。
「チーズみたいに穴だらけの奴です?」
ルディは屍鬼の相手をせずに済んだので敵の戦士を圧倒し始めていたが、ルディはコッキーの例えに吹き出しかけながら応える。
「そうだこいつはあいつによく似ている、量産でもしたか?」
エッベはルディ達がハイネに向かう道中でニ度遭遇した事があった盗賊団の首領だ、そして彼の盗賊団はルディ達に壊滅させられた。
その後に得体のしれない化け物と化して立ちふさがる、人を遥かに超える力と耐久度を誇っていた。
それらは幽界の眷属達と似ている。
「北と南とそして西から敵が近づいてくる!」
続くベルの警告の叫びと共に東側の森の奥から幾つも化け物達が溢れ出てくる、それらは見覚えのある姿形をしていた。
それは死霊術の召喚精霊達だ、何度かコッキーも戦った事があったが何かが引っかかる。
「この数はありえん!」
今度はホンザの驚きの声が聞こえてくる、だが老魔術師の姿もはえなかった、コッキーは二人がホンザの魔術陣地の中にいる事を思いついた。
「私があいつらを殺ります!」
コッキーは森から出てきた増援を迎え撃つ為に前に出る、巨大な木の人形が向かってくる、女死霊術師のリズが出した召喚精霊と同じタイプだ。
大木の様な巨大な腕を振り下ろすがそれをメイスで受け止めた、そして青白く輝く濡れた爪でひっかくと、その傷から小さな植物の芽が吹き出す。
さらに金属製の人形が四本の腕に錆びた剣を握りしめ側面から遅いかかってくる、この敵はコッキーと相性が悪かった、メイスで錆びた剣を打ち砕くと鈍く汚れた金属の破片が飛び散る、だが敵の動きは止まらない。
背後のまるで影の様な姿の敵がコッキーに斬撃を加えてきた、気づくのが遅れたが、それをかわそうとするが剣先が背中に触れた、だが強靭な魔銀の鱗が剣をすべらせた。
先ほど植物の芽が吹き出した巨大な木の人形は茂みの様になり動きが止まる、そこに別の木の人形と金属細工が襲いかかってくる。
それを撃退するのに必死になった、致命傷は負わないが敵をさばききれない。
背後でルディの裂帛の雄叫びが上がると次の瞬間精霊力の爆発を感じた、その直後あの不快な瘴気の気配が消えた。
どうやらエッベに似た戦士を倒したようだ。
「森の中かに死霊術師がいるのです」
コッキーが叫ぶと、その直後一瞬だけアゼルの気配を感じた、その瞬間巨大な力が動いた森の上空で巨大な精霊力が生じ氷の嵐が巻き起こる、人の頭ほどもある巨大な氷塊が渦巻く嵐とともに森に襲いかかった。
広い範囲が氷の爆撃にさらされる。
眼の前が白い霧に包まれ木々が砕ける轟音だけが鳴り響く。
アゼルの上位魔術が行使されたに違いない、だが詠唱は聞こえなかった、コッキーも魔術は詠唱を伴う事ぐらいは知っていた、これはアマリアがアゼルに与えた国宝級の上位魔術を行使できる魔術道具に違いなかった。
直後ベルの叫びが上がる。
「森の中の敵は気配が消えた!まだ周りから集まってくる・・・」
そこでベルの声が途切れた、そしてベルの気配が不安定に揺いだ、そしてあの黒い巨大な大剣の戦士の気配が背後に存在していた。
それは突然の出来事でまったくあの戦士の接近に気づかなかった。
「ベルー!!!」
ルディの絶叫に振り返ると、ルディが無銘の魔剣で黒の戦士の大剣を受け止めていた、彼の愛剣も大きな物だが敵の大剣は不自然なまでに巨大だった。
その二人の足元にベルが倒れている。
「ベルさん!?」
驚きのあまり動きが止まる、巨大な棍棒の様な腕に薙ぎ払われたが、空中で回転するコッキーの瞳はベルを捉えて話さなかった。