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父と娘

 アラティア国王ルドヴィークと若き宰相チェストミールが密談していた同じころ、王都ノイクロスターを囲む北の丘の上のダールグリュン家でも小さな問題が起きていた。

城から帰宅したダールグリュン公爵家当主ヴェルナーは、並みの背丈で小太りで若干頭が薄くなっていたが、気さくな人柄で国王の友人として知られていた人物だ。

彼は私室で報告書の羊皮紙を読み返していた、その彼の顔も幾分憔悴しているようにも見える。

そこにカミラ付き高級使用人のトルケが訪れたのだ。


「旦那様、姫様の準備が整いました、おいでくださいまし」


姫様とは公爵の長女カミラ=ダールグリュンの事だが、今は王家の養女で王室に入っているので王族扱いになる。

国王に妙齢の娘がいない事から、政略結婚の為にカミラが王家に入った。

最近までは彼女はエルニアとの関係強化から大公子ルーベルトと婚約すると見られていた。


「わかった、こんな夜分手間をかけたな・・・」

トルケは何も言わずに頭を下げただけだ、使用人はこれに対して自分の意見を言うべきではないからだ。


トルケの先導でヴェルナーは邸宅の薄暗い廊下を進む、廊下は魔術道具の温かい灯りで照らされていたが、響くのは二人の足音だけだ、見慣れた風景なのにどこか異なる世界に進んで行くかのような奇妙な感覚にヴェルナーは囚われ始める。

それを振り払い娘にどう接したら良いか考える事にした、だがなかなか考えがまとまらない。

やがてカミラの私室の前に到着してしまった、ヴェルナーは急に時が動き出したように感じた。



トルケが当主の来訪を告げるとすぐに扉が内側から開かれる、当主を迎える為二人の使用人が慇懃に出迎た。

ヴェルナーはカミラの姿を探したが見つからない、だが彼女が小さな執筆机の前に座っているのに気付く。

カミラはゆっくりと立ち上がりヴェルナーに向かってくる、ヴェルナーはすぐにカミラが泣いた後だと気がついた。


「お父様、気づくのが遅れまして・・・」

「いや、それはいいんだよ」

ヴェルナーはどう話を進めたら良いか切り出せない。


「お父様エルニアとルーベルト様のことね・・」

カミラは父の迷いを察していた。


「落ち着いて話をしよう」

カミラもそれにうなずいた。


ヴェルナーが軽く手で合図を送る、それは人払いを意味していた。

二人が豪奢な革張りのソファーに向かい合って腰を下ろす、その間に軽いツマミをだすと使用人たちは部屋から下がって行く。


「お前にはつらい話になるが、お前も既に知っているだろうが、エルニアが我々聖霊教世界の敵になろうとしている、それは知っているね?」

「はい、存じております」


「まだ明確に確定していないんだよ、だがエルニアの行動はそれ以外に説明がつかない」

「あの、宣戦布告はされていないのですね」

「そうだ、だがエルニア軍が動員され一部は既に動き始めているよ、何を考えているのやら」

ヴェルナーが否定するように頭を横に振る、それはエルニアの行動が理解できないかと言うかの様だ。


「ルーベルト様との婚約は・・・」

「ああ、その話は消えたと思ってくれ、まだ正式に結ばれていなくて・・・」

ヴェルナーは不幸中の幸いだったと言いかけたが、娘の沈んだ表情を見て気を変えた。


「やはりそうですわね・・・あのテオドーラ義叔母様は?」

「状況が不明なんだ、彼女は軟禁され外部との接触を絶たれたのかもしれない、今は報告を待つしか無いんだよ」

カミラはうなずいた。


「心配していた、そのルーベルト殿下の事は嫌いではなかったのだね?」

「はい、結局お会いする事はできませんでしたが、お手紙からは優しい思いやりのある御方だと感じておりました」

「お前の婚約話は世界情勢が落ち着くまでは無くなるかもしれないが・・・・」

そこでヴェルナーは口を濁した。


「わかっておりますわ私も貴族の娘、今は王家の姫ですもの、このような状況だからこそ婚姻の話が急に進むかもしれませんわね・・・」

ヴェルナーは苦渋に口を歪めた、それを見て逆にカミラが驚いたのか美しい目を見開く。


「お前がエルニアに嫁ぐなら安心できると思っていたんだ、エルニアにはテオドーラ様がおられるからな、だがこれで遠国に嫁ぐとなると手紙のやり取りも難しくなるよ」

「お父様・・・」


「まあ、先の事の心配よりまずは戦だ」

ヴェルナーは話を打ち切ってしまった。


二人はテーブルの上の茶に手をつける。



「テオドーラ様はルーベルト様と似ているのでしょうか?」

会話の流れが変わったのでヴェルナーもそれに付き合う。

「私もテオドーラ様を見たのは、エルニアに入られる前に何度か見ただけだよ、陛下と面影が似ておられた、だが私もルーベルト殿下に合った事はないんだ、そうだ一度ルディーガー殿下が名代でアラティアに訪問された事があったな」

「あらでもそのお方はテオドーラ様のお子ではないのではありませんか?」

「殿下は美丈夫の優れた騎士だが、容姿は父大公に似ているそうだ」

「ルーベルト様と似た処があるかもしれませんわね・・・」

ヴェルナーはうなずく。


「でもその御方は謀反を起こしたとか聞きましたわ」

「だがこうなるとその真相に疑問を持たざるを得ない、精霊王への謀反の方が遥かに重いからね」

「まあ!そうですわね」


二人はテーブルの上の茶にふたたび手をつける。

「状況がある程度落ち着くまで、婚姻の話は無いだろうさ」

カミラはいまだに沈んだ表情だが少し力が戻って来たようにも見えた。


「時間が時間だ、そろそろ休みなさい」

ヴェルナーが告時機に目をやってから優しく諭した。

ヴェルナーが合図を送ると使用人達が入ってくる、彼らは扉の外で待機していたのだ。


カミラは父を扉まで見送る。


「お休みなさいませお父様」

「おやすみカミラ」

二人は軽く抱擁を交わした。


やがてカミラの前でゆっくりと扉が閉じられた。




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