ジンバー商会の衝撃
「ローワンさんどうします?」
ジムの何時もの口調が妙に浮いている、だがこの場の空気をわずかに変えた。
「ラミアが目覚めるのを待とう、聞きたい事がある」
ラミアは上半身をローワンの腕に抱きかかえられていた。
やがてラミアが僅かに身を捩ら目を見開く、ちょうどジムと目が合った、ジムが慌てて呼びかける。
「ラミアさん!?」
「ラミア俺がわかるか?」
ローワンがラミアを軽くゆする。
彼女はしばらくの間は意識がはっきりしていない様子だった、やがて自力で身を起こす。
ローワンはそっとラミアを解放してやった。
「あたし自身を近くで見ていたんだ・・・まるで他人に見えた・・・」
ラミアはよろよろと立ちあがる。
「女神が降りていたのか?ラミア」
「良くわからない、でも何となくわかる、あれは神のような何かだよ」
「そうか・・・」
「ローワンさんどうしまっすか?」
しばらくローワンは沈黙し熟考していた、やがてメンバーを見回す。
「女神の眷属に伝える話はともかく、俺達はジンバーの人間だ、一度ハイネに戻ろう報告する事がある、
それにハイネに新しい情報があるはずだ・・・それに奴らはハイネの近くにいるだろうよ」
「北の方は戦場ですよ、どうします?」
ジムの問いかけに答えたのはバートだ。
彼が地図を広げると指先がある道をたどる、それはエルニアの南に下り広大な湿地帯を西に抜けアラセナを抜けテレーゼに抜けるルートだ。
皆が地図を覗き込む。
「南ルートを使いましょう、遠回りですが戦場を避けられますよ」
「そうだな、アラセナ情勢が不透明だが、アラティア=テレーゼ街道は危険だ、やはり南回りを行こう」
全員がそれに頷いた。
ジムはふとクラスタ屋敷の方角が気になる、屋敷の周りの篝火の周りが少し騒がしくなった。
「そろそろここから動きましょう、ローワンさん」
ローワンもすぐに気付いた。
「そうだね、詳しい話は後で、ここから離れよう」
ラミラもジムの意見に賛成する。
「馬車に戻る、森の中を迂回するぞついてこい!」
バートの魔術道具の光が消える、メンバーはローワンに続いて夜の森の中に踏み入って行く。
エルニアでジンバー商会の特別班が帰国の決断をした頃、はるか西のテレーゼの都ハイネのジンバー商会本店はいつもの喧騒が耐えて活気もなく夜の闇に沈んでいた。
ハイネの南西地区に大きな敷地を占めていたジンバー商会はハイネ有数の運送業者で多くの商売を経営していた、普段は運び込まれた荷の整理などで深夜まで騒がしかったものだ。
だがグディムカル軍がテレーゼに侵攻を開始して依頼、商売が停滞して景気が悪化している、夜になると歓楽街から人の姿が消え死んだように静かになってしまった。
それでも当初は軍需関係で大盛況だったが、いざ会戦近しとなると総ての物の動きが鈍り、不急不要な荷はとまり一部の者達は家族をハイネから疎開させている。
レンガ作りの倉庫が立ち並ぶ商会の敷地の奥まった一角に、会頭エイベルの私邸が立っている、ここは歴代会頭のプライベートな生活の場だ。
ジンバー商会の本館は実用本位で飾り気が無かったが、この私邸は先々代、すなわちエイベルの父エドモンドの趣味が良く反映された建物で、非常に趣味の良い金のかかったものだった。
その豪奢な客間にダーグブラウンのナイトガウンを纏ったエイベルがソファーに深く腰を降ろしている、すでに休息を取っていた時間だが、そこに執事長のフリッツが話があると面談を申し込んできた。
先々代からジンバー商会に仕えるフリッツはエイベル会頭が頭が上がらない数少ない人間の一人だ。
フリッツは初老の男だが姿勢が美しく執事服のままの姿で羊皮紙の束を抱えていた。
「フリッツまあそこに座れ」
エイベル会頭の勧めでフリッツは会頭の体面に座った。
「何か戦況が動いたのか?」
「いや、この前のアンナ・マリア姫の母系の調査の結果がやっと出たぞ」
「・・・思い出したぞ、コッキー=フローテンの件だな!!」
フリッツは羊皮紙の束をエイベルに渡した。
ジンバー特別班が作成したアリア=フローテンの肖像画が、あまりにもマリア=バルリエ=テレーゼ王妃とその娘のアンナ・マリア姫の肖像に似ていた事から、マリア王妃の母方の血統の調査をさせていた。
だがこの戦争騒ぎですっかり忘れていた。
エイベル会頭は羊皮紙を読み勧めながら小首をかしげた。
「七代前にラサルテ地方の小領主から伯爵に成り上がったか、そこから王妃を出したと、それも母系で配偶者は婿として迎え入れていた、珍しいな、それ以前は・・・メンヤの巫女の家柄だと!?」
エイベル会頭はここで驚愕した、そしてフリッツを凝視する。
「アンナ・マリア姫からアリア、コッキーと繋がる」
「魔術師達があの娘がメンヤとつながりがあると推論していたな、フリッツ!?」
「ああそうだエイベル、だが今の状況ではこれを調査する余裕が無い」
「くそ、何が起こっていやがる・・・」
「で判断を仰ぎたいのは、これをコステロ商会に上げるべきかだ」
そこでエイベルの顔が強張った。
「報告しないは無いな・・・」
エイベルはどこか苦虫を噛み潰した様な顔をする、フリッツは済まし顔で答える。
「報告するにしても、お前に報告し判断を仰がねばな、決まれば明日の朝これを出す」
「わかっている」
「フリッツ、コッキーとつるんでいた奴らは一体何なんだ?」
「ローワンが戻ってくればわかる事もあるだろう奴らは優秀だ、10年前に死んだアリアの肖像画を復元したのも彼らだ」
「いつ戻ってくる?」
「アウデンリート支店に漂流船のレポートを届けた後でエルニアを南下したようだ」
「あれか!!あれは貴重なデーターだ」
「あの中に入ったのはエルニアの奴らだけだ、そして船は今はもういない、そして謎が深まっただけだ」
エイベルはため息を吐いた。
「俺は、ハイネの商売と裏世界の締める事しか考えてこなかったが、こんな事に片足を突っ込む事になるとはな」
エイベルは忌々し下に羊皮紙の報告書を指で叩いた。