アマンダはエルニアを目指す
ブラスは少し冷静になると獰猛な笑みを浮かべた。
「すこし熱くなったか、今回の愚挙も異国の貴婦人にたぶらかされたとは信じられん、だいたい何の利害がある?そもそもエスタニア人と意志を通じる事ができるのか・・」
エスタニア大陸の各地の言語はおたがいに影響しあっている、慣れれば聞き取る事は可能だ、だが未知の大陸の言葉がいきなり通じるのかブラスの疑問はもっもだ。
「アウデンリート城で異常事態が生まれている、大公妃も宰相も動きがわからなん」
ブラスの言葉にアマンダが決意を固めたようすだ。
「私ならばアウデンリート城に潜入できます、内部の構造も知りつくしていますわ・・・もしかしてそれで?」
アマンダは自分がアラセナに呼び戻された理由がやっとわかった様な気がした。
父親のエミリオが静かに語り始めた。
「ああそうだ、すまんアマンダ・・・城の内部の様子を知りたい、内部に侵入しようとした密偵は失敗している、できる事ならテオドーラ様とギスランの様子を確認してほしい」
「異国の貴婦人はどういたしますか、おとうさま」
カルメラは口を出さずに静かに話を聞いていただけだったが、ここで初めて口を開いた。
「異国の貴婦人は危険だとおもいますわ、私の契約精霊達が怯えている様な気がしますの」
「それはどう言う事だい?カルメラ」
エミリオが興味をそそられたのか穏やかな口調で娘に語りかけた。
「ええお父様、アウデンリートの連絡員と精霊通信をしておりますの、でも最近精霊達がいやがっている様な気がしますわ」
「はっきりとはわからないんだね?」
「そうですわ、下位精霊はあまり頭が良くなくて話せないですもの」
ブラスは何かいいたげにエミリオを見てからアマンダに視線を移した。
それにアマンダが答えた。
「妖精族が魅了の力を持っていたと聞いた事がありますわ・・」
「妖精族だって?そうか神話に闇妖精族が東の海の彼方に逃れた、そんな伝説があったね」
「ええお父様それですわ・・」
「まさか大公が魅了されているとでも言うのかい?」
「聖霊教を裏切るなど狂気の沙汰だ、意外とその説明の方が納得できるぞ!」
ブラスは呻くように吐き捨てた。
アマンダは僅かに熟考すると顔を上げる。
「お父様ブラス様わかりました私がアウデンリートに向かいます、ですがルディガー様達はどういたしますか?」
それにエミリオが答えた。
「カルメラの精霊通信を通じてお伝えする事しかできないよ、使者を送っても接触できないのだろ?アマンダ」
「ハイネの近くでルディガー様は上位地精霊術師の結界の中に隠れ住んでいます、近くに行くのも難しい場所ですわ」
そして四人は情報交換をはじめたそれはエルニア潜入に必要な事だ、そしてアマンダは明日の早朝アラセナを発つ事に決まる。
夕闇迫るアラセナの街をエステーベの馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいた、車上にアマンダと妹のカルメラ、エステーベの当主エミリオが座し護衛が数人周囲を警戒している。
今夜はエミリオも屋敷にさがりアマンダ達と共にすごすことになった。
「新しい領地はどうですか?おとう様」
「お前はまだ行った事がなかったね」
「お姉様何も無い田舎ですわよ、持ち主がいなくなった地主の館を利用しているだけですわ」
「あら貴女は行った事があるのね?」
カルメラはうなずいた。
「お兄様はお元気かしら?」
「お元気でしたけど、少し疲れていたかしら?」
そこでミリオが笑った。
「はは、あいつには領主として経験を積んでもらわねばならんからね」
そうこうする間に馬車は館に到着してしまった。
そして早めの晩餐が始まる、アマンダは明日の朝早くにここを発つ予定だから。
カルメラが肉をフォークに突き刺しながら思い出した様にアマンダを見つめた。
「修道女様達にお会いなさらないのね?」
アマンダはさみしげに微笑む。
修道女様たちとはハイネから移り住んできた修道女二人と孤児たちの事だ、今はこの街の管理者のいなかった聖霊教会に入っている。
「朝が早いし秘密の任務なので静かにここを立つわ、みんな元気かしら?」
「みんな慣れて、子供達は仕事のお手伝いとお勉強をしているわ、お二人も元気になられたわ」
アマンダは安心して微笑む、孤児院の修道女二人と孤児達はジンバー商会から追われリネインにまで逃れた、最後にこのアラセナの地に逃れてきた。
彼らの護送をしたのはアマンダで子供達に筋肉姉ちゃんとすっかり懐かれてしまった。
「カルメラ、時々様子を見てちょうだいね」
「わかっていましてよ」
そう言うとカルメラは肉を口に放り込む。
そしてまっすぐアマンダを見つめてきたのでアマンダも姿勢を正す。
「おねえ様何か嫌な感じがするから、お気をつけて」
「それは魔術師としての直感なの?カルメラ」
「そうよ」
カルメラはうなずいて肯定する。
「わかったわ、魔術師は幽界と繋がっているから直感は無視できない、心に置いておきます」
その後は三人は他愛のない雑談に興じる事になった。
東の空が朝もやを透かして白く輝く、その中を東に向かう人影があった、白い黄ばんだローブに身を包み確かな足取りで進んでゆく。
背中には薬の行商人が使う木箱を背負っていた。
アマンダはエルニア、その公都アウデンリート城を目指し旅立つ。