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アラセア城の尖塔から

 テレーゼの最南東の地アラセア盆地の豊かな大地に降り注ぐ陽射しも緩み、大地をわたる風がほのかに秋の兆しを運んでくる。

領都アラセアはクラスタ、エステーべ連合軍の手により傭兵団から奪われた、新しい征服者はアラセアを暴政の爪痕から立ちなおらせるべく手を打ち最近やっと落ち着きを取り戻したばかりだ。

そんなアラセア城の一番高い大尖塔の上に子供じみた容姿の女性の姿があった。

まず赤毛が目を引いた、小柄で丸顔で柔らかな表情の若い女性で美しいと言うより愛らしい、彼女はアラセアの支配者エステーべ家の三女カルメラ嬢だ。

彼女は塔の上から雄大なテレーゼの田園風景を見下ろしながら爽やかな風を浴びている。

カルメラとエステーべ家の長女アマンダと似ているところは燃え立つような赤毛とエメラルドの瞳の色だけだ、質素な部屋着のドレスに首から小さな望遠鏡を下げていた。


カルメラは大きなあくびをする、だがそれを見てはしたないと咎める者はいなかった。

彼女は最近魔術師の仕事が増えたせいで城に詰めっきりになっていた、疲れるとこうして塔の上に登るのが日課になっていた。


「疲れましたわ、精霊通信の量も昨日からふえている、かしら・・・」

そこで言葉が途絶れる、遠くを凝視する。


「あれってもしかして、お姉様かしら?」

カルメラは慌ててバルコニーの壁に近寄ると望遠鏡を北西の方向に向けて目に当てた。


「お姉様だわ、髪を黒く染めているけど間違いないかしら、屋敷に行くはずだわ」

カルメラは望遠鏡を首にかけると急いで塔の階段を下って行く。




アマンダは薬の行商人のローブのフードをかき上げ、雄大なアラセア城を目を細めて見上げた。

アラセア城は昔から不相応に巨大な城と言われていたものだ、それは長年に渡りこの地で苛政が行われていた事を意味していた。


「久しぶりね、何が起きたか解らないけど、ここまで目に見える異常はなかったわね」

領都アラセアが平穏そうで目に見える異変が無いことに胸をなでおろしていた。


そのまま城下街に向かう、アラセアは四方を山に囲われ護りが固いそのためか城下の防護は貧弱だ、その代りに城の防護が要塞の様に堅固なのだ。

アマンダはそのまま城門をくぐる事もなく小さな市街に入る、衛兵達は妖しい薬の行商人に疑わしげな目を向けたが、すぐに彼女の正体に気づき敬礼する。

アマンダはそれに鷹揚に挨拶を返した。


やがてエステーべ家に割り当てられた屋敷が見えてくる、エステーべ家の領地はアラセナの南側にあり、

そこに本館があり兄がそこを治めているのでアラセナ城下にはいない。


ふと女の影が道を素早く横切り屋敷に入るのが見えた、アマンダはすぐにカルメラだと気づき笑みを零した。

「まあ相変わらずお転婆ね」

自分の事を差し置いてそうつぶやくと、我が家に向かって足を早める。




帰宅したアマンダをエントランスでカルメラが迎えた、カルメラは少し息が弾んでいる。

「おかえりささいませお姉さま」

「なにが起きているの?途中の関所の兵も良く知らないみたいだけど?」

それがアマンダの最初の言葉だ、だがカルメラはそれには答えない。


「お父様はお城よ、お姉さまこの後お城に行くのかしら?」

父エミリオはアラセア城に詰めていて屋敷にはいなかった。

「そうね詳しいお話はそこで伺うわ」

カルメラはうなずくと馬車の手配を執事に命じる。

「では準備ができるまでリビングでお待ちになって」

アマンダはその言葉に従うと私室に入り旅装を解きリビングに向かった、そこにカルメラがまっていた。


「ルディガー様とベルちゃんは元気かしら?」

それがアマンダがソファーに座ってすぐのカルメラの一言だ、アマンダは苦笑いをする。

「あいかわらず元気よ、いろいろとんでも無い事に巻き込まれているわ」

「ではまだお戻りになれないのね?」

アマンダは慎重に考えながら静かにうなずいた。

「そうね、ねえエルニアで何か起きたのかしら、こっちに攻めてくる気配は無いみたいだけど」


「うん、その心配は遠のいたかしら、北に軍を動かしているみたいだわ」

「戦争に介入する気ね、まさかグディムカルに与するなんてないでしょうね?」

カルメラはそこで沈黙してしまった、アマンダは半分冗談のつもりだったがカルメラの反応に僅かに焦る。

「このお話はお父様達とした方がいいと思うのかしら・・・」

「そうね、その方がいいわね」

その後はアマンダとカルメラは世間話に華を咲かせ始めた、やがて執事が馬車の用意ができた事を伝えてくる。

すぐに二人は馬車の人となる、屋敷から城まで大した距離ではないが、今はアラセアの支配者の親族と言う体面があるのでこうしているのだ、それにこの方が護衛達も護りやすい。


二人は城に着くと第三層の政務区画に導かれた、エステーベ家のエリセオの私室に迎えられる。

そこにクエスタ家の当主ブラスもいた、それは予想していたので二人が驚く事はなかった。


「お久しぶりですブラス様」

アマンダは旧知の中なので気安く挨拶をすると、カルメラと並んで小さなテーブルを囲むソファーに腰を

降ろした。

「アマンダご苦労だった、急に呼び出してすまない」

エリセオは軽くアマンダに謝罪をした、アマンダはルディガーの身辺の状況を把握し、それを伝える役目があったのだ、そしてアラセナへの帰還を説得する事だ。

「いいえ父上、何が変事があったのですね?」

エリセオとブラスが目配せする。


「アラセナにすぐに危機がせまっているわけではない、だがエルニアに凶事が生じつつある」

ブラスが後を継ぐ、彼は狼の様な精悍な美貌の壮年の男でベルに面影がにている、ベルは母のララベルよりブラスに似ていた。

「エルニアが軍を北に動かしはじめた、連合軍に参戦するのであれば布告があるはずだがそれがない、ただ諸侯に動員令が出ている、テオドーラ様派の諸侯が多いのに何が起きているのか理解できず動揺が広がっているこれは異常事態だ」

「宰相や大公妃様は何を?」

ブラスがエリセオを見た、あまり話したくない様子だ。


「アマンダ、リエカに東方絶海の彼方の船が漂着したのは聞いているか?生存者がいた事を?」

アマンダは驚いたがカルメラは知っている様子だ。

「異国の船が漂着した話は聞きましたわ、生存者がいた事までは」

「長さ150メートルの破格の大船だ、残念ながら嵐の夜に流されてしまった」

アマンダは更に驚いた。

「信じられません、長さだけで遠洋航路の船の三倍ぐらいあります・・・未知の大陸の文明、それも力のある文明ですわ」

「そうだ」

「その生存者は?」

エリセオは一瞬言葉に詰まった。

「たいそう美しい肌の浅黒い女性で銀の髪をしているそうだ、大公家預かりになった」


「そんな得体の知れない者を・・・」

「噂では高貴な身分ではないかと思われ、外交問題になる事も考え貴賓扱いにしているらしい」

「そうなのですね・・・それで?」

エリセオはまた言葉に詰まる、言いにくい内容らしいとアマンダは察した。


「これも噂だが大公家が乱れているらしいのだ・・・」

アマンダはその言葉の意味を察して呆れはて首を横に振る。


「情けない事ですが、この度のエルニアの動員と関係あるのでしょうか?」

アマンダの疑問は当然だった、そこに大きな音と共にブラスの怒声が割って入る。


「クラスタ家の密偵の報告だが、あの大公が異国の貴婦人とやらに魅入られとち狂っておるとさ、あの愚物が!!」

ブラスの吐き捨てる様な罵声が更に部屋に響いた。





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