夢魔の夜
薄暗い寝室でベルは悪夢から目覚めた、みわたすと部屋の照明は落ちて暗い、だが壁を見ると板張りの隙間から間の世界の狂った星明かりが虫の様に蠢きながらこぼれ落ち、床にナメクジのはった跡の様な紫色の跡を残した。
その不条理な光景にため息を漏らした。
「ベルさん目が覚めましたか?」
隣の藁の山の中からコッキーの声が聞こえてくる。
「目が覚めた、不気味な夢をみたんだ」
「私もですよベルさん、子供達が笑いながら屋根の上で踊っていました・・・大人もいましたよ、いやらしい顔をした女もいました、長い舌をだしてベロベロしてたのです」
「同じだ、でも一人だけ黒い霧がかかっていて見えなかった、でもわかるアイツだ真紅の淑女だ!」
「他の子供達も前に見たような気がするのです」
「うん」
暫く二人の会話は途切れた。
「あいつらはグディムカルの仲間ですか?ベルさんどう想います?」
あいつらとはコステロ商会とその裏に君臨する真紅の淑女達の事を指していた。
「良くわからない、グディムカル帝国はユールの神々を信じている、しってる?」
「孤児院で教わりましたよ、西はパルティナ十二神教で北はユールの神々を信仰しているのです」
コッキーはベルの質問に少し機嫌を悪くしたのか少し言葉が荒くなる。
「コッキーはリネイン聖霊教会育ちだったったね・・・真紅の淑女と死霊術は関係あるけど、グディムカル帝国と奴らがつながりがあるのかまだはっきりとわからないんだ、魔道師の塔から奪った資料をアゼル達が分析している、北の世界の彼方に死霊術を復活させた存在がいると仮定しているみたい」
「じゃあのミイラみたいな奴よりエライ奴がいるのです?」
「あいつはセザーレ=バシュレだよ、ホンザさんの師匠だった奴、セザーレは最初から死霊術師じゃなかったって言ってた」
「たしかあいつアマリアさんの弟子ですよね、ならアマリアさんって何歳なんです?」
コッキーの声は最後はとても小さくなった、隣の部屋にルディが寝ているはすだが、そこにアマリアのペンダントもあるからだろうか。
「うーん、アゼルは少なくても250年は生きているって言ってた」
「凄いおばあちゃんなのです」
ベルは藁のベッドの上で起き上がり、そしてコッキーの藁の山の方にはいよると自分の唇の前に美しい指を立てる。
「アマリアの前で言わないで・・・」
藁の隙間からコッキーのコバルトブルーの瞳がべルを見つめていた。
「わ、わかっているのです・・・明日は早いですから、もうねるのですよ」
ベルのまえで瞼が閉じられてしまった、ベルは自分の藁の山に戻ると横になった。
「じゃあ、またお休み」
それにコッキーはもう答えない、やがて二人の安らかな寝息が聞こえてくる。
そしてベル達の隠れ住む間の世界の空を、例えようも無い奇怪な生き物が、極北のオーロラの様に輝く夜空を東に向かって横切って行った。
間の世界の木々が騒ぎ、得体の知れない生き物達が一斉に騒ぎ出した。
そのころ噂になった真紅の淑女ことドロシーはゲストハウスの私室でくつろいでいた、部屋には子供達もポーラも訪れる事は少ない、まるでドロシーの秘密の住処になっていた。
豊かな平民の娘の部屋の様な内装は絶世の美しき魔物にふさわしいとは言えなかった、ベッドに腰掛け豪勢な黒い棺に背をもたれている。
彼女の手には白い磁器のカップに注がれたどす黒い液体で満たされている。
しばらく見つめていたが黒い液体に口をつけた。
「苦い!?」
そして僅かに眉をひそめる。
「これが南海の島の飲み物?うーんエルヴィスに好みじゃ無いっていわないと」
そしてため息をついた。
すると黒い液体の表面にさざなみが生まれた、やがて小さな何かが水面に現れた、それは小さな女性の頭で黒いショートボブの髪と丸顔の個性的な顔が美しい。
その小さな女性のパッチリとした目とドロシーの目が合う、小さな女性はしまったと言いたげな顔をするとチロッと舌を出してそのまま沈んで行ってしまった。
「ドロシー」
ドロシーはふとささやく。
ふたたび液体の表面にさざなみが生まれた、今度は小さな形の良い足が水面から現れた、やがて片膝を曲げたもう片方の足が現れる、ゆっくりと回転を始めた。
見事な造形の美しい腰と尻の双丘が現れ、そのまま一回転する、そして細面の繊細な美貌が水面に現れた。
「シーリ・・・」
小さな女性は両手を天に差し伸べるようにドロシーに向けてから、片方の手を胸に乗せ、もう片方を水面の下に沈めた。
目を閉じると次第に悩ましげな表情を浮かべ始め、わずかに唇を開く、そして目を開いた彼女の顔に嘲りの笑みが張り付いている。
「くそ」
ドロシーの声は怒りを含んでいた、そしてその黒い液体を一気に飲み干す。
「苦い、アンの話を聞いたから、スザンナの事を思い出してしまった」
深い嘆きと苦悩すら感じさせる声、エルヴィスも眷属達も誰も聞いた事のない、はるか昔に捨てられた彼女の魂の嘆きの様なつぶやきだった。