聖霊教会・破魔部隊
深い森の中で焚き火を数人の人影が囲んでいる、みな白いローブを纏って携帯食にかじりつく、だが会話もなく静かな食事風景だった、時々木製の水筒を廻し合いながら水を飲んでいた。
急に一番大きな人影がピクリと体を震わせたので他の者達はその影を見た。
「今精霊力のゆらぎを感じた、だが非常に遠いこの東の方角だ」
それは落ち着いた壮年男性の声だ、彼はゆっくりと腕をあげ東を指し示す。
「ロイ様私は何も感じられません、もしやアンネリーゼ様でしょうか?」
影の一つがたずねるそれは若い女性の声だ。
「感じられないのはあたりまえだ遠すぎる、俺は一族ゆえに感じる事ができるだけだ」
「ならばこの方角で間違いなかったのですね」
他の影がほっとした様に話した、それは若い男性の声だ。
「俺が闇妖精姫の話をした後でアンは出ていった、テレーゼでほぼ間違いあるまい」
「しかし我ら破魔部隊が追いつけないのですから、聖女様の恐るべき足ですな」
それはロイとは別の壮年の男性の声だ。
「むしろ離されている・・・アンは軽く走る程の速さで道なき道を進んでいる、あいつに道など関係ない」
ロイは深くため息をついた。
「あのよろしければ、聖女様と闇妖精姫の間に何かあったか、教えていただけますか?ロイ様」
先程の若い女性の声が遠慮がちに口を開いた。
「何を言っている、邪悪を狩るのが我らの努めだ!」
それは先程の若い男性の声だ。
だが意外なことにロイは彼女の疑問に応える事にしたようだ、場に明らかに緊迫した空気が生まれた。
闇妖精姫に関わる問題は禁忌とされ、彼らの様な聖霊教の破魔部隊ですら限定的にしか情報が公開されていなかった。
だがロイの姪が闇妖精姫に執着している事は明らかだったので、何かしらの説明が必要だと考えたのだ・
「詳細を教えてやる事はできないが、闇妖精姫は俺の両親の仇だ、アンの祖父と祖母の仇でもある、これ以上は教える事はできない」
先程の恐れを知らない若い修道女が重ねて疑問をぶつけてくる。
「あの、ロイ様は闇妖精姫と戦った事はあるのでしょうか?」
僅かな間のあとでロイは語り始めた。
「奴が死靈術で野営地ごと大部隊を消滅させたところを見たよ・・・あれほどの大規模な術は知られていない、あれは人が戦える相手ではない」
「それはテレーゼのハイネで記録された死靈術でしょうか?」
「同じ術かは判明していない、極上位魔術を使える者が限られてるのでほとんど知られていないのだ、だからこそ闇妖精姫がハイネにいる証拠になる」
「でも聖霊拳の上達者、幽界の門を開いたものならば対抗できますわ、アンネリーゼ様なら」
彼女の言葉から拳の聖女に対する信仰にも似た熱が伝わってくる。
ロイは深くうなずいてそれを認めた。
「我らの使命は聖女を支援する事だ、奴は一人ではなかろう、厳しい戦いになるぞ」
「我らも覚悟をしております」
破魔部隊のメンバー達はそれぞれ決意を新たにした。
そして彼らの野営地から遥か南東の地に、エスタニア大陸有数の大国アルムト帝国の版図が広がる。
その大陸屈指の大都市、帝都ノイデンブルクはすでに夜の闇の底に沈んでいたが、都は北の戦火からも遠く平和と繁栄を貪り微睡む。
その中心部に聖霊教の総本山の白亜の大礼拝殿が周囲を睥睨している。
アルムト帝国の宮殿は郊外の台地の上に築かれていたため、中心部では大礼拝堂が目立っていた。
そしてここは聖霊教の中枢でありアルムトオーダーの森にある始祖礼拝堂とならんで聖霊教の聖地とされていた。
その大礼拝殿に世界の聖霊教を統括する法務庁が有った、実用的で礼拝殿と同じく白亜の美しい建物が幾棟も立ち並ぶ。
ある建物の最奥の一室にこの夜聖霊教の中枢が集められていた、それは極めて重大な決断を下す為、聖霊教の機密院に属する最高会議が密かに開催されていたのだ。
今上の総大司教のグラハム=ルンゼが正面の至高の席に座し、細長い豪奢なテーブルを挟んで各地を統括する大司教が招集されていた。
高齢のグラハム=ルンゼの声が静まり返った議場に良く通る。
「グディムカル帝国に対する聖戦の儀、各地の信徒の意志も一つになった、これにて『聖戦の布告』を決定する」
総大司教はゆっくりと議場を見渡したが、大司教達は異論ございませんと唱和してゆく。
もっともこの議会は半ば形式的な者ですでにコンセンサスは作られており、大陸諸国にその意志は伝えられていた。
そして議会は終わり司祭達に案内されながら指定された部屋に下がっていった。
総大司教も休憩室に下がる、そこは古代ロムルス帝国時代の名残を残した威厳のある部屋だ、革張りのソファーに体を委ねた。
そこに身の回りの世話役の若い司祭が木の盆に2通の手紙を乗せて近づいてくる、すでに改められていて危険は無いのだ、最初の一通を手に取り一読する、そして眉をひそめた。
「何を考えておるのだエルニアは?」
総大司教は首を横に振ると次の一通を手にして一読する。
「なんとまたか、アンネリーゼ・・・」
総大司教は片手を額につけて首を左右に振った。
若い司祭はその間に無言で無表情なまま置物の様にそこにたたずんでいるだけだった。