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エルニアからの凶報

 エスタニア大陸は南北に走る巨大な神峰アンナプルナ山脈により東西に分断されている、東西を結ぶ街道はアンナプルナ山脈を越える難所で、そのため東西の交流の多くは沿岸航路にたよっていた。

アンナプルナ山脈は大陸を東西に分断しそこから北に大きく伸びセイル半島を形つくる。

この巨大な半島は南の文明圏とは異質な世界で、ユールの神々が信仰されていた。

いくつもの国々が割拠しているが、その中でも南のグディムカル帝国が最大の力を有している、その半島も北端に近づくにつれ農耕に適さない森林と凍土の大地が広がっていた。


そしてこのセイル半島もここターナ岬で尽きる、断崖の上から望める荒れ狂う灰色の大海の向こうに大きな島がある。

存在は知られていたがエスタニア大陸の者が訪れる事はほとんど無かった、許された商人だけが島の南端の交易地を訪れる事ができる。

島の大きさは一回りするのに船で2週間以上かかると言われるが、この荒れた海ならばそれほど距離を稼げるとは思えない。

そして島の奥地の事は知られていなかった、小国がいくつかあると言われるが定かではない。

その島はエスタニア人からは『暗黒の島』と呼ばれていたが、セイル半島の人々はニブルヘイムと呼んでいる。


その半島の北限の地に立つ人物がいた、旅の学者の様な姿はアンソニー=ダドリーその人だ。

彼は荒れ狂う灰色の海の彼方を見つめていた、空の雲は薄く弱々しい日の光に白く照らされていた、そして海の水平線は霞で見えない。

そこに強い風が吹く、ひゅうひゅうと風が鳴ると先生は鳥撃ち帽子を片手で抑えた。

やがて風で霞が吹き散らかされ水平線まで見通せるようになった。


「やはり見えないよね・・・」


先生は独り言をこぼすとまっすぐ前に歩き始めた、そこは崖のはずだがそのまま先生はまっすぐ進む、やがて脚が大地から離れたが落ちる事も無く宙を進む、まるで見えない大地があるかのように。


陽炎の様に姿が不安定にゆらいだ、だが観察力のある者がいたならば荒れ狂う海面を漆黒の影が進んで行くのを見ることができただろう。

どこからともなく西の国を感じさせる鼻歌が風に乗って聞こえる、漆黒の影はどこまでも北の海の彼方を目指して進んで行った。





エスタニア大陸の北端セイル半島から遥か南のグディムカル帝国の更に南、豊かなテレーゼ平原が広がっていた、その国境をなす山地の南側に連合軍とグディムカル帝国軍が約半日の距離を置いて対峙している。

遥か天から見下ろすことができるならば、両軍とも勢力がほぼ均衡している様に見えるだろう。


その南に東エスタニア屈指の大都市ハイネがある、かつてはテレーゼ王国やセクサドル帝国の首都であった事もあり、製鉄産業を背景に混乱したテレーゼの中でも圧倒的な経済力をもって自治都市として君臨してきたのだ、現在は周辺の諸侯を糾合しハイネ通商連盟を結成しグディムカル帝国の侵攻に対抗している。


そのハイネの南は広大な田園地帯が広がりその真中を南部の大都市リネージュを結ぶ大街道が貫いている、

ハイネから離れるに従い小さな森が目立ち始める、小さな集落が点在し長年の内戦で荒廃し一度は森に帰った大地が再び切り開かれつつあった。

そこから更に南下すると一面の深い森となっている、40年に渡る内乱で滅びた村や街の跡がこの奥に沈んでいると言われる。

だがそれは紛れも無い事実なのだ、古い街や村の廃墟が森の中に確かに眠っていた、だがハイネの人々は廃墟に亡霊が徘徊していると怖れめったに近づこうともしなかった。


そんな森の縁から少し奥まったところに小さな放棄された村の跡があった、村は林に飲まれ深い草に覆われその中心に比較的状態のましな廃屋が残っているだけだ。

だが不自然な事に村に続く細い道は切り開かれ馬車の(ワダチ)(ワダチ)が刻まれ人が踏み通った跡も残されていた。


だが村は静まり人の気配は絶えている。


だが廃屋から僅かにずれた世界に築かれたホンザの魔術陣地の中にルディ達が隠れ家を築いていた。


その魔術陣地の中の廃屋は修理され掃除されて生活の匂いが染み付いていた。

広い居間は魔術道具の青白い光に照らされていた、現実世界は傾きかけた昼間の太陽に照らされているはすだが、屋敷の窓の鎧戸は締め切られ狭間の世界の狂った陽光を遮る。

部屋を照らす魔術ランプの色が青いのは精霊力の性質に依存しているからだ、アゼルが水精霊術師で精霊力の充填を彼に依存しているためだ、ベルが青い色に苦情を述べたときアゼルに叱られたものだ。


留守番のコッキーは仕事を終えると、壁際の長テーブルに体を横たえ居眠りをしていた、安らかな息の音が聞こえてくる。

溜まっていた仕事をすべて片付けいつのまにか眠ってしまったのだ。


そこに小さな鈴の音色が聞こえてきた、コッキーは身じろぎしてから目を覚ます。


すると丸テーブルの下にいた白い猿のエリザと目が合ってしまった、エリザはコッキーをじっと見つめていた。

その深い色合いの瞳から知性を持ってるような不思議な感覚を感じたので頭を振って上半身を起こした。

するとエリザが魔術師達の部屋の扉の前に駆け寄り扉に飛びつき跳ね返される。


「あ、精霊通信が来ましたね?」

壁際の告時機に目を向けたが外はまだ陽が出ている時間だ。

「いつもと違います、何かありましたか?」

それにエリザが答える事もない、だが魔術師達の部屋に入るのも迷う、それに精霊通信の通信板を読む事ができなかった、そのまま仲間の帰りを待つことにした。


ふと部屋の青い光を見ていると、かつて魔術道具の照明の色がオレンジだった事を思い出した。

それはテヘペロ達に捕えられていた頃の照明の色だ、今はその色が精霊力の性質によるものだと理解している、ずいぶん顔を見ていない豊満な美女の姿をなぜか思い出してしまった、あの色は火精霊術師の力の色だった。

彼女が今どこにいて何をしているのだろう、戦争が近いハイネからはとっくに逃げ出しているに違いないと思った。



いつのまにかまた居眠りを初めたコッキーは僅かな精霊力の乱れを感じ立ち上がる。

「ただいま!!」

同時にベルの力強い透き通った声が響きわたった、意識を調整し声の感度を変える、最近は力の使い方が進化している事を自分でも感じていた。

続いてベルの後ろからルディ、ホンザ、アゼルがリビングに入ってくる、エリザがアゼルに駆け寄り肩の上にかけ上がった。


ベルの姿はかなり汚れていた、全身から小さな泥の塊が床に落ちる、せっかく掃除したのにと心で怒った、同じくルディも汚れていたがある程度泥を落としてから入ってきたようだ。

コッキーは少し眉をひそめながらたずねた。


「みなさん、見つかりましたか?」

それにアゼルが答える。

「はい三箇所ほど見つけて破壊しました」

「じゃあ残り十五個ですねアゼルさん」

「ええそうです、ですがこれからは魔術術式の位置がハイネから遠くなるので破壊に時間がかかりますね」

コッキーは何かを決意したように前に歩み出る。

「手分けをするのです、今度は私も手伝います」


『結界の破壊に気づかれておろうよ、分散するのはきけんじゃ』

アマリアのペンダントからベルの声が聞こえる、ベルが体を震わせたのをコッキーは見逃さない。

「俺も同意見だ、今日は何も無かったがこれからは妨害が入るだろう、とりあえず一息入れよう」

ルディの意見にみな静かに頷いた。


「みなさんおつかれなのです、薬草茶の準備をします」

コッキーはキッチンに向かいかけて思い出した。

「あの精霊通信が来てましたよ?」


丸椅子に座りかけたアゼルが立ち上がった。

「私ですかこの時間に?」

そして壁際の告時機を見た、アラセナを占領しているエステーべ家のカルメラと定時精霊通信を行っているがそれは夜と決まっている。

「ふむわしかもしれぬか?めったに無いが」

ホンザも立ち上がると二人で部屋に向かう、それを見届けるとコッキーはキッチンに向かう。


しばらくするとリビングが騒がしくなった、ベルが大きな声を上げているまるで怒っている様子だ。

コッキーが慌てて戻ると丸テーブルを四人が囲んでいた。


「何かあったのです?」


四人が困惑した視線をコッキーに向けた、だが言葉にできないかの様だ、その態度にコッキーも困惑する、そして胸の奥から例えようにない不吉な予感を感じた。


『エルニアが参戦した、敵としてじゃ』


四人がなぜ困惑しているのかその謎がとけた様な気がした。





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