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混迷のアラティア遠征軍

 緊迫するアラティア王国から遥か南西にテレーゼ大平原が広がっている、もし遥か高みから大地を見下ろす事ができたならば、自治都市ハイネの北方マルセラン城市の北側に東西に連なる長大な防衛線が築かれているのを見る事ができるはずだ。


マルセラン城市はハイネとグディムカル帝国を結ぶ街道の上に築かれ、小さな街ごと城壁が囲んでいた。

城は北門と一体化し遥か北に睨みを効かせている、この街はマルセランの領主に見合った規模しか無く、ハイネ通商連合軍とマルセラン伯の兵五千が守備を担当していた。


防衛線はマルセラン要塞の廃墟から始まり東に数キロにわたり築かれ、要塞の西側は険しい峰となりマイン山の山頂にまで繋がっていた。

防衛線の内側に丸太で組み上げられた小さな砦が林立している、それらの砦は逆茂木の防壁で複雑に連結されていた、その合間に大小様々くすんだ白い色合の天幕いが散らばっている。

その間を蟻のように無数の人足と兵が動き回っていた。


その巨大な長城の東側に新たな砦が築かれている、そこにセクサドル軍の軍旗がたなびく。

昨日到着した増援が防衛戦の東側に展開しつつある、連合軍は野戦陣地を生かし帝国軍を消耗させ撤退に追い込めれば勝ちなので防衛強化に余念がなかった。


その長城の東側に小さな湖がありそこから川が流れ出している、その地域に広大な湿地帯が広がり大軍の機動に著しく不利であった。

そして湖から出る川は海に通じることは無い、途中でテレーゼの大地に消えてしまう、学者達は湖はマイン山の湧水だとしているが今だに確証は無かった。


そして大規模な野戦陣地に南のハイネと東のラーゼから、途切れる事無く輜重(シチゥヨウ)隊の馬車が送り込まれ、南のハイネ方面に砂塵が立ち上り空を曇らせる、それはせまりくるセクサドル軍の中軍が巻き上げる砂塵の雲だ。


そして遥か北の国境グリティン山脈とマルセランの中間地点にグディムカル帝国軍が街道を封鎖するように東西に展開している。

北のグリティン山脈から帝国軍の後続部隊が前線に向かって移動して来る、まもなく帝国軍六万五千の全軍が集結を完了しようとしている。

彼らも防御陣地を構築しているが連合軍と比べるとあまりにも簡易な物で熱意を感じられない、テレーゼ諸侯の支援を受ける事のできる連合軍との差であり、連合軍を打ち破らなければならない帝国軍の事情を表していた。

そして野戦に絶対的な自信を持つトールヴァルド五世の傲慢さの現れとも言えた。



その連合軍のアラティア軍司令部の大天幕に朝から不穏な急報が次々に飛び込み緊張が高まっていた。

コンラート将軍と幕僚達が本国と精霊通信でやりとりするが、どうしても情報量に限りがある、一人の魔術師が使役できる精霊の回数には制限があり、酷使すると精度が落ちるどころか精霊にへそを曲げられると極めて危険な事になる、一般的には精霊通信は一日一回程度とされている。

やはり伝令が確実だがそれではノイクロスターから伝令組織を使ってもここまで片道三日はかかる。


その天幕にセクサドル軍総司令官のドビアーシュ将軍が訪れたのはそんな状況だった。

昨晩会合を設けたが顔合わせと現状報告だけで本格的な打ち合わせは今日からだ、だがドビアーシュ将軍は本営内部の空気に眉をひそめた。


「コンラート将軍、これはどうしたのだ?」

天幕に入って来た将軍は困惑を隠せない、コンラートは告時機に目をやると苦笑いをする。

「これはすまない立て込んでいてな、状況は貴殿にも伝えねばなるまい、ブルクハルト部屋を・・・」

控えていたコンラートの副官のブルクハルト子爵が一歩前に出る。

「ではこちらに、皆様もこちらに」


ドビアーシュ将軍と幕僚の高級武官達がブルクハルトとコンラートに続く、そこにアラティア軍の高級武官達が合流した。

その一団は大天幕に繋げられた天幕に向かった、内部は殺風景な天幕だが配色は白にアラティアを象徴する太い赤いラインが四面を取り巻いていた。

中央に長テーブルと周囲に折りたたみ椅子が幾つも並べられ、壁には大きな地図が掛けられている。


全員が部屋に入ると魔術師が防音結界を張る、そして入り口の幕が降ろされると部屋は密室と化した。


「すでに聞いていると思うが、エルニアの動きがおかしい」

コンラート将軍の重々しい声に沈黙が答える、セクサドル側に驚きが無いところからある程度知っている様子だった。

「エルニアが総動員令を発動したようだな、連合軍に参戦する可能性は?」

ドビアーシュ将軍の質問にコンラートが苦虫を潰した様な表情で答えた。

「連合軍に参戦するのであれば、外交ルートで通告があるはずよ」

ドビアーシュ将軍が身を乗り出して叫ぶ。

「なんだと!?まさか何も無いのか!!」

コンラートがうなずいたので、ここで初めてセクサドル側に動揺が走った。


ドビアーシュ将軍は落ち着くと腕を組みながら続ける。

「こちらも精霊通信の報告はない、伝令なれば本国からだと五日以上かかる、もしや戦線布告もないのだな?」

「それもない将軍、だがエルニア軍が動き始めておる」

「非常識な!!これは敵に回る事を前提に動くしかあるまい、だがエルニアは大した軍は動かせまい?」

今度はブルクハルトがコンラートに変わって応える。


「確かにエルニアは小国で遠征経験もありません、しかし本国に近い地域ならば侮れませんぞ」

ブルクハルトは壁にかけられた大きな地図に向かった、地図はエスタニア大陸東北部を大きく拡大した地図だ。

テレーゼを中央にアラティアからエルニア、北はグディムカル帝国南部が描かれている。

そしてブルクハルトはアラティアの西の国境ベステルとテレーゼの東北の要ラーセを結ぶ街道を指した、街道は地図をまっすぐ斜めに走っている。

その中間地点で街道は二つに別れベラール湾に沿い南下しエルニアの公都アウデンリートに至る。


「ここを封鎖されるとテレーゼ派遣軍が孤立する恐れがあります、ベステルに軍が集結済みなので連絡線の確保の為に動くはずです」

ブルクハルトは二つの街道の合流点を指した。

「なるほど、先程エルニア軍が動いていると聞いたが規模は?」

「詳細な状況はわかりません、先程入信がありましたが詳細は伝令待です将軍」

ドビアーシュ将軍はそれにうなずくだけだ、将軍は精霊通信の利点も欠点も知り尽くしている、これに関してアラティアを批判するつもりは無いようだ。


「エルニア大公は愚物と聞く、こんな事ができる統率力があるのか?我々はエルニアから遠く詳しい事情は知らぬ」

ドビアーシュ将軍は困惑した様に頭を左右にふった。


「アラティアは総力戦に入るだろうよ」

コンラートが重々しい声で告げると場を沈黙が覆う。

それは必然だ、いかにエルニアが小国であろうとアラティアはテレーゼに大軍を派遣している、余裕がなくなりつつあった。


「この後でドビアーシュ将軍に直接お伝えしたい事がある」

このコンラートの言葉にセクサドル軍の閣僚達にどよめきが生まれた、それはドビアーシュ将軍にだけしか伝える事ができない高度な内容だと察する事ができるからだ。


「・・・わかった」


コンラートとドビアーシュとブルクハルト以外の幕僚達はみな会議室から退出して行く、こうして朝の極秘の連合軍首脳会議が始まった。






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