第21章:【高校時代】(5)
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「とにかくうす気味悪い奴でした。教室で机に向かって何かコソコソやっているから、『何やってんだ?』なんて話しかけると、『いいだろう』とあわてて何か隠したりしました。勉強も、クラスで60番中、40番くらい。
怒りっぽく、笑顔なんて見せたこともないくせに、授業中、先生に指されて発表するときなんか、声がいつもワナワナと震えてました」
(高校の同級生)[『テーミス』1989.8.30]
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「たまたま席が隣だったんで、3年の時はよく話をしたと思うんですが、とにかく内向的で真面目な奴という印象でした。銀縁のメガネでいつも机に向かってシャープペンシルをノートに走らせていた。
授業中も、よく先生の話を聞いてるなと思うんだけど、試験をするとできてないみたいなんですよね。特にいじめられたわけでもないけど、おとなしくて真面目だから、からかわれやすいタイプだったみたいですね」
(同級生のK・L君)[『女性自身』1989.9.5]
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高校の時のあだ名は「大先生」、または「博士」。ピタゴラスの定理を独自に説明しようと執心していたこともある。
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「おとなしかったし、背も小さかったので、からかわれたりすることも多かったね。“お前のことを相手にするのは、幼稚園の女の子くらいだよ”なんて、いま考えると、ぞっとするようなことをいわれていたこともありましたね」
(級友)[『女性セブン』1989.9.7]
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「彼みたいなタイプはいじめにあいやすい。でも、相手をじっと上目遣いに見るのが気持ち悪くて、皆、いじめをやめた。“魔太郎”みたいでイヤでしたね」
(高2のクラスメート)[『週刊宝石』1989.9.7]
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宮崎は逮捕後の供述で、しつこいくらい「学校では手のことでいじめられた」と語ったが、そのような第三者の証言は皆無だ。逆に、スポーツが得意だったという声は意外に多い。
深刻ないじめがあったなら学校に行くのを厭いそうなものだが、彼は毎日、片道2時間かけて通学した。高校の三年間での欠席数は僅か25日。




