パート1 25
光が晴れていくと、目の前には草原が広がっていた。
晴れ渡る青空に、遠くにはあの''クニ''が見える。
背後には木々が生い茂っていて、その隙間からは涼しい風がこちらに吹いており、自然の匂いが漂う。
そしてその風の吹く先には、木造の小屋と平屋の一軒家が建っていた。
「あなた、前は運がよかったわね。ここの近くに飛ばされるなんて」
「ニーラムさんがいなかったらどうなっていたことかわからない。本当に感謝しかなかったよ」
草原をかき分けて進んでいく二人。
レイは得体の知れない怪物に襲われたトラウマを思い出しながらも、その平屋を目指していく。
草原から整えられた芝生へ抜けると、丁度平屋から人が出てきた。
洗濯物を入れたカゴを持ち、その特徴的な耳と尻尾を揺らしながら、歩いて家の隣にある物干し竿へ向かっているのは他でもないニーラムだった。
「ニーラムさん!」
レイが声を掛けると、ニーラムは声のした方向に振り返る。
レイの姿を見つけるや否や驚くような表情に変わり、次の瞬間には口元に笑みが浮かんでいた。
「レイさん···!」
洗濯カゴを一旦置くと、ニーラムはレイの元へと駆け寄ってきた。
ゼロが脚に付いた草の破片を払うのを尻目に、レイも駆け寄っていく。
「よかった、無事だったのね。もう消えちゃったりっていうのは大丈夫なのね?」
「消える···ていうのはどういう?」
「一度戻ったから大丈夫。二週間はもつわ」
後ろからやってきたゼロが答えると、ニーラムはほっと胸を撫で下ろしていた。
その時レイは、あの時ゼロが時間がないと言っていた理由に気付いたのだった。
時間が過ぎると消えてなくなる。
チーフに見せられたあの映像のように、その後どうなるのかはわからない。
世界の絶対的なルール、イレギュラーは許されないとゼロも言うのだった。
「それならあの時は、二人ともあなたたちのクニに帰れたのね。またここに来たのはどうして?」
「それは···」
答えようとしたレイの目の前をゼロは手で遮り、キョトンとしているニーラムに話す。
「あの街の城に興味があるの。中に入る方法はある?」
「お城···」
城という言葉を聞いた瞬間、神妙な面持ちになるニーラム。
しばらく考え込むが、中々言葉が出ない。
「···私も詳しくは知らないの。ただ、クニにいる同族なら知ってるかもしれないわ」
「もしかして、チップさん?」
その名前を聞いた瞬間、ニーラムの表情が変わった。
思わず小さくその口からも名前が漏れる。
「···あの子、元気なのよね?」
ニーラムは心配そうな表情でレイを見上げるが、レイは迷わず首を縦に振った。
「はい。俺のことを助けてくれたことを話すと、''ニーラムは昔から変わってない''と嬉しそうに話していましたよ。宿屋でお掃除の仕事をしていました」
「そうなのね···よかった、そっちこそ元気そう。お掃除ね···変わらないのはあの子のほうじゃない、ふふふ」
相当嬉しかったのか、ニーラムの顔に笑顔が灯る。
その時、ゼロが続けて話に加わるのだった。
「エニージェって人も生きてる」
ニーラムの表情が変わる。
瞬間的に瞳孔が開き、レイからゼロに視線が集中する。
その口元から笑みが消え、静かにゼロに歩み寄り、尋ねる。
「本当に?」
「ええ。城の護衛のお姉さま方に連れていかれるのを見たわ。本人は楽しそうには見えなかったけど」
「チップさんもその人の事を知っていました。ニーラムさんと何か関係が?」
「姉よ」
ニーラムが即答する。
顔を少し伏せてレイたちから一歩離れると、クニを眺めながら話すのだった。
「あのクニにいることは知ってたけど、正直生きているかどうかは自信が持てなかった。私たちはいつ···どうされるかわからなかったから」
「あながち間違いじゃない。そのエニージェも、処刑される予定だったみたいだから」
「処刑···!?どうして!?」
「それは私にもわからない」
再びゼロに詰め寄るニーラムだったが、ゼロは態度一つ変えず淡々と話す。
そんな時、レイはチップが言っていた言葉を思い出した。
ゼロに向かって言っていたあの言葉、関係しているといえばそれかもしれない。
「チップさんは、魔法さえあれば人間なんて···と言っていましたが」
「あの子がそんなこと···。ごめんなさい、きっと悪気はないのよ」
「わかってます。正直、チップさんも厳しく指導を受けているようでしたから。獣人の肩を持つようなことをするなと、俺も宿屋の主から言われまして···。チップさんの気持ちもわかります」
「···そう」
やはりといえばそうだが、ニーラムは気持ちのいい表情ではなかった。
だが''魔法''という言葉に何か思い当たる節があるのか、少し考え込むのだった。
「姉は···あっ、ごめんなさい。立ち話もナンだから、どうぞ家に入って。飲み物出してあげる」
「ああ、すみません。洗濯物の途中なのに」
「いいのよ、また後にするわ。どうぞ、入って。あなたもどうぞ」
そう言われたゼロもレイに続いて、洗濯カゴを持ったニーラムの後を追い、家の中に入るのだった。
台所には洗って乾かしていた食器。
朝食のすぐ後だったのか、美味しそうな香りがまだ室内に残っていた。
「どうぞ、かけて」
洗濯カゴを入ってすぐの玄関口に置くと、ニーラムはそのまま台所へと足を向けた。
レイとゼロをテーブルへ促すと、レイはこの前と同じように椅子に座って待つが、ゼロは違った。
「エニージェ···この見た目に間違いないわ」
壁際に飾っていた写真を前で眺めながらそう言うゼロ。
ニーラムは飲み物を用意すると、押して運ぶワゴンに乗せてテーブルへと運んできた。
大きな瓶に入れられた飲み物をコップに取って、テーブルに並べるニーラム。
再度促されてレイの隣に座ったゼロは、レイに続いて飲み物を受けとると、座ったニーラムと向かい合うのだった。
「姉は、魔法の名手だった。村の中でもそのセンスはずば抜けていたの。おかげで私たちみんなどれ程助けられたかわからないわ。魔法の先生みたいなものよ」
「それほどまでに、魔法というものはニーラムさんたちの生活に馴染みあるものだったんですね」
「ええ、もちろん。簡単なものなら私も使えるわ。見てて」
ニーラムは人差し指な指先を立てて、ワゴンの飲みものが入った瓶に向けた。
するとその瓶が少し浮かび上がり、テーブルの上へと移動したのだ。
誰も手を触れていない。
完全に未知の力が働き、瓶を動かしたのだった。
ゼロも飲み物に口をつけながら、興味深そうに見つめていた。
「これは···凄いですね。始めて見ました。魔法というものを見たことがありませんでしたから。···ニーラムさん?大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい···私、魔法を使うと結構疲れちゃうのよ。ふぅ···なんだか久しぶりだわ、この感覚」
ニーラムはよほど疲れたのか、テーブルに肘を置いて額に手を当てて俯いていた。
その額には汗が滲んでいて、肩で息をしている。
頭の耳も、しょんぼりと垂れ下がってしまっていた。
「誰でも好き勝手使えるんじゃないってこと?」
「そうよ。人によって魔力量にも個人差があるの。人間だって、ずっと走ることが出来る人とそうでない人がいるでしょう?魔法もそう。それでも魔法によっては一度使うとその日1日動けなくなるほど強力なのもある。でも姉は、そんな魔法でも使いこなすことができた」
ニーラムは少し俯いていただけで、すぐに顔を上げて、ゼロに返事を返すのだった。
レイは未だに目の前で起きた現象に興味深々で、信じられないといった表情で見ていた。
「だから私は、そういうことでも姉を尊敬していた。だからそんな姉が処刑されようとしていたなんて信じられない。私には魔法があるって他人のために行動する人だったから、罪を犯すようには見えないの」
「私たちを追ってきた城の人間が魔法を使っていた。それに関係があるかもしれない」
「人間が···魔法を使う?」
首を傾げるニーラム。
レイはその時の状況を説明したが、ますます首を傾げるのだった。
「ありえないわ、人間が魔法を使うことなんて出来ないもの。だからあの人の神の見業を見たときには驚いた」
ニーラムは言い切ったが、ゼロが問い掛ける。
「でも、あいつらは私の銃弾を防いだ。私たちが人間の走る速さを超えても、肉体を強化して追いついてきたわ。それはどうやって?」
「恐らく、魔法を真似たようなものだと思うわ。魔法を使うというのは、星に備わる力を一身に受けて、自らを媒介に解き放つことなの。私たちは魔力によってそれを仲介し、様々な用途に変換することが出来る肉体だけど、人間じゃ耐えられない」
「ではあの力は···人間が作り出したもの?」
「そうとしか考えられない。私たちにも魔力があるのだから、人間にあってもおかしくない。自分たちで編み出した···魔術と言えばいいのかしら」
ゼロがその時相手が使っていたものを詳しく説明するが、ニーラムは首を横に振る。
レイがクニの図書館には攻撃魔法の使い方が載っている本があったと伝えると、ニーラムは大層驚いていた。
「確かに使いようによっては魔法も攻撃に転用できはするけど、私たちにとって危害を加えるような使い方はタブーなの。やり方はわかるけど、誰もそんな使い方はしなかったわ」
「ではニーラムさんたち獣人は、そんな使い方は教えてない?」
「もちろんよ。本当にどうしようもない状況ならわからないけど、魔法は本来生活を豊かにするものだもの。その本に私たちがそういう風に載っていて、野蛮だと勘違いされたら心外よ」
レイは考えてしまう。
獣人族の人たちは魔法というものを扱える一族であるが故に様々な憶測が横行し、それに伴って人間から未知の力に対する恐怖心で迫害されてきたのではないかという可能性が出てきたからだった。
仲介する相談役も無く、問題を先送りにされてきた結果生まれた文化で、解決するには長い時間がかかりそうだった。
「そういえばあなたたち、そんなに追いかけられたのなら顔がバレているでしょう?ならあのクニに入るには正面からは無理ね。あの正門の衛兵に見つかったらすぐに城に通報されるわ」
「では、どうしたらいいでしょう?できればチップさんに協力を仰ぎたいのところなのですが···」
「あの城壁の入り口はあそこしかないはずよ。そこ以外となると···」
ニーラムが考え込んだ瞬間、ゼロが言う。
「大丈夫、城壁なら跳び越えられる。別の所から入ればいい」
ゼロは飲み物がカラになったコップをテーブルに置くと、立ち上がって服装を正す。
完全に置いてきぼりなレイと、唖然とするニーラム。
そんな二人の視線をものともせず、ゼロは装備などを確認して準備を始めるのだった。
「あなたたち···本当に人間なの?」
ニーラムはレイを見て尋ねるが、レイは返答に困る。
ゼロは視線を二人に向けたが、その質問には答えなかった。
ニーラムのその問いに様々な思いを感じ取れたレイは、恐る恐る答える。
「···俺も、ハッキリとは答えられません。少し複雑な立場でして。ですがどうか信じてください。獣人の方たちを差別する気はありません。できれば力になりたいと思っています。そういう人たちも助けたくて俺は警察官になったんです」
レイがニーラムの目を見ながら、最後はハッキリと言い切った。
レイの目には迷いが無く、ニーラムはその視線をすんなり受けとる自分が、この人間なら信用できると思っていることに気付く。
「···わかった。なら、あの大きな壁の右側から行くといいわ。丁度中腹のあたり、そこからならその宿屋に近いと思う。自信はないけど···ここに来る前に見たときはその辺りだった」
もしかしたら本当に何とかしてくれるかもしれない。
そんな思いを込めて、覚えている限りの記憶をレイに伝えたニーラム。
それを聞いていたゼロが合図すると、レイも立ち上がって服装を整える。
「ありがとうございます。お力になれるように全力を尽くしますので」
「ええ、いい知らせを待ってるわ。またここでお茶をしましょう。あなたもね」
ニーラムはゼロにもそう言うが、ゼロは無言で頷くだけだった。
「エニージェさんにも会ったら、お伝えしておきます。チップさんにも」
「そうね、そうなったら嬉しいわ」
「行きましょう」
ゼロは会話を遮るように、レイに声を掛ける。
レイはニーラムに一礼すると、出口に向かうゼロについていくのだった。
それを無言で見送るニーラム。
その口元にはほんのりと笑みがこぼれていた。
扉を開けて出ていく彼らに対して、自然と手が額に移動していき、敬礼で無事を祈るのだった。




