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斯くして彼は異能となった  作者: 後藤秀之真
殺人アメーバ
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甚雨

書籍化作業は落ち着いてるのですが、リアル仕事の深夜帯が増え執筆する気力を失っておりました


民家の屋根から落ちた雫が、燈色のコスモスの花弁を強く揺らした。

夜更けから降り出した雨は薄い霧を携え、昼前だというのに辺りを薄暗く染める。


昨日までは夏の残り香が強かった下界だが、蝉は声を潜め、公園も無人。

雨は熱を奪い、人々は肌寒さを覚える程だ。


ザアァッとアスファルトに叩きつけられる雨の中、サンバルテルミ総合病院に辿り着いた智彦と縣。

二人は傘を閉じながら、濃い灰色の空を見上げる。



「……それで八俣。お前、今回はどうするつもりだ?」


縣からの、問いかけ。

内容は曖昧ではあるが、智彦は縣が言わんとしている事をくみ取り「うーん」と無表情のまま唸った。


人がいないことを確認し、アバンストラッシュの要領で傘の水飛沫を飛ばす智彦。

横では縣がリボルケインの要領で、同じように傘から水気を切る。


「悪い奴しか殺してないんだし、俺はこのまま見届けようと思ってるよ」


今現在、巷で起きている変死事件.

その被害者は、友人である野口を含め多くの人を傷つけた半グレ組織、堕悪棲寧苦のメンバーだ。

ただその悪名からかマスコミは積極的な報道はせず、ネット上では多くの人が犯人へ仄暗い喝采を送っている。


殺人アメーバを使い、対象を殺戮する犯人。

その動機は恐らく復讐だろうと、智彦達は思っている。

何せ、堕悪棲寧苦が恨みを買い過ぎているからだ。


そして犯人は、いまだ判らない上に容疑者さえ絞れない。

……の、だが。


(ダサい名前の人達に恨みを持ってる人は一杯いそうだけど。冬馬さんもその内の一人、かなぁ)


白昼堂々と警察署内で起きた、殺人アメーバの仕業らしき殺人。

その事件が起こる前に、現場にいた……野口の彼女である、冬馬ゆり菜。

動機は、恋人の将来を潰されたことへの復讐……とも考えられる。


(冬馬さんがどうして現場にいたかは捜査中って能登さんも言ってたけど)


殺人アメーバをどう使役しているのか、智彦としてはうっすらではあるが興味はある。

とは言え、もし……もし、冬馬が犯人であったとしても。

智彦は静観すると決めていた。


友人や家族に、被害はない。

かと言って、無辜の一般人に害を与えているわけでもない

だったら復讐を邪魔をする必要はない、と。

智彦は閉じた傘を、傘袋へと収めはじめた。


「縣は……、《裏》はどう動いてるの?」


質問を返された縣は、なんとも言えない表情を浮かべる。

といっても、智彦の微妙に歪んだ考え方への反応では、ない。


「《裏》としては通常業務だな」


縣曰く、体内を食い荒らされてた方の事件を、通称『異捜』という名称の警察組織から捜査の協力を依頼されいるらしい。

もちろん《裏》としては、これを快諾。

警察とのやり取りはお金以上に知識や人脈が動くため、積極的に行っているとのことだ。


「ただ、もし、葛山が今も生きていて……金を携えて救いを求めてきたら、守るだろうな」


「まぁ、そうだよね」


悲しむわけでも、怒るわけでもなく。

《裏》の立ち位置をある程度理解している智彦は、縣の呟きを抵抗なく受け止めた。


「個人的には、ヒーローような世界を夢見てたんだよ」


縣は縣で、《裏》に対し思うところがあったようだ。

悪い怪異を倒す。

悪霊に困った人々を救う。

確かに、そういった仕事は多い。

多いのだが……、と縣は大きくため息をついた。


「依頼主が悪い奴で、敵だと思ってた怪異や悪霊はそいつらの被害者だった、って例が多すぎてな」


善だと思っていた依頼主が、悪で。

加害者であるはずの敵が、被害者で。

そして成長していくにつれ、金さえ貰えれば悪人の味方になる《裏》の在り方。

そんな、理想と現実のギャップ。


「まぁでも、それでもだ。怪異や悪霊はいずれ無関係の人間に害を及ぼす。だから、消すしかないんだよ」


それが、人ならざる存在になった者への救済だと。

それが、《裏》が守るべき秩序だと。

諦観ではなく、そう割り切ることができている、と。

リノリウムの床に足音を響かせながら、「だけど」と続けて縣は爽やかに笑う。


「クチサケの件含め、お前たちのせいで見事にその価値観は崩されてるけどな!」


「……俺は、縣たちと敵対するのは、嫌だな」


もし……、もしもだ。

智彦と縁を結んだ怪異や霊を消して欲しいと、《裏》に依頼があったとしたら。

いや、《裏》だけではなく熾天使会もだ。

その時は、縣、鏡花、迫浴、せれん……仲良くなった人と、争わなければならなくなる。

そうなった場合、俺はどうすべきか、と。


「……さすがに命は奪わないけど、足くらいは折るかもしれない」


「八俣お前な、マジでそういうところだぞ」


人間を、人ならざるモノより優先せず。

こちらを動けないようにするためにと、足を折る慈悲。

無表情のまま宣う智彦に、縣は心底呆れた表情を浮かべる。


「最近はちゃんと“対八俣特別マニュアル”ってのがあるから、お前と敵対することはまずねぇよ」


「待ってなんなの、その俺の名前が付いたマニュアル」


対八俣特別マニュアル。

それは殉職……とりわけ無駄死にを避けるために作られた新しいマニュアルだ。


「お前が居たら儲けや名誉なんか殴り棄てて即降参しろ、それだけだ」


「いや、うん、《裏》としてはどうなの、それ」


「金よりも命あってのなんとやらだからな」


声を抑えながらも愉快に笑う、縣。

その反応から、智彦は冗談だと判断して同じように笑った。

ちなみに熾天使会にも実在する、動画付きの極めて真面目なマニュアルである。


「……おや。来ましたなお二方。ですがちょっと今日は……」


いつも通り、野口の見舞いに訪れた二人であった。

が、もはや見慣れた病室のドア前には、先に来ていた上村。

その顔は憂鬱そうに曇っている。


「野口氏は今はちょっと……、そっとしておいた方が良いですぞ」


病室のドアを一瞥し、上村は目を伏せた。

普段であれば見舞い客の賑やかな声が廊下まで響いているが、今日はそれが聞こえない。


「何があった?」


微かな怒気を受けた上村が、どうしたものかと雨模様を収めた窓ガラスを見つめた。

外からの静かな雨音が、三人の耳に五月蠅くこびり付く。


仕方ない、と。

上村は大きく息を吐き、智彦と縣を廊下の先にあるラウンジに誘導した。

小さなソファーが向かい合わせに置かれた、入院者用の憩いの場。

自販機の眩しい灯りに目を細め、上村はぼそりと語りはじめる。


「先程、冬馬氏が来ましてな。その……、一方的に別れ話をはじめまして」


つい一時間ほど前。

上村と野口がタイマン形式でTRPGをしていると、野口の彼女である冬馬が訪れたという。

見舞いかと思い、上村は席をはずそうとした。

……が、そこで上村は首を傾げる。

野口に対して熱い眼差しを送っていた冬馬の目が、冷たかったのだ。


私、プロスポーツ選手の恋人が欲しかったのに。


「自分がいるのに……冬馬氏はそれはもう、汚い言葉で野口氏を罵り出しましてな」


豪邸に住んでセレブな暮らしを狙ってたのに。

あんたに費やしたお金、いくらだと思ってるの?

変な正義感出すからこうなるのよ、間抜け。

まぁ他にもスペアがいるからいいんだけどね。

あんたはせいぜいあの地味なマネージャーと仲良くしてなさい。

いっつも汗臭くて消臭が面倒だったのよ。

じゃあね、外で会っても声かけてくるなよ。


最後には、誰かの見舞い品である携帯ゲーム機の新作ソフトを『迷惑料』として奪い。

そのまま金色の髪を揺らし、振り返りもせずに部屋を出て行った……とのことだ。


「ひどいもんでしたぞ。冬馬氏……いや、あの女は」


滅多なことでは怒らない上村から滲む怒りと、大きくなる声。

病院内であるのに、配慮が欠けていると言わざるを得ない状況だ。

言い方を変えれば、そこまで考えられない程に怒り心頭なのだろう。


その様子を見ながら智彦と縣が抱く考えは、対極的なものであった。



「……クソが! あの女今度見かけたらぶん殴ってやる!」


同じく病院だという事も忘れ、唾を飛ばす縣。

その顔は憤怒に歪んでおり、こめかみに血管が浮き出る程だ。


恋人であれば、こういう時こそ助けるべきだ。

そう考えるも、そもそも前提が違っていたのだ。


野口が将来的にプロ選手になると考えていたのは、そこはいい。

見る目があると、称賛していい。

だが、サッカーができなくなった途端にさよならは許せない。

野口を散々貶める言動もだ。


「縣、病院内ではお静かに」

「んだよ八俣。お前は冬馬のアバズレを許せるのかよ!」


一方、智彦は無表情のまま首を横へと振る。


「あえて暴言を吐いたのかもしれないよ」


「あん? ……そうか。野口を考えて悪女を演じた、とも考えられるのか」


前提として。

今回の……殺人アメーバを使った復讐者が、冬馬であった場合。

復讐が終わった後の事を考え、野口と距離を置いた可能性が、ある。


復讐で穢れた自分は野口の恋人になる資格が無い、と考えて身を引いた可能性。

殺人アメーバの代償で自身がどうにかなるために、野口に未練を残さぬように突き放した可能性。

はたまた、殺人アメーバを制御できず、野口に被害が及ばぬよう距離を置いた可能性。


どれも可能性という想像ではあるが、縣はなるほどと頷いた。



「うん? どういうことですかな?」


智彦は首を傾げる上村に殺人アメーバの件を……縣の渋い顔を見て見ぬふりをして、すべて伝えた。

話を聞いた上村は「うぅむ」と唸り、智彦の示した可能性を否定する。


「八俣氏の言いたい事もわかりますが……あれは演技に見えませんでしたぞ?」


「うん。冬馬さんの周りには灰色の淀みが見えてたし、そういう人なのかもしれない」


けど、と。

智彦は、そうであって欲しいと願った。

そうじゃないと、あまりにも野口が可哀そうだ、と。

同情と否めない思いを、智彦は言葉にせぬまま胸の中に仕舞いこみ……。

その日は見舞いを注意し、その場で解散となった。




「ただいま」


少しだけ陽が短くなった、初秋の夕方。

されど空に燈色は無く、午前より激しさを増した雨を吐き出す曇天のみだ。


「おかえり、智彦」


帰宅したの智彦を出迎えたのは、アガレスだ。

今日の姿は50代程の短い白髪の男性で、藍色の着物に身を包んでいる。

以前までは禁書の中に引き篭もり本の虫、いや悪魔となっていたが、最近は人間の姿となって外を出歩く機会が増えていた。

今日もどこかに出かけるんだろうかと、智彦は濡れた靴を並べる。


「ただいま。母さんは?」


【それが仕事先で傘を盗まれたらしくてな。今から届けてくる】


「ありゃ。ごめん、お願いするね」


帰りに古本屋によるから構わんよ、と。

アガレスは静かに笑い、指抜きグローブをはめた手で黄色い傘をグルリと回す。


と、そこでアガレスが智彦を見つめ、目を細めた。

視線は、智彦の腹部あたりだ。


「……ん? どうしたの?」


【いや。相も変わらず『居る』なと思ってな】


何が。

そう尋ねようとする智彦に、アガレスの笑い声が重なる。


【なに、智彦であれば害はない。しかし見事なものだ。あの智彦の中に潜み続けるとはな】


愉快そうに笑い、玄関の戸を開けるアガレス。

智彦はもやっとするも、アガレスが言うのだから問題はないだろう、と。

ただ何となくいつもより多めに、冷蔵庫から取り出した麦茶を飲み干した。

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― 新着の感想 ―
 更新ありがとうございます。  執筆はお仕事が落ち着いてからでも間に合うけど身体や心を壊しては元も子もないのでとにかく無理のない範囲で。    やっぱり冬馬が確実にクロとも思えないんだよなあ。  それ…
更新ありがとうございます!! お身体に気をつけて!
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