14.平民街デート①
エレナとの週末の逢瀬はラスティやグレイには気付かれていない。僕が一時間と少し、姿を晦ますから怪しいなと思ってはいるようだけど。
「今度の週末にラスティの所で茶会を開いて欲しい。エレナを招待するから」
「は?王宮に招待しろよ。なんでうちなんだよ」
「王宮への招待状を送ったら宰相に握り潰されるだろ。グレディミア侯爵令嬢の分もエレナ宛に送っておいて」
「おいおいおい」
「二人がモリアーティス邸へ行くなら変に思われないだろ?エレナと合流したら変装してデートに行くから、よろしく」
「はぁっ?!おまっ……勝手すぎだろ!」
「グレディミア侯爵令嬢のことは頼んだよ。昼前に待ち合わせにしているから夕方まで仲を深めてよ」
僕の言葉に『気づいていたのかよ』とボヤいているけど解りやすいんだよ。
入学式の日に壇上へ上がりエレナを見つけたときの二人は楽しそうに話していたけど、ラスティの視線はエレナの隣にいたグレディミア侯爵令嬢に向けられていた。
エレナに声を掛けたのは争奪戦が面倒だったのは事実だろうけど隣にいたグレディミア侯爵令嬢が気になったから話しかける機会を得るためだ。
エレナの話ではグレディミア侯爵令嬢はラスティへ気がないみたいだから僕と同じように困ればいい。意識してもらえなくて困っている姿を見て笑ってやる。
週末には予定通りモリアーティス邸で茶会が開かれた。ラスティの個人的なもので二人の令嬢が招待された。この茶会はモリアーティス家以外は知らない。
グレディミア侯爵令嬢も当日、エレナに連れてこられたからグレディミア侯爵も知らないことになる。
ウェスタリア家は疑いもなく、二人の仲が深まるなら、と、送り出した。途中でグレディミア侯爵令嬢と待ち合わせして馬車に乗せてモリアーティス邸へと移動してもらった。
僕が王家の馬車でモリアーティス邸へ行くと目立つから転移した。便利だ。誰にも知られずにモリアーティス邸へと移動できた。
エレナとデートするために町歩き用の商家の娘に見えるシンプルなドレス一式を用意した。
黒い髪だから何色でも似合うから迷った。日差しが強くて暑いから涼しげに見えるようミントグリーンのドレスに刺繍は薔薇と蝶を白い色であしらっている。
採寸?
そんなのチャラ影から聞き出したよ!!
アイツ、主を裏切っているけど大丈夫なのか。今日のことも『お嬢のためなんで誰にも言わないっす!護衛は俺がするんで。将来はお嬢付きの影として王宮で世話になりますね!そっちの方が血生臭くて面白そうだし』と影らしからぬチャラさで主を裏切ると宣言された。
レイに殺されないようにしてください、と言いたい。
エレナとグレディミア侯爵令嬢がモリアーティス邸へと到着した。
玄関ホールで出迎えると、僕の姿を見てグレディミア侯爵令嬢はポカンとしている。
ご令嬢なのに、その顔をしていて大丈夫か。
着替えの部屋へと案内するためにエレナの腰を抱く。
「じゃぁ、後はよろしく。エレナ、部屋に着替えを用意している。平民街への手前までは転移するから誰にも見られない」
「はい。あ、ラスティ様、ルーシェ様のこと、よろしくお願いします」
「あぁ、任せて。あまり遅くなるなよ。予定の時間が過ぎても戻らなかったら、グレディミア侯爵令嬢は送り届けるよ」
「そうしてくれ」
終始、グレディミア侯爵令嬢はポカンとした顔のまま、訳もわからずモリアーティス邸へと残された。
ラスティ、頑張れ。
屍は拾う予定だ。
着替え終わったと、侍女が部屋から出て教えてくれた。部屋へ入ると、ミントグリーンのドレスに身を包んだエレナの姿。脹脛が中程まで見えている。制服でもこの長さだから気にはしないだろう。残念なのは綺麗な黒髪を纏めて結い上げていて帽子の中に隠れていることだ。
珍しい色で目立つから仕方がない、か。
「よく似合っている。可愛いよ」
「ありがとう……ございます。あの、このドレスは」
「懇意にしている仕立て屋に町歩き用のために作らせたんだ。お嬢様、お手をどうぞ」
モリアーティス家の使用人は優秀で王家に関わる事を漏らす者はいない。今日のことも、内密にしてくれる。公爵には報告されるかもしれないけど。
エレナの手を取り平民街の目立たない場所へ転移する。
白い光に包まれ、次に見えた景色は平民街の一角。人通はそれほど多くないが治安の良い場所だ。
「わぁ〜、転移だと一瞬なんですね。とっても便利!」
「人目につかないから今回みたいな外出では役に立つよ」
「シオン様は髪色はそのままだけど瞳の色は変えたの?」
「紫色は目立つからね。エレナも変える?」
「仮装みたいね。髪の色も変えれるかしら。私の色は目立つでしょう?」
「気になるなら髪と瞳の色を変えるよ」
「お願いします!」
魔術を発動させて髪は僕と同じミルクティーブロンドで瞳は翡翠色にした。どちらも今の僕と同じ色だ。
『お揃いなんて恥ずかしい』だってさ。僕としては嬉しいのに。
今日のデートは平民街で話題になっているピアノコンサートへ。数年前から気になっていたけど一人で行く気にはなれず、やっと念願叶う!!
全て自由席で一部は有料席。
有料席は事業を営んでいる有力な平民が利用するらしい。念のためエレナに有料席がいいけ確認したけど、自由席で気にせず楽しみたいだって。
ここでは貴族向けのプロを目指している若者たちが多く演奏している。無名の新人が多く、お忍びで来た貴族が気に入って後援者となることもある。
貴族向けのピアノコンサートもいいけど、こういった荒削りだったり、挑戦的な楽曲を聴けるのは新鮮でいい。
格式や伝統のある音楽を大切にしながら新しいものを生み出すことも必要だ。
演奏者の感情がピアノの音色として響き渡る。
エレナの瞳に溜まった涙がこぼれ落ちた。演奏に感動しているようだ。
「これ『別れ』という曲名みたいだね。なんだか悲しい旋律だね」
「悲しくもありますが、思い出を胸に次の出会いへ足を踏み出そうとしているようにも感じられます。なんだか胸が締め付けられるんですけど、心に沁みいってきました」
「うん」
「この人のピアノ曲をたくさん聴きたくなります」
「そうだね。この曲を使ったオーケストラやオペラも観劇してみたいかも」
演奏者はションパールか。
ションパールの旋律は繊細で心を惹きつけるから印象に残る。王宮で演奏会を開催した時に来て欲しい。
二時間半の演奏が終わった後は拍手喝采。
エレナも楽しんでくれたみたいだ。
「さて、そろそろお昼にしようか。何か食べたいものはある?」
「うーん、そうですねぇ。シオン様の都合の良いところでいいですよ」
「僕のことは気にしなくていいよ。ここに来るまでの道に店があったから歩いてみようか」
「はい!」
外へ出る前にエレナと手を繋ぐ。手を繋いですぐに微笑んだらエレナはプイッと顔を背けてしまった。可愛い反応だなぁ。
暫く歩くと飲食店がチラホラ。
エレナの好きなものってなんだろう。
「あっ。あの、この可愛らしいカフェでもいいの?」
「いいよ」
カントリー風の女の子が好きそうな可愛らしいお店だ。サンドウィッチがメインで挟む具材を好きにセレクトして自分のオリジナルが作れるところが人気、らしい。
店内の客層は若く、友人同士で利用されている店のようだ。ターゲットは十代中旬から二十代前半か。客単価は低そうだな。
夜は酒でも出して二十代後半をターゲットにしないと売り上げが見込めないだろうし、大衆向けの食堂として売り出すのは難しそう。
頼んでいたサンドウィッチを口に運びながら店の経営について考えていた。無意識に。