太鼓を叩くゴリラ「はいドーン、ドーン、ドーン、ドーン」海兵「えいほ、えいほ、えいほ、えいほ」マリー「ほーっほっほっほ」
ゴリラことオランジュ少尉達が追っていたのは奴隷商人。そしてその情報をもたらしたのはアルバトロス船長だった。
マリーが目にしたアルバトロス船長の字は、父フォルコンの字にそっくり。
行方知れずの父が近くに居るのか? 放蕩者だと思っていた父は奴隷商人を追うヒーローだったのか?
突撃モードのスイッチが入るマリー。
ところが……人がやる気を出した時に限って。マリキータ島東岸の50kmに及ぶ海岸線、入り江や集落跡、どこを捜しても船の姿などない。
「南大陸側は無いと思うんだけどなあ……たくさんの人間を乗せてたらたくさんの水が必要だろ。だけどこのゲスピノッサって奴はとにかく嫌われてるから、まともな港には入れないんだ。で、この辺で水だけは手に入り、人気は無い場所って言ったらマリキータ島だ」
オランジュ少尉は言う。
奴隷商人。
奴らは人間を商品として売るそうだ。
昔は国がそれを黙認していた時期もあったというが、今はそんな国は無い。どの国もどの宗教も程度の差はあれ、奴隷の売り買いを禁じている。
それでも……主に広大な新世界での開拓、大規模農園の経営、荷役……そんな事の為に人間は今でも世界のどこかで売り買いされている。
奴隷商人は自分や自分の家族がされたら絶対に嫌だと思うような事を他人にはする奴なので、悪くて嫌な奴には決まっているが。
彼らはそれを嫌がらせでしているのではなく、お金が欲しくてしているはずなので、略取した人々に水も与えないなどという事はあるまい。
だから奴らは水のある場所に居る。私もオランジュ少尉もそう思った。
だけど奴らは見つからなかった。
「やっぱり南大陸側も探索しましょう! 幸い明日が満月です、夜だって十分捜索出来ますよ」
「お前最初やる気無さそうだったのにどうしたんだよ」
メモの中身についてはアイリと水夫達には説明した。オランジュ少尉には、アルバトロスが私の父フォルコンである可能性の話は伏せてある。
海軍の仕事に首を突っ込む事に反対していたアイリもある程度解ってくれた。
「だけど……出来ない事はちゃんと出来ないって言いなさいよ? それにもし貴女のお父さんかもしれない人が居るっていうのなら、尚の事危険は避けるべきよ。向こうも心配してるに決まってるんだから」
「ていうかアルバトロス船長が本当にフォルコンさんだったら、こんな所でマリーを見て相当びっくりするだろうね……」
アレクの呟きにリトルマリー組の水夫達が頷く
父と会えたらどうするかなんて妄想は船に乗ってから百回くらいはしたと思う。
モップで引っ叩いてやろうか? せめて平手打ちにすべきか? 祖母の分も加算した方がいいのか?
会ってみなきゃ解らない。そして多分まだ気が早い。筆跡までよく似た他人かもしれないし、本当に現れるのかも解らない。
マリキータ島南端から南東へ100km。昼間は大陸からの熱風が吹きまくる地域だが、夜は海からの風がいくらか吹く。航海には都合がいい。
風が味方してくれたおかげで夜半過ぎには南大陸が見えて来た。
砂、砂、砂、時々岩の海岸線……やっぱりこんな所には居ないかなあ……
「船長も寝た方がいいんじゃないのかの」
「昼間二回寝たから平気ですよ」
見張りは専ら海兵隊が引き受けてくれているので、登る必要は無いんだけど……やっぱりちょっと見てみたいなあ、自分の目でも。だけどお姫で上がるのは嫌だし今バニーガールはちょっと……じゃあキャプテンマリーか……しかし……
「甲板! 海上に不審な目印のような物があります!」
ちょうどその時。見張り台の海兵さんがそう叫んだ。
不審な目印……甲板から望遠鏡で見せて貰うと。砂浜から沖合い50mくらいの海上に……2mくらいの柱が立っている。
周囲は何という事の無い場所のように見える。海岸は見渡す限り真っ直ぐな砂浜で、その向こうは砂丘……遠くに岩山は見えるが、集落などありそうも無い。
「一応ボートを寄せてみようか」
「そうね……海兵隊のボート出して貰える?」
フォルコン号には海兵隊の皆さんの他に、海兵隊用のボートも積み込まれていた。甲板の上に索具で重ねて固定されたそれはフォルコン号のボートより大きく、結構な存在感を放っている。
海兵隊の動きは素早い。訓練の賜物って感じですねェ。手際よく索具を外されたボートが釣り上げられ海面に降りる。
「それじゃ、行って来ますよ」
「いちいち行くのやめなさい! 海兵隊の仕事を邪魔しないの!」
当然のようにボートに飛び乗ろうとした私は、当然のようにアイリに腕を掴まれ、止められた。
「いいぞー、乗っても」
既にボートに乗っていたオランジュ少尉がそう言った。
「ほら、いいって!」
私はアイリの手を離れ、舷側の波除け板を飛び越える。
「わああ!?」
すたっ……どうだ! 甲板からボートの上に飛び降りるお姫マリー。ズルだけど。
「さあ御願いしますわよ! 海兵隊の皆様!」
「見た目によらず、すげえンだなお前……」
いっぺん乗ってみたかったのよね。こういう海軍さんが漕ぐボート。速い、とにかく速い、不精ひげが嫌々漕ぐボートの何倍速いのかしら。
「ほーっほっほっほ!!」
私は船首に立ち彼方を指差す。何だか解らないけどめちゃめちゃ気持ちがいいので変な笑い声が出る。
「嫌な絵面だな……」「うん……」
海兵が呟いている。
満月が照らす砂漠と海と、ムキムキの漕ぎ手が八人で漕ぐボート、船尾で合図の太鼓を叩くゴリラ、船首に立つお姫様。絵になる景色じゃあありませんか。
「行くのよ! マリー・パスファインダー船長が行くのよー!!」
変に興奮した私は意味不明の叫び声を上げる。
想像を超える景色だった。
意外と水深が深い……そこにあったのは沈没船だった。目印かと思われた海上に僅かに飛び出した柱は、そのマストの先端だったのだ。
そして……周りは砂だらけだし海は濁りが強いのかと思いきや……満月の光が海底まで届く程海の透明度が高いのだ。ここだけ、異常な程に。
ボートの影が沈没船に落ちているのまで見える。こんな事ってあるんだろうか。何かの魔法みたいだ。
「このボートが沈没船の上を飛んでいるみたいですわね」
「昼だったら見つからなかったかもな……だけどこれは単に沈没船だなあ」
面白い発見だけど……沈没船か……
ここで沈んだのかもしれないし、どこかで沈んだのがここまで流されて来たのかもしれない。
中に何があるのか興味無くもないけど。
興味無い訳が無いけど。
興味あるけど……
「駄目だよ! 私達奴隷商人探してる最中じゃん!」
「あっ、パスファインダー船長、今俺と同じ事考えてたな?」
「勿体ないけど……奴隷商人を捜さないとね」
「うん。さらわれた人達を助けられるの、俺達だけかもしれないしな」
戻ろう。そういう意味で頷いて私はフォルコン号の方を見た……オランジュ少尉も見た。ボートがもう一隻来ますよ……?
不精ひげが漕いでるにしては速いと思ったら、海兵さんが四人乗ってガンガン漕いでる。もう一人乗っているのは……アイリさん……
「船長ー!! マリーちゃん!! その柱、何か変よ!! 触らないでー!!」
アイリさんが何か叫んでるんだけど……潮騒と風の音に掻き消され、よく聞こえない……
「その柱から!! 離れて!!」
この柱が何か?
そういや変ですねこの柱。海から出てる部分はいいですよ。
だけど海に沈んでる部分も変にきれいにツルンとしてるのよね。
普通海の中にあるもんって、もっと何か生えたり朽ちたりしてるよね……
私は海から出てる部分に触ってみる。何か、まだ航海してる船のマストみたいにしっかりしてるような。
「うわあああ!?」「みんな掴まれ!」「パスファインダー船長!?」
皆さんどうかしました? あれ。海面の雰囲気が変ですよ。私船酔い知らず着てるからよく解らないけど、もしかしてボートが凄く揺れてるのかしら。海兵もオランジュ少尉も必死に船縁に捕まっている。
えっ…!? 柱が伸びてる!? さっきまで2mくらいしか突き出てなかったのに、にょきにょきと伸びて行きますよ! 柱が! 何なのこれ!?
「マリー! 離れなさい! 離れて!」
アイリさんの声が聞こえた……離れるの? こうですか?
私はボートから飛び降り、伸びて行くマストに捕まった。
どうやら、周りの海面が急に盛り上がって来ているらしい……何でだろう。
「逆ー!! そっちじゃなああい!!」
あっ。私解った。何が起きてるのか解った。
沈没船が突然浮上したのだ。私が捕まったままマストがどんどん上昇して行く。下ではオランジュ少尉達が乗っていたボートが、浮上する沈没船の船体に下から持ち上げられひっくり返っていた。
アイリが血相を変えてこっちに向かって来たのは何故だろう。アイリさんは魔法の専門家なので、この……突然浮上する沈没船に何か魔法とか呪いとかそういう、厄介な何かが掛けられている事に気付いたのかもしれない。
それで私、今からどうなるんですかね。
「ぎゃああああああああ助けてええええええええ!!」




