仲間を見つけた噂話「一緒に行こう!」仲間になった噂話「ああ! 共に歩こうぜ!」
完全アウェーの状況で金貨25,000枚の大賞金首と決闘をする事になったフレデリク……ことマリー。
舞台はサイクロプス号甲板から上空2、30m程の、帆柱と帆柱の間に張られたロープの上。
対するは身長2m、金髪イケメンにこにこ眼鏡爆弾おじさん。
奴は私をフレデリクと言ったけれど、その顔は半笑いだった。
この男はトライダーやジェラルドと違い、それが少女小説の登場人物の名前で偽名に過ぎず、中身は男ですらない貧弱な小娘、マリー・パスファインダーだと知っている。
その男、ファウスト氏は、笑みを浮かべたまま、ロープの上を進み出して来た。怖く無いんだろうか。私はズルしてるから怖くないけど。
いや、私だって少しは怖い。確かに魔法で足元はしっかりしてるけど、大変狭い高台の上に立っているのは間違いない。
だけど今本当に怖いのは氏が手にしている槍斧だ。
偽物や玩具には見えない。柄の長さは氏の身長と同じくらいの2m弱、当然槍斧側にかなり重心が寄ってるらしく、氏は刃物に近い部分を握ってバランスを取っている。
それで私を攻撃するつもりなのだろうか。そうなんだろう。ここはとても高い場所だ。落ちるだけで死ぬかもしれない。
あれ?
どうしてこうなったんだっけ……?
私は確かフラヴィアさんとカルメロ君とカメリアちゃんをハマームまで送り届けて欲しいと頼まれたのではなかったのだろうか。そこまではいい。
そこにジェラルドが現れて艦長の仕事を放棄してまでついて来ると言い出し、フラヴィアさんが彼をイリアンソスに置き去りにして欲しいと言い出し……ここまでもまだいい。
何故私は船を降りたんだっけ? 人を一人異国に置き去りにするからには、自分も降りるくらいでないといけないと思ったからだ。
だけどその後の計画は、ジェラルドには路銀を渡しフェザントに帰ってもらい、私は風光明媚なイリアンソスでゆったりバカンスを取るというものではなかったか。
どうしてこうなった。それはフラヴィアさん達が殺されるかもしれないと、ジェラルドが言い出したからだ。
そうだ、ジェラルドが悪い。もっと早くにそれを話してくれていれば、ジェラルドを私もろともイリアンソスに放り出したりしなかった。
ジェラルドは何故それをもっと早くに言わなかったか……それは半分サイクロプス号のせいだ。そもそもジェラルドはサイクロプス号を追跡中に、偶然フォルコン号とフラヴィアさんに出会ったのだ。
その時点ではサイクロプス号の関係者かもしれないフォルコン号船長に、本当の話をしたくなかったのだと。
で、ジェラルドは悪くないのだとすると、誰が悪いのか。サイクロプス号の船長か。サイクロプス号船長のファウストは札付きの悪い人だ。
ただ現時点でのこの人は、フラヴィアさんの件には何も関わっていないような気もする。
「ファウスト……さん? 今なら中止にしてもいいですよ、決闘」
メインマストとミズンマストのトップの間は8mくらいだろうか……私はその途中に居る。そしてここは航行中の帆船の上でもある。
ファウスト氏はサーカスで芸人でもやっていた事があるのだろうか? そういう風には見えない。彼は私のような魔法のズルではなく、卓越した能力と度胸だけで前進しているのだろう。
「私も、冗談で海賊やってる訳じゃないんですよ」
入り残りの夕日に照らされ、ファウストの眼鏡が光る。
この人は賞金首、それも金貨25,000枚の超大物。
あ。私のサーベルに……私の顔が映った。
私こんな所で何してんの!?
飛び退った私がさっきまで居た所を、槍斧の穂が通過した!
ファウストはロープの上で三回転して止まった!
「か……変わった技ですね……」
「技な訳無いでしょう。足場が無いから仕方なく回ってるんですよ」
そんな手があるんですか! わかんないけどヤバいよ! だいたい私何してんの、この人本物の超強くて怖い人で、あわわわ、
「どれだけ身軽なんですかね、貴女は」
「まま、ま、回らせませんよ!」
私は間合いを詰め、サーベルの鞘で槍斧の先を抑えていた。
「ひっ……」
ファウストは槍斧を振り上げる……彼我の腕力の差は絶大で、私の鞘などは木の葉のように振り払われる。
「貴女こそ……変わった技を使いますね」
技? 私は右手にサーベルを持ったまま、左手で鞘を前に構えていた。
「それとも……私を討ち取る気が無いとでも?」
「もう一度言いますけど、やめませんか、決闘なんて」
「貴女がさっき左腕に巻いたそれは、私の船の吹き流しです。そんなもの強奪されて、黙って帰す訳には行きません」
そう言ってファウストは槍斧を振り上げる……縦に振り下ろすつもりかな? 少しずつ間合いを詰めて来る、た、助けて……
「くっ……!?」
ファウストの姿勢が揺らぐ。何!?
「揺らすな!! 卑怯だぞ!!」
サイクロプス号の甲板から罵声が飛ぶ。
「お前らが真っ直ぐ走れてねーんだろうがあ!!」
ジェラルドが言い返す。
「お前らの船長のせいでまともな操帆が出来ねえんだよ! なんとかしろ!」
「並んで来たのはてめェらだろうが! フレデリク! やっぱり俺もそっちへ行かせろ!」
「畜生め! ロープを切っちまえ!」
サイクロプス号の操帆に支障が出ているので、正確な併走が維持出来ないのだ、ハーミットクラブ号とサイクロプス号を繋ぐロープが張りつめたり弛んだりを繰り返すたび、船は相当揺れているらしい。
「来るなジェラルド! そっちをこの船に合わせてくれ!」
「ロープを切るのは許しませんよ! 私に恥をかかせるな!」
私とファウストは同時に叫んだ。
「……」「……」
不意にファウストと視線が合ってしまった。
ファウストは槍斧を水平に構え、バランスを取りながら……
「わあっ!?」
立て続けに打ち込んで来た!!
「ふざけてるのですか!?」
私は鞘でギリギリそれを受け流す……怖い怖い怖い!!
「大真面目だよ! やめようよもう! 落ちる!」
「こんな戦い初めてですよ全く!!」
私がサーベルをちらつかせるとファウストは後ずさりする……
「あんた実力の一割も出せてないでしょ? やめよう! ね!?」
「貴女は落ちそうな気配すら無いですね! 全く腹が立ちますよ!」
意を決したように槍斧の柄で立て続けに突いて来るファウスト。
「こんな事やって何になるんですか!」
サーベルで牽制しつつ下がる私!
「いい加減……そのサーベルで私を斬ったらいいでしょう!!」
「あんたもさっきから柄でしか攻撃してないじゃん!!」
ファウストは途中から柄でしか攻撃して来なくなっていた。
「小さな女の子と喧嘩するのも、敵に手加減されるのも初めてですよ」
ファウストが間合いを取り直して言った。まだ少しにやけている。
「じゃあやめましょう」
「そうは言いつつ、貴女には吹き流しを返すつもりもない」
「えっ!? 気づかなかっただけです、今返しますから!」
「返して済むなら、私の首に懸った賞金も返上出来ませんかねェ。何か良い思案はお持ちでありませんか?」
そう言いながらファウストはまた回転攻撃を! 私は飛び退いて避ける!
四回、五回……
回転の終わり際に私は鞘で突く……
その鞘をファウストに掴まれた!
横に薙ぎ、押して、引いて……ファウストは鞘を離さない……
私は鞘を一度引いてから離す!
よろけるファウスト……チャンス!? 私はサーベルで一突きに……!
突けないよ……人なんて……
「引っ掛かりませんねぇ」
ファウストは簡単にバランスを取り戻し姿勢を伸ばす。よろけたフリをして決着を狙っていたらしい。
「わあああ!!」
甲板から悲鳴が上がる。ファウストの槍斧が落ち、甲板に突き刺さっていた……
一人の水夫が串刺しになりかけたようで、その槍斧の目の前で尻餅をついていた。
私は仕方なくサーベルを構え直す。
ファウストは私のサーベルの鞘を構えた。
「すみませんが、返せと言われても返せる状況ではないですよ?」
「私の鞘です、返して下さいよ」
「だから返せないと先に言ったのに」
ファウストはサーベルを払うように鞘を振り上げた。サーベルと鞘が交錯する……
踏み込みの効く十分な足場でやられていたら、今のでサーベルは私の手から消えていただろう。しかしこの足場ではファウスト氏もそれが出来なかった。
この足場という巨大なハンデがあるから、私はまだ立っていられるのだ。
ファウストは鞘を大上段に構えて少しずつ間合いを詰めて来る。
「じゃあ吹き流しを返すから、鞘を返して下さい!」
「貴女、返す気ないでしょう?」
ファウストが鞘を振り下ろして来る。私はギリギリ避けたが、だんだんファウストがこの足場に慣れて来たような気がする。
勝負を急がないと? でもどうやって!?
私はサーベルで突きを入れる、見よう見真似の剣術で、家の近くが練兵所で見学だけは昔からかなりしていたと思う、子供の私が手を振ると兵隊さんが喜ぶのだ、待て待て今昔の事を思い出すのは縁起が悪い。
ともかく私はファウストを数歩下がらせる事が出来た。
「よくこんな足場で……そんなに踏み込めますねぇ」
そういうファウストの踏み込みの幅も広がって来た……早く決着をつけなきゃ……どうやって……どうやって……
「私を斬ればいいんですよ? 早くしないと私が足場に慣れますよ?」
読むな! 人の心を読むな!!
「全く、何を考えてるか解らない人ですねぇ」
今読んでたじゃん!
解った。私、この人の笑顔が嫌いなんだ。こんな気持ち初めてだな。他人の笑顔が嫌いなんて。理由は全く解らない。別にファウスト氏の笑顔が歪んでいるとか邪悪だとかいう事はない、むしろ大変良い笑顔なのに。
「何考えてるか解んないのはあんただよ! 顔はいつも笑ってるのに、心は全然笑ってない。自分でもそう思ってるでしょ?」
「……人の心を読むのは止めていただけませんか」
ファウストの微笑が苦笑に変わった。
不意に私の中で何かの感覚が戻って来た。こんな時、謎の貴公子フレデリクならどうするのか。
「決着をつけよう」
私はそう言って、サーベルをロープへと振り下ろした。
一度では切れないので何度も。
「有り得ん……ッ!!」
そんな私を見てファウストが呟いた。
―― ブツッ!!
一瞬だけ真顔になったファウストは間一髪、切れたロープに捕まり、そのまま振り回されミズントプスルに包まれるように叩きつけられた。
私は……本当に申し訳ない……ズルい……メイントプスル上部近くのステイ……斜めに張ったロープの上に飛び移り、小鳥のように留まっていた。
「船長ー!!」
水夫の誰かが叫ぶ……他の水夫も口々に叫び出す。
「船長ーッ!!」
後ろからも声が……って! ハーミットクラブ号の水夫が叫んでるよ!
「フレデリク! 今だ! 戻れ!!」
ジェラルドも叫ぶ! そうだ、今だよ!
私はステイからステイへ、ステイからシュラウドへ飛び降りる!
「来たぞ! 気をつけろ!」「畜生! 船長の仇!」
やってない! やってない!
あああ、ここまではいいんだけど、次は甲板だよ、甲板では私はただのマリーちゃんなんだよ、どうする!? どうする!? 銃出すか? だめだ、銃ありにしたら二秒で蜂の巣にされる……
「フレデリク! 早く! 敵が集まる!!」
ハーミットクラブ号に戻るロープは目の前……私は出来るだけシュラウドの上を駆け回る。だけどジェラルドの言う通り、どんどん敵が集まって来る! このままじゃ完全に囲まれるよ、早く、早く! だけどまだ帰る訳に行かない……
次の瞬間。
あのぶち猫が……水夫共の間から飛び出して来て、私の肩に駆け上った! 遅いじゃないかもうさあ帰ろう!
「畜生、飛んだぞぉぉぉ!!」
水夫が一人、上空の私を見上げ、叫んだ……
落ちないようにぶち猫を左手で支えつつ。私はシュラウドから舷側を一気に飛び越え、ハーミットクラブ号とサイクロプス号を繋ぐロープの上に着地した。
「ロープを切っちまえ!!」
背後で水夫が叫ぶ。ひえええっ!? そんなんありかーっ!?
「船長ッ! 早く!!」
「切れーっ! 切れ切れ!」
サイクロプス号の水夫が斧でロープを切るより、私がロープの上を駆け抜ける方が、一瞬だけ早かった。
「ヒャッハーッ!! 船長の勝ちだあああ!!」
「サイクロプス号に、ファウストに勝ちやがったああ!!」
ハーミットクラブ号の水夫達が喝采を上げた。
「馬鹿野郎! ロープを切ったらにゃんこまで落ちるだろ!」
「猫に気づかなかった、すまねえ」
サイクロプス号の上で誰かが揉めてる。
◇◇◇
快走するハーミットクラブ号に、サイクロプス号は併走を続けていたが。
「フレデリク!! 今日の所は貴様の勝ちだ!! その旗はくれてやる!!」
水夫に肩を支えられながらサイクロプス号の舷側に現れたファウストの眼鏡は、また片方にひびが入ってしまっていた。
ていうか、あんたもフレデリクと呼んでくれる事にしたのか。だけど元ネタも真相も知っている人間にそう呼ばれるのは、何だかとても恥ずかしい。
「だが貴様の刀の鞘は預かるぞ、返して欲しければいずれ取りに来い!」
ファウストは笑っていた。何だろう。今のファウストの笑顔はそこまで嫌いじゃない……多分今、奴は心から笑っているんだろう。
カイヴァーン「変な夢を見たんだ、姉ちゃんがイリアンソスに居ないんだ」シクシク
不精ひげ「いくらマリーでもそこまではしないって」




