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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
歴史ある海

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32/97

ファウスト「お茶とお菓子? 口をつけて貰える訳無いでしょう。発砲は厳禁ですよ皆さん」

大海賊? ファウストの海賊船、サイクロプス号の甲板を訪れたマリー。

この出会いにどんな意味があるのか……

ていうか、何か盛大に間違ってないかマリー。

「貴女には助けられてばかりですねぇ。先日もフェザント海軍艦から守っていただいて、誠にかたじけない」


 艦長室にでも招かれるかと思いきや、ファウスト氏はそのまま甲板で語り始めた。


「さて……驚きましたよ。船を変えられたのですか?」

「私も驚いてるんです。あの時はヴィオラジーリョ出身の学者さんとしかお聞きしていませんでした」


 改めて見るファウスト・フラビオ・イノセンツィ氏。

 恐らく、優しさも持っている。処刑される直前にまで子供に笑顔を向け、自分の事を気にしないようにと気遣っていたのもこの人だ。

 恐らく、恐ろしさも持っている。情け容赦の無い一面も持っている、多くの人に嫌われていなければ、そんな高額賞金はかけられない。

 優しさと怖さ、秩序と混沌、もしかしたら正義と悪も……一見すると相反する二つの要素を極端に併せ持つ人物。彼はそんな人物に見える。

 国王に銃を向けたかと思えば、怒れる水夫の私刑を受け入れる……とにかく良く解らない人である事は間違いない。


「嘘はついていないんですよ。私は間違いなくヴィオラジーリョ出身の学者です」

「私はジェンツィアーナに入るまで貴方の事をよく知りませんでした。今もよく知りませんけど……学者と名乗っていただけるのは、お気遣いですか?」


 お茶の一つも出て来る様子は無い……これはいよいよ私も最期かなあ。

 ファウスト氏は苦笑いをして溜息をついた。


「マリーさんでしたね? お気遣いは貴女の方ですよ。はっきり言って下さって結構です。私の正体は極悪人です。私は多くの人々を殺害して来ましたし、その中には枢機卿や司祭も含まれています。極悪人ですので、少しも後悔していませんがね」


 足元にいたぶち猫が、私とファウスト氏の間に立ちはだかる。

 ファウスト氏は小さく両手を上げる。


「さて、我が艦の見張りは貴女の船を見て、あれはオズディルのバルシャ船だと言った。オズディルは海賊で同業者ですから、彼の船ならちょっと頼み事をしようと近づいたら貴女がいらっしゃった。オズディルは乗っているのですか?」


 ちなみに私は今は帽子を取っているし、フレデリク君ではない。フレデリク君のままだと、ファウスト氏の命を助けたマリー船長ではなくなるし……


「えー……オズディルさんは下船されました」

「ほう? では今はどなたが船長を?」

「フレデリク君……です」


 あっ……何か間違った気がする。


「フレデリク?」

「フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストという、ストーク王国の、」

「子爵家の四男坊ですよね? 小説『夢とはな』の登場人物です、私あの小説大好きなんですよ。それが何か?」


 学者にして海賊にして金貨25,000枚の賞金首で爆弾魔だけど少女小説も大好きな……何なんだこの人は! いや嘘まみれの私もどうかしてるけど!

 困った。トライダーやジェラルドと全く違う、この人は謎の貴公子ごっこには乗ってくれそうにない。


「そういう偽名を名乗る私が船長をしています……」


 私は視線を逸らし、ファウスト氏にだけ聞こえる程度の声で、そう言った。


「……何故、そうなりましたか?」

「私達はただ、お金を払うので船に乗せて頂けるようお願いしただけなのに、実は海賊だったオズディルさんは、私達からお金だけ巻き上げようとしたんです。私達はそれでは困るので、止むを得ず船を接収させていただきました」

「それでオズディルは」

「財産を持ってボートで退去されました……今はイリアンソスの近くに居られると思います」

「それでそのまま船を司直に引き渡さず、南に向けて航海していると? 貴女は私掠免許状をお持ちですか?」


 私掠免許状って何ですか? 良く解らないけど一つだけ解っている事がある。私はいかなる免許も所持していない。


「持っていません」

「という事は……貴女はどんな理由があれ他人の船を勝手に私物化する許可を得ていない。それなのに、奪った船で航海をしている……それはつまり……貴女も海賊なんですねぇー、あははは、お仲間とは知りませんでしたよ」


 ファウスト氏は満面に笑みを浮かべ、私を両手で指差して来た。


「それでどうなさるんですか、今度はこのバルシャ船を巻き上げるんですか?」

「貴女こそどうなさるんです、今度はこのフリゲート艦を巻き上げるんですか! あはははは」


 私の台詞を真似して、ファウスト氏は笑った。やっぱこいつ極悪人だ。

 私がそう思った瞬間、氏は笑うのをやめて溜息をつく。


「出来ませんよ。命の恩人でもある貴女が船長を務める、10人も乗ってない船を襲えと? 私の悪名が泣きます……友人オズディルの仇討ちは諦めるとしましょう。お呼び止めしてすみません。航海の無事を祈ります」


 氏は、そう言って。私に背を向けた。

 ああ。それは帰っていいというサインですか。もう興味が無いですか。

 私はアイマスクをして、帽子を被り直す。


「そうですか。でもそんな事言われたらね、こっちも……いつまでもアンタを偶然助けた事にすがりついてるみたいで、気分が良くないんですよ」

「マリーさん?」

「オズディルは友人ですか。友人の船ならちゃんと取り返したらいいじゃないですか。ただし!」


 少年声でそう叫んだ私はサイクロプス号の索具の上に飛び乗る。


「私は今からあんたの船のメインマストのてっぺんについてるペナントをいただきます! あれを取ってあのバルシャ船に帰れたら私の勝ち!」


 私は勝手にそう言って、舷側のシュラウド……言い方は解んないけどとにかくマストを支えるロープを駆け上がる。


「私を捕まえたら船は返しますよ!」


 私が猫のように素早く、メイントプスルの辺りまで駆け上がったのを見て、ファウスト氏の顔から笑顔が消え……なかった。


「鬼ごっこだ! 操帆手は全員奴を追え、他の者は手を出すな、無論私は行くぞ」


 氏は愉快そうに、そう叫んだ。



「うおおお!? 何か始まりやがったぞ!!」


 ジェラルドが叫んでる。見るなって言っても無理だな……

 私は何とかしたい。このどうしようもない自分の軽率さを。


 たちまち色めき立つサイクロプス号の水夫達。何事かと見守るハーミットクラブの水夫達。

 大人の鬼ごっこが始まった……鬼はサイクロプス号の操帆手数十人とファウスト氏。

 ファウスト氏も水夫達も普通に武装してるな……私も持ってるけど。ていうか私、武器を置けとか全然言われなかったな。


 真っ直ぐ上には見張り台があって既に水夫が居るので、私はステイスル……マストとマストの間の三角の帆のロープを伝って……暇な時にこういう部品の名前を不精ひげやロイ爺に教わってるんだけど、全く頭に入らない……とにかく! 私は艦首側のマストであるフォアマストの方へ移動する。


「今ちょっと触ったぞ!」


 フォアマストで操帆していた水夫が手を伸ばして言ったが、


「そういうルールじゃないッ!!」


 私は索具に捕まっていたそいつの脇にくすぐりを入れる。


「ヒョエッ!?」


 水夫は面白い悲鳴を上げて3m下のネットへ落ちた。

 私は抜刀する。抜刀ありにした方が相手はしんどいだろうし。


「どうしたッ! 遠慮は要らないぞ!」


 フレデリク声で私は叫ぶ。ファウスト氏はまだ笑ってる、怖い人だけと腹が立つのでもういっぺんくらい真顔にさせてみたいとも思う。

 ジェラルドが叫ぶ。


「フレデリクー!! 俺ぁどうすりゃいいんだ!」

「構わん、手出しするな!」


 私はそう強がる。本当は今すぐ助けて欲しいんだけど、そうしてもらう手段がないので他に言い様が無い。


 私がサーベルを抜いたので、水夫達もカトラスやらナイフやらを抜いたが、抜き身を持ったまま高い所に登るのはちょっと怖いと思う。仲間の刃が触れそうになるだろうし。

 そしてズルして申し訳無いんだけど、こっちは手をつかなくても全然動けるのだ。正直、階段程にも不便でない。本当にただ平地を走るように、ロープの上を走れるのだ。


「一人ずつ行け!」「止めろ! そいつを!」


 スルスルと猿のように身軽にマストを登り、接近する水夫達……やっぱりサイクロプス号の船員は海賊って感じがしない。まるでよく鍛えられた海軍の水兵のようだ。


「容赦は出来んぞ、覚悟のある奴だけ来い!」


 私は強がってないと泣き出してうずくまってしまいそうになるので、自分を勇気づける為にそう言って、サーベルを構える。とは言えこっちは猿以上なのだ。ヤードの上でも普通に踏ん張り、サーベルを振り回す事が出来る。


「ギャッ!」


 私のサーベルの峰が当たった水兵が、大袈裟な叫びを上げて落下する……だけどここなら下にネットがある。斬られたー! と思って落ちるんだろうけど実際にはたいして痛くないはず……私は十分に非力である。


 申し訳ない。本当に申し訳ない。ロープの上だろうが踏み込みが効き、手で体を支える必要もなく、そこらじゅうに張られた索具を全部足場として使える私……この事に気づいて何度目の戦いだっけ?

 ずるい。ずるいぞ私。ここで戦うなら、私は大人の男にもそうは負けない。


「気をつけろ! クソ強ぇぞこいつ!」「一人で行くな! 挟み撃ちでやれ!」


 だけど機動力はどうしても私の方が上で……


「背中を取られた! 助けて……」こちょこちょ……「ぎゃは、きゃはは……ああああーっ!」「くそ! また一人落ちた!」「挟み撃ちにしろって!」「無理だ!」


 私はフォアマストの殆ど一番上まで来ていた。ここからメインマストまでは、やはり三角帆を張るロープが張られている、これは何だっけ。


 私はロープの上をすたすたと走り、メインマストの、望楼よりも見張り場よりも上まで辿り着いた。


 軍艦だとここに将官旗などが翻っていればその船が艦隊旗艦で、それはそれは大事な旗になるらしいのだが、サイクロプスのメインマストのてっぺんについてたのは旗ではなく、無地の吹き流しだった。まあいいや。


「ペナントは貰ったぞ!!」


 私は甲板に聞こえるように、大声で叫んでやる……素のマリーの声にならないように気をつけつつ。


 まあ、ここまでは来れると思っていた。登ろうと思ったら絶対私の方が速いだろうと。問題は降りる時だ。サイクロプス号の水夫達はとても怒っていて、下からどんどん登って来ていて、私が降りて来るのを待っている。さすがにこの数は怖い。


 どうしよう。ここに住もうかなあ。

 それも嫌だな……下に降りるか……しかし……ん?


「フレデリク! 貴様にそのペナントを持ち帰られる訳には行かない!」


 ミズンマスト……艦尾側のマストの先端に、ファウストが立っている。怖くないのか? 揺れる帆船の上でそんな所に立って、やっぱりヤバいよこの人。

 持っている武器もヤバい。船上なのに大きな槍斧を持っている。長いからバランスを取るのに使える? いや普通に高所作業には邪魔だと思う。

 そんなファウストが腕を振った。


 ぺしっと音がして、一瞬目の前が真っ暗になった。


 私は顔にくっついたそれを払う。風は艦尾から艦首側に吹いていたな。そしてこれは手袋……それはつまり……


「決闘です。受けていただきますよ」


 ファウストは薄笑いを浮かべていた。


「オズディルの元部下達はあんたを見て怯えてましたよ、友達だなんて嘘だ!」


 私は言ってやる。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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