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好きなことをもう一度好きになるためにやったこと

鬱になると、ずっと好きだったものが好きかわからなくなってしまう。あんなに好きだったのにと絶望し、凹む。かつての私がそうでした。自分を責めちゃいけない。好きなものを好きでい続ける、心の体力がない状態なのかもしれません。


 こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ。ひどく鬱をやると、ずっと好きだったものに興味がなくなってしまう。あんなに好きだったのにって焦る気持ちが生まれます。

 好きなもの、手放さないでください。諦めなくて大丈夫。今は楽しむ心の体力がないだけです。自分を責めないでください。


 私も鬱が酷いときは、好きなものから遠ざかっていました。私の場合、好きなものそのものを否定されたり認めてもらえない環境に身を置いていたので、手放すのも早かった。好きなものが手元に戻った今、もったいなかったなって後悔することもあります。


 好きなものが好きかわからない。おそらく心がマヒしてしまっているのか、疲れ切ってるんだと思う。


 なにかを継続して好きでいるということは、最低限の体力ありきなんだと思います。あと、心のゆとりがある状態でなければ、なにかを好きでい続けるのは不可能です。


 心の体力がなくなると、自分が生きることにしか目が向きません。自分の命なんかに目は向いてないと、鬱が酷いときは思うかもしれない。恐らく無意識に、生きることに集中してるんだろうと思います。気持ちはいつどうなってもいいと思っていても、生き物のしての本能で体は生きようとしてる。


 生命活動を維持するために、好きなものの継続は必須ではない。まず生き延びなければならないという本能が働くので、好きなものが好きなのかわからなくなるのかもしれません。


 また、好き嫌いは心が正常な状態でなければ、判断するのが難しくなります。心が正常な状態を保つのは、体の健康あってこそ。鬱になっているとき、体の状態も多分よろしくありません。正常な判断が下せないことに対して、また鬱々としてしまう。好きなものに対して、好きであるという判断もままならない。


 好きなことさえ楽しめない。好きかわからない。こういった状況になった場合、自分を責めず以下のことを心がけてみると、状況が変わってくる可能性があります。


 ・まずは最低限の心の回復に心がける

 ・無理に好きなものにしがみつかない…好きなものを楽しめない自分を否定しない

 ・好きなものが好きだったときの自分との比較をしない

 ・前まで当たり前に持っていたスキルを一旦手放す

 ・間をおいて、一度思い切り距離を取ってもう一度手を出す


 心の体力回復が、まずは最優先事項です。焦ってもいい結果は産まない。病院を受診し、そのときの状態に即した薬を処方してもらい、カウンセリングなどをを受けて自分の状態を適切に知りましょう。


 カウンセリングとかで、「よく頑張ってきましたね」って感じのことを言われたとき、「頑張れてない」「生きてるだけ」って感じの否定的な気持ちになることもあると思います。私がそうでした。

 頑張れてないんじゃなくて、頑張りすぎてわけわからなくなってるだけです。

 生きてるだけって思うかもしれないけど、生きてここまでたどり着いたのでもう充分なんです。

 カウンセリングまでたどり着けてよかった。病院を受診する判断に至ってよかったし、実際受診して薬をもらう段階までこぎ着けてよかった。もう頑張らなくていい。


 少し回復したり心に余白ができると、鬱持ちの場合好きだったものにしがみつくことがあります。昔好きだったんだから今も同じ熱量で好きでいられるはず、楽しめるはずと思うんです。だって好きなものに触れているとき、楽しかったから。

 あの楽しかった気持ちをもう一度得たい。でも、あの頃と同じように楽しめない。そこでまた凹んでしまう。


 好きなものって、楽しむものです。縋るもんじゃない。縋るにしても気力と体力が必要になります。無理にひねり出す好きな思いは、好きなんじゃなくて執着。執着で好きだったものを握りしめても、純粋な気持ちで楽しめません。


 好きなものをもう一度好きになるためには、心の回復が必須。楽しめないと思ったら、一度思い切り距離を取りましょう。

 私の場合、ピアノもゲームも、書くことさえも年単位で手からこぼしていた時期があります。楽しめない自分を責めたし、相当焦った。その結果、ゲームは全然楽しくなかったし、ピアノはものすごく下手だった。どれだけ字を書いてもまとまりがなく、原稿用紙5枚も書けない。絶望でした。


 その当時どう乗り切ったのか。私はあの頃、たまに散歩に行ってました。実家を出て間もない頃だったので、散歩に出て、自然に触れておじいちゃんやおばあちゃんと話しをしてました。


 その日の空気を肺に入れて、河原に生える草花を眺めて、農水路に目をやる。水が流れているのを眺めるのは、もともと好きだった。このときまで忘れていた好きなものの一つです。

 田舎なので、歩いてると畑とか田んぼで仕事をしてるおじいちゃんとおばあちゃんもいます。田舎のすごいところは、今出会ったにもかかわらず、すぐ野菜をくれるところ。挨拶したらきゅうりもらうみたいな、そんな感じ。


 自分のペースで、いつもの日常にちょっと非日常を挟むと、そこからいろんな養分を心が吸います。私は散歩でその養分を得て、自分でもわからない微量の回復を重ね、何年もかけて回復してきて今に至ります。

 書くことだけはほぼ全回復しましたが、それ以外はまだ回復の途中。私もまだ、好きなものをただ好きでいるだけの状態にはなってないんです。


 好きなものが好きかわからなくなってしまった方。好きなものに固執せず、一度距離を取ってみるのもアリです。心の充電と体力がある程度回復したら、もう一度好きになるきっかけは必ずあります。焦らずが一番の近道です。


 今回は、この辺で。

 猛者の皆さんに、1つでもいいことが多く起きますように。

 明日も朗らかに晴れますように。


 みほし ゆうせい


心の充電には、途方もない時間がかかる。鬱が酷ければ酷いほどそうです。何年経ってもきついし、何年経っても楽しめない。もうこのままよくならないのかもしれになんて、思うこともあるでしょう。でも、少しずつでも回復していけると、新しいことにチャレンジしたり、前好きだったものに違う角度から触れてまた好きになることもあります。大丈夫、絶望ばかりが広がっているわけではありません。


評価などいただけると嬉しいです。

好きなものにしがみつきすぎず、小さな新しい発見に心躍らせることも大切なことだと思います。できるだけ視野を広く持ってみてください。

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