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第九章 フソー星系機動戦(前編)



A.F.682/09/18 未明

 イザナ共和國の大艦隊は惑星イザナより進発し、星系外縁の亜空間跳躍可能域に近づいていた。航行の途中、旗艦の航宙母艦サンタクララに圏内軍攻略部隊を含め将官が集められた。

第41任務艦隊司令長官ポール・クラフトマン大将が、集まった諸将に告げる。

「諸官、ご足労感謝する。早速だが、我々の目標を伝える。第1目標はツクヨミ、第2目標は敵艦隊戦力、第3目標がマガツヒだ。」

 諸将はざわめく、将官ですら作戦目標を知らされておらず、しかも予想していない内容であったからだ。

 攻略部隊副将のウェイド・ハドソン准将が声を上げるのを制し、主将のクリス・ジョーダン少将が挙手して発言する。

「我々攻略部隊は、マガツヒの占領を目的に編成されています。そのマガツヒが第3目標というのは承服いたしかねる。理由をお聞かせ願いたい。」

 この問いに参謀長グレース・クロフォード中将が答える。

「まず、これまで目標を明らかにしてこなかったことは、情報秘匿のため、やむを得ない処置であった事をご理解頂きたい。そして、ジョーダン少将のご質問だが、我々は3つの目標を順次攻撃するのではなく、同時に攻撃する。よって、第3目標がマガツヒと言っても、3番目の攻撃目標という訳ではない。」

 ジョーダンは即座に反論する。

「話の意図が見えてこない。3つの目標を同時に!?兵力分散の愚をあえて犯そうというのか。」

「兵力分散の愚ではない。兵力集中のための策だ。」

「ますます意図が見えん。」

 話を聞いている他の諸将もジョーダンと同じ考えであったろう、しきりに肯いている。

 クロフォードが続ける。

「通常の考えでは、艦隊による決戦を行い、制宙権を掌握した後、降陸艦による降下、降下の後に地上戦闘という流れになる。だが、この流れに従っていては、艦隊決戦時は地上部隊が、地上戦闘時には艦隊戦力が遊兵となってしまう。」

「だから、同時に攻撃すると言うのか。あまりに安直な。」

 ジョーダン始め、諸将みな納得した様子はない。

「具体的な作戦計画の話をしよう、その方が早い。まず、強襲降陸艦艦隊から10隻の別働隊を編成する、この別働隊は艦隊主力と行動を共にし、ツクヨミ方面に向かう。残り60隻と輸送艦の本隊はマガツヒに向かう。降下可能宙域に到着し次第、ツクヨミ、マガツヒに降下を開始し、ツクヨミは基地の破壊、マガツヒは占領を目的に戦闘を行う。アテラス軍は我らの動きを察知し、阻止行動に出てくるはずだ。我が艦隊の目標は、都度、阻止行動に出てくる敵艦隊である。作戦中、どの時点であっても、これの撃滅を最優先目標として行動する。」

 クロフォードの説明を聞き、ハドソン准将がたまらず発言をする。

「お待ち下さい。マガツヒに向かう攻略部隊本隊は艦隊の支援もなく敵に当たれと、ツクヨミの分艦隊も護衛は二の次で、宙母は敵殲滅に注力すると仰るのですか。」

 クロフォードが一瞬の間の後、明確に応える。

「そうだ。」

「なんだと!攻略部隊を捨て石に使う気か!」

 ハドソンが激昂し叫びながら立ち上がる。だが、ジョーダンが肩を掴んで着席させた。

「捨て石ではない。我らが敵艦隊と渡り合う間に、陸戦部隊を以って敵航宙隊基地の能力を奪ってもらう。また、それぞれの部隊を陽動として機能させ、敵艦隊戦力の分断を図る意図もある。」

 ハドソンは肩で息をしている。ジョーダンが静かに問う。

「つまり、宇宙軍と圏内軍が共闘する最善の策がこれだと。」

「その通りだ。だが、基地航宙隊の殲滅に攻略部隊本隊には宙母1隻を付け、別働隊のツクヨミ突入前にも、一度、敵基地に対する航宙攻撃の実施を検討している。」

 しばらく沈黙があった後、ジョーダンがクラフトマンに尋ねる。

「クラフトマン大将閣下にお尋ねする。本作戦で戦略目標を達成できるとお考えか?」

 黙っていたクラフトマンが口を開く。

「できる。そして、これしかない。」

 その返答を聞いたジョーダンは4秒の沈黙の後、表情を崩しわざと軽い調子で言う。

「宙母1隻と基地への航宙攻撃の件ですが、あれは不要です。下手に航宙攻撃なんかかますと、逆撃くらって艦ごとやられちまうかもしれない。俺らは地に足が着いてなきゃ、死んでも死に切れないんだ。だから、余計なことしないで、艦隊は艦隊同士でよろしくやって下さいな。」

 こうして、イザナ軍の作戦案が決定した。



A.F.682/09/26 16:38

 イザナ共和國の大艦隊がフソー星系外縁の亜空間跳躍可能域に出現した。アテラス軍のレーダーは、70隻程の主隊がマガツヒ方面へ向かい、分派した10隻が別の目標に向かう様子を捕えた。

 アテラス軍は、此度の迎撃任務に際し、各戦力を総括し指揮命令系統を明確にするため、臨時本星防衛司令部をツクヨミに設置した。司令長官はチュン・シャンチー大将、参謀長カルロ・アンドラーダ中将、次席参謀マコト・カイ中佐である。その他はツクヨミ基地司令部部員が兼任し、臨時司令部を構成する。この司令部が指揮する部隊と保有の戦力は下記の通りである。


・臨時本星防衛司令部(司令長官チュン・シャンチー大将、参謀長カルロ・アンドラーダ中将)


 ・ツクヨミ基地航宙隊(司令官ズージェン・ジャオ中将)

   ・79式単座艦上戦闘機  64機

   ・81式複座艦上偵察機   8機

  ・基地守備隊       約3千名

 ・第12駆逐戦隊(司令官スニール・ラジ少将)

  ・駆逐艦           7隻

   ・81式複座艦上偵察機   7機


 ・マガツヒ基地航宙隊(司令官ヘンダリ・スハルト中将)

   ・79式単座艦上戦闘機  64機

   ・76式複座艦上偵察機   8機

  ・マガツヒ基地防衛隊(隊長ニール・ウォルシュ中佐)

   ・兵員         約2万名

   ・戦闘装甲車       2千輌

   ・各種車輌       約4千輌

 ・第14駆逐戦隊(司令官マンモハン・ネルー少将)

   ・駆逐艦          6隻


 ・第1機動戦隊(司令官ドルゴンスレン・ナラントンガラグ中将)

  ・航宙母艦          2隻

   ・79式単座艦上戦闘機 120機

   ・81式複座艦上偵察機   8機

  ・軽巡航艦          1隻

   ・81式複座艦上偵察機   3機

  ・駆逐艦           4隻


 ・第2機動戦隊(司令官ジホ・イ中将)

  ・航宙母艦          2隻

   ・79式単座艦上戦闘機 144機

   ・81式複座艦上偵察機   8機

  ・軽巡航艦          1隻

   ・76式複座艦上偵察機   3機

  ・駆逐艦           4隻


 ・第3機動戦隊(司令官ユジュン・マツナガ中将)

  ・航宙母艦          2隻

   ・79式単座艦上戦闘機 144機

   ・81式複座艦上偵察機   8機

  ・軽巡航艦          1隻

   ・76式複座艦上偵察機   3機

  ・駆逐艦           4隻


 警戒監視中だったツクヨミ方面の第12駆逐戦隊、マガツヒ方面の第14駆逐戦隊も臨時本星防衛司令部の指揮下に組み込まれた。イザナ軍の予測あるいは期待に反して、フソー星系全体にまたがる広大な領域を統括し、統合的防衛を可能にする体制が取られていたのである。

 シャンチーの指示により、3個機動戦隊は第5惑星タチハヤオと第6惑星ヤサカトメの間に広がる、アステロイドベルト付近に布陣していた。この宙域はツクヨミ、マガツヒ間の中間地点に当たる。

 それぞれの機動戦隊は通信封鎖により、その所在は秘匿された。だが、臨時本星防衛司令部からの指示により、それぞれの航宙機作戦行動半径内に他戦隊を収めて行動している。大きく距離をあけながらも、お互いにお互いを護り合う、極めて有機的な戦力運用が為されていたのであった。


 イザナ艦隊の出現は即座に臨時本星防衛司令部に伝わった。

 集合した一同を見回し、参謀長カルロ・アンドラーダ中将が話を始める。

「先ほど、K38S72の亜空間跳躍可能域に大規模な艦隊が出現した。総数は80余隻、10隻程が分派してアテラス本星方面へ、残りがマガツヒ方面へ向かっている。到達はどちらにも7日程度と予想される。反射パターン、速度等から、10隻程度の方は…面倒だな、小規模隊をα、大規模な方をβとする。αは強襲降陸艦、βは降陸艦と輸送艦の混成だと予想される。当然、レーダーに感知されない護衛艦群を伴っているはずだ。」

「普通に考えれば、αが陽動でβが本命だが、陽動にしてはαの戦力が大きい。また、強襲降陸艦というのがな…」

 シャンチーの言葉に一同肯く。マコトが更に疑問を呈する。

「マガツヒを本命だとすると、もっと近い亜空間跳躍可能域が存在します。わざわざ遠い場所を選んでワープアウトしてくる、というのも腑に落ちませんね。」

「我らの艦艇戦力を分断する意図か、どちらも護ろうとすると必然的にそうなってしまうな。」

「スエツミからの情報ですと、イザナが保有する航宙母艦6隻全てが所在不明です。我らが分派するのは危険ですね。」

「そうだな。当面は敵情を探る。α、β共に駆逐戦隊を偵察に出せ。」

 シャンチーは司令室正面のスクリーンに映し出された、2つの矢印を見つめじっと考え込む。



A.F.682/09/30 20:57

 第12駆逐戦隊ウヅキから発艦した81式複座艦上偵察機は、イザナの偵察機RFー12Bの後方に35kmの距離を保ち追跡している。前席操縦担当はイヒョン・オウ大尉、後席偵察航法担当はアキラ・サノ曹長である。

 彼らは、今次戦役での最初の衝突『ツクヨミの戦い』において、侵入していたイザナ艦隊を発見した英雄だ。今回も戦果を上げられるかは彼らの技量と運による。

 運はどうやら向いている。彼らは帰投中のイザナ偵察機を発見した。索敵限界ギリギリでこれを追跡し、イザナ艦隊の所在を掴もうとしているのだ。

「前席、そろそろ燃料が限界です。」

 サノが注意を喚起する。帰投する分を考えるともう追跡はできない。

「了解」

(仕方がない、戻るか。現在地を通信すれば、次の索敵機が敵艦隊を発見出来るだろう。)

 オウが引き返そうと操縦桿を倒そうとしたその瞬間、追跡中の敵機が方向を変えた。

(なんだ、母艦が近いのか。)

 敵艦の存在を感じ取り、敵機の向かう方向にセンサーの焦点を合わせる。

「エンジン停止」

「了解、エンジン停止」

 彼らは、偵察機ゆえの孤独な戦いに、再び挑む。


 哨戒索敵参謀のカケヒ大佐が報告する。

「ウヅキ1から打電、『敵艦発見、駆逐艦2、背後に航宙母艦らしきものを伴なう。位置X13T74、方位167°俯角9°』です。」

 タイン参謀長が感嘆する。

「また、ウヅキ1か。さすがだな。」

 ラジが指令を出す。

「報告のあった地点に近くの艦偵を向かわせろ。周辺状況に変化はあるか。」

「今のところ、ありません。」

「ウヅキ1から続報は。」

「ありませ、いや、今入りました。『航宙母艦4、軽巡2、駆逐艦6以上』それと、『我、敵戦闘機の追撃を受ける。』です。」

「ウヅキ1は大丈夫でしょうか。」

 カケヒは心配そうに呟く。

「今、それを気にしても仕方がないだろう、オウ大尉の腕を信じる以外にない。それよりも司令部に報告だ、艦偵を出して適当な宙域で打電させろ『我、接敵す』だ。」


 緊急報告はツクヨミの臨時本星防衛司令部に届けられる。

「第12駆逐戦隊の艦偵が敵と遭遇しました。航宙母艦4、軽巡2、駆逐艦6以上、位置X13T74、アテラス本星方面に向かっています。」

 報告を聞いたシャンチーはスクリーンを見つめたまま、矢継ぎ早に指令をだす。

「各機動戦隊にαに当たるよう通信を送れ、第12駆逐戦隊へは艦載機での接敵を続けるように指令だ、艦艇攻撃に出ないよう釘を刺しておけ。マガツヒの第14駆逐戦隊に接敵を急がせろ。」

 アンドラーダが、懸念を口にする。

「全機動部隊をαに向かわせて大丈夫でしょうか。もう少し様子を見た方が良いのではないでしょうか。」

 シャンチーは顔を向けずに答える。

「これ以上遅らせると、攻撃に十分な時間が取れん。それに宙母4は十二分に脅威だ。万が一にも、本星を攻撃させるわけにはいかん。αを先に撃滅し、βにはマガツヒ現有戦力で踏ん張ってもらう以外にない。」

 シャンチーは自分を敵の立場に置いて考える。おそらく艦艇戦力は互角、その状況でα、βに艦隊戦力を分けて護衛させるか…戦力の分散は作戦論的に最も忌むべきこと、敢えて攻撃目標を分ける意図は…


 同時にイザナ艦隊は自らが発見されたことを知る。

「敵、偵察機から通信電波。」

 オペレーターの報告にクラフトマンは焦る様子もなく指示を出す。

「見つかったか。戦闘機を上げさせろ、だが撃墜する必要はない。追跡して母艦の所在を探れ。」

 クロフォードが彼女が感じた懸念を示す。

「同じことを我が方がやられたようですね。それと、偵察機が来たと言うことは周辺に宙母か軽巡以上がいることになりますが…ちょっと不自然な気がします。」

「うむ。そういえば、先日のマガツヒの戦いで最後に戦った駆逐艦艦隊は、見慣れない艦型だったな。後部に格納庫らしき物があった、あいつらかもしれん。」

「偵察機搭載の駆逐艦ですか…残念ながら偵察の分野にかけては、アテラスが一歩先を行っているようですね。」

「そのようだ。」

 その予想を裏付けるように、イザナ艦隊も敵の姿を捕らえる。

 オペレーターが報告する。

「敵艦隊発見、駆逐艦3、位置Z47A22、進路170°仰角11°」

「周辺に他の艦がいないか確認させろ。」

 しばらくしてから、オペレーターが答える。

「駆逐艦4と合流したようです。総数、駆逐艦7 他はいない模様です。」

 報告を聞き、クロフォードが口を開く。

「長官の予想が当たったようです。まだ、CFでは届かないですね、追いますか。」

「追っても、捕まってはくれないだろうな。艦偵を順次接敵させ、動向を監視させろ。だが、この駆逐艦艦隊だけに気を取られるな。大物が出てくるぞ。」

 こうしてお互い発見されながら、攻撃をすることもされることもなく、奇妙な航行が2日以上続いた。



A.F.682/10/01 23:28

 マガツヒの第14駆逐戦隊は、より奇妙な経験をしていた。彼らは70隻もの大艦隊を前に、直ぐに退避可能な態勢で、注意深く距離を詰めていった。だが、敵艦隊に変化はない。速度も進路も変わらず、ただひたすらに航行するのみであった。

 司令官マンモハン・ネルー少将はツクヨミに通信を送るとともに、敵艦隊に停船の信号を送り続ける。

「くそっ、どう言うつもりだ。逃げもせず、戦いもしないとは。」

 ネルーは2つの誤解をしていた。1つ目、イザナ艦隊は全速で航行していた。2つ目、彼らにとってはこれこそが戦いであった。

 ネルーの第14駆逐戦隊は、敵艦隊βに通常戦闘ではありえないほど接近し、並行して航行している。


 ツクヨミには各部隊からの情報が集まり、敵の全容が判明してきた。

 アンドラーダが困惑気味に話を始める。

「敵は強襲降陸艦のみのα、強襲降陸艦と輸送艦のβ、航宙母艦を中核にしたγ の3隊に別れて行動しているとわかりました。信じ難いことに、βには護衛と呼べる戦力はないようです。αとγは比較的距離が近いのですが、αはγ艦載機の行動半径外にいて、護衛はできない状態です。」

「護衛なしの陸戦部隊で、マガツヒとツクヨミ或いは本星を同時に攻撃する腹か。とんでもない作戦だ。」

 シャンチーが苦々しく呟く。続いて、マコトが意見を述べる。

「しかし、有効だと言わざるを得ません。マガツヒへは今さら救援にも行けず、駆逐戦隊と航宙隊に少しでも降陸艦の数を減らしてもらい、後は陸上部隊に任せる他ありません。αとγには機動部隊の戦力をぶつけられますが、防御力の高い降陸艦と、集中配備された宙母をどこまで排除できるかわかりません。また、攻撃に注力している間に、γから致命的な反撃を受ける可能性があります。」

 マコトは更に続ける。

「ですが、我々の機動部隊は3隊に分かれながらも連携していることで、攻撃力はそのままにリスクを3分の1にできています。また、敵は未だ、我が機動部隊の所在を掴んでいません。勝機はそこにあるかと。」

 シャンチーが意を決し、戦闘開始の命令を下す。

「よし、やるぞ。マガツヒ方面、第14駆逐戦隊は直ちに敵艦隊βを攻撃せよ。航宙隊も作戦半径に入ったら攻撃開始。陸上部隊を敵の降下に備えさせろ。次、ツクヨミ。航宙隊は戦闘兵装で迎撃準備、基地に航宙機を近付けさせるな。第2機動戦隊、αに攻撃隊を送れ、全機爆装、攻撃半径に入ったら即攻撃だ。第1、第3機動戦隊は攻撃隊を準備、γをやるぞ。」

「はっ」

 司令部が一気に活気を帯びる。


「ツクヨミから攻撃命令が発せられました。」

 通信士官の報告に、ネルーは形容しがたい表情で指令をだす。

「気は進まんが、やるぞ。砲撃準備。」

 バタバタと、周囲は砲撃の準備を行う。

「照準、左舷 敵降陸艦、、撃て!」

 仲良く同航していた艦にレーザーカノンが吸い込まれていく。当たらないはずがない、相手は巨大で速度も遅い。次々に命中しシールドを消失させる。艦体をレーザーが貫き、艦の爆発が始まる。

 更に砲撃を加える。だが、敵中に突入する目的で建造される、強襲降陸艦の防御力は高い、そして駆逐艦よりも遥かに巨大なのだ。彼らの持つ砲ではなかなか沈まない。15分間の一方的な攻撃によりようやく行動を止めた時には、砲術エネルギーの半分以上を消費していた。

「くそっ、駆逐艦ではいくらも仕留められん。」

 だが、続けるしかない。第14駆逐戦隊の6隻がエネルギーを使い果たす頃、マガツヒの航宙隊が推進弾を抱いて上がってきた。彼らも気の重い、戦闘というより作業を行う。降陸艦の巨体に肉薄し、次々に推進弾を命中させていく。敵艦とはいえ、戦闘員が搭乗しているとはいえ、ボロボロで航行を続ける姿が痛々しい。だが、彼らも必死で戦っているのだ。一発でも多く、自らが敵弾を受け止めれば、味方が助かる。そう信じながら爆発していく。

 航宙隊が去った後、44隻の強襲降陸艦が降下舟艇を内部から吐き出した。続いて10隻の輸送艦がマガツヒの平野目掛けて降下を開始する。18隻の怨みを晴らさんと、やられた痛みを百倍千倍にして返してやると、怒りに燃える4万の兵を載せてマガツヒに降り立たんとする。


A.F.682/10/02 01:08

 衛星マガツヒの地表から、基地防衛隊を率いるニール・ウォルシュ中佐と、この時を心待ちにしていた、はずのケンジ・ササキ大尉が降下舟艇の群れを見上げている。バックには緑がかった、不気味で巨大な惑星クラミツハが見えている。基地に設置された対宙軌道砲が、降下舟艇に超音速の砲弾を次々に撃ち込む。だが、舟艇の群れは、恐れの感情を忘れてしまったかの様に、そのままの軌道で降りてくる。ウォルシュはケンジを茶化す。

「ケンジ、いよいよ待ちに待った時が来たな。興奮しすぎてちびるなよ。」

「あぁぁあ、はい!やりますよぉ!」

「なんだよ、大丈夫かよ、ガチガチじゃねぇかよ。ちょっと肩でも回しておけ。」

 そして、降下舟艇の動きを見て、ウォルシュが叫ぶ。

「直接、基地を目指す奴らがいる!あいつらをやるぞ!ついて来い!」

 直率の中隊を連れ、ウォルシュ達を乗せた装甲車が砂塵を上げ基地方向に走っていく。

 地上戦がこれから始まる。



A.F.682/10/02 02:48

 マガツヒ方面の状況は逐一航宙母艦サンタクララに入っていた。

「敵駆逐艦隊 至近 砲撃受ける 現在交戦中」

「敵機編隊接近 爆撃受ける 損傷艦多数 目標に向け航行中」

「敵攻撃 小康 強襲降陸艦16隻損失 輸送艦2隻損失 なれど司令部健在」

「我、降下開始す」

「マガツヒ地表に到達 臨時指揮所設置」

「敵航宙機基地にて交戦中、敵の抵抗、苛烈」

 オペレーターの報告は時々涙声だ。

 クラフトマンとクロフォードがマガツヒ方面に向き、無言で敬礼をする。そして、それを見た艦橋の全員がならう。


 クラフトマンがクロフォードに尋ねる。

「索敵機からの連絡はないか。」

「ありません。」

「そうか。だが、アテラスが迎撃に出てきてもおかしくない頃だな。距離的にも時間的にも。」

 ちょうどその時、索敵参謀が大声で叫ぶ。

「来ました。『敵艦艇発見 航空母艦2 軽巡航艦1 駆逐艦4乃至5 位置G56C44 進路2°仰角4°』」

 クロフォードがクラフトマンを見て、ある作戦の裁可を求める。

「閣下。」

 クラフトマンは一瞬迷いを見せるが、すぐに決断を下す。

「2隻か…いや、迷わん。攻撃隊を発艦させろ!参謀長、やってくれ。」

「はっ」

 クロフォードが、彼我の位置が映し出された3D指揮卓に、様々なパラメータを入力する。計算された結果に、進路や編成について細かい指示を追加し、航宙参謀に伝える。

「よし、これでいく!特別戦闘隊発艦!」


 イザナ艦隊に発見されたのは、ジホ・イ中将率いる第2機動戦隊であった。だが、この部隊は敵艦隊α、敵強襲降陸艦10隻にむけて攻撃隊を発艦させていた。80機、全機爆装である。敵は護衛のない裸の艦隊だ。

 イは、自艦隊が敵に発見されたことを司令部に伝える。

「我、敵偵察機の接触を受ける。通信封鎖を解除す。10/02 02:27 攻撃隊80機、発艦済み」


「第2機動戦隊が敵に発見されました。攻撃隊80機はαに向けて進撃中」

 シャンチーが泰然と肯く。マガツヒでは敵の降陸を許し、陸上戦闘が開始された旨連絡が入っている。だが、シャンチーの表情は変わらない。

「遂に発見されてしまったな。だが、発艦済みで良かった。」

 通信参謀が新たな報告をする。が、少し躊躇している。

「スエツミから新たな敵の情報が来ました。ですが、司令官などの人事情報です。後にしますか。」

 シャンチーは首を振り、答える。

「いや、何が有益なのかは後にならないと判らない、特に情報はな。読んでくれ。」

「派遣艦隊人事情報、司令官ポール・クラフトマン大将、参謀長グレース・クロフォード中将、…」

 将官級の人事情報が読み上げられる。

 この情報は言うまでもなく、ミコト・カイ中尉が彼の戦場で得た戦果である。

 シャンチーが感慨深く肯く。

「クラフトマン大将か。先日の戦いでも、最後まで士気高く粘り強い戦振りであった。良敵と言うべきだろうな。参謀長はクロフォード中将…私は面識がないが、参謀長は。」

「名前は知っています。イザナ軍で最高位の女性とか、航宙戦の専門家だと言う話です。」

 マコトも2人の名前は知っていた。

 クラフトマン大将は猪突型の指揮官と思われがちだが、勇猛果敢でありながら理にかなった指揮をする人物と評価している。先日の戦いでも、アテラスの戦術をその場で模倣する柔軟さを見せた。

 クロフォード中将については、彼女の論文を読んだことがある。意外なことだが、一般論としての戦術論論文などの入手は比較的容易である、それも平時に限ってのことだが。彼女の論文は若干理論先行な印象もあったが、非常に緻密でよく研究されていた。

(彼らが10隻の部隊をむざむざと壊滅させるか…マガツヒは数で押し切った、そもそも大規模な陽動という位置づけだろう。だが…)

 マコトは何かが引っかかっていた。

(無防備の艦隊、それを攻撃する爆装の航宙機部隊、敵宙母部隊、クロフォード中将…)

 そこに新たな報告が入る。

「敵艦隊γ、航宙隊発艦、一隊は第2機動戦隊方面へ、一隊はツクヨミ…と逆方面へ…」

 通信士官が語尾を自信なさげに報告する。

 その時、マコトには敵将の意図が見えた。

 慌ててシャンチーとアンドラーダに敵将の意図を伝え、通信士官へ発信を命じる。


 アテラス第2機動戦隊の航宙母艦2隻から飛び立った80機は、全機艦艇攻撃用の対艦推進弾2機を搭載している。重量のある推進弾を抱えるため、機動性はかなり落ちる。だが、攻撃目標は護衛のいない鈍重な強襲降陸艦艦隊だ。

(護衛なしで戦場に出されて、可哀想に)

 攻撃隊隊長のラクシュミ・グルン大尉は、これから訪れるイザナ艦隊の運命に同情していた。そこに、通信が入る。

(ボイスだと、珍しいな。)

 傍受の可能性がある戦場では、隊内通信以外にボイスによるものは滅多にない。

「宛 第2機動戦隊航宙攻撃隊 発 臨時本星防衛司令部 敵編隊百余機が接近中 敵編隊百余機が接近中 注意されたし 以上」

「マジか、百機以上だと!」

 グルンは直ぐに隊内通信のスイッチを入れ、部下たちに伝える。

「敵が来るぞ。周囲警戒、フォーメーションをDに変更」

「隊長!なんですか!敵?」

「あ!7時方向仰角30° 敵機!」

 敵が後方から迫ってくるのが見える。

「全速で振り切れ!」

 だが、敵機CFー32Dは足が速い。

 徐々に差を縮められ、敵が対宙誘導弾を放つ。グルンは旋回しフレアを放出する。誘導弾はフレアに欺瞞され何処かに飛び去るが、背後を敵機に取られた。右に左に旋回し振り切ろうとするが、軽快な79式も爆装していると動きが鈍い。

「ダメだ!全機、推進弾を発射しろ!身軽になるんだ!」

 言うと同時に、自機の推進弾を虚空目掛けて撃ち放す。それを見た各機が次々に推進弾を放つ。

 ようやく身軽になった79式は、これまでとは比べものにならない小さな弧を描いて旋回し、敵機に向かう。だが、武装はパルスレーザー砲のみだ。敵は対宙誘導弾を装備している、不利は否めない。だが、彼は持論を叫ぶ。

「ミサイルに頼る様な奴は戦闘機乗りじゃねえ!」

 間合いを詰めるため、敵機の進行方向を狙い全速で駆ける。視界の右から左に抜ける敵を照準に捉え、パルスレーザーを放つ。敵は左に旋回し躱した。グルンも左旋回で追う。両機はグルグルと旋回しながら、互いの相手の背後に着こうとする。

「グググ」

 慣性制御システムでも打ち消しきれないGが体を締め付け、呻き声が漏れ出てしまう。だが、このGに負けた時は自分が撃たれる時だ。

 79式の機動性が勝った。ゆっくりと上から落ちてくるように見える敵機を照準に捉え、撃つ。敵機は火炎に包まれ回転して離れていく。ようやく1機仕留めた。

 敵も味方も入り乱れての宙戦が、あちこちで行われている。だが、装備と数の差で、落とされるのは79式の方が多いようだ。

 自分の持論は持論として、部下たちに強要は出来ない。グルンは全機に指示を出す。

「離脱する、母艦に戻るぞ!敵を墜とそうと思うな!逃げろ!」

 第2機動戦隊航宙攻撃隊はイザナ軍の機動迎撃により、艦艇攻撃を断念、大きな被害を出して母艦へと戻っていった。



A.F.682/10/02 03:39

「特別戦闘隊 戦果 撃墜18機 撃破28機  被害 撃墜8機 損傷20機 敵航宙機編隊は武装を破棄して逃走、これより帰投す。」

 艦橋に歓声が上がる。クラフトマンも肯く。だが、クロフォードの表情は硬い。

「参謀長の作戦は成功した。我々には久々の勝利だ、まずは喜んで欲しい。」

「はい、成功はしました。ですが、直前にボイスでの注意喚起の通信があったそうです。予想より効果が小さかったのは、そのせいかもしれません。それと、武装を破棄する判断力、人によっては苦言を呈すかもしれませんが、なかなか非凡です。」

 クラフトマンは肯いて言う。

「そうだ、アテラスは強い。指揮官も現場もな。だが、その強敵にともかくも勝利したのだ。その事に誇りを持とう。」

「はい。」

 参謀長に就任前、クロフォードはクラフトマンを猪突猛進の猪武将と評価していた。だが、この司令官は有能で冷静だ。彼女は以前の自分を恥じていた。



 一方のアテラス軍も同様に、第2機動戦隊航宙隊の敗北を受信している。

「第2機動戦隊航宙隊隊長ラクシュミ・グルン大尉より打電 『我、敵戦闘機部隊の迎撃を受ける。被害甚大、敵艦隊への攻撃を断念す。被害 撃墜22、損傷20  戦果は帰還後報告』以上です。」

 アンドラーダが右手の拳を左手に打ち付ける。

「くそっ、してやられた。敵は我が隊の航路を正確に予想して、戦闘機隊を送り込んだ。自艦隊近辺でも敵艦隊近辺でもない宙域で迎撃を行うとは、航宙戦の歴史でも例がない。」

 シャンチーが同意する。

「うむ、なかなかの将器だ。だが、被害がこの程度で済んだのはカイ中佐のおかげだ。全滅もあり得た状況だ、危なかった。」

 マコトは次のことを考えるよう促す。

「問題は敵艦隊αが無傷でいることです。早急に手を打たねばツクヨミ、つまりここが危ない状況です。」

「ひぃい」

 全くもって役に立っていないジャオ中将が悲鳴をあげる。敵部隊の侵攻が進むにつれて、αの狙いがツクヨミであることは明らかになってきた。

「第12駆逐戦隊を送るか、ツクヨミ航宙隊を送るか、あるいはγ攻撃の第2次隊を振り分けるか…よし、第12駆逐戦隊だ、彼らにα攻撃の指令を送れ。」

 シャンチーの決断は速い。


 その頃、アテラス軍第1、第3機動戦隊から飛び立った戦爆連合編隊がイザナ軍航宙母艦部隊へ到達した。ほぼ、同時刻にイザナ軍が放った航宙隊もまた、アテラス軍第2機動戦隊へ到達した。


 

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