第六章 第三次マガツヒ宙域の戦い(後編)
アテラス國國防軍第1艦隊とイザナ共和國宇宙軍統合艦隊の戦いは新たなステージに入っていた。ここまでは、アテラス第1艦隊が優勢に戦いを進めているように見える。しかし、今なお、イザナ統合艦隊は無傷の戦艦6隻を有し、艦隊規模はアテラス第1艦隊を凌駕している。現有の艦艇戦力は次の通り
〈アテラス國國防軍第1艦隊〉
・巡航戦艦 4隻
・重巡航艦 4隻
・軽巡航艦 2隻
・駆逐艦 13隻 撃沈2 大破1
・航宙母艦 2隻
〈イザナ共和國宇宙軍統合艦隊〉
・戦艦 6隻
・重巡航艦 2隻 撃沈6
・軽巡航艦 6隻
・駆逐艦 12隻 撃沈5 大破3
・航宙母艦 4隻
アテラス艦隊はマガツヒ近辺まで移動し、補給と損傷艦の応急修理を行なっていた。一方のイザナ艦隊も進撃の速度を落とし、傷ついた艦を後方に送り部隊の再編を行った。
A.F.682 07/23 12:39
イザナ共和國の後発艦隊が戦場に到着した。強襲降陸艦70隻、輸送艦12隻、護衛の駆逐艦4隻の艦隊である。出迎えたのは先の戦闘で大破した駆逐艦3隻であった。統合艦隊司令長官ポール・クラフトマン大将から言付けを預かった、カラグア副長マテオ・スミス大尉が攻略部隊司令官のクリス・ジョーダン少将に面会を求めた。
スミスはクリスの座乗する強襲降陸艦にシャトルで出向いた。
敬礼して挨拶をする。
「小官は駆逐艦カラグア副長マテオ・スミス大尉です。」
「大気圏内軍第1師団のクリス・ジョーダンだ。攻略部隊の総指揮を採る。で、用とは?」
「統合艦隊司令長官ポール・クラフトマン大将閣下よりの伝言がございます。『貴隊は当宙域において待機されたし。』以上です。」
ジョーダンが即座に答える。
「断る!」
「いや、しかし、」
「何が『しかし』だ!我が攻略部隊はクラフトマン大将の麾下にあるわけではない。命令を受ける道理がないではないか!」
「いや、ですが、未だ敵艦隊は健在で、マガツヒ付近の制宙権は掌握できてはおらず…」
「それは宇宙軍の問題であろう!我々は統合作戦会議で決定された『統合艦隊抜錨の3日後、進発』の命令を遵守してやってきたのだ。我々は直ちにマガツヒに進路を取る。我々の到着までに宇宙軍の職責を完うするよう、クラフトマン大将には伝えろ。」
「しかし、閣下」
「黙れ!何を言われようとマガツヒに向かう。降陸艦は圏内軍の所属だ、我々だけでも往く!貴様ら宇宙軍はここで待っておればよい!」
スミスは天を仰いだ。何を言っても無駄だと悟ったのであった。
こうして強襲降陸艦の大艦隊はマガツヒに航路を取ったのである。 このことは直ぐにクラフトマンに伝えられた。だが、クラフトマンは怒りを表に出すことなく一言呟いたのみであった。
「当然だろう。」
A.F.682 07/24 13:00
アテラス軍第1艦隊司令部は強襲降陸艦の艦隊について討議を行っていた。
参謀長カルロ・アンドラーダ中将が最初に発言する。
「攻略部隊を載せていると思われる船団が、マガツヒ方面に向かっていることを検知した。さすがにこの規模の船団だ、多少のステルス能力など効果がない。レーダーにもばっちり映っている。」
総数86隻である、秘匿できる訳がない。そもそも、強襲降陸艦や輸送艦はそれほどステルス性が考慮される艦種ではない。
「で、こいつらが何を考えていやがるんだ、という話だ。」
参謀の1人が恐る恐る述べる。
「マガツヒ攻略のため、なのは当然のこととして。なぜ制宙権を掌握できていない段階、で踏み込んできたのか…攻略、を急ぐ、必要があったのでしょうか。」
「何を言っておるのだ、貴官は。」
アンドラーダが茶化して言う、お陰で場は少し和む。
「考えられるのは、艦隊同士が決戦しているタイミングに合わせて降下を開始する意図か、我が艦隊は手一杯になるだろうから降陸の邪魔は出来なくなる。しかしな…」
シャンチーが発言するが、歯切れが悪い。いまいち自信が持てずにいるのだ。
「結局は、艦隊決戦の行方で彼らの命運が決まると言うことです。我々が勝利した場合、降下が早かろうと遅かろうと、彼らがマガツヒを維持することは出来ないでしょう。また、考えたくはありませんが、我々が負けてイザナが勝った場合は、経緯はどうあれ最終的には、マガツヒはイザナに占領されるでしょう。」
アンドラーダの言葉に一同肯く。
「やはり、今しゃしゃり出てくる理由が判然としないな。」
シャンチーが首を傾げる。
マコトが口を開いた。
「案外、何も考えていないのではないでしょうか。やはり、論理的に考えると敵の動きは不可解です。人への好悪やメンツと言った非論理的な理由である気がしています。」
アンドラーダが同意する。
「なるほど、そういえばイザナは地上軍と宇宙軍の2軍制だったな。軍組織が分かれていない我々でも、陸戦部隊など他兵種とは意見の相違が起きやすい。2軍制を取っていたら尚更だろう、そんなところかもな。」
シャンチーが議論を総括する。
「とりあえず、現時点でこれ以上の詮索は無用だ。攻略部隊到着までに敵統合艦隊の撃破に全力で当たる。到着までに決着がつかなかった場合でも、我々は統合艦隊の撃破を目標に行動する。なに、マガツヒには陸戦隊も航宙隊もいる。そう簡単に負けはせんよ。」
「承知致しました。しかし、例の件を発動する際は、彼らの存在がこちらにとって有利に働くかもしれません。」
マコトは何か意味深なことを言った。
A.F.682 07/25 03:30
遂に主力艦隊同士、戦艦同士の決戦が始まろうとしている。
アテラス艦隊はマガツヒを背に横隊を組んでいる。中心となるのは巡航戦艦4隻と重巡航艦4隻である。軽巡航艦は航宙母艦と共に後方にあり、巡航戦艦と重巡航艦が作る横隊の上方には、駆逐艦が作る別の横隊がある。旗艦は右翼の端に並ぶ巡航戦艦イブキである。
対するイザナ艦隊は戦艦6隻、重巡航艦2隻、軽巡航艦6隻が単縦陣を組み、駆逐艦はその周りを取り囲んでいる。旗艦は先頭から6番目に並ぶ戦艦バーモントである。
両軍はジリジリと距離を詰めていく。先に動いたのはイザナ艦隊であった。
クラフトマンが艦橋で仁王立ちになり、叫ぶ。
「最大戦速!いくぞ!」
イザナの戦艦は増速していく。それを見たシャンチーも指令をだす。
「全艦、90°回頭、最大戦速」
横隊を作っていたアテラスの各艦が一斉に右を向き、単縦陣となる。その横っ腹を目掛けてイザナの戦艦が進む。
「撃てぇ!」
「撃て。」
両方の指揮官が同時に砲撃開始を指示した。アテラス艦隊は左舷に砲を指向し、イザナの先頭艦カンザスに砲火を集中させる。巡戦4隻と重巡4隻の合計64門のレーザーカノンがカンザスのシールドに降り注ぐ。イザナ艦隊は4番目にいる巡戦カムイに砲撃を浴びせつつ突撃する。2番艦ウィスコンシン、3番艦デラウェアもカムイに砲撃を加える。
クラフトマンの狙いは、敵艦隊の隊列中央を破り2つに分断することだ。集中砲火に怖気付く部下を叱咤する。
「行け!怯むな!割り込んでしまえばこちらの勝ちだ!」
だが、カンザスはシールドを失い、前部砲塔にレーザーの槍が次々に突き刺さる。大きく右に旋回を始め、カンザスは崩れるように隊列から離れる。今度は、新たに先頭になったウィスコンシンに砲火が集中する。アテラス艦隊は進み続け、5番艦の重巡ココノエが的になる。
ここでシャンチーが新たな指令を下す。
「全艦、右転舵180°」
アテラスの各艦は小さなカーブを描き、今度は左に向かって整列する。回頭の間に旋回し、右舷に指向した主砲が斉射される。ウィスコンシンも前部に80箇所以上の破口が生じ沈黙する。
今度は3番艦のデラウェアが、再び正面に占位したカムイに砲撃を浴びせる。4番艦ワイオミングの主砲もカムイを捉えた。カムイは爆発を起こす。
カムイ艦内の乗組員は右に左に走り回り、火災を消火しようと必死だ。だが更に機関室付近に直撃を受け、艦の命運は尽きる。カムイは船体が真っ二つになり大爆発して果てた。
カムイの爆発を見たクラフトマンが叫ぶ。
「いけ!隙間にねじ込め!」
イザナ先頭艦デラウェアは集中砲火を浴びつつも、カムイが占めていた位置に突進していく。
デラウェアは重巡ココノエに、生き残っている砲を向けて放ち続ける。ココノエもまた、強力な戦艦の主砲を浴び沈黙する。
ココノエの艦橋から第3戦隊司令部部員が走り出る。レアンドロ・ダミアン大尉も負傷者に肩を貸し、周囲に負傷者がいないか声をかける。
「総員退艦だ!動けない者はいないか!動ける者は負傷者に手を貸せ、1人も残すな!」
爆発の振動が続く艦内を、生存者達はシャトルを目指す。
デラウェアは敵隊列の分断に成功した。だが、その矢先に新たな敵が襲いかかる。マガツヒ方向から79式艦上戦闘機が急襲してきたのである。彼らはアテラス戦艦列の後ろに隠れチャンスを狙っていたのだ。
攻撃隊隊長マグダ大尉が隊内通信で各機に指示を伝える。
「艦隊が狙えない奴をやるぞ!だが、無理するなよ。小隊機はついて来い!」
彼の小隊の4機はデラウェアの第1砲塔と第2砲塔の間を狙い突入していく。戦艦の巨体が目の前に迫ってくる。そのまま衝突するのではと思うほど接近して推進弾を放つ。
「てぇ!」
砲戦によって傷ついていたデラウェアのシールドは耐えられなかった。次々と艦表面、内部へと爆発が続いていく。最後は船体がちぎれるように分離し、完全に沈黙した。
クラフトマンはマグダ達が戦艦デラウェアを沈めるのを見ていた。
「ただちに航宙隊を上げさせろ。ただし、全機戦闘武装だ。砲撃と爆撃の連合、あのようなこと、我らにはできん。見事だ。」
彼はアテラスの戦術に習い、艦載機を航宙攻撃の排除にのみ専念させたのである。その指揮もまた見事である。
重量級の戦いの陰で、軽量級の戦いもまた苛烈を極めていた。
アテラス駆逐隊の単縦陣は飛び交うレーザーカノンの雨をもろともせず、戦場に躍り出る。イザナ艦隊を取り囲む駆逐艦を、一艦また一艦と集中砲火により血祭りに上げていく。イザナ艦隊の駆逐艦は隊列を守りつつも、付近にいる3隻が連携して対抗する。アテラス駆逐隊は蛇が獲物に巻きつくかのように螺旋状に進む。だが、後続の戦艦、巡航艦から放たれる光の矢が彼らの行く手を遮る。戦艦主砲の直撃に耐える駆逐艦などあるわけがない。指揮をとる先頭艦が狙われ爆散する。だが、次に並ぶ艦がその残骸を乗り越えていく。
A.F.682 07/25 04:06
アテラス軍第12駆逐戦隊、7隻の駆逐艦は虚空の中を走る。だが、その速度は彼女らの持つ能力としては大分抑え気味である。
彼らは81式艦上偵察機を発艦させた。だが、艦隊を離れて哨戒させる目的ではない。6機の艦偵を1列に並べ母艦と並進させている。
旗艦ムツキの艦橋で、参謀長トン・タイン准将が司令官スニール・ラジ少将に命令文受信を報告した。
「先程、暗号電文が来ました。進行目標が変更になります。」
電文が書かれた小さな紙をラジに手渡す。ラジは紙片を一瞥し、指令を下す。
「よし、配置についたな。では、いくぞ。オペレーションM発動。」
だが、何か起きているようには見えない。
A.F.682 07/25 04:06
激烈な戦闘が続いている。アテラス艦隊の丁字戦法に対し、突撃を繰り返したイザナ戦艦部隊は大きな損害を受けつつも、相手にも痛撃を加え続けていた。敵も味方も、知力の限り体力の限り戦い、限界に近づきつつある。そんな中、イザナ統合艦隊旗艦戦艦バーモントのオペレーターが甲高い声を上げる。
「新たな敵、出現。位置E26B82 進路164°仰角22°」
クラフトマンは冷静に問いかける。
「数と艦種は?」
「申し訳ありません、一瞬で消えてしまいましたので。あ、また! 数は13です。内、駆逐艦が7、他は不明です。」
「その進路には何がある?」
オペレーターがコンソールを操作する。
「攻略部隊を載せた艦隊の進路とぶつかります。」
クラフトマンは動きを止めている。
「残りの艦種はやはりわからないか。」
「申し訳ありません、6隻は不明艦としか表示されません。ですが、速度と艦列の配置からは戦艦クラスかと…」
クラフトマンの脳裏にあることが浮かぶ。『戦艦2、重巡航艦4が出港』…
「あいつらか、決戦に参加もせず、攻略部隊を狙いに来たか。」
強襲降陸艦の防御力は高い。小型艦であれば、それほどの被害は出ないであろう。だが、戦艦の主砲にかかっては、装甲などブリキと同じだ。
参謀長トレイヴォン・オースティン中将が尋ねる。
「司令長官、どうされますか。こちらは来るなと言っているのに来た連中、放っておいても…」
クラフトマンは絞り出すように言う。
「7万人を見殺しにはできん。全速で向かうぞ。」
「しかし、今、この状態で撤収させるのは至難の技です。」
オースティンの言う通り、今は死闘の真っ最中である。全力で砲撃をしているから留まっていられる状況で、回頭などしようものなら狙い撃ちされてしまう。
「宇宙軍は宇宙空間の全戦闘に責任を持つ。どれほど被害が出ても攻略部隊を護る。全艦回頭せよ、進路160°!」
イザナ艦隊は動きを止め、回頭を始めた。アテラス艦隊は無防備に転進を図る艦を狙い撃ち、次々に爆散させていく。
「最大戦速!艦列を組む必要はない、足のある艦は先に行け!」
イザナ艦隊は全速で逃げる。だが、足の速い駆逐艦は良くとも、重く遅い戦艦は直ぐに捕捉される。旗艦バーモントにも巡航戦艦バンダイが追いすがり命中弾を与え続ける。艦後部は叫び声と火炎が溢れる地獄と化した。遂に旗艦バーモントも力尽きる。
艦内各所で次々に爆発が起こり、艦橋にも火の手が迫る。走ってきたオースティンが、転がりながら訴えかける。
「司令長官!さ、シャトルが待っています。脱出して再起を図ってください。」
クラフトマンは、オースティンに手を貸し、起こしながら言う。
「私は残る。貴官は早く…」
「いけません!」
オースティンが一喝する。
「しかし、恥を…」
「恥を晒して生きるのです。それが敗戦の責任を取ると言うことです。あなたは絶対に死んではいけません!」
「…参謀長の進言を容れる。」
普段、クラフトマンの陰にいて目立たなかった参謀長オースティン中将の迫力に負け、クラフトマン達はシャトルに急ぐ。生存者達を載せたシャトルが艦を離れたすぐ後に、戦艦バーモントは爆発した。
A.F.682 07/25 05:48
イザナの戦艦、重巡はあらかた撃沈されてしまった。だが、アテラス艦隊はしつこく追いすがり、軽巡、駆逐艦をも追撃してくる。航宙母艦は戦場から距離をとって布陣していたため、まだ追撃の手は迫っていない。だが、自艦が安全だからと、味方の窮地を見過ごすことができようか。イザナ航宙母艦からは艦隊の離脱を支援するため、航宙隊が発艦した。
攻撃隊隊長ジェーン・リベラ大尉が各機に指示を出す。彼女は艦艇爆撃のスペシャリストだ。
「敵先頭集団は駆逐艦クラスだ。2機編隊でいくぞ、足を止めれば良い。」
リベラのCF-32Dは僚機を連れ、先頭駆逐艦への攻撃コースに入る。駆逐艦も対宙砲を上げつつ急旋回で攻撃を躱そうと試みる。だが、2機はヒラリと宙返りをして、再度攻撃コースに入る。対宙砲が眩い光を吐き出し続ける。全ての曳光が自分に向かってくるように感じる。だが、眼をつぶることも背けることもせず、目標駆逐艦の後部を見据えて突入していく。
「さぁ、プレゼントよ。よーい、てぇ!」
推進弾は主機ノズルの上部に吸い込まれるように命中した。僚機と合わせ、4発の推進弾は駆逐艦の最後部を吹き飛ばし、推進力を失った艦は惰性で空間に漂う。
リベラの部隊は次々に駆逐艦に襲いかかった。だが、邪魔が入る。アテラスの航宙母艦から79式艦上戦闘機が飛来したのである。
攻撃コースに入ったCFー32Dの背後に79式が接近する。リベラは機首を返して79式に挑みかかり、パルスレーザー砲を乱射する。
「あんたたち、邪魔すんじゃないわよ!」
79式は火炎を引いて、あらぬ方向に飛び去っていく。
死闘はまだ終わらない。
A.F.682 07/25 07:16
未だ、攻略部隊を載せた艦隊はマガツヒへのルートを走っている。だが、幕僚の意見は割れていた。いや、正確には、幕僚たちと司令官の意見が割れていた。幕僚が司令官に意見具申する。
「我が艦隊を目指し、戦艦を含む部隊が近づいているとの緊急通信がありました。転進を具申します。」
攻略部隊司令官クリス・ジョーダン少将は、即座に却下する。
「ならん!このまま進め!」
「閣下!このまま進めば敵戦艦の餌食になるだけです。ご再考を。」
「ダメだ!我が大気圏内軍の栄光を汚すことはできん。」
「勝機のない戦いを避けることは、栄光を汚すことにはなりません!今ならまだ、亜空間跳躍可能域に逃げ込むことが出来るかもしれません。」
「逃げ込むだと…くそっ、クラフトマンの無能者め、大言壮語はどこへ行った。」
声を落として、ジョーダンが呻く。そこへ通信参謀が駆け寄ってきて報告する。
「閣下あてに、統合艦隊司令長官クラフトマン大将閣下より通信です。リアルタイムビジョンの回線を開くよう求めています。」
「ふん、弁解でもするつもりか。わかった、繋げ。」
回線が繋がり、スクリーンにクラフトマンが映し出される。一目で憔悴し切っていることが明らかだ。お互いに敬礼し、ジョーダンが先に口を開く。
「大将閣下、マガツヒ周辺の制宙権は掌握頂けましたかな。」
嫌味から入ったジョーダンに、幕僚は唖然とする。と同時に、クラフトマンの怒号を予想し身体を硬くした。だが、返ってきたのは怒号ではなく、諭すような穏やかな口調であった。
「ジョーダン少将、転進して亜空間跳躍可能域をめざしてくれんか。」
心の内で、怒号を予想しその反撃を準備していたジョーダンは、意外な口調に面食らう。だが、面には出さずに続ける。
「ほう、戦う前から逃げろと仰いますか。閣下や宇宙軍の皆様は満足いくまで戦われたのでしょうが、小官らは一戦も交えてはおりません。」
「もう耳に入っておるだろうが、統合艦隊は敗北した。制宙権の確保は失敗したのだ。」
「で、あれば、我らがマガツヒを陥し、形勢を逆転させてご覧に入れましょう。」
クラフトマンが黙った。いよいよ爆発するかと会話を聞いている全員が思った。いや、むしろ、爆発してしまえと思っている者もいたに違いない。だが、
「ジョーダン少将、頼む!頼むから兵を引いてくれ。我々は貴官らの退避時間を稼ぐため、この宙域に留まり抵抗する。この間に一隻でも多く、一人でも多く、國に送り届けてやってくれ。頼む!」
そして、宇宙軍大将が頭を下げる、下の階級の者にだ。さすがにジョーダンも驚き、心を動かされた。
「閣下、頭をお上げください。いや、小官こそ無礼の数々、平にご容赦願います。小官らは直ちに転進し、イザナ本星に向かいます。」
ジョーダンは敬礼し、通信を切らせた。クラフトマンは通信が切れるまで頭を下げていた。
A.F.682 07/25 07:30
アテラス軍第12駆逐戦隊はイザナ強襲降陸艦艦隊との会敵を目指し航行していたが、敵艦隊は転進してしまった。今から全速で追いかけたとして、亜空間跳躍可能域に逃げ込むのを阻止できるかどうか、微妙な距離であった。逆に統合艦隊の残存戦力は、この艦隊を目指して進行している。
タイン参謀長がラジ司令に進路を尋ねる。
「司令、降陸艦艦隊と統合艦隊の残存戦力、どちらを追いますか。」
「決まっているだろう。うまい方だ。よし、牛歩はもう良いだろう。第2戦速に増速。一旦、艦偵を戻らせろ。」
演技が終わり、7人の戦乙女が跳ねるように走り出す。
A.F.682 07/25 07:48
クラフトマン大将は軽巡航艦ツーソンに将旗を移し、航行しながら残存艦艇を集合させていた。残っている戦力は、軽巡航艦4、駆逐艦5、航宙母艦4である。レーダーに辛うじて映っていた13隻の艦隊は、先ほど忽然と姿を消してしまった。航宙母艦からは索敵機が飛び立ち、ロストした付近を捜索している。攻略部隊を載せた艦隊は亜空間跳躍可能域へ転進したが、13隻の艦隊に捕捉されないか微妙なところだ。イザナ残存艦隊は13隻の艦隊に戦いを挑む。奴らを釘付けにして攻略部隊の艦隊を退避させるのだ。
「よいか!戦いはこれからだ!アテラスに一泡吹かせてやろうぞ!」
「おー!やってやる!」
クラフトマンの激励に応える声は大きい。まだ、イザナ統合艦隊は死んでいない。
索敵機から接敵の報告が入る。だが、発見したのは駆逐艦7隻のみで戦艦と重巡航艦は見つからない。
「駆逐艦か…航宙隊を出すか…」
クラフトマンは逡巡する。度重なる死闘の繰り返しで、航宙戦闘隊も大きく数を減らしていた。残るは60機程度である。7隻の駆逐艦を相手にするには充分だが、他の目標への攻撃も自艦隊の防御もできなくなってしまう。敵の駆逐艦隊はこちらに向かう進路であり、1時間以内に会敵見込みだ。結局、敵駆逐隊には砲戦で挑むことにして、いるはずの戦艦と重巡航艦の捜索を続け、発見した場合は航宙戦力をぶつけることになった。
しかし、戦艦、重巡航艦は見つからない。時間は経過し、駆逐艦との距離が縮まってきた。
敵の偵察機が艦隊に纏わり付く、戦闘機2機が追いかけ回すが、軽快に逃げ回りなかなか捕まらない。そうしている間に他の方位から別の偵察機がやってくる。
クラフトマンは覚悟を決める。
「よし!いるのかも判らぬ敵に振り回されるよりも、目の前にいる敵を血祭りにするぞ!」
「おー!」
この状況でも士気は高い、侮りがたし。
A.F.682 07/25 07:52
彼らはようやく戦えることに喜びを感じていた。皆、晴れ晴れとした顔をしている。
「よし、敵を捕捉、第1艦隊に通信を送れ。『我、会敵す』だ。」
ラジは艦隊に斜陣形をとるよう号令した。ムツキを左前に置き、後続艦が右後ろに規則正しく整列し、前方に進む。対するイザナ艦隊は軽巡航艦2隻を先頭に2本の縦隊を組み、進んでくる。
敵が先に砲撃を始めた。敵は軽巡航艦、射程も火力も防御力も上だ。ムツキのシールドにレーザーが衝突し、眩い光となる。
距離が更に詰まってくる。ラジが右手を上げ、振り下ろす。
「撃てぇ!」
ムツキが敵先頭の軽巡ツーソン目掛け砲撃を始めた。だが、シールドに弾かれ効果がない。逆にムツキのシールドは今にも破られそうだ。早くもラジが次の指令を出す。
「左回頭、90°」
各艦が左を向き、艦列全体が左にスライドする。敵は右に回頭し追ってくる。アテラス艦隊は後部砲しか砲撃できず、砲火の密度に差が出る。だが、更にラジの指令が飛ぶ。
「右回頭、180° 1番艦最大戦速!」
Uターンをした各艦の内、ムツキの速度が速く隣のキサラギに並ぶ。
「2番艦最大戦速!」
速度の乗ったムツキが前に出て、キサラギがムツキの右後ろに付く。キサラギがウヅキに並ぶと更に
「3番艦最大戦速!」
横に倒したVの内部に敵艦隊を取り込んだアテラス艦隊は、中心に位置するイザナ艦に集中砲火を浴びせる。イザナ軽巡メリデンにレーザーが突き刺さり、身を震わせた後に爆発した。
イザナ艦は上方に逃げる。Vの頂点に位置したサツキが上方へ舵を切る。
敵艦の動きに合わせ、アテラス第12駆逐戦隊は一つの生き物のように動き回り、集中砲火を浴びせ続ける。だが、イザナの軽巡3隻も連携してハズキに攻撃を集中する。クラスの違う3隻に集中砲火を浴びハズキは大破した。続けてフミヅキに攻撃を集中させようと3隻は砲塔を旋回させる。突然、イザナ軽巡ユーレカ上で連続爆発が生じた。アテラス航宙母艦から航宙攻撃隊が到着したのである。だが、イザナの航宙戦闘機も上がっている。艦対艦、艦対航宙機、航宙機対航宙機の混沌とした戦闘が続く。
いつ、果てるとも知れなかった死闘も遂に最終盤を迎える。
イザナ駆逐艦4隻が強襲降陸艦の護衛を軽微損傷艦に任せ、戦場に到着したのである。4隻は身を挺して損傷艦を守り離脱を図った。また双方、激戦を戦い続け、エネルギー・弾薬が尽きかけていた。両艦隊は距離を取り、戦闘は終結した。
A.F.682 07/26 10:26
アテラスの各艦はマガツヒへ向かっている。
第12駆逐戦隊の7隻も、キサラギを除く6隻が損傷を負った。特にハヅキは被害が深刻で爆発の危険が生じたため、一度総員が退艦したほどであった。その後、外部診断により火災の小康状態が認められたため、再度復旧班の乗艦という運びとなった。最新鋭自動ダメージコントロールシステムの賜物であった。
司令官ラジと参謀長タインが戦闘の報告に、第1艦隊旗艦イブキにシャトルで向かった。イブキも激烈な戦闘により被害を受けていたが、マガツヒから派遣された工作艦の支援を受け、応急処置を既に終えていた。
2人は司令室に入り、ドアの前で敬礼する。
「第12駆逐戦隊司令スニール・ラジ、他1名入ります。」
全員が立ち上がり、勇将達に敬礼を返す。
「第1艦隊司令のチュン・シャンチーです。ご苦労様でした。」
シャンチーが座るよう促し、全員が着席する。座ったところでシャンチーが戦いを総括する。
「さて、戦いが終わった。なんとか敵の侵攻を断念させることができ、戦略目標を達成したと言えるだろう。諸官の働きに感謝する。第12駆逐戦隊は常に独立した行動を続けていたので、戦闘の詳報を聞かせてもらいたい。ラジ少将、お願いします。」
「はっ、我々は軍令部作戦部の命を受け、マガツヒより 1.8光時付近の宙域で秘匿行動を行なっておりました。その際、我らの81式艦上偵察機のアクティブレーダーに軍令部提供の特殊ユニットを取り付けました。このユニットの取り付けにより、イザナ艦のレーダーを欺瞞する効果があるとの説明でした。その辺りは、そこにおられる督戦参謀殿の方が詳しいでしょう。」
マコトに話が振られる。
「はい。当ユニットの特徴は、イザナ艦レーダーに、検知はできるが照合ができないレベルのパルス状電波を発信できることにあります。このユニットを付けた6機は、イザナ艦のレーダーには『不明艦』と表示されていたはずです。このことは拿捕艦の実験でも確認されております。加えて、マークしていた複数のイザナ諜報員を通じて、アテラスから戦艦2、重巡航艦4が出航した情報を流していました。このことから、イザナはこの6隻を検知したと考えたはずです。」
第1艦隊の一同から、ため息が漏れる。激戦の最中、イザナ艦隊の戦線離脱理由が腑に落ちる。事前に詳細を知っていたシャンチー司令長官とアンドラーダ参謀長だけは平然と聞いている。
再び、ラジが報告を続ける。
「敵攻略部隊の転進を確認後、我らはイザナ残存艦隊との…」
アテラス、イザナ共に第1級の戦力を投入した決戦はアテラス側の勝利に終わった。だが、受けた被害も決して小さいものではない。次の戦いの行方を見通せる者は、現段階では存在しなかった。
一連の戦いは当宙域における3度目の大規模衝突だったため、『第三次マガツヒ宙域の戦い』と呼称される。