第五章 第三次マガツヒ宙域の戦い(前編)
A.F.682 07/07
『イザナ統合艦隊出撃す』の報は直ちにアテラスに伝わった。様々な経路から入ってくる情報には、スエツミの送り込む諜報員がもたらした情報もあったが、鮮度、量、質どれを取っても、イザナ軍自身が公表した内容に勝るモノではなかった。
事前から伝わっていた通り、戦艦6隻を中核に重巡8隻、軽巡6隻、駆逐艦20隻、航宙母艦4隻の大艦隊である。この主力艦隊の後を追って、強襲降陸艦70隻、補給艦12隻、護衛として駆逐艦4隻が進発することも付け加えて発表された。更に、フソー星系外縁への到着は7/20前後になる見込みであることも、わざわざ公表された。イザナの決戦に対する覚悟と自信は揺るぎないものであった。
アテラスにも動きがある。7/10に第1戦隊の戦艦2隻が、続いて7/12に第4戦隊の重巡4隻が抜錨した。これらの艦は整備・補給計画を強引に短縮しての出港であり、戦闘に耐えられるような艦の状況ではなかった。行き先も明らかにされない出航に乗組員は不安にかられていたが、多くの者は決戦の場に赴くものと信じていた。
更に、7/13 1隻の高速連絡艇が飛び立った。その艇は、軍令部作戦部作戦課が作成した作戦計画書、及び督戦参謀のマコト・カイ少佐を載せている。彼には、通信傍受による情報流出を防いで作戦を伝えると言う任務と共に、第1艦隊に同行し司令部に助言を行う任務が、与えられたのである。第1艦隊への到着予定日は7/18であり、イザナ艦隊到着予定日のわずか2日前であった。
A.F.682 07/18 20:18
連絡艇は快速を維持して航行し、無事、第1艦隊旗艦巡航戦艦イブキに到着し、艦内に収容された。艦載機格納庫に降りたマコトを、1人の士官が待っていた。敬礼して近づく。
「マコト・カイ少佐ですね、お待ちしておりました。小官は第1艦隊司令部参謀アルノリト・カーレヴァ中尉です。」
まだ若い、ちょうどミコトと同じ年頃の若者だ。マコトは答礼し答える。
「軍令部作戦部作戦課マコト・カイ少佐です、お出迎えありがとうございます。」
マコトは階級が下の者にも丁寧に話す。『階級社会の軍内においては美徳ではない』と苦言する上官もいるにはいるが、マコトはあまり気にしていない。
「決戦を前に、第1艦隊の皆さんの様子は如何ですか?」
「司令部始め皆、戦意に燃えております。確かに敵兵力は強大ですが、練度・士気ではこちらが上だと信じております。必ず勝ちます!」
「そうですか。頼もしい限りです。」
若々しい表情と言葉に、若干苦笑しながらマコトは答える。だが彼の立場では、現場の必勝の祈念のみを頼って敵に当たる訳にもいかない。
「司令長官にお会いした後に、司令部の方達と作戦について討議したいと考えています。準備して頂けますか。」
「承知致しました。こちらが長官室で、隣が司令室です。では。」
長官室の前まで案内して、カーレヴァは足早に去っていった。会議の準備に行ってくれたのだろう。
(キビキビした良い若者だな。そういえば、ミコトの勤務態度はどうなんだろうか。)
マコトもミコトも軍令部の作戦部に所属しているが、2人が顔を合わせることは滅多にない。同世代の若者を見て、弟の様子が気になってしまった。
ドアをノックし名乗って部屋に入る。
「軍令部作戦部作戦課マコト・カイ少佐、入ります。」
「第1艦隊のチュン・シャンチーだ。よろしく頼む。」
司令長官は立って迎えてくれた。第1艦隊司令長官チュン・シャンチー大将は、中肉中背、頭髪は白髪が2割ほどのグレイで、外見上は大した特徴のない人物である。だが、能力面は折り紙付きだ。戦場において派手な活躍を続けてきたわけではないが、正に『いぶし銀』といった指揮により、敵の勢力を着実に削ぎ、守れば堅く容易に抜かせない。上級指揮官の中でも、極めて艦隊指揮能力に秀でていると評価されている。
「こちらが作戦計画書になります。ご確認ください。」
計画書のデータが記録された携帯デバイスを手渡す。
「では、確認するので、そこの椅子に座って待っていてくれ。」
マコトは一瞬ためらった後、シャンチーに希望を伝えた。
「いえ、できれば司令部の方々に、先にお会いさせて頂きたく存じます。時間が惜しいので。」
「そうか、では、そうしてくれ。私も追って司令室に行く。」
指揮官の中には、部外者が自分の部下に接触するのを嫌がる者もいる。指揮や自分自身に対して批判が出るのでは、と疑心暗鬼になるのであろう。だが、シャンチーはそういった狭量とは無縁のようだ。
マコトは敬礼し部屋を出て、司令室に向かった。
司令室前には先ほどのカーレヴァ中尉が立って待っていた。マコトの姿を認め、司令長官との話が済んだのか尋ねる。マコトは先に挨拶に来させてもらった旨を話し、司令室に入れてもらった。
ドアの前で敬礼して挨拶をする。
「軍令部作戦部作戦課マコト・カイ少佐です。督戦参謀としてお邪魔させていただきます。」
一番奥の席は空いている、シャンチー大将の席だろう。2番目の席に座る男が返答する。
「カイ少佐、遠路ご苦労だった。まぁ、座ってくれ。私は第1艦隊の参謀長を務めるカルロ・アンドラーダだ。」
参謀長カルロ・アンドラーダ中将は、彼の上司シャンチーと異なり、長身で綺麗に整えられた口髭の、いかにも派手そうな男だ。デザインが同じ軍服を着ていてそう思うのだから、きっと相当なのだろう。アンドラーダに続き、参謀たちは次々に名乗っていった。
一通り、紹介が済むとアンドラーダがマコトに問いかける。
「ところで、カイ少佐。貴官はお土産に何を持ってきてくれたんだい。きっと素敵なものを用意してくれたんだろ。」
若干、マコトは面食らう。
「ええと、軍令部の作戦は司令長官閣下がいらしてからお伝えします。お土産ですか…あ、それと、第12駆逐戦隊及びツクヨミ航宙隊が増援として派遣されました。今頃、ツクヨミ航宙隊はマガツヒに進出を完了しているはずです。」
「おぉ、第12駆逐戦隊!彼らは前作戦ツクヨミの戦いで完勝を収めた部隊だな、心強い!」
アンドラーダは陽気に応える。別の参謀が付け加える。
「ツクヨミ航宙隊も大きな戦果を挙げた部隊です。彼らがマガツヒにいてくれれば、敵の接近があっても一時的には耐えられる。後顧の憂い無く正面の敵主力に当たれますね!」
彼らは総じて明るい。少なくとも、明るく振る舞っている。戦力的劣勢にあるにも関わらず、気落ちせずにいられるメンタリティーは重要だ。
その後、マコトには様々な質問がぶつけられた。第1艦隊は、前作戦においてグラナダとエルトリを拿捕する前から、星系外縁の哨戒に当たっていた。そのため、本星の情報には飢えていたのである。少し疲れを感じたところで、シャンチー大将が司令室に入ってきた。一同、起立し敬礼をする。
A.F.682 07/21 未明
イザナ統合艦隊は、敢えて巡航速度を抑え宇宙の闇を進んでいた。巡航速度を抑えることで落伍艦の発生を防ぎ、後発の輸送艦隊との距離を維持する狙いがあった。また、アテラス側の動向情報を集めるという意図も確かに存在していたのだが、乗組員の多くは、司令長官が王者の風格を気取っているのだろうと噂していた。
その噂の司令長官、クラフトマン大将は部下の報告を受けていた。
「なに、アテラスが戦艦2隻も投入してきただと。」
「はい。更に重巡航艦4隻も出航した模様です。」
「奴ら、なりふり構わず戦力を投入してきたな。ははは、獲物が増えたぞ。」
クラフトマンは余裕の様子である。
「潜入中の内部偵察員の情報によりますと、かなり強引に整備を切り上げての出航だそうです。」
「最高のカモではないか、まともな整備も受けられなかった艦など、脅威どころか足手まといになるのが関の山だ。」
クラフトマンの言葉は正しい。兵器でありながら最先端テクノロジーの塊である航宙艦艇には、徹底した整備が欠かせないのである。
「よし、いよいよ決戦だ。先行艦との連絡を密にとれ!抜かるなよ!」
クラフトマンの鼻息は荒い。
その頃、統合艦隊本隊に先行して進撃する駆逐艦4隻の先行艦隊は、フソー星域へ向け最終の亜空間跳躍の準備に入っていた。
A.F.682 07/21 06:48
アテラス第1艦隊から分派された第21駆逐戦隊の6隻は、分隊旗艦ハルカゼを先頭に、亜空間跳躍可能域に侵入していた。そして、イザナ統合艦隊のワープアウトを、今や遅しと待ち構えていたのである。
ハルカゼ艦橋内にオペレーターの叫び声が上がる。
「来た!事象先行波確認!方位18°俯角23°!距離340」
一瞬の後、突如、黒々とした艦艇の姿がスクリーンに映し出される。
「敵駆逐艦発見、ラダキュア級!」
「全速前進!砲撃準備!」
オペレーターの声を打ち消すかのように、分隊司令チャンタサック・クンタニット少将の指令が飛ぶ。
ハルカゼは敵艦目掛けて突進する。5隻の後続艦もハルカゼを追い単縦陣で敵艦に向かう。距離が詰まり、ハルカゼの射程に入った。クンタニットが叫ぶ。
「撃てぇ!」
前部にある4門のレーザーカノンが光を吐き出す。一瞬遅れて、2番艦ナツカゼのレーザーカノンが右舷を通過する。現れた敵艦は未だ反応ができない、時空波振動が収まるまで火砲が発射できないのだ。ハルカゼのレーザーはシールドに弾かれたが、ナツカゼのレーザーが敵艦を貫く。更にアキカゼのレーザーも加わる。敵艦は身震いしたかのように振動し爆発した。
「おー!やったぞ!」
艦橋に歓声が上がる。クンタニットの怒声が響く。
「浮かれるな!次がすぐくるぞ!」
その言葉の通り、オペレーターの新たな叫びが上がる。
「来ます!方位310°俯角12°距離40! 更に来ます!方位…」
ハルカゼは踊るように急旋回して左を向く。艦の方向が変わる前、目の前に敵艦が出現する。
「正面!撃てぇ!」
クンタニットは再び叫ぶ。だが、間合いが近すぎ虚空を光の槍が走る。
「一旦抜けろ!後部砲用意!」
敵艦と舷側を擦るようしてすれ違い、離れ際に後部砲がレーザーを吐き出す。今度は当たった!だが、敵も発砲してくる。シールドがレーザーを弾く。撃ち合いの中、立て続けに2隻の敵駆逐艦が現れる。新たな2隻は4番艦フユカゼと5番艦アメカゼの間に割り込んでくる。アキカゼ、フユカゼが2番目に現れた敵艦を仕留めた。が、アメカゼが2隻の敵艦に集中砲火を受け、炎をまとう。6番艦ユキカゼが孤立し、新たな標的となった。
「大きく回頭しろ!ユキカゼを救う!」
ハルカゼを先頭に、4隻はカーブを描いて2隻の敵とユキカゼの間に割り込む…
戦いは最初から激烈なものであった。双方、死に物狂いで戦い、距離が離れた時には、4隻の駆逐艦だった残骸と傷ついた1隻が戦場を漂っていた。
「本隊に報告しろ、敵ラダキュア級駆逐艦3隻撃沈、1隻中破。味方損害、アメカゼ撃沈、ユキカゼ大破、アキカゼ小破、以上」
言い終わる前に、オペレーターが再度叫ぶ。
「事象先行波検知、今度はでかい!方位140°仰角45°距離400 あ!また来る!…」
「本隊のお出ましだ。退避するぞ。ナツカゼとフユカゼはユキカゼを牽引しろ、全速前進!」
空間に漂う残骸を押しつぶすかの様に、駆逐艦とは比べものにならない巨大な艦が次々に現れた。
戦闘の状況は第1艦隊本隊にも伝わる。
「第21駆逐戦隊より入電、A.F.682 07/21 06:50 敵駆逐艦と会敵、戦闘状態に入れり。」
「敵、駆逐艦4隻出現、現在交戦中。」
「敵ラダキュア級駆逐艦3隻撃沈、1隻中破。味方損害、アメカゼ撃沈、ユキカゼ大破、アキカゼ小破。」
「敵大型艦多数出現、戦艦級確認、我離脱す。」
シャンチーは表情を変えずに指示を出す。
「前哨戦は終わったようだ。巡戦と重巡に艦偵を出させろ。位置は分かっている、各方位から接近させ、遠距離で画像を送らせろ。照合して敵情を探る。それと、宙母に直接援護機を上げさせろ、艦隊の後背160で待機だ。」
第1艦隊の陣形は旗艦イブキが先頭で巡航戦艦、重巡航艦が続く。その左右に軽巡航艦、駆逐艦の列が並進している。航宙母艦は2隻の駆逐艦と共に距離をとって最後尾にいる。宇宙の天頂から臨むと3匹の蛇が仲良く進んでいるように見えただろう。だが、進む方向は…
A.F.682 07/21 08:02
一方のイザナ統合艦隊は、本隊のワープアウト後、艦艇を集結させ陣形を整えた。
クラフトマンは表情を豊かに変えて、部下の報告を聞いた。
「なに、先行の駆逐艦隊は3隻撃沈された!?生き残ったのはカラグアの1隻だけだと!ぐぬぬ…」
憤怒の表情のクラフトマンがオペレーターに怒鳴る。
「カラグアに繋げ!」
3分後、スクリーンに包帯を頭に巻いたカラグア副長の姿が映し出される。
「カラグア副長マテオ・スミス大尉です。艦長負傷により、小官が報告致します。」
精一杯の敬礼を見せるが、いかにも痛々しい。彼が叱責を受けるのかと、艦橋にいる者たちの気が重くなる。
「我々は、ワープアウト直後に敵駆逐艦の攻撃を受けました。敵艦の数は6、全てハルカゼ級です。戦闘の結果、1隻を撃沈、1隻を航行不能にしましたが、当方は旗艦始め3隻が撃沈、我が艦も大破しました。この敗戦の…」
「待て、『敗戦』ではない。ワープアウト直後の不利な状況で、6隻もの敵と戦い、見事に2隻を戦闘不能にしたのだ。貴官らの奮戦によって、本隊は全くの無傷でこの宙域に到達できた。よいか!『敗戦』などでは断じてないぞ!よし、治療に戻れ。」
「…はっ」
スミスは涙ながらに敬礼をして、スクリーンから姿を消した。
艦橋は安堵すると共に、司令官への敬愛を深めたのであった。
クラフトマンは積極的に攻撃を仕掛けていくタイプの指揮官だ。直ぐに攻撃のための準備を指示する。
「宙母から索敵機を出させろ、カラグアが報告した敵の退避方向を重点的に探せ。奴らも航宙隊を出してくるぞ、1/3は援護機として発艦させろ。残りは攻撃準備だ。」
イザナ艦隊から、索敵機が各方面に向けて飛び立つ。イザナ統合艦隊はワープアウトしてきた亜空間跳躍可能域を出て、全軍一丸となってマガツヒに進路を取る。戦艦と航宙母艦を中心に集め、巡航艦と駆逐艦が球状に周囲を取り囲んでいる。文字通り一丸である。
A.F.682 07/21 09:47
イザナ艦隊から飛び立った索敵機のうち1機がアテラス第1艦隊の姿をとらえた。だが、偵察員は違和感を感じる。彼は、と言うよりイザナの将兵は皆、敵艦隊は味方の艦隊に近づく進路をとっていると考えていた。だが、逆に遠ざかりマガツヒに向かう進路をとっているのだ。
「敵艦隊発見、位置F83K44、進路162°俯角21°、航宙母艦2、駆逐艦2。」
通信が終わるや否や、新たな通信が入ってくる。
「我、敵戦闘機の追撃を受く!退避中!」
その通信を最後に、その索敵機からの通信は途絶えた。
もたらされた貴重な情報について司令部は討議する。
「奴ら、決戦せずに逃げる気か!」
クラフトマンが吠える。
「アテラスの航宙機の方が航続距離が長いです。距離をとり、アウトレンジでの機動戦を意図しているのでは。」
「そうかも知れん。が、そうだとしたら、なぜ敵の航宙攻撃隊が来ないのだ。」
「とにかく、直ぐに攻撃隊を出しましょう、今ならまだ届きます。」
この意見には別の参謀が異を唱える。
「ですが、航続距離ギリギリです。戦闘時間がいくらもありません。」
「敵の方が優速なのだ。時間が経てば益々引き離される、攻撃の機会を失ってしまうぞ。」
「そうだな、よし!宙母に攻撃隊を発艦させろ!それと、重巡を隊から分離して先行させろ。首根っこを掴んで、嫌でも決戦に引きずり込んでくれる!」
積極果敢なクラフトマンらしい采配である。
イザナ艦隊航宙母艦から次々に単座艦上戦闘機CFー32Dが飛び立っていく。
更に重巡航艦8、軽巡航艦2、駆逐艦8の追撃分艦隊が編成され、分艦隊の指揮官にはジャック・モーリス少将が任命された。彼は新進気鋭の若手将官で、常日頃から武勲を立てる機会を得たいと周囲に話していた。彼の艦隊は、指揮官のはやる気持ちを現しているかの様に、後続艦隊との距離をどんどん離していった。
A.F.682 07/21 11:01
イザナ航宙母艦から飛び立った艦載機群は、制宙隊32機、攻撃隊64機の編成で、索敵機の報告があった宙域に向かう。イザナ側は航宙母艦4隻に対し、アテラスは2隻のみである。航宙戦力は圧倒的に優勢で、搭乗員たちには余裕があった。楽勝だと考えていたのである。
「よーし、そろそろアテラスの艦隊が見えてくるはずだ。みんな、ぶちかましてやろうぜぇ!」
攻撃隊隊長ブランソン・スティーブンス少佐が、搭乗員たちを鼓舞する。
(ツクヨミでは、イザナ航宙隊はみっともなく惨敗したらしいが、今回はそうはいかん。)
攻撃の態勢を整えるよう、指示を出そうとした時、緊急アラートが鳴り響く。
「ミサイル!どこだ?」
「被弾した!うわぁ!」
「敵機に後ろにつかれた、助けてくれ!」
突如、隊内通信に悲鳴が溢れる。
(チクショウ、奴ら迂回して後ろに忍び寄ってやがった。)
「敵は後ろだ、散開しろ!各小隊長に付いて行け!」
だが、後ろだけではない。前方からも敵機が迫ってくる。
(くそっ、100機以上いるぞ!どういうことだ!)
味方機が次々に落とされていく。
「制宙隊、何をやっている!」
スティーブンスは制宙隊を呼ぶが、彼らも自分の身を守るのに必死だ。
制宙隊も攻撃隊もイザナ機は必死に逃げ回る。艦艇を攻撃するどころではない。
「ダメだ!一旦引くぞ、全機離脱!離脱だ!」
各機は進撃を諦め、来た方向に戻っていく。だが、アテラス機は艦隊から離れてもしつこく追撃し、攻撃をやめない。
スティーブンスの機にパルスレーザーが突き刺さる。あらゆる警報が発狂したように鳴り響く中、スティーブンスは悟る。
(そうか、奴ら、最初から航宙機隊を狙っていたんだ。航宙戦力を減らすためにわざと攻撃させて…)
アテラス機の攻撃により、多くのイザナ機が落とされた。また、航続距離ギリギリの距離で出撃した上に、攻撃回避に大量の燃料を消費せざるを得なかったため、生き残っても母艦に辿り着けない機体が続出した。結果、戦果はほぼなく、出撃数の3割ほどしか帰還できなかった。
A.F.682 07/21 12:56
「敵機38機撃墜、28機撃破。当方被害は軽巡航艦シマント小破、未帰還12機、廃棄10機、損傷16機です。」
航宙参謀の報告に対し、シャンチーは指示を伝える。
「損傷機の修理を急がせろ。また攻撃隊を出してくるかもしれん、航続距離からは片道になってしまうはずだが…念のため、援護機を上げて隙を作らぬように。」
「はっ」
参謀は駆け足で通信室に去っていく。
シャンチーはマコトの方を向いて問いかける。
「これで、敵は航宙戦力の半分程度は失ったかな。」
マコトは慎重に答える。
「4割か、3割か、そのくらいと考えておいた方が良いかと。ですが、こちらが全航宙戦力を迎撃に当てたことで、敵は航宙攻撃がやりづらくなったことは確かでしょう。」
「うむ。ところで、敵重巡部隊の進路は変わらないか。」
「進路そのままです。我々が逃げている状態なので、会敵までは2時間ほどかかります。」
索敵哨戒参謀が答える。
「敵重巡部隊に接敵している艦偵にジャミングを実施させろ。そろそろ、敵の司令官も我々の考えに気がつくだろう。」
アテラス軍の艦上偵察機は、入れ替わり立ち替わり、敵艦隊に接近している。敵戦闘機に追い散らされ、撃墜された機も相当数出たが、しつこく付き纏い、敵情を送り続けているのである。ジャミングとは、妨害電波を出して通信やレーダーの機能低下を起こさせる電子戦術である。この後、イザナ重巡航艦部隊は通信のノイズに悩まされることとなる。
A.F.682 07/21 13:25
「攻撃隊、未帰還47機、廃棄16機、損傷16機。以上です。」
航宙参謀の報告に一同、顔色を失う。
「損失が63機だと…バカな。戦果は、戦果はどうした。」
言いづらそうに、航宙参謀は視線を落としたまま答える。
「戦果は…撃墜18、撃破10、以上です。」
クラフトマンは苛立ち、怒鳴る。
「何だと!艦艇への攻撃はどうしたのだ!正確に答えろ!」
「航宙攻撃隊は、進出中に敵戦闘機部隊約100機の迎撃を受け、艦艇攻撃は断念しました。また、燃料切れで多くの機体が未帰還になっております。」
クラフトマンは歯噛みし唸る。これほどの屈辱を味わったのは、長い軍生活でも初めてであった。
「おのれぇ!」
だが、しばらくあらぬ方向を睨みつけた後、冷静さを取り戻したか、新たな指示を出す。
「重巡部隊は敵艦隊との距離を保って進むよう伝えろ。奴らの狙いは、我々の戦力を小出しさせ、都度削ぎ取っていくことにある。集中されれば負けるからな。どうせ、マガツヒまで行ってしまえば、後は決戦せざるを得ないのだ。」
この指令は分隊旗艦重巡航艦テンヴァーに…届いていた。だが、分隊司令ジャック・モーリス少将はこの司令を受けた時、敵の尻尾を掴みかけていたのである。
「この命令に間違いはないか。」
通信士官は答える。
「間違いありません。」
「現在、敵偵察機からのジャミングにより電波障害が起きているが、…間違いないか。」
「…間違いありません。」
「先は敵部隊の殲滅を命じられ、今程は距離を取れと、矛盾する命令が発令されているが、…間違いないか。」
「わ、わかりません!通信状態が悪く、極めて不明瞭な通信でした!」
通信士官はモーリスの迫力に負けてしまった。
A.F.682 07/21 13:47
アテラス第1艦隊を追撃している分艦隊旗艦テンヴァーは、今まさに敵の最後尾艦を射程に収めようとしていた。
「敵巡航戦艦イブキ級 方位3°俯角2°距離370」
オペレーターが距離を読む。
「ようし、やるぞ。」
『撃て』の号令をかける正にその時に
「敵艦、回頭!」
オペレーターが絶叫する。
メインエンジンを一時的に停止し、惰速航行していた敵艦隊が、姿勢制御ブースターを全力放出して、一瞬で180°方向を変えたのである。一気に彼我の距離が詰まる。
「撃て!撃て!」
モーリスは慌てて喚くが、意表を突かれテンヴァーも後続艦も隊列が乱れる。
アテラス巡航戦艦イブキからの太い光の矢がテンヴァーを貫いた。2番艦バンダイもテンヴァーに砲撃を浴びせかける。
アテラス艦隊はそのまま進み続ける。各艦は、自艦の左舷にいる敵艦に照準を合わせ次々に砲撃を加えていく。
「くそっ!反航戦だ!反航戦の砲撃要領に変更しろ!」
イザナ艦隊はなんとか態勢を立て直そうともがく。だが、この展開をシミュレートしていたアテラス艦隊と、自分たちが圧倒的に有利な追撃戦を行っていると思い込んでいたイザナ艦隊とでは、反応の速さがまるで違う。しかも、相手は『巡航』と付いていても戦艦だ。近距離で大口径の主砲に斉射されたイザナ艦は、次々に致命傷を負って炎上していく。アテラス艦隊は追撃隊の8隻の重巡航艦の内、6隻までを撃沈した。
A.F.682 07/21 15:28
アテラス艦隊は、逃げ帰る残存のイザナ艦を追うことはせず、マガツヒに再び針路をとった。シャンチーは参謀から砲撃戦の報告を受けている。
「敵ルイヴィル級重巡航艦3隻撃沈、トレド級重巡航艦3隻撃沈、アーリントン級駆逐艦2隻撃沈、セヴァンスヴィル級駆逐艦2隻大破。被害、巡航戦艦バンダイ小破、駆逐艦トキツカゼ撃沈、駆逐艦アマツカゼ中破、以上です。」
大勝利に艦橋は沸いている。だが相変わらず、シャンチーの表情は変わらない。
「これで、いよいよ敵は本気になって我が艦隊の撃滅に来るだろう。次こそが本番だな。」
マコトも同意する。
「おっしゃる通りです。我々は戦艦との戦闘を避け続けてきましたが、次は確実に戦艦が出てきます。ここが勝負どころです。」
アンドラーダがどこから持ってきたのか、ウィスキーのミニボトルを2人に差し出す。
「司令長官閣下、督戦参謀殿、いずれにしても我々は生き残ったのです。これは間違いなくめでたいことだ。乾杯してから次のことを考えましょう。」
2人は苦笑いをして、順にウィスキーのボトルを傾けた。
A.F.682 07/21 16:09
イザナ艦隊本隊にボロボロになった追撃分隊が帰ってきた。重巡航艦6隻と駆逐艦2隻を失い、更に駆逐艦2隻が戦闘不能だ。本隊司令長官の命令が届かなかったようだが、戦力温存を意図した矢先に甚大な被害を被り、さぞかしクラフトマンは喚くに違いないと司令部の全員が予想した。だが、彼は意外にも報告を聞いても、大声を上げなかった。ただ、彼の右手は硬く握られ、7分後ようやく開かれた掌には爪の痕がくっきりと残っていた。
「残存艦艇を再編しろ。マガツヒだ、マガツヒで勝負をするぞ。戦艦の砲撃力で奴らを吹き飛ばしてやる。」
静かに語るクラフトマンの迫力に、誰も声をかけることができなかった。
A.F.682 07/22 01:34
アテラス軍第12駆逐戦隊司令官スニール・ラジ少将は艦載機格納庫での作業を見つめていた。
「どうだ、あとどのくらいかかりそうだ?」
ラジが大声で語りかける。
「そうですねぇ、あと2時間ってところですかね。」
技術士官が計器類が詰め込まれたパネル内に、頭を突っ込んだまま答える。
彼らは戦場近くの宙域に、息を潜め身を隠している。




