最終章 ミズホナ
A.F.683/05/21 04:30
アズリア連邦連邦軍アズリア駐留艦隊(通称:ソレイユ艦隊)の残存艦艇がフソー星系外縁に存在する亜空間跳躍可能域からワープインしたことを確認したアテラス國國防軍は歓喜の渦の中にいた。総合艦隊司令長官チュン・シャンチー元帥が光点の消えたレーダー画面と敵を表す赤い光点が無くなった戦術ディスプレイを見つめて溜め息を吐く。
「やれやれ、ようやくこれで一区切りついたか。アズリアも大きな作戦は行えないだろう、少なくとも短期的にはな。」
参謀長スルギ・パク中将も頷く。
「外征型艦隊は残っていませんからね。ですが、我がフソー星系での戦闘の可能性は大きく減退したと思いますが、アズリア連邦内での戦闘はこれからです。」
アテラスはアズリアが保有していた5つの艦隊(エトワール、サテリット、コメート、ルナ、ソレイユ)に悉く勝利し、これらの侵攻の意を挫いた。そして、アズリア王國國王セリーヌ・ド・ミュレーの亡命を受け入れ、アテラス國内にアズリア正統政府とその軍を樹立せしめている。アズリア連邦連邦軍統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥とその盟友、幕僚総監シャルル・ド・ソシュール元帥、両名を中心とした、現体制の崩壊と新体制の構築が次の政略・戦略上の目標となっている。
「まぁ、そうなんだが。今日のところは先の心配事は置いておいて、祝っておこうじゃないか。」
そう言ってウィスキーのミニボトルを見せる。パクは、謹厳実直なシャンチーらしからぬ行動に面食らう。
「あぁ、これな。アンドラーダ大将から貰ったんだ。『ソレイユ艦隊を撃退したら開けてくれ。』と言われてな。よくは解らんが、いい酒のようだぞ。うん、うまい。参謀長もどうだ?」
パクはボトルを受け取り、一口飲んだ。軍令部内で飲酒に及んだのは、長い軍歴の中でも初めてのことだった。その味は、美味だった。
シャンチーにウィスキーのボトルを渡した張本人、第1艦隊司令長官アンドラーダ大将もボトルを傾けていた。但し、『勝利』記念のボトルは1週間前に既に空けていて、今日のこれは『撃退』記念ということであった。いつも通り、参謀長ユジュン・マツナガ中将や特務参謀マコト・カイ大佐にボトルがまわる。マコトはボトルを傾けながら、アンドラーダに尋ねる。
「損傷艦の修理はいつ完了の予定ですか。」
第1艦隊の艦艇は多くが損傷し、ドックの順番を待っている。宇宙港湾、整備工場として最大規模であった人工惑星ツクヨミの損失影響は決して小さくない。だが今後、多数の艦艇が損傷し整備を必要とする機会はそう多くは無いであろう。アンドラーダは戻ってきたボトルを再度傾ける。
「全てが完了するのは8月になってしまうだろうな。だが、焦る必要もない。派遣艦隊は損傷を免れた艦と修理が完了した艦で編成するさ。そうだ、また、独立駆逐艦隊は先行派遣となりそうだぞ、全艦ではないかもしれんが。貴官にもお呼びがかかるんじゃないか。」
独立駆逐艦隊の各艦艇も激戦の中を生き延びた。だが、12隻中9隻が損傷を負ってドックにまわされている。
「そうですね。今度は、アズリアの地にも降り立ってみたいですね。」
マコトの言葉にアンドラーダも頷く。
「貴官はこれからの人材だ。様々な地での見聞は将来に有益だろう。たとえ、この先が軍人という道でなくてもな。」
マコトはアンドラーダの言葉に少し驚いた。軍人以外の道を進むように見えたのだろうか。だが、黙って頷いた。
A.F.683/06/13 14:23
「アズリア正統政府軍を名乗っているクリストフ・フェリング大将らの艦隊が、惑星ルーペに到達したそうです。ルーペ自治政府は正統政府への帰順を表明しました。」
ローランは副官マルタン・ルフェーブル大佐の報告に黙って頷く。
「ソレイユが戻れば、各方面の地方部隊を結集して裏切者討伐だ。今の内に亜空間航行可能艦をアズリアに集結させろ。」
ローランはまだ余裕を持っている。外征型艦隊を失ったとはいえ、陸上戦力や留守艦隊は未だ健在であり、それらを合すればアズリア正統政府軍など叩き潰せると考えていた。だが、その見込みは大きく外れてしまう。ルーペの帰順を見た各惑星國家は、外征戦力を失ったローランを脅威とは見なさず、次々にアズリア正統政府に帰順を表明したのである。それまで、各惑星國家を搾取出来るだけ搾取し、苦しめるだけ苦しめてきた報いと言うべき結果であった。たった一週間の間に、ローランの支配圏は惑星アズリアに限定されるものとなってしまったのである。
A.F.683/06/20 13:17
「キャスナまで裏切るとは想定外だったな。ソレイユが戻りアズリアに結集できたのはこれだけか。この内、動ける艦は…」
軽巡航艦2、駆逐艦8が現在稼働できる亜空間航行可能艦の全てである。
ソレイユ艦隊はその帰路の途中、多くの脱落艦を出していた。多くは、各惑星國家の離反を知りローランを見限ってのことである。それらの艦はルーペに向かい正統政府軍に身を投じた。
惑星アズリアでは陸戦部隊を中心に、来たる正統政府軍との戦いの準備を進めていたが、将兵の士気は決して高くなかった。
「なんで、ルーペと戦わなきゃいけないんだ。意味がわからんよ。」
「お前、そんなこと聞かれたら憲兵に捕まるぞ。ローラン元帥のご命令だ、従うしかないだろう。」
「そのローラン元帥が妙な戦争を始めたから、こんなことになったんだろ。ミズホナの連中のことなんか、放っておけば良かったんだ。それにソシュール元帥だ。あの人が無茶苦茶するから、ルーペの連中まで怒り狂ってるんじゃないか。」
「お前…だが、確かにヤバそうな空気になってきたよな。4惑星の連中が大挙して押し寄せて来たら、いくらアズリアでも…」
「それにだ、セリーヌ陛下は正統政府に従えと仰っているんだろ。ローラン元帥の命令に従うことで、後々裁判にかけられるなんてことになったら堪らんぜ。」
「…」
このような会話が、軍内の至る所で聞かれた。崩壊前組織の末期症状というべき状況であった。ソシュールの耳にもそうした軍内規律の緩みは入ってきており、厳罰を以って規律の強化を意図し、却って将兵の心が離れるという悪循環に陥っていた。
ローランはソシュールらに防衛体制の強化を命じる一方で、ある策略を画策していた。國王セリーヌの帰還が果たされれば、臣である自分はその意に従うと発表したのである。自分たちは國王が國政を捨てアテラスに逃亡してしまったため、やむを得ず代王を立てたに過ぎず、國政を牛耳る意図も國王を廃する意図もないというものである。この発表により、アズリア連邦の同胞が相撃つ状況は避けられると期待する声が高まっていった。
「少しの間、留守を頼むことになるぞ。」
ローランの言葉にソシュールは頷く。
「あぁ、好きにすれば良い。仕損じるなよ。」
「あぁ、もちろんだ。」
2人の会話は短い。だが、不気味な迫力がある。
「なりません!未だ、武装も解かぬ者の言うことなどに惑わされてはなりません!」
アズリア王國國務大臣クロヴィス・ド・ゲランは國王セリーヌ・ド・ミュレーを説得するのに必死である。
「確かに、そうなのだが。流血を避けるには…」
「なりません!キョウ閣下からもご説得下さい。」
アテラス國との窓口である外務大臣ユートン・キョウは2人の元に脚繁く通っている。彼もローランの言葉には懐疑的であった。だが、流血を避け得る提案をすることで、流血に至った場合の責任転嫁を狙い、生じた戦いを國王の挟量に帰するものとする意図は明らかで、易く拒絶する訳にはいかないとも考えていた。
「ですが、ただ単に拒絶する訳にもいかないかと…」
「ですよね。わたくしもそう考えるのです。ほら、クロヴィス、キョウ閣下もそうおっしゃる。」
「しかし…万が一、いや、ほぼ確実に奴らはお生命を狙って参りますぞ。」
キョウは苦笑いする。
「そうですね。『ほぼ確実』なのかはともかく、その危険性は高いですね。彼らは、國王が断り無く連邦外に出たことを問題にしています。とりあえず、ルーペに向かうと言うのは如何でしょうか。当然、我が軍から充分な護衛を付けます。」
セリーヌは身を乗り出して希望を述べる。
「では、わたくしはムツキで行きたいです!」
キョウは手を振る。
「いやいや、今回は逃避行ではございません。陛下のご乗艦が軍艦であるのはちょっと…」
セリーヌは不満顔だ。
「えー、そうですかぁ。戦艦でなし、それほど問題でないのではありませんか。」
「陛下は、弊軍の船にいたくご愛着召されているようで、大変光栄なことではございますが。ムツキはわたくしも乗った船です、手狭ではございませんでしたか。」
「あのサイズがまた良いのです。キリッと引き締まっていて無駄がない、精悍な駿馬のような。」
「ありがたいお言葉で。弊軍の駆逐艦乗りが聞いたら、泣いて喜ぶでしょう。それはともかく、護衛を付けルーペに向かうということで、ゲラン閣下もご納得頂けますでしょうか。」
ゲランは渋々承諾した。こうして、セリーヌとゲランはルーペに向かうこととなった。
A.F.683/07/03 10:00
1週間前に、第11駆逐戦隊所属の駆逐艦6隻と民間高速クルーザーが惑星アテラスを飛び立った。クルーザーにはアズリア王國國王セリーヌ・ド・ミュレー、クロヴィス・ド・ゲラン始めアズリア正統政府要人、アテラス國外務大臣ユートン・キョウに視察武官としてミコト・カイ大尉、ナオミ・ヴァルバドス大尉、それに政治運動家ティアナ・サーンまでもが随行している。護衛艦隊の旗艦 駆逐艦ムツキにはマコト・カイ大佐が乗艦していた。
セリーヌは暇さえあれば窓のある歓談室に来て、ムツキを眺めてウットリしている。
「乗ってしまうとこの美しさは堪能できなかったわ。外から見るのも良いものね。」
そんなセリーヌを見て、随行員たちは引き気味だ。
「國王陛下があんな軍オタだとは知らなかった。」
呟くミコトに、ティアナとナオミが余計なことを言う。
「アレは恋する乙女の顔ね。本当に船に向けてなの、乗っている人に向けてじゃないかしら。」
「そういえば、カイ大佐は陛下の脱出時も随行されていたんですよね。」
ミコトは焦る。そのような話は聞いたことがない。
「いやいや、まさかね。そんなことは…」
2人は面白がって、ミコトをからかう。
「お兄さんが國王の婿になったら、その弟はどうなるんだろ。」
「王位継承権はなくても、王族?でも、傍系ですよね、何になるんでしょう。」
「何にもなりません。それにしても、どうせ選ばれないと思ったから希望したけど、航行中の随行員ほど暇なものもないな。何すりゃ良いんだ。」
ナオミが情報端末を開きながら言う。
「随行していれば良いんですよ、きっと。今、入ったニュースです。フェリング大将が惑星キャスナのローラン勢力を降伏させました。」
「いよいよ、残るは惑星アズリアだけか。アズリアにはまだ結構ローラン派がいるって話だよね。戦闘になったら万人単位で死傷者が出るだろうね。」
ミコトの言葉にティアナが強い口調で断言する。
「そうならないために、セリーヌ陛下が戻られるんでしょ。絶対にそんなことにはさせないわ。」
ミコトは、思いの外強い口調だったティアナに気圧される。
「いやぁ、セリーヌ陛下はともかく、僕らみたいな小市民がどれほどのことができるか…」
セリーヌが話の輪に加わってきた。歳の近い3名とは航行中、よく会話をしている。
「何を仰っているのですか、カイ大尉!市民の意思こそが國のいく末を決めるのです。私のような王族でも、ましてやローランのような独裁者でもありません!あってはなりません!」
「そうですよ!大体、カイ大尉がそんなことを言うのは嫌味です!自分がどれだけのことをしたと思っているんですか!」
何故だか毎回、女性3名に怒られている雰囲気になるミコトであった。
A.F.683/07/31 22:52
1隻のクルーザーと6隻の駆逐艦は、ルーペまであと2日の位置にまで迫っていた。
参謀長トン・タイン少将が首を傾げながら、司令官スニール・ラジ中将に報告する。
「故障船からの救難信号が入りました。ですが…軽巡なんです。」
「軽巡!何故にまた、こんなところに。」
現在、多くの軍用艦艇は惑星アズリアのあるマビシェット星系か惑星キャスナ周辺に展開している。惑星ルーペは要所を正統政府軍が押さえ、既に戦闘らしい戦闘は起きていなかった。
「正統政府軍に合流しようと航行していたところ、内部反乱が発生した。艦内戦闘により生命維持系に深刻な損傷を負ったと言っていますが…」
ラジは手を口に当てて考えている。
「怪しいな。緊急事態と言っているのだろう。」
タインも怪しいと考えているのだろう、胡散臭げな表情だ。
「酸素残量はあと30分だと言うことです。…出来過ぎですね。」
ラジはマコトを見る。マコトも表情を固くしている。
「だが、見殺しにする訳にもいかん。軽巡か、4隻で取り囲もう。ムツキ、キサラギ、ヤヨイ、ウヅキ、…いやサツキとキサラギを入れ替えよう。キサラギとミナヅキはクルーザーの護衛だ。キサラギは何があっても絶対にクルーザーから離れるな。」
マコトは、ラジがキサラギを護衛に廻した意味が判らなかった。
「キサラギは調子が悪いんですか。」
マコトの問いかけにラジとタインは笑って答える。
「逆だ。カイ大佐は知らなかったか、キサラギは幸運艦と呼ばれているんだ。どんな時でも損傷なく戻ってくる艦としてな。船乗りはそういう話が好きでね。陛下にはキサラギの強運にあやかって頂こう。」
ムツキら4隻の駆逐艦は、軽巡航艦が救難信号を出している宙域に向かう。クルーザーにはキサラギとミナヅキがピッタリと寄り添っている。
「はぁ、キサラギも素敵。だけど、やっぱりムツキね。」
同型艦である、違いと言えばムツキには補修跡があることくらいだが、変態にはその傷跡も堪らないらしい。
「ムツキたちはどうしたんですかね。ちょっと聞いてきますね。」
ナオミが通信士に尋ねる。戻ってきたナオミが3人に状況を説明する。
「怪しいね。だから、4隻で行ったのか。」
ナオミは肯いているが、セリーヌとティアナは首を傾げている。軍人でない2人にはその意味はよくわからない。
「軽巡って言うのは軽巡航艦、ムツキたちは駆逐艦。軽巡は1つ上のクラスになります。救助に当たるには、速度を落とさないといけないので、実は危険なんですね。騙し討ちされたらすぐには対応出来ないので。もし、騙し討ちだった場合、即座に撃沈可能なのが3隻以上の集中攻撃という訳です。」
2人はナオミの説明に大きく頷いている。
すると、艦橋が騒がしくなった。救難信号を出してきた宙域から妨害電波が発せられているらしい。
「罠、決定か。前方から4隻くらい、かな。」
ミコトの呟きに、セリーヌとティアナはやはり首を傾げる。ナオミは頷いている。
「ムツキたちをやり過ごして前方から襲えば、自然、離れる方向、つまり背後に逃げたくなります。でも、背後に逃げるとムツキたちからは離れる方向になってしまう訳です。」
キサラギとミナヅキから81式艦上複座偵察機が発艦していく。セリーヌが窓に張り付いてその様子を見ている。
「はあ、81式。あっ、きゃー、戻ってきた!カッコいい!」
ミコトたち軍人は喜んでいる場合ではない。敵を発見し、それを伝えるために戻って来たのであろう。ミナヅキがクルーザーの前に出て艦の方向を変える。キサラギはそのままの位置だ。泡を喰ったクルーザーの船長が回頭を指示しているのを聞き、ミコトとナオミが説得する。
「船長、今はキサラギの指示に従うのが1番です。」
慌てふためいている船長は呂律が回っていない。帽子もずれて落ちそうだ。
「し、しかし、て、敵が、前から…」
「後ろにもいるかもしれませんよ。」
船長は顔を青くする。
「えっ、そんな…では…」
「大丈夫です。この船を護っているのは、幾多の戦場を切り抜けた歴戦の勇者たちです、宇宙一といっても良い。すぐに全速航行ができるよう、準備しておいて下さい。」
説明を受け、少しは落ち着いたのか、船長は帽子を被り直す。
ローランはソシュールに統帥本部の運営と惑星アズリアの守備を任せ、國王暗殺作戦の陣頭指揮を執っていた。國王を殺すのが目的である、今の状況で任せられる者はいない。
軽巡航艦1隻を囮に使い、3隻程度の護衛艦を引きずり出す。護衛が甘くなったところで旗艦軽巡航艦ナントと駆逐艦で取り囲む作戦だ。
副官のルフェーブル大佐が報告する。
「クルーザー、位置はそのままです。1分後に射程に入ります。」
彼はターゲットが何者かは考えないと決めていた。
(誰でも良い。1隻のクルーザーが沈むだけだ。)
アズリア艦は中央に軽巡航艦ナント、左右に駆逐艦が2隻づつ、5隻が凹型に展開してターゲットに近づいていく。ターゲットの後背には4隻の駆逐艦がいるはずだ。
「回頭しないか、優秀だな。」
ローランはクルーザーの船長を賞賛する。方向を変えて逃げ出してくれることを期待し、包囲の準備をしていたが、そこまで思い通りにはいかないらしい。
「ターゲット、増速!」
「なに!」
非武装の船が姿の見えている敵の方に向かっていく。想定になかった動きだ。1隻のアテラス駆逐艦は砲撃をしながらターゲットと共にこちらに突っ込んでくる。もう1隻はその場に留まり、援護の砲撃をしてくる。オペレーターが叫ぶ。
「なっ、速い!敵艦、優速!」
囲んでいたアズリア艦は慌てて砲撃を開始する。だが、動かない目標だという意識が強すぎた。あっという間に包囲の隙間を抜けられてしまった。ナントと駆逐艦がターゲットを追おうと回頭する。そこに、その場に留まっていたアテラス駆逐艦が、一気に加速して砲撃を浴びせてくる。ナントにレーザーカノンを叩き込みながら、包囲を突破していく。
「追え!」
ローランが叫ぶ。すると、回頭を終えたナントに6機の航宙機が群がる。
「鬱陶しいハエを堕とせ!」
すると、すぐに4隻のアテラス駆逐艦が現れた。
「早い!あと、5分はかかる計算だぞ!ジャミングもまだ…」
ムツキたち4隻は囮が妨害電波を出し始めた瞬間に回頭し、来た航路を全速で戻っていた。囮の撃沈に固執して時間を浪費しなかった分、現場への到着も早かったのである。
「キサラギ、ミナヅキはそのまま、クルーザーと同航しろ。船乗りの心意気を悪用しやがって、許しちゃおかん。横隊のまま突っ込め!」
怒りに燃える4隻の駆逐艦が横一列で突撃していく。射程に入り砲撃が始まったところで、
「右回頭90°!」
ラジの指令が飛び、4隻は一斉に右を向き単縦陣となる。緩やかに左にカーブしながら、アズリア艦隊の左翼に砲撃を集中する。アズリア艦隊も左に回頭するが単縦陣というには距離が離れすぎている。孤立した先頭の2艦が集中砲火を浴びて爆発する。
ラジが更に左に回頭するよう叫ぶ。ムツキとヤヨイ、ウヅキとサツキが2列になって、アズリア艦隊を挟み込む。両側から砲撃を受けた軽巡航艦が沈黙する。そのまま、後続の駆逐艦2隻も集中砲火によって撃沈した。
すると、囮だった軽巡航艦と後背に展開していた駆逐艦4隻が現れた。
「軽巡から仕留めるぞ!単縦陣だ!」
単艦でやってきた軽巡航艦などラジの敵ではない。あっという間に包囲され、蜂の巣状態となって爆沈してしまった。アテラス艦隊は1つの意思を持った生き物のように集合と分離を繰り返し、自由自在に戦場を駆けまわる。すぐに、動けるアズリア艦はいなくなった。
「あいかわらず…、もはや芸術的ですね。」
ラジは、感嘆するマコトの言葉に親指を立てて見せる。
「さて、あの軽巡が旗艦だろうが、降伏するかな。」
ラジの言葉に、マコトは1つの提案をした。
「簡単にいかないようであれば、セリーヌ陛下のお名前をお借りしますか。気が変わるかもしれません。」
だが、アズリアの軽巡航艦は意外にもあっさり通信に応え、大佐の肩章を付けた士官がリアルタイムビジョンの画面に現れた。
「小官はアズリア連邦連邦軍統帥本部所属マルタン・ルフェーブル大佐であります。上官負傷のため、小官代理にてお話しさせて頂きます。」
ラジが敬礼する。
「小官はアテラス國國防軍中将スニール・ラジです。通信に応えて頂けたということは、矛を収めて頂けるということでよろしいでしょうか。」
ルフェーブルは若干言い辛そうに答える。
「えぇ、はい。ですが、星間戦場条約に基づく対応を確約頂けるのでしょうか。」
ラジは答えに窮する。故障船を装う行為は正規の戦闘行為とは言えない。今回のケース、確実に戦時捕虜として扱えるかはグレイの領域であった。だが、細かいことを言って、状況が好転するはずもない。法規的な問題は何とかなるだろうと、軽い気持ちでラジは答えた。
「はい。貴官と貴隊の皆様は、星間戦時条約の条項に基づく処遇が約束されます。」
ルフェーブルは安堵したようだ。だが、顔にはまだ緊張感が張り付いている。
「で、では、降伏、致します。」
彼は現在の立場となってから、初めての自己による決断を下したのであった。彼の上官をも巻き込んだ決断を。
「では、貴隊指揮官の所属、階級、氏名を教えて頂けますか。」
「はい。アズリア連邦連邦軍統帥本部本部長、元帥、オレール・ド・ローラン、です。」
ムツキの艦橋にいる全員が固まった。
A.F.683/07/31 23:56
ムツキからクルーザーにシャトルが出され、ラジ、タイン、マコトの3名がクルーザーに乗船した。ラジの口から驚きの事実が伝えられる。
「先ほどの部隊は、アズリア連邦連邦軍統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥直率の部隊でした。ローラン元帥は、被弾衝撃によって飛んだ艦内部材によって腹部、胸部、頭部に、裂傷を受け、意識不明の昏睡状態です。アズリアの軍医によると、厳しい、ということです。」
セリーヌ、ゲランが形容し難い顔をしている。まさか、こんな所にという気持ちと、こんな幕切れか、という気持ちなのであろう。
「彼の、取り扱いと言うか、処遇というか、どうなるのでしょうか。」
キョウの問いかけにラジが恐縮して答える。
「実は、小官が早まって、戦時捕虜として扱うと言ってしまいました。彼らの戦法は戦時条約の規定にない可能性があったのですが…」
キョウは手を振る。
「いえ、それはそれで構いません。いや、それでよかったと考えます。如何なる立場、如何なる状況であっても、私刑による懲罰は悪です。ご納得いかない部分もあるかと存じますが。」
チラリと送られた視線にセリーヌは気付く。
「いえ、キョウ閣下の仰る通りです。不法を裁くに不法を以ってしては修羅の道です。ローランと言えども、アズリアの國民です。法による裁判を受ける権利を有します。」
マコトが懸念を口にする。
「ですが、このままルーペに向かって良いものでしょうか。ルーペはケルンサル・カリッテのこともあり、反ローラン色は群を抜いている土地柄です。ローラン元帥はおろか、我々までも危険に晒されることになりませんか。」
一同が頭を悩ませる。いっそ、と考えた者もあったに違いないが、口にする者はいなかった。
「ルーペに向かうことは宣言済みの、言わば公約です。反故にする訳には参りません。」
ゲランの言葉に一同頷く。ミコトが控えめに提案する。
「ローラン元帥であることを隠しておけば、良いのでは…」
ラジ、タインもそう考えていたようだ。控えめだが頷いている。それは民間人の生命を護る責務を負った軍人の発想だったのかもしれない。だが、為政者であるセリーヌは実利よりも優先すべきことがあると知っている。
「ダメです!絶対にダメ!一隠すと十隠すことが生じます。全てを白日の下に曝け出す改革を始めるに当たって、隠し事から始めるなど、絶対にダメ!」
また怒られたミコトは小さくなる。そんなミコトをチラリと見て、ティアナが口を開く。
「では、信じるしかありませんね。」
ティアナの抽象的な発言にナオミも同調する。
「そうですね、信じるしかありません。」
セリーヌも頷いた。
「はい、信じます。ルーペの國民を、アズリアの國民を。」
A.F.683/08/03 09:24
アズリア國王セリーヌ・ド・ミュレーは惑星ルーペに降り立った。そして、会見の場でローラン元帥直率部隊による襲撃を受けたこと、その部隊を降伏せしめたこと、ローラン元帥が瀕死の状態でルーペの地に降りたことも、包み隠さず伝えた。当然、ルーペ世論は沸騰し、ローランの身柄を要求する動きもあった。しかし、ルーペ解放戦線の代表者シモン・ルーセルが國王セリーヌの措置を支持したことから、次第に世論は沈静化し落ち着きを取り戻していった。
A.F.683/08/10 22:13 惑星ルーペ首都ケルンサル・カリッテの病院、何でもないただの個室で、アズリア連邦連邦軍統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥は息を引き取った。
A.F.683/08/24 15:16
アズリア正統政府軍特別機動艦隊司令長官クリストフ・フェリング大将率いる陸戦部隊は、連邦軍統帥本部ビルの38階までを占領していた。残るは最上階フロアのみである。
ローラン元帥の死後、アズリア連邦軍は崩壊の速度を早め、将兵は次々に投降或いは正統政府軍への帰順の道を選択していた。幕僚総監ソシュール元帥やソレイユ艦隊司令長官ラコスト元帥らは徹底抗戦を主張し、頑強に抵抗していたが、その抵抗の火も吹き消されようとしている。
最上階制圧を任されたシモン・ルーセルらは、幕僚総監席に座り右のこめかみから血を流すラコスト元帥と、本部長席に座っているソシュール元帥を発見した。
ソシュールは部屋に突入してきたルーセルらを、冷たい視線で睨みつけ、悠々と問いただす。
「何の権利があってこの部屋に入ってきた。この部屋は統帥本部本部長のみが入室を許される部屋だ。」
殺気立つ部下を手で制して、ルーセルが答える。
「あんただって本部長じゃないはずだ。ローランが死んでからも、この部屋には入っていないと聞いていたんだがな。俺の聞き間違いか。」
「ふっ、そのつもりだったんだがな。ラコストがどうしてもナンバーツーになりたいと言うのでな、こう言うことになった。」
ルーセルは銃を構えたまま、
「死ぬ場所が数メートルズレることが何だと言うんだ。バカバカしい。」
「その通り、バカバカしい。だが、最後の望みだと言うのでな。叶えてやりたくなった。」
「そうか、では俺の願いも叶えてくれるか。」
「なんだ、言ってみろ。」
「妹の仇を取らせてくれ。」
「なんだ、そんなことか。お前の望みを叶えてやろう。」
「すまないな。」
「なに、気にするな。」
そうして、ソシュールはゆっくりとルーセルに銃を向ける。ルーセルは、胸に向け1発、額に向け1発、撃った。
A.F.683/08/30 21:46
惑星ルーペ首都ケルンサル・カリッテの公園に3人の男女が、生まれ育った星で見る星座とは全く異なった星座を見上げている。
「フソーはどれになるんだろ。わかる、ナオミさん。」
「多分、あれがミズホナ星団で、あの中のどれかがフソーで、どれかがイワツツですね。」
ナオミは空の一点、星々が集合しボンヤリと光っている一帯を指さす。マコトが感心する。
「へー、ヴァルバドス大尉は詳しいんだね。どれかがフソーで、どれかがイワツツか。」
調べればもっと正確に特定できるかもしれないが、その必要が無いことは3人とも知っている。
マコトがウィスキーのミニボトルを取り出し、目の高さに掲げてからひと口飲む。ボトルを手渡されたミコトも同じようにひと口飲み、ナオミにボトルをまわす。ナオミも同じようにする。
「さて、アテラスに、父さんのところに帰ろう。」
「うん。」
「はい。」
兄弟の母が旅立ってから、17年の年月が経過していた。
完
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