第四話
鎌原は行く当てもなくロンドンの街を歩いている。
彼女は今まで色々な国を旅しているが、居場所がないのはここも同じだった。驚異的な身体能力を誇る肉体を持つが、戦争が終結した世界でそれを求める者は少ない。高い身体能力も比較対象が人間の場合だけで、アンドロイドには遠く及ばない。戦場で中途半端な存在は、平和な世界でも中途半端だった。
財布の中身を見ると、十ユーロ紙幣が一枚と数枚の硬貨が入っている。心の重さに比べて財布はやけに軽いのがしゃくに触った。数日前に修理所の青年へ金を渡しすぎたのが原因なのは明白である。
「ちょっと渡しすぎちゃったかなぁ」鎌原は独り言ちたが金は戻って来ない。世界は平和だったが、紛争や小さな内戦はそこかしこに残存している。鎌原は傭兵としてそれらの戦闘に参加することで生計を立てていた。ロンドンは彼女が思った以上に平和である。
「ちくしょう、平和なのは言いことだけどこのままじゃ生活できないわ。せっかく傭兵集団を見つけたのに変な奴しかいないし」ぶつぶつ呟いていると、先日の修理所の前に来てしまった。看板にサニー・ブラックバーンのアンドロイド修理所と手書きで書いてある。看板に書かれているのは、おそらくあの青年の名前だろう。
彼はサニーというのか。以前来た時は暗くて建物全体が良くわからなかったが、修理所という割には工場のような趣きはない。むしろ、静かで厳かな印象を受けた。壁にいくつか窓はあるが、すりガラスがはめ込まれており中の様子は見えない。出入口は大きめの運搬車が通れるくらいの大きさであり、作業場が覗いているがアンドロイドの作業台は見えないよう配置されていた。
この前訪れた時には気が付かなかったが、出入口の上にはステンドグラスが埋め込まれており、美しい虹色の燐光を放っている。よく見ると、そこには十字架が描かれていた。鎌原が嘆美していると、この前の青年が出てきた。
「あっ」「あっ」互いに相手に気付き声を発する。一瞬の間をおいて、サニーが話しかける。「この前は大丈夫だった?大変だったね」彼女には迷惑をかけたことに対する自責の念が多少あったが、思ったより明るい雰囲気が少なからずその心を軽くした。
「えぇ、おかげさまで足の調子もいいわ。それと、この前はごめんなさいね」鎌原は改めて先日の一件を謝罪する。「いや、君が無事なら良かったよ。それに、お金もたくさんくれてありがとう」ごねれば多めに払った金を返してくれそうだったが、恥ずかしくてそんなことは出来なかった。
「今ちょうど作業がひと段落ついたところなんだ。良かったら中でお茶でも飲まない?」「いや、でも」鎌原が気後れしていると、人間至上主義の傭兵達が道の奥からやって来るのが見える。
「ほら、ここにいると見つかっちゃうから」サニーに手を引かれ、鎌原は再びアンドロイド修理所へ入った。
「こ、こんにちはぁ」鎌原が恐る恐る足を踏み入れると、美しい金髪をした少年が目に入る。小柄でどこかあどけない雰囲気が滲んでいた。「あ、あなたは……この前のサイボーグの女の人」少年が少し後ずさりながら言う。
「突然ごめんね。お、お邪魔するわね」鎌原は子供が少々苦手だった。「紹介するよ、この子はアラン・イエイツ。うちの優秀な助手さ。あっ、僕はサニー・ブラックバーン。ここの店長です。アラン、こちらは鎌原陽和さん。どうやら人間至上主義って組織に追われているらしいんだ」サニーはアランの異変に気付く様子もなく、いつもの調子で話す。
「そ、それでどうしてここへ」明るい口調で話していたサニーと対照的に、アランは歯切れ悪く問いかける。「ついさっき修理所の前で会ったんだ。そしたら道の奥に人間至上主義の隊員が見えたからうちに匿ったわけ。ペティ、悪いんだけどお茶を入れてくれるかな」サニーはさっさと説明を終えると、ペティに紅茶の用意を頼んだ。「かしこまりました」「先生、ちょっと良いですか」アランがサニーを奥の部屋へ連れて行く。
「どうした、アラン」サニーは飄々としていた。「先生、一体どういうつもりですか」アランの表情は厳しいが、サニーにはその理由がいまいちわからない。
「何であんな厄介そうな人を連れて来ちゃうんですか。またこの前みたいな騒動が起きたらどうするんです。幸い壊れた機材は無かったですけど、ここには高価な機材がたくさんあるんですよ。それに先生にだって危害が加えられたら大変じゃないですか」アランは一気に捲し立ててくる。「いや、まぁ困ってるみたいだし」サニーは少ししょぼくれながら弁解を始めた。
「また奴らが来たらどうするんです」「ま、まぁ何とかするよ」「まさかとは思いますが。先生、あの人のことが気になってるとかじゃないですよね」アランが鋭く核心をついてくる。「い、いやいや、そんなんじゃないって」サニーは慌てて否定する。サニーは鎌原に対して恋愛のような感情は抱いていなかったが、何か気になるという点についてはアランの指摘通りだった。
「先生、お茶が湧きましたよ」作業場からペティの声が二人の耳に入る。「あ、お茶が湧いたって」サニーは急に元気になる。そそくさと戻るサニーの後を、アランはしぶしぶとついて行った。
無骨な円形の机におよそ似つかない、瀟洒な食器が三人分並んでいく。カップ、ケーキプレート、ソーサリーが一つのセットになったトリオだ。一セットずつ模様が異なっていた。
鎌原の前には飲み口と持ち手が金色で縁取られ、外面の中央に大きめの赤い薔薇が描かれたカップが置かれる。ケーキプレートとソーサリーの表面の中央にも同じ薔薇があり、こちらも皿の淵が金色に装飾されていた。
鎌原の右側の席には、大きな向日葵が印象的なトリオが置かれる。さらにその右側の席には小さなパンジーが可愛らしく装飾されているトリオが置かれた。女性型のアンドロイドが食器を並べ終えると、少し離れた所でティーサーバーを用いて琥珀色の紅茶を抽出し始める。
大英帝国家の文化が生活の中に根付いているのを、鎌原は感じた。紅茶が出来るまでの間、鎌原はアランという少年とサニーが会話しているのを聞いてしまっていた。
アラン達は離れた部屋へ行ったが、思いの外彼らの声が大きかったのと、扉は閉まっていたが部屋の上部の窓が開いおり筒抜けだったためである。アンドロイドの耳にもその会話は届いていたはずだが、特に何も思っていないようだ。女性型アンドロイドが三段のティースタンドを用意している。鎌原は薄々勘づいていたが、思ったより本格的なティータイムを楽しむらしい。
ティースタンドには最下段に卵、ハム、胡瓜が入ったサンドイッチ、中段に大英帝国家定番の料理フィッシュアンドチップス、そして上段には薄紫色の可愛らしいマカロンと穏やかな黄色のカップケーキ、小振りなショートブレッドが並んでいた。甘く優しい香りが食欲をそそる。
「先生、お茶が湧きましたよ」用意が終わると同時に、女性型アンドロイドがサニーを呼んだ。奥の部屋からサニーと、その後ろから眼つき鋭いアランがやって来る。




