第二十話
やがて時計の短針は十二時より右側に移動し、皆でペティが作ってくれた昼食を堪能すると、緊張感が走ってきた。「上手く行くかな?」サニーが不安に感じていたことを口にする。「心配したところで何も変わらないわ。ミーティングを始めるから、二人とも集まって」機内の中央に三人が集合した。
「今回の目的を確認するわね。ヤマト・プログラムを統括しているマザーコンピューターは、日本工業社の本社の地下にあるわ」鎌原が大型のモニター画面に映像を映しながら説明する。日本工業社の本社は地上五十階建の非常に高いビルだ。敷地内に倉庫や研究所らしき建物が散見される。
「マザーへは本部内からしか行けないと思われているけど、実は裏道があるの。それがここよ」モニター画面上で一つの建物が拡大された。一見すると小さな倉庫のようである。
「表向きは古い設備の物置として使われているんだけど、この倉庫の地下から行けるわ」「ちょっと待てよ。何でお前はそんなに詳しいんだ?」黙って聞いていたイリヤが質問する。
「私はね、昔日本工業社で色々実験されてたの。遺伝子を書き換えたり、身体をサイボーグ化したりとか。その時に良くマザーの所にも行ってたわ。お陰で無駄に高い身体能力を手に入れられたけどね」「……続けろ」イリヤはモニター画面を見つめたままだった。
「倉庫の入口には生体認証のセキュリティがあるけど、私のデータが残っていれば問題なく解除できると思う。残っていなければ……どうするかわかる?サニー」「うん、ハッキングなら任せて」「……そんな時間はないわ。強硬突破よ」画面が切り替わり倉庫の内部が表示される。
「地下に繋がる道は右奥の床下にあるわ」画面上で床板が外れ、地下へ続く階段が現れた。「この階段を下ると長く通路に出る。両壁にはいくつも扉があるけど、どれも触らないで。マザーに繋がる部屋はここよ」無数の扉の中で一つだけ赤く表示され、それが自動的に開く。そこには大きな空間が広がっており、部屋の隅にはアンドロイドや機械の残骸が散らばっていた。
「この部屋は何だ」イリヤが質問する。「ここは戦闘用アンドロイドの決闘場。彼らの中には、アンドロイドを戦争に使うことも考えていた研究者がいたわ。開発してはここで戦わせてデータを集めていたの。この部屋を抜けたらマザーに着くわ」イリヤが再度質問した。
「もし戦闘用アンドロイドが残っていたらどうする」「そのために対アンドロイド用の装備を持って行くんじゃない」「装備があるって言ったって危険なのは変わりないぞ」「いえ、あんたの腕は信用してるわ」「監視カメラの類はどうする?」サニーが問いかける。「ここに光学迷彩のマントがある。被るだけで周りの風景と同化できる。監視カメラの映像を騙すくらいなら問題ないだろう」「それで、マザーに接続したらヤマト・プログラムの停止は簡単そうなのか?」イリヤがサニーに言った。
「難しいだろうけど、頑張るしかないな。ヤマト・プログラムを停止すれば、搭載されているアンドロイドは皆機能停止しちゃうけど、人間達は正常に戻るはずだ」「ちょっと、ニュースを見て」二人の会話に鎌原の言葉が割り込む。モニター画面にニュース番組が映し出された。
「依然として開戦機運の高まりが不安な世界情勢ですが、幸い宣戦布告をした国はまだありません。しかし、特にアメリカ大合衆帝国とメキシコ国及び中東地域では小規模な戦闘が始まっております。大英帝国家議会においても、日夜開戦について議論がされています」
大英帝国家内の国会中継に切り替わる。老若男女の議員が荒れた口調で議論し合っていた。ソードラインを守っている者も殆どいない。こんなに荒れている国会を見たのは三人とも始めてである。
「やっぱり随分荒れてるな」サニーが呟く。大英帝国家内の世論も開戦に偏りつつある。「議員全てが被害妄想に襲われていないのは不幸中の幸いね。まだ正常な思考を持ってる人が頑張っているんだわ」「しかし、アメリカ大合衆帝国なんかは大統領が開戦しようとしてるからな。さすがにまだ議論中だが」イリヤもモニター画面を見ながら言った。世の中は今までの平和な暮らしが突然脅かされる危機に襲われ、人々は皆パニック状態にある。
「もうすぐ日本ね」鎌原が言った。 「私の名前を出せば、日本工業社が持っている発着場にとめられるはずよ。ずっと追っていた奴が帰ってきたんだからね。とめたあとは隙を見てあの倉庫に向かうわ」三人が着陸態勢に入った時、通信が入った。
「……こちら日本工業社の私設管制室。未登録機に告ぐ……当社は事前の着陸許可を得ていない。今すぐに迂回し当社から離れよ」「あ……あーこちら鎌原陽和。着陸許可を願う」少しの沈黙の後、管制室から鎌原陽和の姿を見せるよう要請が入る。
鎌原が姿を現すと、確認するから暫し待てとのことだった。「大丈夫かな?」サニーは心配そうな顔をしている。「なに、ダメだったら無理矢理行くわ」鎌原が言ったところで、着陸許可が出た。「ふぅ、良かった。いよいよね」機内に緊張感が漂う。やがて、徐々に高度が下がり機体は無事に着陸した。「皆、準備はいい?」「あぁ」「うん、大丈夫」窓から下を見ると、武装した者が数人いる。拡声器で早く降りてくるよう促している。
「じゃあ、行くわよ!」飛行機の出入口から、鎌原とイリヤが出力を落とした電離機体加速銃を発射した。青白く光り輝くプラズマが床に衝突し、辺り一面に飛び散る。タラップ周囲にいた者達は皆、一瞬のうちに倒れびくびくと痙攣していた。
「え!?隙を見て倉庫に向かうんじゃなかったの!?」「馬鹿ねぇ、あんた。隙を作ってから倉庫に向かうって意味よ」「この方が早いだろうが」ぽかんとしているサニーを尻目に、二人はさっさとタラップを降りていく。「ちょ、ちょっと待ってよ」サニーも慌てて二人の後を追いかけた。
視界の端に本社のビルを捉える。映像で見た通り、大型のビルだ。鎌原の後についていくと、例の小さな倉庫の前に来た。全体的に灰色で窓はなく、扉の横には生体認証の装置がつけられている。
「ここだな」イリヤが周囲を警戒しながら言った。「ええ。まだ私のデータが残っていれば良いけど」鎌原が装置のモニター画面に手の平を当てると、扉が自動的に開く。「良かった。まだデータが生きてたみたいね」鎌原の顔は少し仄暗かった。「さ、ぐずぐずしてると見つかっちゃうわ!先を急ぎましょう」鎌原に続いて倉庫の中に入る。室内は非常灯しか点いておらず暗い。
「随分暗いなぁ、電気はどこだろう」「サニー、待って。電気は点けちゃだめ。二人とも、私に着いてきて」鎌原が鋭く言った。部屋の右奥へ進んでいく。「確か、この辺よ。あっ、あったわ」何かの固定が外れるような音がして、一畳程の床面がずれていく。映像で見たのと同じだった。地下へ続く階段が姿を現す。
「入るわよ」鎌原はイリヤとサニーの返事を待たずに入ってしまった。階段を降り切ると暗い通路へ出る。明かりは点いているが薄暗く心許なかったが、鎌原は躊躇なく進んで行った。
通路には幾つも扉があるが、その中のいずれも開けようとはしない。「ここから入るわ」鎌原はある扉の前で立ち止まる。それは通路にある他の扉と同じような見た目であり、何か特別な装飾なども見当たらなかった。扉の横に生体認証ロックのような装置がある。
モニター画面に鎌原が手の平を当てると、音もなく扉が開いた。中に入ると明るい蛍光灯の光が目を刺したため、三人の眼は一瞬眩む。イリヤは敵の襲撃を警戒して緊張感が走ったが、特に何も起きなかった。
「な、何だ……ここは」イリヤは呟く。目が慣れると、そこには無数のアンドロイドが規則正しく並んでいるのが見えた。男性型と女性型のどちらもあるが、顔や体形のパターンはそれ程多くない。
「鎌原、ここは一体何なんだ?」サニーが問いかける。「これは恐らく、全て戦闘用アンドロイド。ここは決闘場兼製造工場なのかもね。まだこんなに造ってたなんて」「せ、戦闘用アンドロイド!?何でこんなに……」「サニー、あんたってほんとに世間知らずね。何でって、戦争をするためでしょ。相手が誰かは分からないけど」「せ、戦争……」「おい、向こう見てみろ」二人の会話をイリヤが遮る。
奥の部屋から二体の戦闘用アンドロイドが出てくるのが見えた。一体は長身で男性型、もう片方は女性型でやや背が低い。ともに顔全体のバランスと顔のパーツの配置及び大きさが完璧で、遠目でも完全な黄金比を作っていることが分かった。男性型の髪色は黒檀のような底知れぬ黒色なのに対し、女性型は目も眩むような金髪を持っている。もちろん人工毛に過ぎないのだが、一見すると美しい人間の男女に見える。
しかし、他のアンドロイド同様、生気を感じない特有の雰囲気が漂っていた。すかさず、鎌原とイリヤは戦闘態勢をとるが、アンドロイドは淡々と距離を詰めてくる。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ。マザー・コンピューターまでご案内します」アンドロイドはサニー達の眼前に来たところで、機械的な声で話してきた。「な、何……?」三人は一瞬拍子抜けしたが、鎌原とイリヤは戦闘態勢を崩さない。
「私達はあなた方と戦うつもりはありません。少しでも怪しい素振りをしたら、遠慮なく撃ってください」二体のアンドロイドはゆっくりと進んでいく。「おい、鎌原」「私もどういうことか分からないわ。でも、大人しく付いて行った方が良さそうね」三人は警戒したまま二体のアンドロイドに付いて行った。
大量のアンドロイドを保管していた部屋を抜けると、長い通路が見える。天井には蛍光灯が光り輝いており、明るかった。しばらく、二体と三人は無言で歩く。通路を進んでいくと、やがて奥に一枚の扉が現れた。
「この先にマザー・コンピューターがいます」二体のアンドロイドの片方が言い、扉が自動的に開く。その部屋の中は薄暗く、ひんやりとしている。明るい世界に慣れた眼が順応するのに多少の時間を要する。やがて眼が暗闇に慣れ、部屋の全体像が見えるようになった。
天井が高く広い部屋だ。奥の壁に大型のモニター画面が設置されており、監視カメラの映像だろうかいくつかの映像が映っている。その中には、鎌原に案内された倉庫のような建物や、戦闘用アンドロイドの保管室も映っていた。光学迷彩のマントを羽織っていたはずだが、三人の姿は映像にしっかり出ている。
「こ、これは……。俺たちが来るのは知られてたってことか」「こんにちは」イリヤが呟いた時、部屋の奥から一人の人間が姿を現す。小柄で少年のようだ。暗闇の中でも、美しい金髪だとわかる。
「誰だ、お前は!」イリヤが叫ぶ。「すでにお会いしているのに、誰だとは悲しいですね」サニーと鎌原はその声に聞き覚えがあるが、にわかには信じられなかった。少年が暗がりから明かりの下に出る。サニーと鎌原が良く見知った顔だった。




