第十九話
明朝、サニー達が出発する時間が来た。空は晴れ、薄雲がかかっている。アランとペティが見送りに来てくれている。
「それでは、先生。お気をつけて」「本当は僕も行きたかったですが、我慢してアンドロイド修理所守っています。本当に気を付けてくださいよ、先生」朝早くは冷えるので、アランは暖かそうな上着を着ていた。ペティは寒さを感じないので、いつも通りの格好だ。
「ありがとう、二人とも。くれぐれも気をつけてね」サニーはまだタラップを登っていなかったが、鎌原とイリヤはすでに機内に入っていた。「サニー、早くしなさいよー」上の方から鎌原の良く通る声が聞こえてくる。「ごめん、もう行かないと。二人とも、見送りありがとう。危ないから離れててね」
サニーは急いでタラップを駆け登っていくのを見ながら、アランとペティは機体から離れていく。保管庫の扉が重々しい音を立てて開くと、大きな滑走路が目に飛び込んできた。
都会にこんな広い場所があるとは驚きだった。アランは朝陽色に輝く機体を、複雑な心境で見送った。
離陸してから数十分程すると高度が安定し、自動操縦に切り替えられる。街並みが徐々に小さくなっていき、眼下に海が見え始めた。頭上には太陽が昇り、その日差しを燦燦と昼注いでいる。三人はシートベルトを外し、一息ついた。
「ふう、あとは日本に着くのを待つだけね。それにしても今時は離陸も着陸も自動操縦で出来ると思うんだけど、イリヤは自分でやるのね。アンドロイドだけじゃなく、人工知能もお嫌いなのかしら?」窓の外には雲海が広がっている。日光を反射して眩いばかりに白く輝いていた。
「何でもかんでも機械に頼るのは好きじゃないってだけだ。人工知能自体は組織が機能していた頃も使っていたしな。自分で考える頭と動かせる身体があるんなら、ちゃんとそれを使えって思ってるだけだ。この調子だと夕方前には日本に着くぞ、ちゃんと準備しておけ」イリヤが手際よく操縦席から降りて言う。
「ねえ、二人とも。ちょっと早いけど、朝ご飯にしようよ」知らぬ間に席を外していたサニーが、袋を持ちながら奥からやって来た。「ペティが皆の分も作ってくれたよ」サニーの手にはサンドイッチが三人分乗せられている。食欲をそそる香りが漂ってくる。
「いえーい。いただきまーす」鎌原はさっさと取ったが、イリヤは突っ立ったままだった。「イリヤも食べたら?」「ペティってお前の所の、あのアンドロイドだろ?アンドロイドが作ったものなんて食いたくねえな」顔も向けず無表情で言う。
それを聞いてサニーは少ししょんぼりとしていたが、鎌原は本心ではなくただの強がりだと気づいていた。「え、要らないの?ラッキー、それなら私が貰うわね」鎌原が遠慮なくサニーの手から、イリヤの分のサンドイッチを掻っ攫う。
「おい!てめえ」「ふんっ。強がってないで食べたいなら食べたいって言いなさいよ。あの子が作った物って美味しいわよ」鎌原は易々とイリヤに突き返す。あっさり返されたことがイリヤの腹を立てた。むしゃくしゃとした気持ちで、イリヤはサンドイッチを噛み千切る。
程良く焦げ目がつくようにトーストされたパンが、さくりと気持ちの良い音を立て香ばしい香りを広げた。間に挟まれたベーコンのやや強い塩味が油と一緒に舌全体を染み渡る。歯切れ良いレタスから、その新鮮さがよくわかった。蕃茄が酸味とともに瑞々しく存在感を主張する。そのような食材の小競り合いをマヨネーズが中和するようなクラブサンドだった。
「……う、うめえな」直な感想がイリヤの口から零れ出る。「だから言ったでしょう」鎌原は得意げな表情をしていた。「ペティは作業用アンドロイドだけど、料理も得意なんだ。僕の大事な家族だよ。それと……あの時は悪かったね」サニーの声は静かだったが、イリヤには言いたいことがはっきりと伝わった。
「……あぁ、すまんな。俺も悪かった」美しい朝陽の中に食欲をそそる豊かな香りが広がっている。
日本に着くまではまだ時間があると言っても、色々と準備が必要だった。「知っての通り、日本帝国工業は大企業だわ。でもね、昔はもっと小さい会社だったの」鎌原が話し始める。
「会社の転機となったのは、ヤマト・プログラムの開発よ。元々はアンドロイドに自我を持たせる研究から始まったんだけど、正確無比な判断力を与えられるプログラムとしてアンドロイドに実装されたわ。それからはそのアンドロイドが売れに売れて、世界シェアの八割を占めるまでになったわけ」「おまけに自我の存在まで確認されたわけか」イリヤが口を挟んだ。
「ヤマト・プログラムは日本帝国工業にあるマザー・コンピューターが統括しているから、そんなことがあったら必ずわかるわ。日本帝国工業は何か隠しているのよ」「ヤマト・プログラムはマザー・コンピューターから直接アクセスしないと停止出来ないんだ。だから……」「あぁ、鎌原から大体の話は聞いてるよ」サニーは補足の説明をしようとしたが、すでに鎌原が殆ど説明したようだ。考えてみれば当たり前のことだった。
機内の後方にある武器庫の前に三人は立っている。「さて、この中から持ってく物を選ばないとな」イリヤは呟きながら選別を始めた。大型の銃、小型の銃、ナイフからスタンガンまで多種多様な武装が所狭しと置いてある。
「あそこには戦闘用アンドロイドがいるはずだから、対アンドロイド用の武器も欲しいわ。もちろんあるわよね?」「あるにはあるが、ちと重いぞ。いや、お前なら扱えるか……」「ちょっと、何含みを持たせたような言い方をするのよ」むくれた顔の鎌原に、イリヤは無言でその銃を指し示した。
しかしその銃は、従来の実弾を発射するような、いわゆる一般的に想像されるような銃とはやや趣きが異なっている。ある程度大型の銃となると銃床があるはずだが、それらしき部品はない。グリップのすぐ前には銃の本体部から四角い被筒が突き出ている弾倉や、消火器などが付属されていないことなどからも、これが実弾兵器でないことは武器に疎いサニーにも検討がついた。
その中でもサニーの眼を引いたのは、二本の細長い板状の部品が向き合い構成された銃身である。正面から覗き見ると、板と板の間はレールのような役目を果たしていることが予想された。
「おい、あまり近寄るな」サニーがじろじろ眺めていると、イリヤが注意する。「これはどんな武器なんだ?」「それは電離機体加速銃、つまりプラズマ発射銃よ」イリヤが答える前に鎌原が言った。
「実弾の代わりに銃内部で発生させたプラズマを発射するの。小さな雷みたいなものだから、人間もアンドロイドも喰らったら一溜りもないわね。よく開発できたもんだわ」「うちにも優秀な技術者がたくさんいたからな。しかし、こんな重かったかな」電離機体加速銃は見た目より重いのだろう、持ち上げるイリヤの腕に筋肉が浮き上がっている。「どれ、ちょっと貸して。まぁ、確かに重いわね」鎌原が軽々と構えたりしているのを見て、サニーも触りたくなった。
「僕にも貸してよ」「別にいいけど、絶対持てないわよ」鎌原が床に置いた後、それを持ち上げようとしたら一瞬で腰が痛くなる。「ぐっ……」「ほら、言わんこっちゃない。小型化したぶん、重くなっちゃったのよ。電源はここに置いておけば勝手に充電されるのよね」鎌原があっさりと片付けるのを見て、サニーは帰ったら重作業もある程度は自分でやろうと思った。




