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脳汚染  作者: 青空あかな
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第十八話

「先生、本当に日本へ行かれるんですね」サニーがアンドロイド修理所で準備をしていると、アランが弱々しい声で話してくるのが聞こえる。その顔には怒りというよりも、諦めの気持ちが表れていた。


 「うん、心配と迷惑をかけちゃって悪いね、アラン」サニーは作業の手を止め、アランの目を見て言う。「迷惑ではないですが、心配です……」俯きながら話すアランが可哀想だった。「アラン、きっと大丈夫だよ。日本帝国は元々治安がいい国だし、危険なことは何もないさ」サニーはアランの肩に手を置き、優しく言った。


 「やっぱり、あのイリヤって人と一緒に行くのが気がかりです。何であんな危険な人と行こうとするんですか。うちで一悶着あったのは、先生も忘れてないはずですよね?」アランが声を荒げる。作業している机の上のランプがアランの顔を照らし出した。その目は力強くサニーを睨んでいるのが分かる。


 「うん、忘れてないよ。でもね、実際に関わってみたからわかったんだけど、彼は本当は良い人なんだ。ちょっと怒りっぽいけどね」アランは暫くサニーを見つめていたが、やがて諦めたように言った。「そうですか。先生がそう言うのであれば、そうなんでしょうね……。でも、何かあったらすぐ連絡してくださいよ」「……ありがとう、アラン」


 サニーはアランと知り合えて、本当に良かったと思っている。アランにもそのことは伝わっているはずだ。サニーが作業に戻ろうとすると、ペティがやってきた。基本動作に支障はないようだ。


 「あぁ、ペティか。調子はどうだい?」いつもと変わらない無表情で話してきたが、特に問題ないだろうことはサニーには分かっていた。「はい、お陰様で問題ありません。時に先生、一つお尋ねしても良いでしょうか」ペティが質問してきてくれて、サニーは嬉しい。


 「うん、なんだい、ペティ?」「ぞっこんとは何でしょうか?」てっきり日本行きについて聞かれると思っていたサニーは面食らった。アランは忍び足で離れていく。


 「……は?何?」「アランさんが、鎌原さんと先生はぞっこんだと言っていたので」ペティが声のトーンを全く落とさずに話してきた。気が付くと、すぐ傍にいたはずのアランが消えている。「な、何!?べ、別にただ仲が良いって意味だよ!アラン!」サニーが騒いでいる内に夜は更けていった。


 作業場でサニーとアランが騒いでいる声が聞こえてくる。鎌原は二人より一足早く寝床に入ったが、眠れないでいた。鎌原は寝つきが良い方だが、今日のように眠れない日がたまにある。そんな日に考えることは決まって自分の過去、すなわち日本にいた時のことだった。


 鎌原の一番古い記憶は、日本帝国工業社で見知らぬ男達に囲まれ、身体を抑えつけられている場面である。鎌原の泣き叫ぶ声を無視し、男達は拘束具を少女の細い身体に装着させていく。右腕に注射を刺される鋭い痛みを感じた時、目の前が真っ暗になり意識が途切れた。


 次に鎌原が目を覚ますと身体の一部、正確には右の前腕部がサイボーグになっていた。その日から開始された過酷な実験の日々は、何年経っても忘れられない。鎌原に両親の記憶は無かった。最初の記憶がすでに日本帝国工業社の中から始まっているため、両親に売られたか身寄りのない孤児だったのだろうと鎌原は思っている。


 昔はこの世にいる、もしくはいたはずの両親に対して激しい憎しみや怒りを感じていた。しかし、今はもはや何の感情も抱いていない。鎌原の身体は徐々に機械化されている部位が多くなり、ついに幼少期で生きる意味を失った。そのような絶望の日々の中でも、逃げ出すことだけは忘れていなかった。


 ある日鎌原は、研究員達の会話や誰にも見つからないよう操作したパソコンから、世界は外にも広がっていることを学ぶ。暗い研究室と陰湿な大人しか知らない鎌原にとって、外の世界は一瞬にして心を奪うほど魅力的に映った。


 透き通るような青い海、その青さを投影しているような美しい空とふんわり浮かんでいる白い雲。大地には生命力に溢れる力強い樹々達、さらにその世界で暮らしている人々、全てが輝いて見える。


 鎌原は見聞きした外の世界のことは、決して誰にも話さなかった。まだ幼い身ではいくらサイボーグといえ、逃げてもすぐに捕まってしまう。鎌原はチャンスが訪れるのをひたすら待った。そして、あの日がやってきた。


 いつものように実験を終え、少しばかり休んでいると急に周りの大人達が慌てだした。聞き耳を立てると、どうやら何者かが侵入してきたらしい。詳細は分からないが、かなりの手練れの集団のようだ。もしかしたら、騒ぎに乗じて逃げられるかもしれない。


 鎌原が心中を悟られぬようじっとしていると、数人の大人が近づいてきた。腕を乱暴に掴まれ、無理矢理立たされる。引き摺られるようにして歩かされると、一つの扉の前で腕を離された。侵入者と戦えということらしい。慌てたように見えた大人達は実際は落ち着いていて、丁度いい機会だ、などと笑い合っている。


 その時鎌原は、死ぬってどういうことなのかな、とぼんやり考えていた。扉が開き、背中が押される。目の前には長い廊下が続いていた。暫くただ突っ立っていたが、やがてとぼとぼと歩き始めると人間の声が聞こえてくる。


 少し待っていると、肌の白い人間達がやって来るのが見えた。イリヤがあの任務記録を見せてくれた時、映像に映っている少女は私だ、と鎌原はすぐに気づいた。あの時の混乱に乗じて、自分は逃げ出したのだ。彼らを助けようともせずに。


 自分が直接手を下したわけではなかったが、鎌原が飛び出していれば状況は変わったかもしれない。このことをいつイリヤに言うべきか悩むも、答えはなかなか出なかった。


 宿舎もすっかり人気がなくなってしまった。イリヤは宿舎の自室の窓を開け、外を眺めている。


 夜風か気持ちいい。街は静まり返っており一見するといつもと変わらないが、暗闇に目が慣れると電灯や路上駐車されている車の窓などが破壊されているのが見えた。上を見上げると、一面紺色の夜空に小さな白い星々が点々と輝いている。煙のように薄い雲がのんびりと風に流されていた。空だけはいつもと変わらない。


 イリヤには何故鎌原にあの任務記録を見せようと思ったのかわからなかった。ただ、鎌原から滲み出ていた雰囲気がそうさせたとしか思えない。脳汚染病とマイクロチップの被害妄想により、人間至上主義はあっけなく崩壊してしまった。設立にはあんなに苦心したというのに、壊れるのはいとも簡単だった。隊員達は散り散りになり、おそらくもう戻ってはこないだろう。イリヤは自分の生きる道標を失った気持ちだった。


 両親が死んでからずっとアンドロイドを憎んでいる。しかし、そんなことをしても意味がないこと、両親は戻ってこないことはもう気づいていた。


 あの映像に写っていた少女は鎌原ではないのだろうか。鎌原が今時珍しいサイボーグということも、そう思った理由としてあった。もちろん確証はないが、イリヤは何となく感じていた。鎌原に聞くべきなのか。イリヤは映像を見せた後、鎌原に聞こうとしたがついには聞けなかった。だが、鎌原に対しての怒りの感情などは抱いていない。


 明日両親が死んだ地である日本に行く。日本帝国工業に行けば、両親が何しに行ったのかが分かるかもしれない。イリヤは過去を精算するきっかけが欲しかった。


 あのサニーとかいう奴も、最初はアンドロイド修理屋という職業だけで毛嫌いしていたが、思ったより良い奴なのかもしれない。サニーはイリヤが人間至上主義の人間だと知った後も、分け隔て無く接してくる。それは今回の日本行きだけ上手く付き合えば良いという、上辺の対応ではなく本心からの対応だとイリヤは察していた。


 全てのアンドロイドを受け入れる心境にはまだなれていないが、あの二人と接していれば気持ちは変わっていくかもしれない。夜空を眺めていると、一粒の流れ星が横切った。

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